天才魔導師の彼女は、他人の精液で魔力を満たしている 作:おるかー
鉄と脂、そして魔物が焼け焦げた特有の刺激臭が、地下深くの洞窟に充満している。
大陸中央「迷宮都市ガルガンチュア」にある巨大迷宮。その地下二十層が俺達の戦場だ。
世界最大の迷宮で、命を懸けた冒険をするのが俺達冒険者。今日もそんな冒険が幕を開ける。
されどそんな理念に反するような、どこかダウナーな声が聞こえてきた。
「……グレイ、揺らさないで。気持ち悪い」
俺の背後から、不機嫌を極めたような声が鼓膜を叩く。
その声の主は、俺の背中に特注のハーネスで固定された一人の少女だった。
身長146cm、体重39kg。
装備を含めても米袋より軽いその少女こそが、この理不尽な世界で気の抜けたことを言う俺の相棒だ。
「無茶を言うな。オークロードの突進だぞ」
「うえー。揺れるー。グレイー」
俺はその声を無視し、身の丈ほどもあるタワーシールドに体重を預け、前方からの衝撃を殺す。
すると次の瞬間、鈍い重低音と共に、衝撃波が全身の骨を軋ませた。
普通の人間なら内臓が破裂する威力だが、俺の鍛え上げられた肉体と、何より「守らねばならない」という強迫観念が、その場に両足を縫い付けていた。
視界の先には、数十匹のオークの群れ。
興奮した豚の吐息と、腐った肉のような体臭が鼻をつく。
「……はぁ。臭い。生理的に無理」
「ルナ。文句ばかりだな」
「本音を言ってるだけじゃん。でもまあ、準備おっけー」
そう背中の少女――ルナが、けだるげに呟いた。
俺の肩越しに、華奢な腕が伸びる。
その指先は戦場には不釣り合いなほど白く、血管が透けて見えるほど細い少女のものだ。
「……グレイ、ちょっと我慢してね。一秒で終わらせる」
「了解した。……衝撃に備える!」
俺は叫びと共に盾を構え直し、地面に両足を食い込ませる。
直後、ルナの周囲の空気が歪んだ。
ルナに詠唱などない。
彼女にとって魔法とは、祈りや技術ではなく、単なる排泄に近い生理現象だ。
体内に蓄積された膨大な魔力を、蛇口をひねるように垂れ流すだけ。
「……消えて」
ルナが指をパチンと弾く。
瞬間、世界が白に染まった。
爆発音すらない。
ただ、圧倒的な熱量と質量を持った魔力の奔流が、前方扇状の空間を削除した。
オークたちの肉体が、鎧が、武器が、断末魔を上げる暇もなく原子レベルで分解され、ジュワッというタンパク質の焦げる音だけを残して消滅する。
数秒後。
そこには、赤熱してドロドロに溶けた岩肌と、直線のトンネルだけが残されていた。
「……んー。こんなもん?」
ルナは興味なさそうにあくびをし、俺の首筋に頬を擦り寄せてくる。
俺は無言で盾を下ろした。
「……ああ、見事だ。全滅を確認。ただやりすぎだルナ。魔石も消し飛ばすところだったぞ」
「うー。気を付けるよー」
俺の説教が届いているのか届いていないのか、そんなルナの適当な返事が聞こえる。
俺はため息をついて振り返ると、ルナの首元を確認した。
するとルナの喉仏の下、チョーカーにはめ込まれたクリスタルが視界に入った。ダンジョンに入った時は澄んだ青色だったクリスタルが、今は濁った黄色に変色している。
それに顔を顰めながらも、俺は落ちていたオークロード達の魔石を回収する作業に入った。
「……ねえグレイ。お腹空いた」
「了解。街に戻ったら飯にしよう」
「違う。そっちじゃない。……
ルナの声が、少しだけ熱を帯びる。
魔力の枯渇は、彼女にとって激しい飢餓感と、身体の芯が疼くような倦怠感をもたらす。早めに解決せねばならぬことだ。
「……あと一発撃ったら、ガス欠になる。……今日はもう帰ろう」
「分かっている。今日は強力な魔法を連発しすぎたな」
「あうー。不覚ー」
「はぁ。しっかり捕まってろ」
そう返事をし、魔石を拾い終えた俺は、ルナの太腿を支え直して来た道を戻り始めた。
背中に感じる体温は、魔法の反動のせいか、平熱よりも少し高い。
その熱が、俺の背中を通して心臓にまで伝播し、重苦しい現実を突きつけてくる。
ルナの放つ圧倒的な破壊力を維持するための魔力の存在。
これからそれを、
◇
迷宮都市の中央広場にある巨大な施設――冒険者ギルド。
迷宮を探索する冒険者達を管理する巨大な施設扉を押し開けると、喧騒と酒の匂いが押し寄せてきた。
俺たちが足を踏み入れた瞬間、ホールが一瞬だけ静まり返り、すぐに爆発的な歓声に変わる。
「おい見ろ! 『銀灰』のお帰りだ!」
「よおグレイさん達。今日はどんな大暴れだ? ぜひ奢ってくれよ」
「うわっ。すげぇ魔石の量だ……あれだけで金貨何枚になるんだ?」
浴びせられるのは賞賛の嵐。冒険者の中でも上位のA級に位置する俺達には、尊敬の眼差しが贈られる。
ただそんな称賛ももう慣れたもので、俺達は無表情のまま換金カウンターへと直行する。
背中のルナはフードを深く被り、周囲の視線を遮断するように俺の肩に顔を埋めている。
ルナは人混みが嫌いだ。
自分に向けられる羨望――そして欲望や嫉妬の視線を、肌に張り付く汚れのように感じているからだ。
「買取をお願いする」
「今日も大量ですね。しかもA級魔石じゃないですか! さすがは銀灰のお二人です」
「当たり前のことをしたまでだ」
「ぶい」
受付の鑑定士の女性がくれる称賛の言葉には、ルナも顔をあげてニヤリと笑っていた。
ジャラジャラとすべての魔石をカウンターに乗せ、鑑定士は大急ぎで計算を始める。
そんな中、俺の耳は歓声の裏側に潜むノイズを拾ってしまった。
カウンターの隅。
昼間から安酒をあおっている、古参の冒険者たちの会話。
「……へっ、英雄気取りが。いい気なもんだぜ」
「違いねえ。あのチビ女、そんな英雄じゃねえだろ……肉便器のくせに」
その言葉に心臓が冷たく脈打つ。
俺は魔石を数えるふりをして、奥歯を噛み締めた。
「マジかよ? あんなにガード堅そうなのに」
「バァカ、知らねえのか? あのチビ女、誰彼構わず股開くんだよ。この前も路地裏で、三人に
「うへぇ、マゾヒストかよ。あのデカブツ男も、よく平気な顔して寝取られてるな」
「穴兄弟が街中に百人はいるって話だ。……俺も今度、声かけてみるか? まんこ貸してくれってよ」
下卑た笑い声。
粘つくような視線が、俺の背中の膨らみに突き刺さる。
それを事実無根の噂話として罰を与えられたらよかった。
だが、反論はできない。
「……グレイ」
耳元で、ルナが囁いた。
あいつらの声が届いているはずなのに、その声は平坦で感情の色がない。
「……あいつらの声、うるさい。殺していい?」
「ダメだ。街中での魔法は禁止されている」
「……チェッ。つまんない。あいつらは絶対なし。誘ってきたら殺す」
そして小さく吐き捨てる。
「衛兵にしょっぴかれないようにな」
「ん、わかってる。……早く帰ろグレイ。ここ臭いが濃すぎて吐きそう」
ルナは、自分に向けられる侮蔑の言葉など、道端の石ころほどにも気にしていない。
ただ臭い、うるさいという生理的な不快感だけがある。
「ああ、帰ろう」
俺は換金された金貨袋を受け取り、逃げるように、それでいて堂々と胸を張ってギルドを後にした。
背中で揺れるルナは、あくびを嚙み殺して俺の首元に顔を埋めた。
◇
迷宮都市にある高級定宿『ヤモリの尻尾』、最上階。
ドアを閉め、防音の結界が張られた瞬間、張り詰めていた糸が切れた。
「……んあー、疲れたぁー……」
ルナが俺の背中から滑り落ち、そのままベッドへとダイブする。
身に着けていたブカブカのローブがめくれ上がり、シーツの上に無防備な肢体が投げ出される。
「……グレイ、靴脱がせて。あと服も」
「自分でやれと言っても聞かないんだろうな」
「当たり前じゃん。世界を救った(ような気がする)大魔導師様だよ? 指一本動かすのも億劫なの」
ふふ、とルナが冗談交じりに力なく笑う。
俺は苦笑しながら、ルナの投げ出された足元に跪いた。小さなブーツを脱がせ、泥で汚れた足を布で拭う。
ルナはされるがまま、天井を見上げてぼんやりとしている。そして呟く。
「……今日のご飯、なに?」
「ゼリー飲料と、宿屋の肉スープだ。噛まなくてもいいようによく煮込んでくれと頼んである」
「ん、有能。……愛してるよ、グレイ」
「はいはい」
その言葉を適当にあしらいながら、ルナの身に着けている魔導士のローブを脱がそうとする。
――カチャリ。
その時だ。俺の手がルナの首元にふれて、金属的な音を奏でる。
俺の指先が、ルナ首元――チョーカーのクリスタルに触れていた。
「……あ」
その一言で、部屋の空気が凍りついた。
俺の視線が、彼女の喉元に吸い寄せられる。
クリスタルの色は、先ほど見たときの黄色ではない。
警告色のような、毒々しいまでの赤色が、薄暗い部屋の中で点滅していた。
限界突破。
帰りの移動と、結界の維持で、残存魔力を使い果たしたのだ。
「……やばー。明日まで持つかと思ったけど。んぅ」
ルナの呼吸が、急に荒くなる。
さっきまでの安らかな表情が崩れ、頬に異常な紅潮が差す。
瞳孔が開き、アメジスト色の瞳の奥に、妖艶なピンク色の光が灯り始めた。
それはルナの体質。魔力欠乏による、禁断症状。
肉体が、脳髄が、外部からの魔力を求めて悲鳴を上げている。
「……グレイ、だめ……これ、深い……」
ルナが自分の胸を掻きむしりながら、息を荒げて涙目で俺を見上げていた。
その瞳には、理性と本能が混ざり合った、どろりとした懇願が浮かんでいる。
「……熱い、の……。身体が、乾いて……割れちゃう……!」
彼女の内股が、無意識に擦り合わされる。
俺は拳を握りしめ、数秒だけ躊躇し――そして、即座に決断した。
俺には魔力がない。
俺のモノでは、彼女の乾きを癒やすことも、この発作を止めることもできない。
俺ができることは、一つだけ。
「……待ってろ。すぐに魔力を見繕ってくる」
俺は踵を返し、ドアノブに手をかけた。
背後から、ルナの甘く、濡れた声が追いかけてくる。
「……はやくぅ……グレイ、だれでもいい……。……おっきくて、たくさん出る人……つれてきてぇ……ッ!♡」
理性が溶け落ちた、雌の響き。
俺は唇を噛み切りそうなほど強く閉じ、ドアを開けて廊下へと飛び出した。
今夜もまた、俺たちの長くて淫靡な夜が始まる。