僕は、何も言えなかった。それは、僕自身が彼女の言葉に、僅かに納得してしまったからだ。夢を語る人間は、基本的に二つに分けられる。
馬鹿にされるか、賛美されるかだ。
道から外れた僕はどちらかと言えば後者の意見だ。だが、彼女は、前者の考えなのだろう。少なくとも僕はそう思った。
同時に、今までの短い会話から、何故、彼女に対して嗔恚に燃えていたのかも理解した。僕にとって夢という単語は、一人一人に小さな形として複数に存在するものだ。その中の一つでも叶え、昔からの夢だった、と口にしてみれば、どんなに些細な事でも、良かったね、おめでとう、なんて言ってくるだろう。ただの偶然でなんの努力もなく成功した欠片だとしてもだ。そこには必ず祝いの言を投げ掛けられる。それが普通の反応だろう。
だが、彼女は世の中を捻り曲げて歩いている。
雛鳥の刷り込みを連想してもらえば分かりやすいんしゃないだろうか。最初に見たものを親だと思い込む心情に抗った結果(親や学校、友達からの夢についての刷り込み)、離れたものの見方をしているのだろう。なるほど、彼女も僕と同じ世間から外れた存在なんだ。これも脱落者としての一つの形なのだろう。
ただ、彼女との違いはある。
僕の場合は行動が、彼女の場合は思考が、そうさせてしまっている事だ。そして、これは思考の方が質が悪いというのは間違いない。彼女は僕よりも、筋金入りのドロップ・アウト組みなのかもしれない。つまり僕が抱えているのは同族嫌悪だ。
「夢はないのか?」
「夢をもつことは人として当然の義務だからね。不本意ながらあるよ。ただ、夢って言葉は好きじゃないの。やりたいこと、にしようよ」
僕は、夢を義務と言うことが府に落ちずに言った。
「それは義務じゃないだろ?必ず持たなければいけない訳じゃない。そこに何か責任がある訳でもない」
「責任は意思、義務は気持ちだよ」
「同じ意味って分かってる?」
「勿論、分かってるよ」
僕の頭がおかしいのだろうか、それとも、彼女のネジの曲がり具合が激しいのか、言っていることが全くわからない。
「滅茶苦茶だね。辞書を読むことをお薦めするよ」
時間の無駄だった。頭の悪い女を相手にしただけだ。立ち上がった僕に彼女が聞いた。
「どうしたの?」
「帰るんだよ。これ以上は、意味があるとは思えないから」
「なら、どうしてここにきたの?」
「……ただの暇潰しだ」
僕は、かつてない程に冷淡な口調で告げる。金輪際、彼女とは逢うこともないだろう 。
だが、彼女が次に張り付けたのは、あの不気味な笑みだった。
「やっぱり、あなたは模範のような答えしか返さないんだね」
彼女が一歩、歩み寄る度に、汗が背中を伝っていく。だが、吸い込む空気は、確かに冷気を帯びている。自分の身体に起きている奇妙な矛盾に戸惑う僕に構わず、彼女は楽しそうに微笑した。
「さっきの辞書って言葉だけど、あなたは、その二つを調べたことはある?」
「……調べる必要なんかあるのか?同意語だと分かっていれば……」
彼女は、くすり、と微笑み鋭く言った。
「だから、あなたは模範なんだよ」
彼女の言っている意味が本当にわからない。僕の頭は疑問符で埋め尽くされていく。駄目だ、振り返れ、逃げろ、これ以上付き合うな、また雰囲気に呑まれるぞ、と僕の中にあるなにかがシグナルを鳴らす。だけど、身体がついてこなかった。
「あなたの考え方はとても合理的。だけど、それだけなんだよ。敵を作っていないだけに過ぎない。当たり障りのない人生は楽しい?楽しくないよね?だってあなたはあんなに不安に駆られているのだから」
今更気づいたんですが、両作品UAが1000越えていました!
本当にありがとうございます!