※この作品はR-18です。

葵が笑う世界で ー王と提督は、ただ1人を守る為にー   作:戌威

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第8話 捨てろ

夜の巡回は、昼よりも神経を使う。

 

灯りの届かない場所が増え、

音は小さく、影は濃くなる。

 

「……正門側、異常なし」

 

無線にそう告げながら、吹雪は足を進めた。

周囲には、同じ班の艦娘達。

そして、少し距離を取るように——ハヤト。

 

会話は、ない。

 

だが、不思議と“無視されている”感じもしなかった。

ただ、こちらが踏み込めていないだけだ。

 

倉庫側に近づいた時だった。

 

「……?」

 

胸の奥が、ひやりとした。

 

理由は分からない。

音も、動きもない。

 

でも——いる。

 

「……長門さん」

 

小さく声を出した、その直後。

 

ハヤトが、一歩前に出た。

 

吹雪の前に立つ形で。

 

その背中を見た瞬間、

なぜか呼吸が楽になった。

 

——いた。

 

倉庫の影から、人影が現れる。

 

男。

服装は民間人。

目は血走り、呼吸が荒い。

 

「……誰だ」

 

長門が声を張る。

 

だが男は、聞いていなかった。

 

視線は、ハヤトだけを捉えていた。

 

「……なんだよ、それ……」

 

掠れた声。

 

一歩、また一歩と近づく。

 

「動かないでください!」

 

吹雪が叫ぶ。

 

男は、止まらない。

 

「……近づくな!」

 

その叫びと同時に、

男の手が跳ね上がった。

 

ナイフ。

 

刃が、一直線にハヤトの首元へ向かう。

 

「——っ!!」

 

吹雪の声は、間に合わなかった。

 

刃が、皮膚に触れた。

 

ぎ、と嫌な感触。

 

だが——刺さらない。

 

男が目を見開く。

 

「……は?」

 

力を込める。

両手で押し込もうとする。

 

それでも、進まない。

 

「な……なんで……」

 

ハヤトは、動かなかった。

 

無表情のまま、

男の手首を掴む。

 

強くない。

だが、逃げられない。

 

「……捨てろ」

 

低く、淡々とした声。

 

男が、笑ったような声を漏らす。

 

「は……?

 なに、言って……」

 

震え始める手。

 

「……聞こえなかったか」

 

ハヤトは、目を伏せて男を見下ろす。

 

「その刃を、捨てろ」

 

「……っ、ふざ、けるな……!」

 

男は、必死に刃を動かそうとする。

 

だが、手首は動かない。

 

「な、なんだよ……

 化け物か……?」

 

その言葉に、

吹雪の胸が締め付けられた。

 

ハヤトは、表情を変えない。

 

「……そうだ」

 

短く、肯定する。

 

男の呼吸が、一気に乱れた。

 

「……っ、来るな……!

 近づくな……!」

 

「近づいていない」

 

事実だけを告げる。

 

「……俺は、ここに立っているだけだ」

 

「う、嘘だ……

 刺さって、ない……

 血も、出てない……」

 

男の視線が、刃先と首元を行き来する。

 

「……それが、現実だ」

 

ハヤトは静かに続ける。

 

「選べ」

 

「……は……?」

 

「捨てるか。

 それを持ったまま、ここに居るか」

 

男の喉が鳴る。

 

「……持ったまま、だったら……?」

 

「何もしない」

 

「……は?」

 

「だが」

 

一拍置いて。

 

「その恐怖は、消えない」

 

男の手から、力が抜けた。

 

ナイフが、地面に落ちる。

 

乾いた音。

 

「……っ、あ……」

 

男は、崩れ落ちるように座り込んだ。

 

ハヤトは、手を離す。

 

「……それでいい」

 

その一言だけ残して、

一歩下がった。

 

沈黙。

 

誰も、すぐには動けなかった。

 

「……確保する」

 

長門の声で、現実が戻る。

 

男は、抵抗しなかった。

 

連行される途中、

男は一度だけ振り返った。

 

ハヤトと、目が合う。

 

「……っ」

 

言葉にならない声を漏らし、

男は視線を逸らした。

 

巡回が再開される。

 

誰も、軽口を叩かなかった。

 

吹雪は、ハヤトを見た。

 

無表情。

何もなかったかのように、前を向いている。

 

——違う。

 

確かに、

“選ばせていた”。

 

力ではなく。

恐怖を押し付けるでもなく。

 

ただ、選択肢を突きつけただけ。

 

「……」

 

吹雪は、口を開きかけて、閉じた。

 

まだ、言葉が追いつかない。

 

だが一つだけ、はっきりしている。

 

——あの侵入者は、

 二度と、刃を向けない。

 

殺される恐怖よりも、

“触れてはいけないものに触れた”という恐怖の方が、

深く、重く残るから。

 

夜が、少しずつ明けていく。

 

吹雪は空を見上げた。

 

怖い。

 

それでも——

目を逸らしてはいけない気がした。

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