溜め息混じりに章一は、煙草の煙を吐き出した。
「で、なんだっけ?そのストーカーしてるってのは確かなのか?」
僕は頷いて昨日あった出来事を簡潔に話した。最初は、あいずちを打ってくれていたが、次第に険が浮き上がってくる。苛立たし気に、章一は言った。
「最低だな……男のすることかよ……被害にあってる娘はどんな様子だ?」
「彼女はあまり気にしていないみたいだ。巻き込まれた僕が言うのも変かもしれないけど、なんだか楽しんでいるように思ったよ」
「……随分と変わった女なんだな」
口をポカンと開けていた章一は、壁時計を一目見た。そろそろ仕事の時間だ。
「今日の夜はどうするんだ?」
「迎えに行くつもりだよ。時間があればね」
「そうか……俺も付き合おうか?」
「いや、良いよ。巻き込まれるのは僕だけで充分だ」
「けどよ……」
僕をメイド喫茶に誘い、こうなってしまったと責任を感じているのだろう。章一は困ったように、眉を八の字型にして唇を噛んだ。章一は変な所で外見には似合わない気負い易い性格をしている。
「本当に大丈夫だから。相談に乗ってくれてありがとう。さて、仕事だ」
煙草を消し、僕らは立ち上がった。章一は尚も納得していないようだが、僕もこれ以上は、話すつもりもなかった。
テレビなんかで見たことがあるストーカー被害なんてのは、画面越しだからか、あまり危機感ってやつは持たなかった。だが、実際に目の当たりにすれば、あれほど肝が冷えることはない。彼女によると、玄関を開けた瞬間から、視線を感じることもあるらしい。しかも、姿は隠していない。
自分はなにも悪いことをしてはいない、見守っているだけだ、こんな台詞が聞こえてきそうだ。
彼女の態度も、拍車をかけているようで、救いようがない。もっとも矢面に立つのは僕じゃないか。
仕事が終わったのは、夜の23時だった。そこから秋葉原までは、約20分程だ。ガタガタと揺れる振動もあまり気にならないくらいに、東京の電車ってやつは込み合っている。過去に一度、僕は痴漢にあったことがあるのだが、犯人は男だった。あの時、痴漢被害にあった女性の心理を考えてみたのだが、男でさえ、あれほど嫌忌するのだから、女性がどんな気持ちなのかなんて想見したくもない。
比べるものではないのだろうが、ストーカーだってそうだ。
男なら、はっきり言ってまだどうにかなるだろう。腕力にものを言わせれば、組伏せることも可能だ(武器があった場合は別)。だが、女性は違う。ストーカーがエスカレートすれば、盗撮、盗聴、果てにはレイプまでに発展することだってあるだろう。前にも言ったが、レイプは殺人と同じだ。僕からしたら、彼女は殺されるのを待っているだけにすぎない。自殺みたいなものだ。そんな自殺願望者を放っておけるはずもなく、僕は再び、ここ秋葉原に訪れた。
エスカレーターの両側に張られたアニメやゲームの広告が流れていく。昨日までは、僕とは縁も所縁もない街だったのに、まさか二日連続で来ることになるなんて思いしもなかった。
だが、ぼんやりとポスターを眺めながら、僕は彼女……原明日香と出会ったことにより、ストーカーなんてものを介して、味気なかった日常が、まるで徐々に輪郭を持ち始めているみたいだと思い、堪らなく嫌になった。だって、その理由が、ストーカー被害なんて冗談かなにかかと言われ、一笑されても仕方がないじゃないか。だけど、実際はどうだ。彼女と会った街に二日連続で来てしまっている。今までバイト先と自宅を往復するだけの生活をしていた僕がだ。
僕は自分に失笑してしまった。彼女との待ち合わせは例の公園だ。
最近、極寒じゃね?www