救済の鎖 ―Property of Nao― ~レズの魔の手に堕ちる王子様~ 作:嫌われた勘のいいガキ
運命の当日、凛は重い足取りで静香のマンションへと向かっていた。 その瞳にハイライトはなく、ただ絶望と数日間の調教で骨の髄まで染み付いた「主への服従心」だけが彼女を動かしていた。
マンションの一室に入ると、そこにはすでにお披露目会の準備を整えた静香と麗奈が待ち構えていた。
「おはよう凛ちゃん。準備はいいかしら? 今日からはもう、貴女は私たちの所有物ですらない。数百人の会員たちに共有される名実ともに『公共の玩具』になるのよ」
静香は冷たく微笑みながら、デスクの上から一本の太い革製の首輪を取り出し、凛の目の前にかざした。それは簡易的なものとは比較にならないほど重厚で、中央には無機質な銀色のプレートが埋め込まれている。
プレートに刻まれていたのは名前ではなく――『No.074』という三桁の数字だった。
「これがお披露目会で正式に受理された際に、貴女がその細い首に巻くことになる『身分証』よ。⋯⋯美しい数字でしょう? その瞬間から貴女は人間としての名前を失い、この番号で呼ばれる単なる個体になるの」
凛はそのプレートに刻まれた刻印を直視し、心臓が凍りつくような感覚を覚えた。凛という名前は消され、たった三文字の数字として分類・管理され、不特定多数の欲望に晒される。そのあまりにも非人間的な扱いに今さらながら自分が踏み込んでしまった地獄の深さが、実感を伴って脳を焼き始めた。
自分はもう誰かに愛される一人の少女ではなく、誰にでも使い潰される「74番」という名の肉塊にすぎない。人間としての自由も尊厳もその数字ひとつで塗り潰されるのだ。
「いいか凛、会場にはお前を品定めしに来る女たちが山ほどいる。もし一回でも『王子様』みたいな態度を見せたり、嫌がる素振りを見せたりしてみろ。どんな目に合うか分かってるよな?」
麗奈の脅迫に凛はガタガタと震えながら、教え込まれた通りの反応を返した。
「⋯⋯はい、麗奈さま⋯⋯。わたしは、皆様に⋯⋯可愛がっていただく、マゾネコ⋯⋯七十四番、です⋯⋯っ。どんなことでも、よろこんで⋯⋯受け入れます⋯⋯」
その言葉は凛の魂が完全に折れ、すべてを受け入れたことを意味していた。自分はもう助からない。名前すら奪われ記号として消費されるだけの存在になる。それでもせめて奈緒にだけは――。
凛が絶望の淵で目を閉じた、その時だった。
バタンッ!! と激しくリビングのドアが叩きつけられるような衝撃音が室内に響き渡った。
「な⋯⋯っ!?」
「誰だ、勝手に入ってきて⋯⋯!」
静香と麗奈が反射的に玄関へ視線を向ける。鍵を閉め忘れていたのか、あるいは無理やり抉じ開けたのか。荒い呼吸と共に肩を上下させながら部屋へ踏み込んできたのは、凛が最もこの場に呼びたくなかった、けれど誰よりも焦がれていた少女だった。
「凛ちゃん!!」
奈緒が、なりふり構わず部屋の奥へと駆け込んでくる。
「な⋯⋯奈緒!? どうして、ここに⋯⋯っ」
「連絡が取れなくて変だと思ったから⋯⋯。凛ちゃんのスマホ、位置共有切られてなかったから、ずっと追いかけてきたんだよ!」
「奈緒⋯⋯っ、来ちゃダメ! お願いだから逃げて⋯⋯っ!」
凛は恐怖に顔を歪ませ奈緒を遠ざけようと必死に叫ぶ。だが奈緒の視線は凛の背後に立つ静香と麗奈を真っ向から射抜いていた。その瞳には凛を救い出そうとする「正義の騎士」のような強い光が宿っている。
「いい度胸ね、お嬢さん。でも、今すぐそこから出ていかないと、凛ちゃんの可愛い姿が世界中にバラまかれることになるわよ。⋯⋯ボタン一つでね」
「⋯⋯やれるなら、やってみればいいわ」
奈緒の声は驚くほど冷静だった。彼女は静香が掲げたタブレットを真っ向から見据え、自分のスマートフォンを突きつける。その画面には、今しがた麗奈が凛を脅迫していた一部始終が映し出されていた。
「今の会話、全部録画してたから。⋯⋯今すぐそれを消して凛ちゃんを解放しないなら、このまま警察に行く。私の親、弁護士なの。本気で動けば、あんたたちの人生なんて一瞬で終わるよ?」
「⋯⋯」
「チッ⋯⋯」
呆然とする凛の傍らで静香はふっと毒気を抜いたような、どこか芝居がかった笑みを浮かべた。麗奈が舌打ちをして身構えるが静香はそれを手で制し、掲げていたタブレットを無造作にテーブルに置いた。
「⋯⋯あら、残念。もう少しで『最高の作品』が完成するところだったのに。随分と勇敢な騎士様が助けに来たのね」
静香は諦めたように肩をすくめ、凛を縛っていた見えない鎖を解くように手を振った。
「いいわ、今日のところは。凛ちゃん、貴女は自由よ。⋯⋯でも、その身体が覚えた感覚まで、その子が消してくれるかしらね?」
「⋯⋯黙って」
奈緒は凛の肩を抱き寄せ静香たちを睨みつける。麗奈は忌々しげに顔を背け、静香は「お披露目会」のために用意していたあの数字入りの首輪をゴミ箱へ放り込むとドアを指し示した。
「さあ、早く連れて帰ってあげなさい。⋯⋯お熱い再会を邪魔するほど、私は野暮じゃないわ」
一瞬、静香の視線が奈緒と交差したような気がした。奈緒はまだ状況の掴めていないような凛の手を強く握りしめ、一度も振り返ることなく外へと飛び出した――。
ほんの数分前の出来事が現実なものか、冷たい空気が頬を刺したことで凛は自分が静香のマンションから逃れたことに気づいた。しかしその身体は依然として、下着の中で震え続ける機械の感触に支配されている。
「凛ちゃん⋯⋯ごめんね、遅くなって」
奈緒の優しい声。だが凛はその優しさに触れるたびに、自分が静香たちに誓わされた卑しい言葉や、麗奈に犯されて感じてしまった快楽が脳裏をよぎり、激しい自己嫌悪に襲われる。
「奈緒⋯⋯わたし⋯⋯もう、汚れて⋯⋯っ。本当は、助けてもらう資格なんて⋯⋯っ」
「そんなこと言わないで。凛ちゃんがどうなったって、凛ちゃんは私の王子様だよ」
「奈緒⋯⋯奈緒っ⋯⋯!」
凛は崩れ落ちるように奈緒の胸に飛び込んだ。静香たちの前で見せていた、魂の抜けたような「マゾネコ」の顔ではなく、一人の少女としての激情が涙となって溢れ出す。奈緒はそんな凛を折れそうなほど強く抱きしめ、背中を優しく、何度もさすり続けた。
マンションから遠く離れ、二人は逃げるようにして奈緒の自宅へと向かった。奈緒の部屋に入り鍵をかけた瞬間、凛はようやく自分が「番号」ではなく「凛」として存在していい場所に辿り着いたことを実感し、膝から床に崩れ落ちた。
「⋯⋯全部、話して。凛ちゃん。何があったのか、私に全部」
奈緒が床に座り込み、凛の手を握りしめる。凛は震える唇を動かし断片的になりながらも、これまで隠し通してきた地獄の日々を告白し始めた。
「⋯⋯ずっと不安だった、奈緒のことを幸せに出来るのか。奈緒とのエッチに自信が持てなくて⋯⋯。奈緒を気持ちよくさせたいけど、何をしていいかわからなくて⋯⋯嫌われたくないって、そればかり考えてた」
凛は俯き、自分の膝の上に涙を落とした。
「そんなときに静香さんに誘われた。『女の子を満足させる方法を教えてあげる』って。奈緒を喜ばせられるなら、奈緒にふさわしい王子様になれるならって⋯⋯そう思って、行っちゃったの⋯⋯っ」
語られる真相はあまりにも純粋で、あまりにも愚かな奈緒への愛ゆえの選択だった。
「そしたら⋯⋯静香さんたちに無理矢理、犯されて、学校にいる間も変な機械を付けさせられて、授業中もずっと震わされて⋯⋯っ。あんなに惨めな言葉を何度も言わされて、それをカメラで撮られて⋯⋯。麗奈さんにあんなひどいことまでされて⋯⋯それなのに、私⋯⋯痛かったはずなのに、身体が、気持ちいいって⋯⋯っ。奈緒のことだけを考えていたはずなのに、自分の卑しい快楽に、負けちゃったの⋯⋯っ!」
一番言いたくなかった、快感に屈したという事実。それを口にした瞬間、凛は羞恥で顔を覆った。だが奈緒は表情ひとつ変えず、ただ慈愛に満ちた瞳で凛を見つめ続けている。
「⋯⋯そっか。私のために頑張ろうとしてくれたんだね、嬉しい。凛ちゃん、本当に優しいのね」
奈緒は静かに立ち上がると凛の肩に手を置き、逃げられないように優しく、けれど強く引き寄せた。
「でも、もう大丈夫だよ。凛ちゃんのその汚れた記憶も、身体に残された嫌な感覚も⋯⋯全部、私が忘れさせてあげるから。私が凛ちゃんを『本当の姿』に戻してあげるから」
奈緒の指先が凛のブラウスのボタンへと伸びる。その動きには静香たちの冷酷な手つきとは違う、どこまでも甘やかで、それでいて有無を言わせない、底知れないなにかが混じっていた。