初来店が苦い思い出になりそうだ。
テーブルにつくと、僕達を案内した女性がテーブルの脇に膝まづき、おもむろにキャンドルを模したライトを点灯させ、それをテーブルの中心に置く。
すると、初めから示し合わせ(そういうルールなのだろう)ていたように店内の電気が消え、ブラインドの隙間から漏れる光と、ライトの淡い明かりだけが浮かび上がった。膝まづいた態勢のまま、女性が口上を述べる。
「申し訳ありませんが、お客様はまだ完全なご主人様ではありません。このキャンドルの火を消す事により、夢の世界へ入れます」
すっ、と掌で指された先には先程のライトがある。
こんな大それた演出までしなくてはならないのだろうかと疑問に思う。ふと、視線を上げれば、客の目が僕達に向けられていた。
ああ、なるほど、夢の世界へようこそって事かな。もしそうだとするならば、すごく肩身が狭くなった。
「それでは、ようこそ夢の世界へ……」
女性がライトへ尖らせた唇を近付け、息を吹き掛けると同時にライトのスイッチを切った。ここからが僕達の初メイド喫茶体験が本当の意味で始まったんだ。
「それでは、続いてメニューの説明ですが……」
僕達は一気に現実へと引き戻された。
※※※ ※※※
こんなに居た堪れない気持ちになったのはいつ以来だろう。学生の友達が少なかった僕は、ぴったりと当てはまりそうな場面を思いだそうとしていた。章一は、場に慣れたらしく、既に店員の女性と楽しげに会話をしている。
気を使ってこちらにも何度か話しを振ろうとしてくれるが、僕は生返事を返しながら、注文したビールをチビチビと時間をかけて呑んでいた。
苦手な訳じゃなく、その値段が高いからだ。飲み放題をメニューに追加してほしい。
僕は、呆けたまま何気なく他のテーブルに座る客を見た。
それぞれの席で、それぞれに会話が弾んでいるみたいだが、内容は僕がついていけるものではない。やっぱりアニメだ。
「なんだよ屈託そうな顔しやがってよ。ほら、高い金払うんだから、もっと楽しめよ」
章一と話していた女性のぎこちないシェークで作られた青いカクテルが注がれたグラスを僕の目の前に掲げてきた。
「今だけは、君の性格が凄く羨ましいよ」
それを受け取ると僕は一口で喉に流してみせた。あまりカクテルには詳しくないが、なかなか強い酒なのだろう。喉を狭めてくるような感覚に、ついつい噎せてしまった。
「ブルーミング・シティっていう名前なんだよ、そのカクテル」
唐突に凛とした声音が僕の耳に届き、僕は声のする方を向いた。
年は僕と同じか、少し上だろうか。腰まで伸びた黒髪、その凛々しい音吐に見合った切れ長の眼と、きりりとしまった顎の細い顔立ち、そして他の従業員(メイドとは言いたくない)と同じ格好をした彼女は、口元を不敵そうにニヤつかせながら、僕の手からグラスをもぎとってしまう。
呆気にとられた僕は、彼女を見上げる事しか出来なかった。
「酒に弱いなら、これはお勧めしないよ。なんせ25度近くあるからね」
その解説を訊いた僕は、章一を鋭く睨みつけた。
「なんだよ、お前が酔っ払えば楽しくなるんじゃないかと思って頼んだんだよ」
やや引け腰になった章一は、バツの悪さから、このカクテルを作った女性と共にトイレへと逃げていく。その光景に彼女は少し笑いながら言った。
「良い友達じゃん!あたしから見ても、ご主人様退屈そうにしてたもん」
すっかり居座ってしまっている彼女に僕は尋ねた。
「……君は?」
「あたし?その紹介ページにも載ってるのに見てないの?」
なんの事だろうと首を傾げた僕に、彼女はテーブルに放置していたメニュー表の最後のページを開いた。全従業員リストが表れ、その一番最後に彼女の写真と名前が掲載されていた。
「アスカっていうんだ!よろしくね!」