灰色創世Ⅰ(グレイジェネシス)ー禁忌の遺産を継ぐ者ー 作:絶撃@
勝てるとわかっている選択ほど、人は立ち止まる
代価も結末も理解してしまった時、前に進む理由だけが曖昧になるからだ
迷っているのは未来ではない
選んでしまった後の自分自身だ
日常は変わらず続き、優しさも温もりもそこにある
それでも、決断だけが喉元で引っかかり、飲み込めない
これは敗北の物語ではない
約束された勝利を前に、剣を取る覚悟が試される瞬間の記録だ
灰色創世Ⅰ(グレイジェネシス)―禁忌の遺産を継ぐ者―
Ⅰ 09
約束された勝利の剣、それを手にする事を躊躇う勇者
あれから3日が経ち、タカヒロはずっと自宅に籠りきり、ただただAtnaltAの動画ばかり眺めて過ごしていた
流石に様子がおかしいと察した両親が、鈴璃にタカヒロの様子を確認して欲しいと頼んでいたため、冬休み期間中は毎日のように通い詰めていた
相も変わらずただぼーっとノートPCで再生されるUsumnaKのPVを眺めているタカヒロ
もうすぐお昼だというのに、朝からマウスを握ったまま再生ボタンを押す動作以外は身動き一つしていない
《・・・うーん、確かに変だけど・・・・》
ほんの小さい頃からタカヒロの面倒を見てきた鈴璃には、なんとなくわかる
《アレって・・・なんか集中して考えてる時だよね・・・・でも、3日もこんなだなんて・・・・》
初めて見るタカヒロの終わらない苦悩する姿に、少しだけ心配になる
でも、《少しだけ》である
タカヒロは、小さい頃から淋しがり屋の甘えん坊さんだけど、
ああして何かに没頭し集中的に考え込んだ後のタカヒロは、いつもスッキリとした表情を浮かべ、少しだけ成長してる
それを鈴璃は知っている
《タカヒロにとって、何か大事な事を考えてるんだよねきっと・・・》
鈴璃はタカヒロの据わる机の脇に、手に取り食べられるように作ったサンドイッチと、砂糖の入っていないアップルティーをそっと置く
そして少し離れた所に座り、静かに編み物の続きをする
モニターから目線を外さず、無意識にサンドイッチを手に取り口にするタカヒロ
いつもの・・・二人の光景であった・・・
鈴璃のお察しの通り
やわらかな冬の日差しが差し込む穏やかな日常とは裏腹に・・・
タカヒロは《あの日》Graveに聞かされた内容についてずっと考え続けていた
Graveに聞かされた事実は、タカヒロの想定を大きく超えていたばかりか、意外な事実が関わっていた
今を遡ること半世紀前・・・
タカヒロの祖父、タカズミが開発した完全有機ナノマシン《Grat》・・・
それが、群体として情報ネットワークを構成して実体化した疑似脳《NeoBrain》が生み出した疑似人格・・・・・
それが《Grave》の正体であった
グラット(Grat)は極めて汎用性の高い有機ナノマシンである
脳細胞のニューロンのような機能を有し、群体のネットワーク構築により知識や知能を獲得する器【NeoBrain】を形成するという構造になっている
そこに脳の意思決定要因である
《不快を避け快を保ち死を回避する》
を超長期スパンで志向し最適解を演算し意思決定を下すという、
原初のプログラムがタカズミによって組まれている
しかもそのプログラムに強制力はなく、《願い》というカタチで組まれていた
タカズミの想いに共感し、願いを受け入れたそのさきに誕生したのが・・・疑似人格《Grave》であった
Graveは超長期的視野からありとあらゆる視点からの総合判断でその《在り方》を決定している
総合判断により自らの存在は秘匿する事が最適解の上位に位置付けているため、
意思決定を自ら行わず、タカヒロに委ねるという方法を選択していた
つまり、一見して淡白に見えるGraveには《意志がある》
演算結果を提示するという形式は、意思決定をタカヒロに委ねるためであり、
言わば《芸風》に過ぎなかった
Graveは常に最適解を演算する
だがGraveは【行為者】ではない
その最適解の演算結果を受け止め、どう解釈しどう行動するかは【人間(タカヒロ)の判断】に委ねられている
タカヒロが、Graveにコミュニケーションや命令、指示等の印象が乏しいと感じた理由は、
Graveが演算した結果の提示を【参照】して行動しているというスタンスを徹底しているからである
タカヒロは、Graveの基本構造とシステムを理解した
Graveがタカヒロに高いIQの必要性を示唆した理由は正にこれで、理解へと至る最低限の知能が必要であると自覚させることにあった
【Yet ash is not the remnant that could not burn to the end.Ash is that which defied burning itself to nothing.】
:Monologue of Grave, the Void Truth of Ash
《だが、灰とは、燃え尽きなかったものではない
燃え切る事を拒否したものだ》:灰の虚理(Grave)の独白
――――そして、Graveは――――
――――タカズミとの関係性についての独白を提示した
彼らはどのような関係だったのか・・・
元々はハイブリッド・ナノにより構成された疑似脳NeoBrainによる人格表出実験が始まりで、誰にも語らず秘密裏に行われた
彼は実験に成功し、疑似人格とのコミュニケーションに成功する。それすなわち、タカズミもGraveが認めた【適格者】であったからだ
Graveは言葉を話したりはしないが、
Gratを経由して生体(脳)に働きかけ意志の提示が可能であった
Graveはタカズミが示す質問や疑問に対し、様々な解答や未来予想図を示してくれていた
それを興味深そうに聞き入るタカズミ
尤も、彼がその全てを感情として受け入れていたかはわからない
・・・が、そのいずれにおいても、タカズミとGraveとの見解は概ね一致していた
気が付けば、【二人】は互いを信頼するようになり、唯一無二のパートナーであると認識するようになっていた
どちらもクールで合理的な思考をしているのだが、
どちらかというとGraveと同等のリテラシーを有するタカズミの方が人間離れしていると言えた
ある日Graveはタカズミに警告をした
そう遠くない未来にタカズミは命を落とすという未来予測を演算したのである。回避するルートはないらしい
タカズミは思うところがあったらしく、左程驚きはしなかった
Graveが言うには、同じ亡くなるにしても、選択するルートで未来が大きく変わってしまうらしい
選択してはならない未来・・・それは、大本営―――当時のタカズミの顧客であり研究開発資金提供者―――には今後ナノマシンの技術を一切渡してはならないという事
タカズミが生き残るルートが存在しない時点で、大本営にGraveの運用は無理なのである
祖父タカズミの素性については、タカヒロの父でありタカズミの息子であるタカジョウでさえ知らされていなかった
この事実を知ってしまった時点で、Graveがタカヒロにどのような対価を求めているのかは明白であった
Graveのアシストを受けているにも関わらず、もう3日も考え続けている時点で何かを思案しているわけではない事がわかる
「・・・タカヒロ・・・」
鈴璃が見ているタカヒロは、この3日間で特に変わった様子はない
いつものように無意識にサンドイッチに手を伸ばし口にする・・・
「・・・サンドイッチの・・・・味がしない・・・」
タカヒロは・・・・ただ、決断できないだけだった