灰色創世Ⅰ(グレイジェネシス)ー禁忌の遺産を継ぐ者ー 作:絶撃@
なのに、何かがおかしい――自分の中で、言葉にならない喪失感が胸を締め付ける
何も考えずに幸福な日常を享受するだけだった僕に異変が起こる
まるで世界の理に触れたかのように戸惑い、ざわつきが抑えられなかった
押し寄せる不安の波に、僕はただ静かに揺れていた――
灰色創世Ⅰ(グレイジェネシス)ー禁忌の遺産を継ぐ者ー
Ⅰ 01
変わらない日常、そして・・・
カーテンの隙間から朝日が差し込み、味噌汁の湯気の匂いが鼻腔をくすぐる・・・
「・・・・・ん・・・・・・」
僕は、ベッドで寝がえりを打ちながら薄目を開ける・・・・
朝の光に透過され赤みを帯びたやわらかい髪が、僕の頬にやさしく触れる
「タカヒロっ! ねぇ、タカヒロってば起きろー☆」
心地よい、鈴を転がすような声が、僕のまどろみを揺り動かす
それは・・・誰もが羨むようなしあわせな日常だった・・・・
なのに・・・
「朝ごはんできたんだから、早くたべてー☆」
それと同じ位・・・
僕の中で、大切な何かが終わったかのような喪失感を覚えていた・・・
「・・・・・・・あぁ・・・おはよう、鈴璃(すずり)」
「ほらっ、さっさと起きる☆冷めないうちに、早く食べてね」
「・・・・うん・・」
・・・・まだ、胸が苦しい・・・・
何故だかわからないけど、涙が・・・
零れそうになる・・・
「・・どうしたのタカヒロ?・・・大丈夫? どこか痛いの?」
心配そうに僕の顔を覗き込む
「うん・・・大丈夫。少し、寝ぼけてるだけだから」
「そう? なら、いいけど・・・」
この世話焼きな女の子は一つ上の従姉弟の鈴璃(すずり)
年末年始の時期になると、夜勤で自宅へ戻らない両親に代わって僕の世話をしにきてくれる
僕の両親は消防士と看護師という組み合わせの夫婦である
実際に家族に持ってみないとわからないと思うが、これらの職業はまともに休みがない
火事や怪我人が多くなる深夜から明け方にかけて、二人の姿を見かける事は殆どない
そして今は冬休みだというのに、
日中は夫婦そろって力尽きて寝ている
僕からしてみれば、両親はいないようなものだった
僕が小さかった頃は、母さんは仕事と僕の世話できりきり舞いしていたのをぼんやりと覚えている
僕がある程度大きくなり、あまり手がかからなくなった頃から
鈴璃が僕の世話をしてくれるようになっていた
いつも一人ぼっちで心細かった僕にとって、一つしか違わないはずの鈴璃は・・・
まるで母親のような存在になっていた
「顔を洗ってきてね。お着替え出しておくから」
「うん・・・」
どうして鈴璃がこんなにも甲斐甲斐しく僕の世話をしてくれるのか・・・
少し不思議に思ったので、理由を聞いてみた事がある
鈴璃の母親は子供の頃から心臓に疾患を抱えていて
あまり長くは生きられないと医者に宣告されていたらしい
事情を知った祖父が色々と手を尽くしてくれたらしい
その甲斐あって、今では後遺症もなく普通に生活が出来るまでになった
叔母さんにはたまに会うけど、そんな大病を患っていたなんて微塵も感じさせないくらい元気だ
叔母さんを救ってくれた事に鈴璃はとても感謝している
でも、恩を返したくても祖父はもういない
忙しい両親のために、せめて僕の面倒を見させて欲しいと言い出したのが始まりだった
そういう理由では両親も断る事が出来なかったらしく、悪いと思いながらも鈴璃の好意に甘えていたというわけである
ダイニングにつくと、鈴璃がほんのりと湯気の立つご飯と味噌汁をよそう
席に着くと、二人でそっと手を合わせ
小声で「いただきます」を言う
いつもの・・・光景だった
考えてみれば
もし祖父が手を差し伸べていなかったら、
僕は鈴璃とこのような時間を過ごす事はなかったのかも知れない
なので僕は祖父に感謝してる
僕の取り柄と言えば勉強位なもので、生活力はまるでない
鈴璃がいないと、自分の靴下がどこにあるのかすらわからないんだから
鈴璃に言わせると《だって、甘えん坊のタカヒロを一人にしたら泣いちゃうでしょ?》だって
そんな事で僕は泣いたりはしないのだが・・・・今は
だけど・・・
《・・・僕はどんどんダメ人間になってる気がする・・》
正直、僕を甘やかしすぎだと思う
でも、鈴璃は僕の中に何か別のものを見ているようで・・・
僕が自虐的になる度に、鈴璃は僕にこう言い聞かせていた
「タカヒロはねー、靴下の事なんか気にしてる場合じゃないんだよきっと☆」
「なんだよそれ、意味わかんないよ」
「いつもタカヒロの事を一番近くで見てるから鈴璃にはわかるよ☆タカヒロはきっとえらい人になるんだよー」
その時の僕は、ただ駄々をこねて鈴璃に甘えていたかったんだとおもう
だけど鈴璃が発したその言葉は――――何故か僕の胸をざわつかせ、とても嫌な肌触りがした
「僕みたいにやる気がないやつが偉くなるわけないよ。鈴璃の方が偉いよ!」
「やる気のない子がこんなに一生懸命勉強なんてしないよー☆いい子だもんタカヒロはー」
「違うってばー!・・・うぅ・・・ぐすっ・・・」
「泣き虫さんねータカヒロ―☆よしよし」
《・・・思い出したら、何だか赤面してきた》
朝食を終え、洗い物シンクへと運ぶ
そして食器の触れ合う音を立てないよう、静かに洗い物をする鈴璃
「おじさまたち、もう寝てるから起こさないようにね」
「あ・・・うん・・わかってる」
鈴璃の買いかぶりすぎだ
僕は・・・そんな大した人間じゃない
「それと・・・あとで数学教えて☆わかんないとこあるのー」
「いいけど・・・・・鈴璃三年なのに、僕に教えてもらうのってどうなの?」
彼女は家事全般優秀で、いつでも嫁に出せる・・・いや、行けるんだが、
学業の方は、正直芳しくない
その理由は・・・
鈴璃が自分の時間を
僕のために使ってくれたからだと・・・
最近になって気が付いた
まったく・・・今頃になってこんな大事な事に気付くなんて・・・
ついこの間までの僕は、
自分勝手な子供で
鈴璃の好意と献身にただ甘えていただけだったのに・・・・・
・・・わかってる
今、僕がこうしていられるのも鈴璃のおかげだ・・・・
でも、今は言えない
言えば鈴璃は全力でそれを否定する
彼女を困らせるだけなのは、わかりきっている・・・
だから僕は・・・
このまま鈴璃の好意に甘えて生きていくしかない・・・・
あたたかい陽だまりの中にいるような、
そんな幸せな時間を与えてくれた鈴璃と・・・
ずっとこうして生きていくのだろうと・・・
漠然と・・・そう、思っていた
鈴璃は、多分だけど僕の事を《弟》のように思っている
鈴璃は、いつもと変わらない笑顔でそこにいた
なのに――
《・・・・・・なんだろう・・・・この、違和感・・・》
鈴璃の・・・彼女のその横顔を見ているだけで、胸の奥が少しだけ、ざわついた
彼女はなんていうか・・・そう・・・《恋愛感情》で人を見たりする事がない
純粋に、慈愛が零れてしまうような・・・そんな人だった
だから僕もつい、彼女に甘え続けてきた
淋しい心に・・・彼女の慈愛は、あまりにも心地よすぎたのだ
・・・どうも調子が狂う・・・
ここ最近の僕は、こんな風に考え込む事が多くなった気がする
鈴璃の与えてくれる愛情に、ただ甘えるだけの子供だったはずの僕なのに
こんな事は・・・今までになかった事だ
それに・・・
僕にしては・・・・あまりにも
【物事が見えすぎている】
鈴璃の献身の理由・・・両親の在り方・・・
そして彼女の言葉の真意・・・
自分なりではあるけど、いちいち理由づけをしてしまう
それは
僕の中に生じた、小さな違和感だった