ある日の夜、クレアはレオンの胸に顔を埋め、彼の心臓の音を確かめるように聞いていた。
自分でも表現しきれないぐちゃぐちゃになった感情を少しでも落ち着けようと、まるで赤ん坊が母親の胸に埋もれる様に、ベッドの上でレオンの体の上に覆い被さって休んでいた。
今日はテラセイブの仕事が大詰めだった。
それが終われば、普段ウイルステロ関係で連携を取っている各組織との大がかりな親善パーティが開かれた。
クレアは疲れた顔にやや厚化粧をほどこし、赤い露出の多いパーティドレスに着替えて会場に入る。
赤いパーティドレスはセクシーさを狙ったものではない。
常に大量の書類やラップトップを詰めたバッグで移動するクレアは、なるべく軽く、面積を取らずにバッグに詰めて運べるものを選んだだけだ。
かくして手のひらにおさまるほど小さくに折りたためるドレスは、下着のラインがはっきりわかるほどの薄さで、胸元も背中も太ももも剥き出しになるほどの大胆さで周囲の目線をぞんぶんに集めた。
クレアは着替える際、やむを得ず、ニップレスだけ貼って下着も全部脱いだ。
薄い生地越しにパンティラインを見せたまま歩けば、明日から出勤できなくなる。
さらにクレアはハイヒールでじりじと気をつけながら歩いた。
転んでスカートの中が見えたら終わりだ。
外にすら出れなくなる。
ちょっとやりすぎだったかな。
買う時にもっとよく見ておけばよかった。
とクレアは後悔した。
質の良いシルクのドレスだが実は家の近くのアウトレットの店で100ドルもせずに買ったものだ。
急いでいたので気づかなかったが、売れ残った理由は帰って家で広げてみてからわかった。
着れさえすればいい、とサイズと値段しか見なかったことを後悔した。
これじゃあ、あの女みたい…
女であることを最大限に利用し、肌を見せることに恥じらいもない狡猾な女産業スパイが頭に浮かんだ。
絶対に同類だとは思われたくない。
自分はあんな戦い方はしない。
「おい!」
ああやっぱり。
重厚な声に振り向いたら、やっぱりそこには愛する兄がスーツ姿で立っている。
体格がよく、顔も整っている兄は、こうして衣装を変えると別人のような精悍さと色気のただよう男性になり、一部の女性から熱い視線を浴びている。
ステキ、抱かれたい、などという囁き声が着飾った女性たちから聞こえるたびに、クレアは彼女たちを鋭い目で睨みつけた。
そしてそれは兄クリスも同じだった。
妹を色味を帯びた目で見つめる男共を、その視線の一撃で粉砕する。
クレアに目を向けようとしない男がいたら、BSAAの職員だと思って間違いない。
「なんだその恰好は!恥を知れ!」
クリスが怒るのは当然だ。
クレアは、仕方なかったことや、すぐに帰ることを伝え、クリスはなんとかその場は抑えたが、後日、手厳しいお説教が来るだろう。
そして、会場から出ようと足を出口に向けたところ、女性たちの甘い嬌声が聞こえてきた。
ああ、もっと早く帰ればよかった。
一番見られたくない、一番見たくない人間に会うことになるとは。
「やあ、クレア」
明るさと爽やかさを無理に貼りつけた美声で自分を呼ぶその男。
振り向くと、やはり見たくなかった男がいた。
着飾った女性たちが纏わり憑くように彼を取り囲んで、手や腕に触れようとけん制し合っている。
目ざとい女はすでにクレアに値踏みするような視線を贈っている。
「どうしたんだい?今夜の君はまるで別人だよ。誘いたい男でもいるのかい?」
きわどいジョークを言いながらも、自分のドレス姿をねめつけている。
美男なだけに好色そうな眼付きですら色っぽく魅力的だ。
クレアは急に気恥ずかしくなり、ニップレスがずれて自分の乳首が見えてないか、スカートの裾がずり上がってパンティがオフの下半身が見えてないかと自分の体を確かめた。
「にぎやかだなレオン」
背後から兄が自分の両肩に手を置いて、女性に囲まれたレオンをけん制する。
「クリス、久しぶりだな。来てるとは思ってたけど」
共に対テロに関わる組織の重要人物だ。
ここで出会うのも当然だろう。
「それだけにぎやかなら、これ以上の女性は必要ないな。妹は風邪をひく前に帰るそうだ」
クリスはクレアをぐいぐいと出口の方に押していく。
クリスは自分がレオンと付き合っていることに気づいているに違いない。
『軟派な男め。一体どこがいい』
クリスは誰に言うこともなく呟いた。
後ろからまた、女性たちの艶声が聞こえる。
本当に今までもどれだけの女性を連れ歩いていたか…
クレアはどっと疲れてタクシーで自宅に戻り、着替えもせずにベッドに倒れた。
しばらくして半同棲中のこの部屋に戻ってきたレオンはスーツを脱ぎ、シャツとジーンズになってベッドに入ってきた。
そして上記に至る。
ぐちゃぐちゃになった感情をなだめようと、クレアはそんなレオンに無言で力いっぱい覆い被さった。
「クレア、大丈夫か?」
彼女の頭をそっと撫でるレオンだったが、クレアの苛立ちが収まらない。
『甘ったるい香水の香りプンプンさせて、なにが、大丈夫?よ…!』
不条理なのはわかっている。
彼が女性にモテるのは仕方のないことだし、彼が意図して誘っているわけではない。
少なくとも自分と恋人関係になってからは、彼は浮気めいたことはしてないはずだ。
しかし、彼のあんな姿を見せられると不安に駆られる。
そしてじりじりとした、どろどろとしたものが自分の中に湧きあがってくる。
それは今まで、彼が愛してきた女性たちを思い起こさせるからだと気づいたのはこの間、近所のカフェで彼が女性と話している姿を見た時だ。
仕事なのはわかっていた。
それでも湧きあがってくるこの感情をどうしていいかわからない。
彼の胸の中でで収まるのを待つしかない。
悔しい。
自分には大した男性経験なんてないのに。
きっと彼には及びもつかないだろう。
負けっぱなしだ、彼の華やかな人生に。
しばらく惨めな気持ちだったクレアだが、ふいに兄の顔が浮かんだ。
スーツ姿のクリス。
あの会場の中で一番、素敵だった。
女性からだけでなく、男性からも羨望のまなざしで見られていた。
あのクリス・レッドフィールドの妹の私がこんなに弱くてどうする!
よし。
彼女は顔を上げ、レオンの瞳を覗き込むように見つめた。
少しは機嫌が直ったかとレオンは安堵の表情を浮かべた。
そんなレオンにクレアは突拍子もないことを囁いた。
「ねぇ、レオン。今から私と、特別なゲームしない?」
レオンはクレアの悪戯っぽい表情に、一瞬たじろいだ。
「ゲーム?どんな…」
「フフ…じゃあ、説明するわね。一緒に楽しみましょ」
クレアの顔は天使のようにも悪魔のようにも見え、レオンの心臓の音は一気に高まった