知らずに"神待ち"なんてしてしまった私と、それに目を付けた悪いお姉さんの関係。 作:如月 悠
「うぅ……。ほんと、どうしよう……。」
今日は12月24日、水曜日の深夜。
世間ではクリスマスに浮かれて、若者が夜遅くまで騒いでいる日だなんて言われていて。
そんな日に、私は一人、人気のない小さな駅のロータリーに置いてあるベンチで、途方に暮れていた。
周りを見ても、クリスマスのイルミネーションはおろか、奇跡的にあった小さな商店まで明かりを落としていて。
それなりに大きいはずの地元の駅なら絶対に見えるはずの、タクシーのヘッドライトの光も見当たらない。
近くにある明かりと言えば、フェンスの向こうに見える駅のホームを、煌々と照らす照明に、すぐ隣の自販機くらいだった。
人なんて誰もいないのに昼間のように明るく照らされたそのホームは、私の心を余計に、寒々しく突いてくるように感じてしまう。
「っ、くしゅ、んっ……。さ、むぅ……。」
ぶるり、と背筋を襲う悪寒と、こらえきれずに漏れてしまう、小さなくしゃみ。
冷えた指先を温めようと、ほぅ、と空気を吐き出せば、その吐息は、もわり、と真っ白な雲のようで。
確か今朝の天気予報だと、強い寒気がどうとか、言ってたっけ……。
地元では、十数年ぶりのホワイトクリスマスも期待できるかも、なんて話題になっていて。
けれどそんな寒さを、まさか身をもって味わうことになるなんて。
私は、ゾクゾクと背中の芯を襲い続ける寒さの中、すっかりとかじかんだ手でスマホを取り出そうとして……。
まるで糸が切れるように、ぷつん、と駅の照明が落ちて、周囲が一気に暗くなったのは、そんな瞬間だった。
「えっ!? うそっ。」
私は、慌ててベンチから立ち上がって、きょろきょろ、と周りを見渡して。
けれど当然、それで明かりが点くわけもなくて結局、のろのろ、と再びベンチに腰を下ろす。
立ち上がっていた時間は10秒もなかったはずなのに、私のお尻が不在だったベンチは、そんな短時間で良く冷やされていて。
そうして、じわじわと私の体温を奪っていく。
ちらり、とスマホのスリープを解除してみれば、こんな状況に陥ってからまだ、30分と経っていない。
遅々としたまま進まない時間と、寒さと、暗さと。
そういったものに追い立てられるように、私の心の奥にはじわじわと不安が湧いていく。
とにかく、お尻冷たいし、暗いし、最悪……。
もはや、私を照らしてくれる明かりは、すぐ隣で、じぃぃ、と不安げな音を立てる自販機だけ。
そんなことを思い知ってしまった今、少しでも油断したら、泣いちゃいそうで。
私は不安を隠すように、ぎゅぅ、とスカートの端を握りしめてしまっていた。
「はぁぁ……、ついてないなぁ……。」
とにかく、ずっと静かにしていたら、泣いちゃう。
それを悟ってしまった私は、ぽつり、と独り言を漏らしながら、何でこんなことに、と自らの行動を思い返していく。
事の発端は、つい、1か月前。
大好きなアーティストがクリスマスライブをするなんて知った私は、ダメもとでチケットの抽選に申し込んでいた。
会場はちょっと遠方だったけど、初めての遠征だなんて、ドキドキとしながら普段は見せない冒険心を出して。
それが功を奏したのか、奇跡的にそのチケットが取れてしまったのが、すべての始まりなんだと思う。
とは言え、高校生の私にしてみれば、チケット代に電車賃に、そうした遠征費は、かなりの贅沢で。
さらには、一人で行くなんて言ったらきっと反対されるから、お友達と一緒、なんてお母さんに嘘をついて。
そうやって必死に交渉した結果、私がこのアーティストにハマっていることを知っていたお母さんは、仕方ない、と言った様子で、お小遣いを奮発してくれた。
もしかすると、私自身あまりおねだりをしてこなかったから、そういう所も評価されていたり、したのかもしれない。
私の通う高校は、奇しくも24日の今日が、2学期最後の終業式の日。
午前のうちに帰りのホームルームが終わった後は、挨拶も遊びのお誘いもほどほどに、大急ぎでお家に帰って。
この日のため、と言うわけでもないけれどお気に入りの服に着替えて、電車を乗り継いでたどり着いた、ライブ会場。
そのライブ自体は、ちょっとだけセトリに不満はあったけれど、かなり満足のいくもので。
ライブの後には、隣り合った人とついつい、仲良くハイタッチしてしまうほどには、夢中になって楽しめた。
それに、会場の中に設置されていた物販のコーナーでは、今まで買い逃していた限定のCDを何枚か買うこともできたし。
次にいつ買えるかわからない、なんてちょっと無理して、もらったお小遣いを全部使って財布を空にしてしまったのは、少しだけ誤算だったけれど。
その時は、チャージしたばかりのICカードもあるしまだ大丈夫、なんて思っていた。
ライブの後は、戦利品を抱きしめながら、ほくほく顔で帰りの電車に乗り込んで。
そうして、普段乗り慣れない路線に、知らない駅に、複雑な乗り換えに。
気が付けば、電車の窓から見える外の景色から、街の明かりがほとんど消えてしまっていて。
その光景を見てようやく、乗り換えを間違えたと気づいたのが、つい、1時間くらい前だろうか。
そこから急いで引き返したけれど、名前も知らない接続駅でとうとう、終電の時間を迎えてしまった。
憎らしいほどに星がきれいな澄んだ夜空と冷たい空気に、途方に暮れて。
泣きそうになりながら駅員さんに相談してみたけれど、最早どうしようもないのは当たり前で。
寒いから風邪ひかないようにね、なんて最低のアドバイスをもらって、駅から放り出されて、今に至る。
てゆか、ほんと、寒い。
「そうだ、自販機……。」
ベンチの上で小さくなって震えていれば、ふと思い出すのはすぐ隣で存在感を発揮する、自動販売機。
もう冬なんだし、当然にあたたかい飲み物は、入っているはず。
そう思いながら、寒さに震える身体に鞭を打って立ち上がって確認してみれば、私の予想は的中していた。
商品のラインナップを見てみれば、セットされている飲み物の実に半分は、あたたかい飲み物で。
さらには、私の大好きなミルクティも、もれなくセットされている。
確実に錯覚だけれど、温かい商品であることを示す赤色の値段表示を見ているだけで、ちょっと元気が湧いてくるような気もして。
こんな状況だけれど、ちょっとだけうきうきとしながら、バッグの中から定期券付きの電子マネーを取り出して。
「あれ……?」
そこまでして私は、それを押し付ける場所がないことに、やっと気づいた。
これはきっと、何かの間違いに違いない。
現実を受け入れられない私は、つんつん、と何度か商品のボタンを押してみたけれど。
そんな私の行為は結局、目の前の自動販売機が、現金しか使えないものだということを裏付けるばかりで。
ミルクティをお預けにされてしまった私は、一気に脱力してしまって、再び、ベンチに座り込んでしまった。
「ぐす……。」
さすがに、もうだめ。
つん、と感じる鼻の奥の痛みを自覚すれば、じわり、と視界が歪んでしまう。
いくら何でも今どき、電子マネーの使えない自販機なんて置いておく方が、どうかしてる。
でも、ほんと、どうしよう……。
どうにかして、家族に助けてもらうのが、筋だというのは分かる。
けれど、看護師をしているお母さんは、今日は夜勤の当番で、朝まで帰ってこない日だし。
お父さんは、久々の飲み会を楽しみにしていて、だからきっと今頃は、良い気持ちに酔っぱらっていることだろう。
それに、嘘までついて一人で来てるなんてことがバレたら、後で絶対に怒られる。
「はぁぁ……。」
主に、怒られる、というところが嫌で、うじうじとため息が出てしまう。
何かいい方法、無いかなぁ……。
私は、何を見るでもなく手持ち無沙汰に、スマホをつけたり消したりと繰り返して。
……そうして、ぴん、と閃いてしまった。
そういえば、昨日見たテレビで、インターネットを通じた感動のドラマ、なんてドキュメンタリーの番組が放送されていて。
だから、もしかしたら、私も真似をしてみたら、誰かが助けてくれるかも……?
SNSなんて便利なツールもあるわけだし、きっと、ちょっとしたアドバイス位なら、もらえる、よね……?
問題は私が、SNSなんて使ったことも、無いってことだけど……。
そんなことを考えていれば、ふと頭の奥に浮かぶのは、何かの授業の時にちらりと聞いた、ネットリテラシー、なんて言葉。
何だか不安になるようなことを先生が話していたけれど、何だっけ……。
まるで何かの警告のように、ちらり、と頭の奥に閃いたその言葉に悩んでいれば、首筋から流れ込む冬の寒さに、ぶるり、と背筋が震えて。
とにかく、何か手を打たないと、風邪ひいちゃう……。
私は、冬の寒さに追い立てられるように、大急ぎでスマホをつけて。
有名なSNSの名前を検索すれば、すぐにアカウントの登録画面にたどり着いてしまう。
「え、っと……? 名前は、
今まで食わず嫌いだったけれど、アカウント登録自体は拍子抜けするほどに、簡単だった。
名前と、誕生日と、メールアドレスを聞かれて、それで終わり。
とにかく現状を抜け出したい私は、深く考えもせずに、本名とお誕生日を入力して。
登録に必要だからと何人かを適当にフォローすれば、すぐに投稿できる状態になってしまう。
そうすれば次に考えるのは、投稿する文面について。
一度に140文字まで投稿できるみたいだけれど、あんまり文字数増やしてもアレだし、ここはシンプルに……。
『電車が無くなっちゃいました。今、〇〇っていう駅に一人でいます。』
こんな、感じかな……?
#記号の後にキーワードを付けると、誰かの目に留まりやすいなんてアドバイスも表示されていたから、それに従って、文章の後に『#助けて』なんて付け加えてみて。
……、もし、使い方が間違っていたら少し恥ずかしい気もするけれど。
そうして、お願い、なんて思いながら、投稿ボタンを、そっと押した。
────
今日は、午前中だけとはいえ学校に行って。
そうして午後は、楽しいライブに、思い切りはしゃいで。
乗り換えを間違えたせいで、寒い夜空の下で精神的に追い詰められて。
さすがに疲れが出てしまったのか、私はSNSにメッセージを投稿した後、スマホを握りしめながら少しだけ、うとうととしかけていて……。
そうして油断していれば、突然に、ぶるり、とスマホが震えて、夜の静けさの中に小さく通知の音が響く。
それに、びくり、と驚いた私は、手の中のスマホを取り落としそうになってしまう。
何が起こったのかと慌ててスマホの画面を付けてみれば、私の投稿に返事が来たことを告げる通知が届いていて。
「え……?」
内容を確認した私は、思わず素っ頓狂な声を上げてしまっていた。
『今、ちょうど近くにいるから、あと10分くらい待っててね。』
私は、SNSに投稿してみれば、ちょっとしたアドバイスがもらえるくらいだろうと思っていて。
なのに、私の投稿に対するお返事には、今から知らない人がここに来るという、そんな事実が書き込まれていて。
だから、さすがにちょっと、少しだけ、怖くなった。
お返事をしてくれた人は、表示されているプロフィールの写真を見る限り、優しそうな女の人、なんだけれど。
でも、そんなの、写真なんかじゃわからないし、危ない人だったら、どうしよう……。
けれど、思いもよらない事態に固まって、逡巡している間に、約束の10分なんてあっという間に過ぎてしまう。
気づけば、遠くから聞こえてくる、車のエンジンの低い音。
そわそわとしているうちに、その音はどんどん、大きくなって。
気持ちが全く決まらないうちに、真っ赤な外国車がロータリーに勢いよく滑り込んできて、クラクションが鳴らされて。
当然、この辺りに人と言えば、私だけ。
さすがに無視もできなくて、恐る恐る近づいてみれば、私の目の前で、滑らかに車の窓が開いて。
「あなたが、紗季ちゃん?」
「は、はい……。」
ふんわりとした優しい声に、何処か甘い香水か何かの香りに、プロフィールの写真通りに優しそうな笑顔を見せる、お姉さん。
寒い中、一人ぼっちで心細かった私に、お姉さんはにっこりとほほ笑みながら、優しく声を掛けてくれて。
私はそれだけで、膝から力が抜けそうになってしまっていた。
────
「そっかぁ……、大変だったねぇ。」
私を車の助手席に乗せたお姉さんは、運転しながら纏まりのない話を辛抱強く聞いてくれて。
全部聞き終わった後に、しみじみと、そう言ってくれた。
続けて、もう大丈夫だよ、安心してね、なんて慰められて。
そうして優しくされてしまえば、内緒だけど、ちょっとだけ鼻の奥がツンとして、ぐっときてしまった。
けれど、安心したのもつかの間、今では別の不安が、じわじわと私を責めたて始めていた。
「この辺……、もうちょっと先に、私の別荘があってね。一仕事終わったし、クリスマスをゆっくり過ごすつもりだったの。」
どこに行くのかという私の問いに、お姉さんがそう答えてから、もう30分以上が経ったと思う。
気が付けばお姉さんの車は、街灯が1本も立っていないような山道を、ヘッドライトを頼りにぐんぐんと登っていて。
つい10分くらい前からは、とうとう舗装も無くなったのか、がたがたと車体が揺れ続けている。
不安に思って、ちらりと窺えば、それに気づいたお姉さんは、辺鄙なところでごめんね、なんて屈託なく笑って。
この先に、お姉さんの言う別荘が、本当にあるんだろうか。
いつでも通報できる様にと、ちらり、と盗み見た自分の携帯は、圏外だった。
「お待たせ、ついたよ。」
お姉さんがそう言うまでの間に、喉元まで出かかった、もう降ります、という言葉を何度飲み込んだ事か。
ざりざり、とタイヤが砂利を擦る音を立てながら、やっと車が止まる。
車の窓越しに外を見れば、都会の高級住宅街とかに建っていてもおかしくないくらいモダンな建物が見えて。
お姉さんの言うことが本当だったと、やっと信じることができて。
私は泣きそうになるほど、ほっとしていた。