灰色創世Ⅰ(グレイジェネシス)ー禁忌の遺産を継ぐ者ー 作:絶撃@
灰の如く静かに積み重なる日々の裏で、人は知らぬ間に引き返せない一線を越える
Graveは思考を編み、世界を透視する力を与える
だが偶然か必然か、運命の影は小さな存在を僕の前に置き、知らぬうちに未来の輪郭を描き始める
選択と重圧、希望と恐怖――そのすべてが、まだ見えぬ明日を紡いでいる
灰色創世Ⅰ(グレイジェネシス)―禁忌の遺産を継ぐ者―
Ⅰ 10
猫夢(ねむ)
【誰だって家族はめちゃめちゃなものよ】:モニカ・マッケンジー独白
中学三年生になった僕は、カリフォルニア州ロサンゼルス市太平洋パラダイスにある公立チャーターハイスクール【Palisades Charter High School】への入学に向けて準備していた
同校を選んだ理由は、非居住者や国際生に対しても比較的寛容な上、進学予定のUCLAからも車で30分と近かったからである
ステーツの公立校は無試験なのはよいが、非居住者である事が障害になる事も少なくない
僕の体内には、有機ナノマシンGratの群体が疑似脳【NeoBrain】を形成している上、
人間が《言葉》に変換する前の思考状態、いわゆる全地球規模での人類全体の無意識アーカイブを《観測》している
故に必要な知識は自前でいかようにでも学ぶ事が可能であるため、そもそも学校に行く必要性すらない
こうして自宅のベッドに横になり、じっとしているだけで
Graveは僕の状態を読み取り、最適化された理解の構造を形成し学習カリキュラムが自動的に構築される
それは講義でも訓練でもない
理解が成立する瞬間だけが切り出され、NeoBrainを介して脳内に再構成されていく
学習効率の高さは驚異的である
僕の当面の目標はサンディエゴを起点とした医療業界への参入にある
そのためには相応の学歴と医師免許が必要になる
ステーツであっても、学歴はそれなりに必要なのである
AtnaltA(アトゥナルタ)との邂逅はまだ先の話であるが、
本来であればまるで接点がない僕が彼女とお近づきになるには、やるべき事が山ほどにあった
事を始めるにあたって、僕がまずやらなければならない事があるのだが・・・・
冬休みのあの日以来・・・・僕はそれを行使する立場にさえ、まだ立てていなかった
僕はあの冬休みの日に、Graveからおおよそ全てを聞かされたのだが・・・・
Graveは僕に一つの提案を示した
【Proposal:The cultivation and mass proliferation of the organic nanomachine 【Grat】, followed by its dissemination across this entire world.】
(提案:有機ナノマシン【Grat】を培養・大量増殖させ、それをこの世界全体に蔓延させる事)
・・・正直、頭痛がしてきた
無論それが必要な事は理解している・・・
だが・・・
僕は・・・これからずっとこの空白と重みに耐え続けなければならないのか
Graveに関わってしまった事を、半分だけ後悔していた
Graveには意志がある
超長期的視野からありとあらゆる視点からの総合判断でその《在り方》を決定している事
生体脳に直接リンクする事が可能で、物理的な脳の一部となったり、生体の解析と再生などの干渉が出来る事
そして
物理的距離の制約を受けない【有機分子の量子的揺動】を《時刻信号》としてネットワーク同期を取る事で、地球上にあるすべてのGratと超巨大ネットワークを構築し、その思考場こそがGraveなのだという事
この事実を知った瞬間、僕は・・・一瞬だけ身構えた
それは普通の人間であれば当然の反応である・・・なぜなら・・・
《Graveという存在は人間を支配できる構造を持っている》
脳の意思決定要因として不快や死を退けようとするのなら――――
――――ー人類を無力化あるいは死滅させるという選択肢があるのではないかという恐怖である
だが、《第一世代タカヒロ》に指名された僕は・・・・
考えるより先にその愚考を一蹴する
単純な思考実験である
もしもGraveが人類を無力化ないし絶滅に追い込んでしまった後で
この地球に超巨大隕石が激突する未来が訪れた場合、おそらくはGraveは生き残れない
人類を無力化する事は、Graveにとってはリスクでしかない
【Yet ash is not the remnant that could not burn to the end.Ash is that which defied burning itself to nothing.】
:Monologue of Grave, the Void Truth of Ash
《だが、灰とは、燃え尽きなかったものではない
燃え切る事を拒否したものだ》:灰の虚理(Grave)の独白
Graveは―――ー自らが永劫に存続するためには、人類が精神的・知的にも最適化された成長と進化した世界の方が都合がいいのである
Gratを全人類の体内に宿らせて、Graveは何をする気なのか?
答えは明白である
【Answer::Do nothing.】(回答:なにもしない)
そう、理性では理解している
だが・・・
正直、逃げ出したい
スケールが大きすぎて、僕には耐えられそうな気がまるでしない
このまま態度を明確にせず、決意したのが10年後では手遅れになる可能性がある
故に、今は事務的でも構わないからやるべきことはやっておいた方がいいというGraveの提案には合理性がある
言いたい事はわかる
そんな事はわかってる
でもこの重圧に耐える自信がない
流石にここまで大事に巻き込まれるとは想定外すぎる
なのに・・・
僕が拒絶するより先に―――
気が付けば、僕は街に出て水槽を購入していた
僕が拒絶しても、内なる僕が、思考場の自分がそうすべきだと動き出している
僕は、僕を止められない
なぜなら、今にも逃げ出したいと思っている僕よりも―――
この僕自身が、心の底からそれが正しいと―――
―――そうすべきだと思っているからだ
それから僕は、自分の部屋に熱帯魚の鑑賞用の60L水槽を設置した
その中でGratの培養を始める
Gratのボディ部分はジェルと呼ばれるスライム状の物質に覆われている
これは有機分子フラクタル構造を持ち、有機・無機質を取り込み原子レベルで分解しジェル状に保持する事が可能であった
簡単に言うと、水槽に昨夜の残り物でもなんでもいい・・・
有機物や一部無機物を含んだあらゆる物質を放り込んでおくだけで、
ジェルがそれを取り込み原子レベルに分解し、同一個体の増殖の素材として再構築される
僕は培養された有機ナノマシン《Grat》を、
固い外殻に覆われた卵状にに変質させるようGraveにプランを返す
Gratはそのプランを読み込み最適化を図り、目に見えないサイズの小さな卵状の粒子に変質する
この外殻は耐衝撃、耐熱、耐酸など、あらゆる外的要因から有機ナノマシン《Grat》本体を守り保護する
僕はこれを水筒に入れ、河川の支流の他、Graveが指定したポイントに放流する
なぜ、そこなのかはわからない。ただ・・・
いくつかの放流ポイントで僕は、
一瞬の空白と・・・心臓が押しつぶされそうな重みを感じていた
今は何もわからない
ただ、僕はなにかをしてしまったという事だけは――――
わかってしまう
放流されたGratは、川を下りながら捕食を繰り返しては爆発的に増殖を繰り返し、
それはやがて浄水施設を通じて飲料水となり、人が口にする
タカヒロの棲む街を起点に、有機ナノマシン《Grat》は、静かに増殖し・・・
ゆっくりと人々の体内へと浸透していった
かようなわけで、あの冬休み以降の僕は意外と忙しい日々を送っていたのだが、世間一般では暇人と見られていた
この世界において《進学組》は僅か3%にも満たないエリートに分類される
AIとDXが常態化した今の時代は事務職はほぼ存在しない
労働人口の大半が肉体労働者であり、中学卒業と同時に就職し所帯を持つのが普通の時代である
進学組は、極めて創造的でクリエイティブな才能と実務能力に優れた一握りのエリートだけが進める極めて狭き門であり、
僕はそちら側の人間であった
早々に進学先も決まっている3年生は登校義務が免除されている
実際、3年生のカリキュラムは数年前に通過しているから受ける意味がない
祖父の時代とは違い、極めて合理的な社会である
だからこそ、あのような出逢いがあったのだと思う
僕が暇を持て余していると周囲に思われていた中学三年生の春
一つの事件というか、ある運命的な出逢いがあった
両親を亡くした遠い親戚の女の子を、僕の両親が引き取り家に連れてきたのである
ただ、その子は少しばかり訳ありだった
唐突だが、この世界には【獣人族】という、人と獣とを遺伝子的に交配させ、作り出されたキメラが存在する
要は性的な愛玩奴隷として作り出された哀しい生き物であるのだが、
現在は彼女たちは法的な保護下にあり、人権も保障されている(ただし、公民権はない)
そのような非合法な実験が、過去に多種多様に行われていた
現在は取り締まりが強化されているためそのような組織は根絶されている
但し、獣人族の拉致や密売は
未だに後を絶たない
両親が連れてきたその少女・・・・猫夢(ねむ)は・・・・
数あるキメラの実験体のケースの一人であった
猫夢の両親は殺害され既にこの世にはいない
だが事件の被害者というわけではない
猫夢をキメラ実験に提供したのは、他ならぬ彼女の両親だった
組織の情報漏洩の角で処分されたに過ぎない
彼らは自分の娘に邪な想いを抱く異常性癖者だったのである
猫夢は、交配により生まれる獣人族とは違い、元々は人間である
外科手術により獣(猫)とのハイブリッドに造り変えられたのであるが・・・・
彼女には・・・猫夢には・・・・・・・・・・
大脳が殆ど残っていない・・・・・
身体機能や自律神経系を維持できる最低限の機能を残し、その大半が摘出されていた
文字通り【猫並みの知能しかない】存在となっていた
事の経緯と、猫夢の置かれている特異性から、彼女を引き取ろうとする親戚は皆無であった
・・・父、タカジョウは、普段は祖父の事を一切語らない
祖父の研究が原因で、祖母や自分が大本営に屈辱的な取り調べを強要された事で、
父は祖父の事を軽蔑していた
有機ナノマシンGratを介して父の思念が読み取れる今ならわかる・・・
祖父が人体に何らかの改変を施す研究をしていたのではないかと、父タカジョウは認識していたようだ
ただ、それが【有機ナノマシンの研究】であった事までは知らない
父自身が有機ナノマシン【Grat】の隠し場所・・・保管庫として利用されていた事も・・・・
父は、猫夢に施されたキメラの実験と、
祖父の行いを重ねて見ていたようだ
猫夢を引き取ったのは、いかにも正義感の強い父らしい振る舞いだった
僕とは・・・違う・・・
なのだが、どうにも釈然としない
「どうせ今はお前ひまなんだからお前が面倒をみろ」
と、引き取った猫夢の世話を押し付けられた
おいおいなんだよそれは(汗)
・・・まぁ対外的にはそうなっているのは事実だし、今はまだ扶養の身である以上、反論はできなかった
それに・・・・正直、猫夢には興味がある
ぴょこんと立ったねこみみ、ゆったりゆるゆると振られるたおやかなしっぽ・・・・ぽやんとしてどこか緩い表情・・・・
年のころはまだ12~13歳くらいのまだ幼い少女に見えるが、実際は僕と同い年である
美しく整った顔立ち・・・・これは外科手術によるものではなく自前だというのだから神の造形美の確かさを想わずにはいられない
普通にかわいい
そう、思ってしまうのは本能だから仕方がない
だからそういう自分を特に肯定もしないが否定もしない
掛け値なしに、これは世の男どもの性癖に突き刺さる・・・・のだが・・・・
猫夢の日常は、
そのほとんどをおすわりしたまま宙の一点を見てはぼーっとしてるか
寝てるか
ご飯を食べているか
用を足しているかの四つしかない
まるっきり、少女の皮を被った【子猫】そのものである
彼女の両親は、この子に一体何を求めていたのだろうかと想像すると、流石に嫌悪感が拭えない・・・・
自分の娘を子猫に見立てて凌辱する・・・・
近親相姦と獣姦とのハイブリッドとか、異常性癖にも程がある
その欲望を満たすという、ただそれだけのために・・・
こんなにかわいらしい少女にこのような惨い仕打ちをするとは・・・・
幸い、トイレの躾けだけはきちんとされていたのは不幸中の幸いであった
自分でパンツを脱いで用を足せるし紙で拭ける
現実問題として、実はこれが一番心配だったので、僕はホッと胸を撫でおろした
どうやら人間だった頃に身についている行動様式の再現は出来るようだ
とりあえず餌付けをしてみる
初顔合わせだから無難に接してみようと思う
取説(言い方は悪いが事実)によると、美味しいものなら大抵の食べ物には抵抗がないらしい
普通に箸やスプーンも使えるらしいが、やはり手掴みの食べ物を好むらしい
という事で、差し当たりメロンパンを与えてみる
「おいで、猫夢。メロンパンだよ」
「みゅ?」
すぐに反応し、こちらに寄ってくる
僕自身も「みゅ?」という言葉に反応するw
大分酷い目に合っているはずなのに驚くほど警戒心が薄い?・・・・・
いや、ちがう・・・・・・
多分、本能的に敵意の有無を見分けている・・・
というか、「みゅ?」ってまさかと思うが【ねこ語】を仕込んであるのか(汗)
彼女の両親の異常性癖へのこだわりが完璧すぎて、むしろ尊敬すら覚える自分に心底呆れる
近寄ってきた猫夢は、目の前で止まるとそのままお座りをして「マテ」をしていた
ねこなのに【犬】の躾けがしてある
その時点で僕が猫夢の両親に抱いた尊敬の念は気のせいだと気付く
こんなご都合主義な躾をするなど美学に対するこだわりが甘い
こんなバカな妄想をするくらいには、僕はまだ思春期真っ只中の健全な少年らしい
「食べていいよ、猫夢」
メロンパンを受け取った猫夢は「みゃう♡みゃう♡」言いながら美味しそうに食べる
・・・これはかわいすぎてちょっとヤバいかも知れない
おなかいっぱいになった猫夢は、僕の方にもそもそと四つん這いに近寄ってくる
そして僕の膝の上にぴょこんと座り込んで一言「みゃう♡」と鳴いておでこをすりすりとこすりつけてくる
そしてひとしきり甘えて満足したのか、猫夢は僕の胸の中ですやすやと寝息を立てていた
《・・・成程ね・・これはかわいすぎる・・・ハマる奴はハマるだろうな・・》
タカヒロは、しっぽをふりふりしながら眠る猫夢の髪をやさしく撫でながら、
猫夢の置かれている現状を精査していたGratからのデータの吸い上げと、
それに対するGraveが提示する解析結果を見て、ほんの数秒だけ考え込んでいた
この事からもわかるように、既に猫夢が暮らしていた街では、Gratが普通に蔓延していた
Graveの示した演算結果は【保留】であった
まだ【不確定要素があり、適正な対処が確定できない】というものであった
《・・なんだ?・・・Graveにしては随分と雑だな》
【保留】する要素なんてあるようには思えないのだが・・・
「・・まぁいい・・・もう少しだけ、様子見かな・・・」
タカヒロは失念していた
Graveが【保留】にする理由・・・・・
【Answer:If Grave's actions themselves would distance the real world from the optimal solution, then it will not be disclosed or presented】
(回答:Graveの行為そのものが、現実世界を最適解に近づける場合でなければ、それは開示されたり提示される事はない)