知らずに"神待ち"なんてしてしまった私と、それに目を付けた悪いお姉さんの関係。 作:如月 悠
「紗季ちゃん、晩ごはんは食べた?」
「え、と……。まだ、です。」
私達が別荘に到着して一息ついたころに、お姉さんは優しくそう聞いてきた。
エアコンから届く温かい空気に、柔らかいソファ。
人心地が付いたころに改めてそんなことを聞かれてしまえば、思い出したように、お腹が減っているのを自覚してしまう。
私って、現金だなぁ……。
でも、もうこんな時間だし……。
「こういう時くらい、悪いことしちゃお、ね?」
さすがにこんな時間からは、なんて断ろうとする私を差し置いて。
お姉さんは悪戯っぽく笑いながら、高級そうなガラスのテーブルの上に、料理や飲み物を並べていく。
出来合いをお皿に移したものだけど、なんて断られながら並べられる料理は、オードブルの盛り合わせや、チキンやパスタなど、クリスマス感バリバリで。
今日がクリスマスだってことを、今更ながらに思い出させてくれた。
「私も食べ損ねてお腹ペコペコで……。 ね、付き合ってくれる?」
「ふふ……、はい。」
決心のつかないままに並べられる料理を見つめていれば、まるで懇願するように、お願いされる。
胸の前で両手を合わせて、小首をかしげながら、ぱちり、とウインクをして。
年上のお姉さんが見せるそんな可愛らしい仕草に、思わずくすり、と笑ってしまう。
多分、お姉さんはこんな時間にご飯を食べる事に罪悪感を持たないように、気を使ってくれたんだと思う。
実のところ、さっきから目の前に広がる美味しそうな光景に、きゅぅきゅぅ、とお腹が小さく鳴いていて。
だから私は素直に、ご相伴にあずかることにした。
「これ、おいひぃですっ!」
「よかったぁ。トリュフがめっちゃ入ってるんだって。」
オードブルは、正直味が濃そうだったので、カナッペをちょっと摘まむだけにして。
今は、お姉さん曰く、キノコとチーズのパスタ、に取り掛かっていた。
キノコはキノコでも、トリュフだったみたい、だけど。
パスタの上に載ってる、黒いヒラヒラがそうなんだろうか。
トリュフ、って高級食材ってやつ、だよね。
お姉さんってもしかして、あんな車に乗っていたし、お金持ちなのかな……。
そんな事を考えながら、また一口。
根っからの庶民派である私には、正直トリュフの味はよく分からなくて。
でも、濃厚な香りとチーズの風味が、なんだかベストマッチなのは、分かる。
一方でお姉さんは、オードブルをつまみにして、いつの間に開けたのか、シャンパンを楽しんでいて。
興味本位で、どんな味がするんですか?、なんて聞いてしまったのが、いけなかった。
「興味ある? なら、ちょっと、冒険しちゃおっか。」
「え……?」
にこにこしたお姉さんを止める間もなく、私の目の前にグラスが置かれて、とろとろ、とピンク色に色づいた液体が注がれていく。
足つきで、細長くて背の高いグラスに注がれたシャンパンを前に、さすがに少し、緊張してしまう。
さすがに私も、自分がこれを飲んじゃいけない年だというのは、分かってる。
でも、いつもと違う雰囲気が、私をちょっと大胆にしてしまっていて。
いけない、とは思いつつも、そっと、グラスを持ち上げてしまった。
私はもうすでに、この空気に酔わされていたのかもしれない。
「い、いただきます……。」
グラスを持ち上げて口元に近づけると、途端に甘くて香ばしいような、いい匂いがして。
思わず、すんすん、と香りを楽しんでしまう。
これ、結構嫌いじゃない匂い、かも。
しばらくそうして香りを堪能していれば、グラス越しにふと、お姉さんと目が合って。
「無理しなくても、いいからね。」
「い、いえ……。」
どうやら、飲むのをためらっていると思われたようだった。
もちろん、いけないことだとは分かっているのだけれど、けれど、ここまで来たら私もちょっと、冒険くらいしてみたい。
だから私は慌てて、グラスのふちにそっと口を付けて、傾けていく。
僅かに開いた唇の隙間から流れ込んだそれに、まず初めに感じたのは、つん、とした軽い炭酸の刺激。
その後は、しっとりとした甘さと、一言で言えない、複雑な味が口の中に広がる。
舌の上で転がした後に喉に送れば、お酒だというのが嘘みたいに、するり、と通り抜けて。
「おいしぃ……。」
「良かった。」
その後は、もう一口、さらに一口。
初めての美味しさに流されるように、こくり、こくり、と喉を鳴らして
気づけば一息にグラスを空にして、ほぅ、と息をついていた。
そうして、勢いよく飲み干してしまったグラスを前に、ぱちくり、としていれば、向かいに座ったお姉さんが、くすくす、と愉しそうに忍び笑いを漏らしていて。
ちょっと恥ずかしくなって、もじもじとしていれば、空いたグラスにまた、シャンパンが注がれる。
1杯だけで充分です、と思ってお姉さんの方を見れば、お姉さんはシャンパンが注がれたグラスを、私に向かって掲げていて。
「はい、メリークリスマス。」
「め、めりー、くりすます。」
誘われるままに、見よう見まねでグラスを合わせれば、ちん、と透き通るような音が響く。
その音は、まるで私が大人になったかのような気分にさせてくれて。
背が小さくて貧相な自分のコンプレックスを、癒してくれるようだった。
それに気を良くして再びグラスを傾ければ、程よく冷えたピンク色の液体が、するすると喉を滑り落ちて。
こくこく、と喉を鳴らしていれば、あっという間にグラスが空になってしまう。
胃の中に落ちた液体は、ゆっくりとお腹の中に染み込んでいくように、じわじわ、ぽかぽか、して。
どこからともなく、ふわりとした気持ち良さを感じてしまえば、楽しくて、楽しくて、仕方がない。
気のせいか、お部屋の明かりもさっきよりキラキラしていて、今までとは全然違う景色に見えて。
勝手に口元がうずうずと緩んで、何だか無性に、おかしくて、くすくす、と勝手に笑い声が漏れて。
そんな上機嫌でお姉さんの方を見れば、私と同じように、シャンパンを飲み干していた。
「紗季ちゃん、まだ、飲むよね?」
「ふ、ふふ……。はいっ。」
2杯目も、あっという間に空にしてしまった私は、お姉さんに誘われるままに、返事してしまう。
私は、初めてのお酒なのに、完全にペースを乱されていた。
私の視線は、とても美味しいシャンパンが注がれる様子を見つめていて。
だから、そんな私を見つめるお姉さんの口元が、厭らしく歪んでいることに、私は終ぞ気が付かないままだった。
────
「ふ、わぁ……。」
「あらあら、眠そうだね。」
感じた眠気に、ふあ、と我慢することもせず大きなあくびをしてしまった。
身体がぽかぽかと熱くて、頭の芯が、痺れているようで。
目がトロトロとして、勝手に瞼が下りそうになってしまっている。
気のせいかもしれないけれど、お部屋の中がくるくると回っているような気もするほどで。
それが何だか無性におかしくて、にやにやと口元が緩んでしまう。
身体も、ゆらゆらと勝手に揺れて、波間に浮かんでいるようで、心地よくて。
なに、これぇ……。
私は初めての酔いというものに、完全に戸惑いつつ、楽しんでいた。
壁の時計を見れば、もう、午前2時になろうかという頃合いで。
気が付けば、二人で1本のシャンパンを空にしてしまっていた。
「そろそろ、ベッド、行こうか。」
「ん、ぅん……。」
気が付けばお姉さんが隣にいて、私を抱きかかえるようにして、立たせようとしている。
お姉さんは、私と同じくらいにお酒を飲んでいたはずだけど、そんなこと感じさせないくらい、しっかりと立っていて。
大人って、すごいなぁ……。
素直に、そう思ってしまう。
肩を抱かれて、お姉さんにしがみ付くようにして、一歩を踏み出す。
大人のお姉さんは、私がほとんど体を預けながら歩いても、びくともしない。
それに安心してまた一歩を踏み出すと、酔いの所為か、かくり、と膝から力が抜けそうになった。
私を案じたのか、ぎゅぅ、と強く抱きしめられることに、安心感を持ってしまう。
「あ、ベッド、一つしかないんだけど、広いからいいよね?v」
「ふぁ、ぃ……。」
別に、仲のいいお友達同士なら、お泊り会の時一緒のベッドで寝たり、するし……。
その時の私は、そんな事、些細な問題だと、思い込んでいた。