葵が笑う世界で ー王と提督は、ただ1人を守る為にー 作:戌威
夜はまだ終わっていなかった。
だが、戦いの音だけが消えていた。
呉鎮守府の灯りは落とされず、
外灯も、廊下の照明も、そのままだった。
誰も「消そう」と言い出さない。
暗くすると、不安が増すからだ。
明るいまま待つ。
それが、今できる唯一のことだった。
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正門警戒ライン。
仮設バリケードはそのまま。
弾痕も残ったまま。
血も洗い流されていない。
夕立が盾に腰掛けている。
銃は手放していない。
「……静かっぽい」
潮が小さく頷く。
「うん……静かすぎる」
吹雪が空を見上げる。
雲が低い。
風が弱い。
音が遠い。
「戦ってたのが、嘘みたい」
曙が言う。
「戦いの後って、いつもそう」
満潮が付け足す。
「音が消える」
「代わりに、考え始める」
何を?
怖さを。
実感を。
生きていることを。
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後方支援ライン。
金剛が珍しく静かだった。
壁にもたれている。
榛名が言う。
「疲れましたか」
金剛が笑う。
「ちょっとネ」
「でも嫌いじゃない」
扶桑が空を見る。
「……守れたわね」
山城が小さく言う。
「まだ終わってない」
だがその声には、刺がない。
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空母区画。
赤城が補給表を見ている。
だが目は文字を追っていない。
加賀が気づいている。
「集中できませんか」
赤城が苦笑する。
「ええ」
「待つ方が疲れます」
蒼龍が言う。
「分かる」
飛龍が頷く。
「空母なのにね」
「出撃してないのに」
翔鶴が言う。
「でも、前線でした」
瑞鶴が笑う。
「気持ちはね」
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医療区画。
葵は窓のそばに立っていた。
座っていられなかった。
落ち着かない。
胸の奥がずっとざわついている。
音羽は半歩後ろ。
視線は常に周囲。
紫羽の女性護衛隊が外周を固めている。
葵が小さく言う。
「まだ、遠い?」
音羽が端末を見る。
「位置情報、接近中」
それだけで、呼吸が少し変わる。
浅かった呼吸が、深くなる。
涙が出そうになる。
まだ帰ってきていないのに。
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提督室。
白瀬はようやく椅子に座っていた。
背もたれには預けていない。
肘もついていない。
ただ座っている。
それだけで精一杯だった。
長門が言う。
「戻る」
短い報告。
白瀬が目を閉じる。
数秒。
深く息を吐く。
「……そうか」
声が少しだけ緩んだ。
加賀が言う。
「肩の力が抜けています」
白瀬が苦笑する。
「分かるか」
「はい」
「指揮官は、重い方がいい」
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監視班が叫ぶ。
「車列確認!」
空気が動く。
誰も走らない。
だが全員、動く。
自然に。
吸い寄せられるように。
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正門。
灯りの向こうに、影が現れる。
車両。
装甲車。
速度を落とす。
止まる。
エンジン音が下がる。
止まる。
その瞬間、空気が変わった。
待機の空気から——
帰還の空気へ。
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ドアが開く。
最初に降りたのは深赫だった。
姿勢は変わらない。
表情も変わらない。
だが周囲を見る目が少し柔らかい。
炎慈が降りる。
「ただいま」
誰に言うでもなく言う。
夕立が思わず言う。
「おかえりっぽい」
炎慈が笑う。
「いいなそれ」
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龍牙。
狂禍。
黒滅。
紅牙。
親衛。
精鋭。
全員降りる。
欠けていない。
それが分かるだけで、艦娘たちの肩が下がる。
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最後に、ハヤト。
降りる。
動きは変わらない。
だが空気が違う。
戦闘の圧がない。
熱が引いている。
静かな温度。
帰ってきた温度。
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葵が走った。
止める声はない。
音羽も止めない。
紫羽も止めない。
一直線。
距離を詰める。
止まる。
抱きつかない。
ぶつからない。
ただ近くで止まる。
呼吸が震えている。
「……おかえり」
小さい声。
ハヤトが答える。
「ああ」
それだけ。
だがそれで全部だった。
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数秒。
言葉がない。
だが通じている。
生きて帰った。
それがすべてだった。
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白瀬提督が歩いてくる。
足取りが少し重い。
だが真っ直ぐ。
ハヤトの前で止まる。
敬礼はしない。
握手もしない。
ただ言う。
「帰還確認だ」
ハヤトが頷く。
「ただいま」
白瀬が笑った。
初めて、ちゃんと笑った。
「おかえり」
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周囲で、空気が緩む。
誰かが笑う。
誰かが座り込む。
誰かが泣く。
緊張が抜ける音がする。
見えない糸が切れる音だ。
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長門が小さく言う。
「距離が縮んだな」
加賀が答える。
「ええ」
「戦場で」
「家族になりました」
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夜はまだ明けていない。
だが鎮守府には、確かに灯りが戻っていた。
帰る場所がある灯りが。