灰色創世Ⅰ(グレイジェネシス)ー禁忌の遺産を継ぐ者ー 作:絶撃@
世界はときに、取り返しのつかない傷を静かに抱え込む
理性と感情、観測と介入、その狭間で人は何を選ぶのか
守ることと踏み込むことの境界は曖昧で、正しさは常に遅れてやってくる
灰のように残された痕跡は、過去の罪を語り、未来への決断を迫る
これは、癒せない傷と向き合った少年が、不可逆の一歩を踏み出すまでの記録である
灰色創世Ⅰ(グレイジェネシス)―禁忌の遺産を継ぐ者―
Ⅰ 11
灰色の傷跡
「むぐぅ・・・」
《・・・なんだ?・・・やけにずっしりと胸が重い・・・?》
目が覚めると・・・タカヒロの胸の上で、猫夢が丸くなって眠っていた
「・・・みゅー・・・☆」
しっぽを時折ゆる~く振る・・・しっぽの先が鼻先を掠める
《・・猫夢の行動様式って、ほんとに猫そのものだな・・・》
「・・もう、人としての感情や記憶は残っていないのだろうか・・・」
Graveによる解析と評価では、【不確定要素があり、適正な対処が確定できない】との事であり、判断は【保留】とされていた
タカヒロやGraveでなくてもこのような少女に出逢う機会など稀というかほぼ皆無であろう
なればどう対処するかなど、タカヒロには考えも及ばなかった
Graveが判断を保留する以上、タカヒロも静観するしかない
疑似人格であるGraveは道を示してくれはしても、【行為者】ではない
提案に対しどのような見解を示すのかは、主管者として選ばれた【タカヒロ】の考え一つで大きく変わる可能性がある
そしてGraveは、一度選んだ主管者の提案であれば、最終的にはそれをそのまま実行に移す
そういう存在であった
タカジョウ夫妻は猫夢を引き取るために休みを取ったため、今夜は揃って夜勤で泊まり込みだった
しかも運が悪い事に、明け方に火事が発生したため対応に追われ、今日は帰れなくなったらしい
夕べはすぐに寝付いてしまったため、猫夢も僕もお風呂に入っていない
僕はともかく猫夢は女の子だし気持ち悪かろうと思ったのだが、よく考えなくても今のこの子は「猫」である
昨日父さんが猫夢を連れてきた時に、彼女の世話を押しつけられたのだが、よく考えたら女の子なんだし色々とマズイ
そう話したのだが、父は少しだけ考えて
「・・・お前なら大丈夫だろう。それに・・・・」
何かを言いかけて・・・言葉を飲み込む
「・・・まぁ、じきに分かる」
そう言ってそそくさと仕事に出かけてしまった
最近になって、僕はあまり人の心を覗き見しないようにしていた
最初はこの全能感にやみつきになり、やたらと人の心を覗き見していたのだが、日に日に気持ち悪くなっていた。人の本音をどストレートに見せつけられてもあまり気持ちのいいものではない
人間不信と精神汚染感がハンパない
それに・・・
僕は考えなしに・・鈴璃の心を恐る恐る覗き見してしまった・・・のだが、
鈴璃は・・・他の人とはまるで違う
僕が覗いた彼女の心のままに・・・・鈴璃は言葉を口にしていた
彼女の心に裏表はない・・・そんなきれいな鈴璃の心を覗き見をする僕の心は穢れている・・・・そんな気がして・・・いたたまれなくなったのである
鈴璃は僕にとって【人としての指標】でありお手本であった
こんなになってしまった僕を、まがりなりにも人として引き留めているのは、彼女の存在があるからだと思ってる
だから父の言葉の意味は、自分の頭で考えることにしていた
父はああ言っていたものの、流石にまずいので鈴璃を呼んだ
昨日の今日の事なので、鈴璃は猫夢の事は知らない
そして彼女は獣人族を見るのは初めてだった
「この子が猫夢ちゃん?・・・獣人族ってかわいいのね☆」
「みゃう♡」
鈴璃の姿と声に触れるや否や、猫夢は彼女にすりすりと纏わりつく
殆ど本能的に、鈴璃がやさしい存在であるとわかるようだ
「猫ちゃんみたいでかわいい♡」
「うみゃーん☆」
所見からすっかり打ち解けた鈴璃に、僕は猫夢の込み入った事情には触れず、獣人族の中にはあまり知性の発達していない個体もおり、猫夢もその一人だという風に伝えた
「・・・そう・・・なんだ・・・・」
しっぽをふりふりしながら甘える猫夢の頭を撫でながら、鈴璃は複雑な笑顔を浮かべていた
来て早々に鈴璃が猫夢をお風呂に入れる事になった
鈴璃の笑い声と、猫夢の騒がしい鳴き声が浴室越しに微かに漏れ聞こえてくる
まるで姉妹か親子のような睦まじい暖かい空気が伝わってくるようだ
と、その直後
「――――――!――――――――ー!!」
何やら浴室の方が騒がしい
そして・・・
突然、浴室の扉が開く音
「タカヒロッ!!・・・猫夢ちゃんがっ!!!」
普段は聞きなれない、鈴璃の動揺と困惑の入り混じった悲鳴に近い声がした
余程慌てたのか、鈴璃は一糸纏わぬ姿のまま僕の部屋に入ってくる
「アレは何?・・・どういう・・事なの!?」
状況が呑み込めない
「落ち着いて鈴璃。一体、どうしたんだい?」
「猫夢ちゃんが・・・えと・・・・その・・・・・」
最初の剣幕とは裏腹に、鈴璃は急に言い淀む・・・と、
「みゅみゅ?」
体を洗ってもらっている途中で鈴璃がいなくなってしまったため、泡だらけのまま猫夢が部屋に入ってくる
床にクッションを敷いて胡坐をかいていた僕の目の前に・・・猫夢はそのスレンダーで綺麗な肢体をなんの躊躇いもなく晒す
そして・・・猫夢の・・・女の子の部分が・・・僕の目の前に飛び込んでくる・・・・
「・・・え・・・っ!?」
そう・・・僕は・・・・・・見てしまった
そしてそれは・・・・・決してなまめかしい話じゃない・・・・
《・・・父さんが言っていたのはこの事か・・・》
父の僕に対する信頼は、正直言って常軌を逸している
こんなのは児童・・・という程幼くはないが、僕に対する虐待に近い
流石に躊躇いはあるが、それでも知ってしまった以上、確認しなければならないと諦める
「・・・猫夢・・こっちへおいで・・・」
「みゅ?」
素直に近寄ってくる猫夢・・・この子は、何となくだけど人の言葉の意味を理解している節がある
「・・ちょっと前かがみになって・・・向こうを向いてごらん」
言われて何の躊躇いもなくしっぽを振りながらおしりを突き出すように向ける猫夢
「タ・・タカヒロ・・」
赤面しながら口元を手で覆う鈴璃。でも、タカヒロを止めない・・・・何故なら
「・・・これは・・・・・・酷い・・・」
僕も・・・そして鈴璃も・・・言葉を失っていた
猫夢の・・・女の子の部分と排泄に必要な所が・・・・目を背ける程に酷く、ずたずたに壊されていた・・・・
《・・・惨い事をする・・・》
それ以上の感想を頭に浮かべる事を、脳が拒否していた
その次の瞬間に、《Grave》は猫夢の体に生じている状態の解析結果を提示する
《・・・コイツ・・・》
僕は小一時間程《Grave》に文句を言いたくなった
この【相方】は、猫夢の体の隅々まで精査し状態を解析して知っていたはずだ
にもかかわらず、この件について今の今まで僕に伏せていた
恐らくだけど、Graveにとって僕はまだパートナーとして不足なのだろう
だから態度を保留している僕に対し、時々こういう真似をして負荷をかけてくる事がある
《・・・流石に気分が悪いぞGrave・・・》
相方は・・・再び沈黙した
鈴璃は、獣人族がどのような存在であるのか位は漠然とではあるが知っている
それでも、猫夢の体に何が起きているのかを、最初は理解できなかった
鈴璃の認識では、獣人族は愛人のようなものだと思っていたし、それが彼女にとっての性愛の許容範囲であった
猫夢の両親のような異常性癖者が存在しているという事実を潜在的に拒否していたため、そこに考えが及ばない程度には世間知らずであった
だからそれが何を意味するのかが即座にはわからず、タカヒロに助けを求めたのである・・・が
「みゅー☆」
びしょ濡れのまま鈴璃に抱きつく
その様子から、猫夢には全く自覚がないように見える
ふと、我に返る鈴璃
「・・・あ・・・いやぁ☆」
「ん?・・どうし・・・あ☆」
先程まで慌てていたため、一糸纏わぬままタカヒロの前に立っていたことに今頃になって気付いた鈴璃は、赤面したままその場で固まってしまう
「タカヒロ・・・あの・・・あっち向いてて☆」
猫夢を連れて、再び浴室へと戻ってゆく
風呂上がりに、鈴璃はドライヤーで猫夢の髪の毛やおみみ、しっぽを乾かす。気持ちよさそうにされるがままの猫夢はご満悦だった
「みゅー☆」
先程の出来事が嘘のように、やさしい空気が流れる
彼女には悪い事をしたと思いながらも、タカヒロは鈴璃を呼んでよかったと心底思っていた
ただ、あの後から鈴璃はタカヒロに一言も口を開かなかった
お昼ご飯を作っているときも彼女にしてはめずらしく深刻そうな顔で、なにやら考え込んでいるようだった
僕は《Grave》が提示した解析データから、対応策の提案として出されたいくつかの項目を見て・・・深いため息をつく
これは本来、僕のような若輩・・・中学三年生の男子に受け止められるような問題ではない
僕は《Grave》に選ばれた存在だ。だから相応に状況を理解できるし耐性もある。それは認める
だが、やはり中三男子である事も事実だ
如何に適性があろうと、つい三か月前まで鈴璃に甘えて過ごしていた自分と、今僕が置かれている状況とではあまりにもギャップが大きすぎる
と、同時に・・・僕は決意していた
これまでは《Grave》に対し、受け身だった。まぁ僕は何も知らなかったわけだし、ほぼ彼の言いなりというかシナリオに沿うしかなかった
だが、ここからは違う
彼、《Grave》のスタンスは恐らくは変わらない。彼には彼なりの目的があるのがわかる
僕は積極的に懸案に対する精査・解析を提示する
大抵の場合、彼はそれに応え、解析結果に応じひとつの、或いは複数のプランを提示する
僕の意志を提示する
最終的に、《彼》は僕に従わざるを得ない・・・・・・
「猫夢、おいで・・・」
「みゃう?」
なんの躊躇いも抵抗もなくそそくさと擦り寄ってくる猫夢
「もう一度・・・みせてごらん・・・」
「みゅ?」
「タ・・タカヒロっ!?・・・それはもぅ・・・」
先程のやり取りにに対し、ようやく気持ちが落ち着きを取り戻してきた鈴璃は、この状況に全くついてこれずに再び取り乱す
「・・鈴璃・・・静かにして・・・」
穏やかだが、それでいて強い口調でタカヒロは鈴璃を制する
「・・・タカヒロ・・・」
黙り込む鈴璃・・・彼の様子から、何か考えがあるのだというのはわかる
だけど、やっぱり恥ずかしすぎて動揺を隠せない
こんなにも大胆な行動を取るタカヒロの姿を、鈴璃は知らない
その事の方が・・・衝撃だった
今、目の前にいるタカヒロは・・・鈴璃が知っているタカヒロの姿から、大きく変わり始めようとしていた・・・
「みゅー?」
言われるままに、タカヒロの前に立つ猫夢
目の前で、買ったばかりのパンツをおろす
「ごめんね猫夢・・・ちょっと触るよ・・」
「・・・みゅ―――――・・・」
神妙にする猫夢
表情は変わらない・・・相変わらずぽやんとしてゆるい
だけど・・・
《・・・耳が・・垂れている・・・》
先程まであれ程せわしなく振っていたしっぽが、しょんぼりと垂れ下がっている・・・そして心なしか毛が逆立っているように見える・・
先程とは打って変わり、猫夢は大人しくタカヒロの前に立ち尽くす
《いや・・・違う・・・・立ちすくんで・・・動けなくなっているんだ‥》
一瞬、躊躇う
だが、確認しなければならない
・・・猫夢の・・・本当を・・・・
分かっている・・・でも・・・・
僕の中で警鐘が鳴り響く
・・・これは恐らく・・・運命の分水点・・・・だ・・・・
僕が今後《第一世代タカヒロ》として踏み出すには・・・確信が・・・強い動機が・・・・必要・・・だ・・・・
・・・そのために・・・この子を傷つける事になる・・・
《・・ごめん猫夢・・・これが・・・最初で最後にする・・・》
その後に訪れるであろう全てを受け入れると決めたタカヒロは、猫夢の・・・壊されてしまった女の子の部分に手を伸ばし・・・そっと触れようとした・・・・
と、その時
「・・ポタッ・・・ポタッ・・・・・」
と・・・タカヒロの掌に大粒の液体が・・・ひとつ、また一つ打ち付ける・・・
「・・・みゅ―――――――ー・・・みゅ――ー―ー―――ー」
見上げると、猫夢が・・・その大きな二つの瞳から、大粒の涙を零していた・・・・
拳を固く握りしめ、その小さな体を小刻みに震わせながら・・・・猫夢は・・・じっと耐えていた・・・・
タカヒロは、伸ばしかけた手を止め・・・猫夢を優しく抱き寄せる
「大丈夫・・・何もしないから、もう大丈夫だから・・・」
やさしく髪を・・・背中を撫でる
「みゅ―ー―ー―ー―ー―ーー」
猫夢は、渾身の力を込めてタカヒロに抱きつく・・・
まるで・・・タカヒロと溶け合って一つになろうとしているのではないかと思える位に、タカヒロの胸にその小さな体をぐいぐいと押し付けながらしがみ付く
暫く泣き続けた後、お昼ご飯も食べないままに猫夢はタカヒロの胸の中で力尽きて眠る・・・
その様子をただじっと見ていた鈴璃は・・・猫夢がどれ程酷い目に逢い、苦しんでいたのかを思い、心を痛めていた
何も言わないけれど、それはタカヒロもきっと同じ・・・
タカヒロが何かを口にする前に、《Grave》は演算によるひとつの提案を提示した
それは・・・タカヒロが猫夢のために心に思い描いていたイメージを解析し、再定義・補足したものであった
「・・・あぁ・・・・それでいい・・・・・・・・・・やってくれ」