梟森
「おはようミメイくん。また次の日に行けなかったね」
「同じ一日に囚われてる?」
くらげの無表情でのボケにツッコミを入れる。
「あっ。今日の数学、小テストがあるって。隣のクラスのやつが言ってたよ」
「問3の答えは2Xだよ」
「同じ日をループしてるから試験で全問正答するひとだ…」
ミメイのツッコミにとくに応えることもなく、くらげは小首を傾げた。
「隣のクラスって、生徒会のひと?」
「うん」
ミメイは生徒会長だ。文武両道で人望がある。やや上背があり、すっきりした顔は若手俳優のようだ。
くらげは肩をすくめる。
「小テストは諦めるしかないかな。宿題の演習問題もやってないし。放射性廃棄物の処理も」
「21世紀への宿題も!?」ツッコミを入れたあと、ミメイは眉を寄せた。「いやいや。宿題はやろうよ」
「数学は苦手」
「他の科目の成績は良いよね? 水尾さん、頭良いし… あっ。なんなら、俺が教えるけど」
そう言ったあと、ミメイは出しゃばりすぎたかと反省した。
見ると、くらげは片側の口角だけを上げた、内心の伺えない笑みを浮かべている。
ミメイが身長のあることを鑑みても、くらげはミメイの胸までにしか頭が届かない。小柄で、顔も童顔だ。
だが、童顔なわりに顔立ちは整っている。くっきりした大きな目をしている。ただ、上瞼は
名前を意識しているのか、髪型は
ミメイとくらげは漫才コンビのロングホープズがパーソナリティを務めるラジオ番組「月曜ミッドナイトトーキング」がきっかけで知りあった。どちらも通称「月ミド」のリスナーだった。
関係が深まったのはリスナー参加企画のためだ。「月ミド」はリスナーから大喜利の回答を募集している。くらげは常連のハガキ職人である、ラジオネームうなぎポテトだった。
ミメイもラジオネーム森にふくろうとして応募していたものの、実力には大きな差があった。
「生徒会長のミメイくんに頭を褒められても嬉しくないな」
「そんなことないと思うけど… 昨日も《月ミド》でまた差をつけられたし」
昨夜の放送の大喜利のお題は「嫌な朝のラジオ体操、どんなの?」で、「腕を大きく広げて権力に立ち向かう運動(RN:バットばつ悪)」や「OBが見学にきて焼肉を奢ってくれる(RN:えびのおすし)」を
くらげは内心の伺えない、「へっ」というような笑みを浮かべた。
「私もネタ職人として一日と九時間の長があるからね」
「グリニッジ標準時で測ってるんだ」
「でも、ミメイくんが言うなら勉強を教えてもらおうかな」
「あっ、もちろん! 今日の放課後でいい?」
ミメイのほうから誘ったにもかかわらず、くらげに応じられ、ミメイはあたふたした。
放課後、ミメイとくらげはマクドナルドの店に入った。現代アートの描かれた壁に横付けされたテーブルを選び、差し向かいで座る。
くらげと対面していると、ミメイは落ち着かなかった。
(こ、これってデートみたいだよな…)
考えていることを察したのか、くらげが皮肉な笑みを浮かべる。
「放課後に一緒に勉強するなんて、青春マンガみたいだね。ドラマ化で阿部寛が主演しそうな」
「『ドラゴン桜』を青春マンガにジャンル分けすることはないよ!」
ボケにツッコミを返しつつ、ミメイは質問にも答えた。
「水尾さんなら、三角関数は図のことは忘れて、2変数の関係だと考えたほうがいいんじゃないかな。単位円で見て、1
「あっ、そうか。ミメイくん、説明うまいね」
くらげが目を見開く。普段、睡たげな表情をしているため、なおさら活きいきして見える。
ミメイは髪に手櫛を入れた。
「いや、俺は頭がそんなに良くないから… 理解するための努力が必要だっただけだよ」
「ふーん。私と逆だね」
くらげが無表情に言う。
「逆?」
「うん。私を理解してもらおうと思ってボケてたんだけど… 笑いは嘘がないから。誰にも伝わらなかったな」
くらげの言葉に、ミメイはなにも言えなかった。くらげは大きな目でミメイを直視する。
「ミメイくんがはじめて私に周波数を合わせてくれたんだよ」
「いっ、いや、そんな…」
ミメイは顔が熱くなった。目を合わせていられず、視線を背ける。
狼狽するミメイに、くらげはふたたび皮肉な笑みを浮かべた。
「照れなくていいのに。高校の1年間を同じクラスで過ごすんだから、青春らしいことをしてもいいでしょ。自転車に32人乗りしたりとか」
「それは中国雑技団の乗りかただよ!」
ミメイは勢いをつけてツッコんだ。その姿勢のまま固まる。
「あっ… そうだ。来週の投稿、どうしよう」
「《ラブホで入店拒否、どうして?》だよね」
「うん」
「月ミド」の放送時間は深夜帯で、あくまで主な聴視者層は20-30代だ。放送内容のネタは際どいものも多い。
ミメイにラブホテルを利用した経験はない。
今までミメイとくらげはネタ集めの名目でたびたび行動を共にしてきた。だが、さすがにラブホテルに誘う勇気はなかった。
見ると、くらげは無表情でストローを吸っていた。
「私、下ネタはあんまり好きじゃないな。ひとを笑わせる努力を
「あっ、俺も」
ミメイは胸を撫でおろした。
(見た感じ、水尾さんもラブホに行ったことはなさそうだな… って、何を安心してるんだ! 俺! 水尾さんはあくまで友達でライバル! そんなこと俺が気にする筋合いじゃないだろ!)
胸郭のうちで鼓動が高まっていたのを感じる。いくら否定しても、くらげのことが気にかかるのは事実だった。
ただ、ミメイも下ネタを敬遠していることは本当だ。
(やっぱり、ラブホに行ってみようとか言わなくて良かったな… いや、当たり前だけど)
さきほどくらげが言っていたことを思いだす。
(俺と水尾さんは友達でライバル。水尾さんが俺を信用してくれてるんだから、俺も水尾さんを尊重しないとな)
***
翌週、午前3時の15分前になり、ミメイは自室の椅子に座りなおした。午前3時が「月ミド」の放送開始時刻だ。ミメイとくらげは毎週「月ミド」を聞きながら通話するのが習慣になっていた。
真面目だけが取柄を自負するミメイは、大喜利の回答を100通投稿していた。だが、自分でもネタは出来が悪く見えた。下ネタへの苦手意識と、ラブホテルをよく知らないことが災いした。
(そういえば、先週から水尾さんとほとんど話してないな…)
先週の放送の翌日を最後に、ミメイはくらげと過ごすことがなかった。むしろ避けられているように感じ、ミメイは不安に思っていた。
ミメイのスマートフォンが着信する。送信者がくらげなのを見て、ミメイは安心した。親しくても、深夜に男子から女子に通話することはできなかった。
通話ボタンを押す。
〈あっ…♡ あっ…♡〉
少女の喘ぎが聞こえ、ミメイは慌てた。
「えっ…? 水尾さん? 大丈夫? 熱が出てるとか? 病気なら無理しないで寝てたほうがいいよ!」
〈はあっ…♡ あっ…♡ あっ…♡ ミメイくん。いくらラジオが好きでも、病気でリアタイすることはないよ♡〉
「えっ。あっ、そ、そうだよね…」
落ち着きながらも、ミメイは困惑を深めた。ただ、くらげの喘ぎに不穏なものを感じた。
〈あのね、ミメイくん。今、私は彼氏といるの…♡〉
「かっ、彼氏!?」
くらげに恋人がいたという事実の衝撃がミメイを襲う。だが、そのあとに、それ以上の混乱が生じる。なぜ、くらげはそのことを話すのか。
〈うん…♡ 今、私は裸でね、彼氏におちんちんを入れてもらってるの…♡〉
脳裏にくらげの裸体が浮かび、ミメイは思考停止した。
〈先週、ミメイくんに勉強を教えてもらったよね…♡ あのあと、私はひとりで池袋のラブホ街に行ったの…♡ 本当はミメイくんとラブホテルに入ってみたかったんだけど、ミメイくん、下ネタが嫌いみたいだったから…♡ 一応、私服に着替えて行ったんだけど、ひとりじゃラブホテルに入れなくて…♡ 私はチビだしね…♡ ラブホ街でうろうろしてたら、ツーブロックのお兄さんが話しかけてくれたんだ…♡ 《月ミド》のキーホルダーに気づいて、お兄さんもリスナーだって♡ 私も奇跡だって思って、事情を話したら、一緒にラブホテルに入ってくれることになったの…♡
でも、個室に入ったら急に態度が変わってね♡ 押し倒されそうになったの♡ それで、逃げようとしたんだけど…♡ ビンタされて、《男とラブホに入るのにその気がなかったなんて許されない》って責められてね…♡ 怖くて逆らえなくなっちゃったんだ…♡ 考えてみれば、高校生では珍しいってだけで、《月ミド》のリスナーはそこそこいるわけだし…♡ たんに女を引っかける手口として、私の興味がありそうなことを言ってきただけなんだろうね…♡〉
くらげの話を聞きつつ、ミメイは心臓がドクドクと動悸を打っていた。同時に、ズボンの中で陰茎が膨張していた。
〈全裸になって、床に土下座させられたんだ…♡ 《男を舐めてごめんなさい》って口に出して謝らされて…♡ でも、へんに気持ち良くて…♡ 強い力に屈服させられて、自分が変えられる感覚♡ 誠意が伝わらなかったらやり直しで、そのたびにビンタされて♡ そのうち、頭がボーッとしてきて…♡ 私、心の中で何度もミメイくんを呼んだんだよ…♡ 《ミメイくん、助けて》って…♡ でも、ミメイくんは助けにきてくれなかった♡ 離れてても心は繋がってるなんて、嘘だったね♡〉
悲惨な話を聞いているにもかかわらず、ミメイの陰茎は硬く勃起していた。その自己嫌悪がなおさら興奮を煽る。
〈あのとき、ミメイくんとラブホテルに行ってたら、今はどうなってたのかな…?♡ でもね、お兄さんにおちんちんを入れられたら、全部どうでもよくなっちゃったんだ♡ お兄さんのおちんちんはひとより大きいらしいけど、私もチビでしょ?♡ お腹の中まで突かれて、体が裏返るかと思ったよ♡ ずんずん、って大きなおちんちんで突かれたら、わけが分からなくなっちゃって…♡ 気づいたら、裸の写真もいっぱい撮られて、お兄さんに逆らえなくなってたんだ…♡
それからはお兄さんの言うことを聞くしかなくなって…♡ 昼でも夜でも、呼びだされたらすぐにお兄さんのところに行くの♡ 家を抜け出すのはミメイくんと会ってたときに慣れたから…♡ これもミメイくんのおかげだね♡ ありがとう♡
クラブとかマンションとかで、お兄さんの悪い友達にも紹介されて…♡ 《彼女だ》って♡ お兄さんの彼女にしてもらったの♡ だから、もしミメイくんが私のことを好きでも諦めてね♡ ミメイくんが告白なんかしてきたら、彼氏にボコボコにされちゃうんだから♡〉
気づくと、すでに「月ミド」の放送は始まっていた。くらげの話の内容が絶望的で、その背景で流れる「月ミド」の放送内容は、ミメイにはほとんど理解できなかった。
〈でもね、彼氏ってすごく話が面白いんだよ♡ 生意気な後輩を囲んでシメた話とか、元カノの浮気を疑ったとき、裸でベランダに締めだした話とか…♡ ミメイくんみたいなひとには絶対できない《面白い》話♡ 結局、浮気が彼氏の勘違いだったって聞いたときには、私も笑っちゃったもん♡
でね、そういう話を聞いたあとにセックスすると、すごく燃えるの♡ 私は強い男のひとに所有してもらってるんだな、って…♡ ミメイくんみたいな弱い男じゃなくてね♡
ミメイくんももっと面白い話ができるようになったほうがいいよ♡ 大喜利とかじゃなくてね♡ 彼氏はね、私がボケを言うとビンタして
彼氏とのデートは楽しいよ♡ 彼氏の武勇伝を聞きながらおまんこをカリカリされると、本番の前にイキそうになっちゃう♡ セックスが終わるとすぐに帰されちゃうんだけどね♡ だから、あのときミメイくんとラブホテルに行かなくて良かった♡ 彼氏が言うには、ミメイくんみたいな弱い男は雰囲気だけで分かるんだって♡ どうせおちんちんも小さいって♡ 顔が良くて、彼女にしてもらえて良かった♡ おっぱいは足りないけどね♡〉
ミメイは全身が冷え、足の感覚がなくなっていた。それにもかかわらず、陰茎だけはパンパンに張りつめ、透明な腺液が滲んでいた。
〈でも、彼氏に会えたのはミメイくんのおかげもあるから…♡ これはせめてものお礼♡ じゃ、これから私は彼氏とセックスするから…♡ あっ♡ まだ話し途中…♡ あっ!♡ ああっ!♡〉
悲鳴のような喘ぎとともに、通話が切れる。
間もなく、着信音があり、スマートフォンに画像が届く。
全裸のくらげが男に犯されるさまを俯瞰で撮影した写真だ。
ミメイは手を触れないまま射精した。
***
翌日、ミメイは
昇降口でくらげが話しかけてくる。
「おはよう。昨日は残念だったね」
「えっ? あっ、ああ…」
くらげの様子は平生と変わらない。ミメイは昨夜のことが夢だったかと思った。その疑問は希望だった。
「だって、ミメイくん、1つも読まれなかったよね。私は1つ採用」
「あっ、大喜利のことか…」
ミメイの声は消えいるようだった。
くらげはなかば瞼の下りた目をさらに細めた。
「えびのおすしも1つ。あのね、昨日は言ってなかったけど、じつは彼氏に友達を紹介しろって言われて、シュリちゃんを会わせたんだ…♡」
くらげの声は呼気を帯びていた。その声音にミメイはぞくぞくという震えを感じる。
「彼氏は大喜利には興味ないけど、お笑いは好きでね…♡ ロングホープズに会えるかもしれないって知ったら、ネタ投稿をがんばれって…♡ あと、ミメイくんのことを蹴落としてこいって…♡」
くらげはスマートフォンの画面をミメイに見せた。少女2人の裸体が映っている。
「大喜利のお題《ラブホで入店拒否、なぜ?》で、私の回答《ミッキーカチューシャを着けてかたくなに制服ディズニーと主張》だよ…♡」
ミメイは足がガクガクと震えた。陰茎がズボンにテントを張っている。
そうしたミメイをくらげは無関心そうな目で見た。
「あれくらいでラジオも聞けなくなっちゃうなんて、情けない。はやくミメイくんも彼女をつくって童貞卒業したほうがいいよ♡ でないと… なにもかも失っちゃうよ♡」