歩き出した福原に続いたのは、僕の腕を押し退けた彼女だった。一足遅れて、肩を掴もうとしてやめた。触れがたい雰囲気を漂わせているように感じたからだ。エレベーターは、六階の中央に設置され、そこから両側に廊下が延びている作りになっている。部屋数も多いことから、外見とは裏腹に、ここはワンルームマンションみたいだ。タイルの張られた廊下、しっかりとした防犯設備、ましてや、エレベーター付きとくれば、僕の部屋よりも家賃は高額だろう。猿でも一見すれば笑ってしまう。格差社会って一体なんなのだろうか。
エレベーターを左に降りた六つ目の扉の前に立ち止まった。
606号室、ここが福原の部屋だ。ガチャガチャと鍵を外す間、僕は今来た道を見直してみる。裕福層が選んだマンションというのは、周囲の繋がりが薄いような気がする。新築マンションのモデルルームのように、足跡が残っていないし、なにより人気がないのだ。貧乏人の僻みと言われればそれまでだが、他者と出来るだけ距離を置くイメージがあるのはどうしてだろう。
いや、それは、僕も同じだ。そして、なにより、僕らの世代から下の人達を合わせても、きっとそうなのだろう。祖父母の自宅に遊びに行ったときに、四、五件先のお隣さんが野菜をお裾分けに来てくれたことがないかな。僕らからすれば、四、五件も開けば完全に付き合いをしようなんて考えはない。強いて言えば、地域の活動に参加するときくらいじゃないだろうか。この廊下は、それを如実に表しているような気がして少し寂しくなった。
「......入ってくれ」
扉を開く低い音が合図みたいに鳴った。まるで、鏡から飛び出す勢いで福原を押し退けた彼女が、ぐんぐんと歩いていき、すぐにリビングへ繋がる中扉を開いた。
その間、僕は福原を注視していたが、特に抵抗を示す動きはなく、それ所か、早く入れとばかりに道を開いた。福原の部屋は、そこらにあるワンルームより広く、右手にはバスルームとトイレがある。ユニットではない。炊事場は綺麗に整理されていた。僕は内心、想像と違って安堵する。
そこで、問題のリビングへ視線を伸ばした。
「わぁ......これは......なんていうか......凄いね福原君」
僕は彼女が、若干、言いずらそうに言葉区切っているのを初めて耳にした。眼を伏せた福原を横目に、僕は靴を脱いだ。後ろでドアに鍵を掛けた音がする。もう、逃げられない。
ゆっくりと冷水に浸けらなければいけない時のように、知らぬ間に、僕はにじりよるような摺り足になってしまっていた。本音を言わせてもらえるなら、はっきりと叫べる。僕は怖かったのだ。だって、こんな状況に陥って恐怖を感じない人間なんかいない。彼女は、まだリビングの入口に佇んだままだった。固まったように二の足を踏み続けているみたいにも見える。