僕は切っ掛けを作る為に、一度だけ振り返り、鍵が掛けられたドアノブを一目する。退がれないなら、進むしかないんだ。
彼女の隣に立った僕が目にしたのは、どうにも、なんとも、異様な空間だった。中央にテーブルがあり、その下を布団が一つ通っている。あとは、全て本棚だった。強烈な圧迫が視界の効果のみで生み出されるほどだ。それも、ほぼ全て本が並べられている。横に長い本棚の上に、もう一つ置かれた木製の本棚にすらだ。そして、もっとも目についた特徴は、本の薄さにあった。しきりに目線を動かしていた彼女が、部屋に踏み込むと、一冊を引き出し、まるでパラパラ漫画でも見るような速度で流し、一息ついて本を戻す。
「......福原君は、こういうジャンルが好きなの?」
「......好き、という訳じゃない」
「じゃあ、絵が好きなのかな?」
いつの間にか、僕の後ろにいた福原が、やや口ごもりながら返し、それにすら厳しい口調で突き入れる。僕にも福原が何を感じているのかは分かる。彼女の熱が込められた言葉は、切れ味の鈍くなった刃物みたいだった。ミリミリと肉に食い込むような、そんなしつこさを持った鈍い刃が、福原の心に沈んでいく。
僕でさえ、その痛みがあるのだから、直で視線と重い声音を当てられている福原の心境はいかほどだろうか。
「なら、これは、君の趣味なのかな?」
そんな言葉のどこが癪に触ったのか、かっ、と福原が両目を見開き叫んだ。
「......違う!俺はそんな趣味を持ち合わせていない!」
耳元で喚かれてしまった僕以上に、彼女は深い皺を眉間に刻んだ。それも、当然だ。僕だって理解が出来ていない。まず、この部屋を一見して思い至るのは、こういったジャンルを趣味にしている、というのは当たり前の帰結じゃないのだろうか。首を傾ける僕らを余所に、さきほどの弱腰はどこにいったのか、福原は一歩前に出て言った。
「むしろ、その逆だ!俺は、こういった本が大嫌いだ!描いてる奴が本当に正気を保っているのか、疑ってしまうほどにな!」
血相を変えて、福原が彼女に詰め寄っていく。僕は、慌てて福原を羽交い締めにした。
「福原!分かった!分かったから落ち着いてくれ!」
肩で息を繰り返してはいるが、僕を引き摺るような勢いはなくなった所で、悠然と構えたままの鏡のお姫さまへ目を向ける。彼女の手には、数ページ分しかないであろう本が一冊握られていた。表紙を全て確認できないが、大きな瞳を涙で濡らす、可愛らしい絵柄の女の子だけは見えた。いくら僕が疎いとしても、それは充分なヒントになり得る。
追い討ちをかけるように、彼女は本棚から新たな一冊を取り出すと、テーブルへと捨てるみたいに投げた。人のものだというのに、随分と、ぞんざいな扱いをするものだと呆れてしまうが、鏡のお姫さまは、皮肉屋へと早変わりして、いつもの冷笑を浮かべていた。