福原は、大儀そうに顔を伏せる。さっきとはうってかわった態度だが、そこはさほど気にならなかった。
「はぐらかしてはいないとは思うけどな。いや、単純に気付いていないのか?」
まあ良いか、と首を振り、福原は腰の位置を変えて楽な姿勢をとったかと思うと、ポケットから手帳を取り出し、なにかを書き込み、四つ折りのそれを僕に渡すと急に立ち上がった。何事かと見上げている僕を横目に、福原は迷いなく玄関へと歩いていく。
「......何してる?」
「何って......帰るんだよ」
「ちょっと待て、意味が分からない。なんでこんなタイミングなんだ?」
福原が振り返ろうとしたが、何かに気付いたのか、その動きを止めた。
ちょうど、シャワーの音が止まり、彼女が脱衣場に出た所のみたいだ。背中を向けたまま、福原は捲し立てるように早口になる。
「そこに、俺の番号を書いてる。明日、連絡をくれ。その時に続きを話す」
彼女がいない内に出て行くのはどうかと思うが、その提案には僕も賛成だ。きっと、僕らには落ち着いて話をする機会が必要なんだろう。頬に、チクリ、と傷みが走る。今日はいろんな事がありすぎた。
「分かった。明日は、仕事がある。合流するのは、夜中になるけど良いか?」
「ああ、大丈夫だ」
「それと、明日一日は彼女に近づくな。彼女は、僕が連れていく」
了解の意味だろう。福原は静かに首を縦に動かし、そっと玄関を閉じる。同時に、タオルで髪を拭いながら脱衣場から彼女が現れた。しきりに部屋を見回している。
「福原君は?」
タオルを首に掛け、彼女は冷蔵庫を開けた。中から発泡酒を二本とり、一本を僕に渡した。缶を傾けて、中身をあおるたびに動く喉が、すごくセクシーに見えた。僕は目を逸らして、開けたままにしていた窓を閉めた。
「帰ったよ。君に一言もなかったのは悪いと思ったけどね。明日、また会う約束はしてある」
番号が書いた手紙を彼女に渡すが、特に関心がなさそうに彼女が受け取る。
「ふーーん、そう......」
「やけにあっさりしてるね。もっと食い付くかと思ってた」
「明日、また会えるんでしょ?なら、良いじゃない」
彼女がベッドに座った。長い黒髪の先がシーツを着いて、小さな染みを作る。そんな細かいところが気になるほど、潔癖症なつもりはないけど、それだけ彼女が気になっているという表れなのだろうか。
秋に漂う空のような、ほんのり赤い彼女の肌は、すごく魅力的だった。
「番号は僕が持っておくけど、良いかな?」
「うん、それで良いよ。明日、連絡してあげて」
「了解、でだ。君はどうする?帰るか?」
「こんな雨の中、渉君は帰れなんて言うんだ?」
彼女がいたずらな笑みを浮かべた。僕は首を振って答え、ベッドから布団を一枚だけ下ろした。薄いけれど、くるまって寝れば充分だろう。さすがに、二日間もなにもない状態で眠るのは辛い。僕が風邪をひくかどうかは、別問題だ。
くっそ、なんだこの拭えない違和感は……w