「ん……ぅ……」
カーテンの隙間から差し込む朝日で、ゆっくりと意識が浮上する。
まだ起きるには早い時間だけれど、胸のあたりに感じる心地よい「重み」と、首筋にかかるくすぐったい寝息のせいで、二度寝はできそうにない。
薄目を開けて胸元を見下ろすと、そこには予想通りというか、予想以上というか。
漆黒の長い髪をさらりと広げた雪ちゃんが、私のパジャマをぎゅっと握りしめて、胸に顔を埋めていた。
「……あーあ。雪ちゃんったら」
昨日の夜はあんなに『一人で寝れるから』って、仏頂面に自分のベッドに入っていったのに。
朝になったらこれだ。猫みたいに丸まって、私の体温をむさぼっている。
私は小さく笑うと、逃げられないように雪ちゃんの華奢な背中に腕を回し、そのサラサラの黒髪をゆっくりと撫でた。
「……甘えん坊さん。そんなにくっついて、可愛すぎるよ」
その時、もぞもぞと雪ちゃんが私の腕の中で動いて、やがて目を少し開いた。
「ぅーん、あれ? 春香がなんでベットに・・・夢かぁ。」
雪ちゃんは寝ぼけ目で一瞬春香のことを見たが、即座に二度寝した。
「……無防備だなぁ。私が寝起きを襲ってきたらどうするんだか。そんなんだから、私につかまっちゃうんだよ♡」
私は逃げられないように雪ちゃんを抱きしめる力を強め、その無防備な首筋に自分の顔をうずめて、愛おしさに身を任せすりすりと頬を押し付けた。
「なぁに・・・」
寝ぼけ目の雪ちゃんは不機嫌そうな目で私を見た。
「おはよう、雪ちゃん?」
私の顔を見た後に周りの景色へグルグルと目を回すと、雪ちゃんは顔を赤くした。
「昨日の夜、夜中にトイレ行ったら春香の寝顔が可愛くて・・・ついベットに忍び込んでしまった。ごめん」
目も合わせずタジタジに雪ちゃんはそう言う。
「……っ、なにそれ、可愛すぎ……。」
いつも仏頂面の雪ちゃんが顔を真っ赤にして私に捕まっている。しかも私の寝顔が可愛くてベットに入ってきたらしい。
愛おしさが限界突破した私はさらに雪ちゃんを抱きしめる力を強める。
「苦しい...仕返し。」
頬を真っ赤に染めつつも、雪ちゃんは私に拘束されている腕をもぞもぞと動かして、私の事を更に上から抱きしめた。
そうすると、私は雪ちゃんの香りに包まれる。
「あー……だめ、幸せすぎて溶けちゃいそう。……ねえ、私の心臓のドキドキ、聞こえてる?」
「...自分の心臓の音で...聞こえない(小声)」
恥ずかしがりながらの小さな声だったが、鼻の先ほどの距離の私の耳にはばっちり聞こえた。
本当に可愛い。こんな子が私なんかの恋人でいいのだろうか!?
今すぐこの子を私のものにしたくなってしまう。
「じゃあ、もっと近づいて聞かせてあげる...」
「え」
そういって私は無理やり雪ちゃんの顔との距離を縮めた。
すると鼻先が触れて、雪ちゃんと目が合う。その眼は熱を帯びていて、期待を秘めていた。きっと私の目もあんな風になっているのだろう。
そして私たちは更に距離を近づけて唇が触れ――――
『起きてるー? ご飯できてるわよー!』
「「ッ」」
―――る直前、1階からの雪ちゃんの母親の声が響いた。同時に雪ちゃんの瞳からスンっと熱が引っ込む。
そして一瞬にして立ち上がった雪ちゃんはドアを開けて「わかったー」と返事した。
「朝に......エッチなの恥ずかしいからダメ...」
そっぽを向いたままそれだけ言うと、雪ちゃんは下の階へと行ってしまった。
耳、真っ赤だったなぁ。恥ずかしがらなくてもいいのに。それにしても...”朝は”ダメ、か。
「言質取ったからね、雪ちゃん♪」
私はベッドに残った雪ちゃんの温もりを一度だけ名残惜しそうにギュッと抱きしめ直してから、ゆっくりと雪ちゃんを追った。
♦♦♦♦
朝ごはんも食べ終わり、元気いっぱいの私たち。今回のお泊り会で特に何泊するかは決めていなかったのだが、今ここで解散というのは恋人になったところの熱々の私たちにとって少し物足りなかった。
という事で私たちは町に繰り出しショッピングを楽しんでいた。
「むー。ゲームしたかったのに。」
我が恋人様は不満げだったが。
「そんなに膨れないの。せっかくのデートなんだからさ。」
「デート? そっか、これはデート...。」
「? そりゃそうでしょ。カップルが二人だけで出かけるのがデートじゃなくて何なの?」
もしや付き合ってると思ってるのは私だけで雪ちゃんはそんなつもりじゃなかったとか...? そんな考えが過ったが、
「いや、ずっと一緒だったから、デートって感じしなくて」
その悪い考えはすぐに消えてくれた。
「確かにね」
私は苦笑する。私たちは幼稚園からの幼馴染で、一歳年は離れているが、もう約10年は一緒にいる。今私が14歳なので、人生の三分の二も一緒にいるのだ。
「ともかく! ゲームは帰ってから、私が朝まででも付き合ってあげるから。今は私のお着替え人形になってよ、お願い!」
私は身長差により上目遣いで不満げに私を覗き込む雪ちゃんの腕をぎゅっと抱きしめて、ショーウィンドウの可愛い服を指さしながら言った。
しばらく私たちは見つめあっていたが、雪ちゃんがが照れて観念したように目をそらした。
「しょうがない。私は春香の彼氏。デートは彼氏の務め。だから全部受け止める。バッチ来い。」
雪ちゃんは覚悟を決めたようだった。
雪ちゃんが彼氏なの? どちらかと言えば私が彼氏じゃない?
♦♦♦♦
【雪視点】
「ぐわー」
私は目を回し、混乱していた。正直、着せ替えは疲れるし時間使うしで好きじゃない。どうして春香含む世の模範的女子はあんなのが好きなんだ? と思ってる。でもさっき約束した以上抵抗はできない。彼氏に二言はないのだ。
「ほら、着いた! ここ、ずっと雪ちゃんと来たかったんだよね。まずは……」
そうして地獄の着せ替えが始まった。
まず春香が私に持ってきたのは真っ白なワンピースだった。
「自称彼氏さんなら、彼女のリクエストに応えて、これくらい余裕で着こなしてくれるよね?」
ニコニコで私に服を押し付けてくる春香の顔が憎らし可愛い。断る道はとうに絶たれている。私は試着室のカーテンを開けた。
♦♦♦♦
【春香視点】
試着室へ入っていく雪ちゃん。衣擦れ音が中から聞こえ始める。
「ねえ雪ちゃん、お着替え順調? 思ったんだけどさ、もしかして背中のファスナー、一人じゃ閉めにくいんじゃない? 私が中に入って、手伝ってあげよっか?」
私はカーテンの隙間に指をかけて、いたずら心半分、心配半分で雪ちゃんに聞いてみる。
「ふっ! がっ! ...確かにこれは難しい。ごめん、頼みたい。」
中からは、踏ん張る可愛い声が聞こえた後に、少しテンションの下がった雪ちゃんの返事が返ってきた。
「ん、了解。じゃあ......失礼しまーす♪」
私はカーテンをすり抜けて、狭い個室の中に滑り込む。そこには、ワンピースを途中まで着て、無防備な白い背中を晒している雪ちゃんがいた。
「うわ……雪ちゃん、背中まっしろ。それに、すっごく華奢……。ねえ雪ちゃん、ファスナー上げる前に……ちょっとだけ、触ってもいい?」
「えぇ・・・ダメ。さっさとファスナー上げて。」
雪ちゃんがジト目で私の事を見てくる。今、私は変態だと思われているんだろうか?
「ちぇっ、雪ちゃんのケチ。……わかったよ。上げればいいんでしょ上げれば。」
私はわざとらしく溜息をつくと、雪ちゃんの背後にぴったりと体を密着させる。そして、ひんやりとした金具を摘まみ、指先が雪ちゃんの背骨をなぞるように、ゆっくり、じれったい速度でファスナーを引き上げていった。
「......春香のいじわる。」
さっきまでのジト目に少し赤い頬が加わった雪ちゃんが私に毒づいた。しょうがないじゃん、雪ちゃんが可愛いんだから。
「...で、どう? 似合ってる? 春香の選んだワンピース」
雪ちゃんはジト目をやめると、仏頂面でそう聞いてきた。いや、仏頂面とは言う物の、こっちへの期待が目から隠せていないし、身長差によって自動的に上目遣いになるせいで、私から見て破壊力抜群の可愛い絵面が完成していた。
「……っ!」
私は一瞬息を呑んで、思わず口元を手で覆った。
「似合ってるなんてもんじゃないよ……。黒髪と白のワンピースのコントラストが最高! アニメの中から出てきたの!? なんていうか、周りにひまわりが見える気がするよ!」
「それ、どういう感想??」
さらに言えば、少し大胆に肩が出る服のため、真っ白できれいな肩が煽情的だと思った。少し恥ずかしいから雪ちゃんには言わないが。
「自称私の『彼氏』さん~? そんな可愛い顔で私を見上げてる雪ちゃんは、やっぱり私の彼女だよ」
私は高鳴る胸を抑えながら、雪ちゃんの華奢な肩を両手で掴んで、鏡の方へとその身体を向けさせた。彼女は自分の可愛さをもっと認識すべきだと思う。
雪ちゃんは鏡の中の自分とジーとにらめっこを始めた後、鏡を通して私の方を見た。何故に私?
「それは納得いかない。いま見比べてみたけど...春香の方が可愛い。だから、春香が彼女で私は彼氏!」
いつもより少しはっきりした声で雪ちゃんはそう言った。私の方が可愛いなんて言われて照れるが、客観的に見てそれはありえないと思う。
「そうだ、私も春香の服、選ぶ」
私が納得していないことが顔で見抜かれたのか、雪ちゃんは自信満々にそう言った。
「えっ……ゆ、雪ちゃんが選ぶの? ほんとに?」
私はその提案に、思わず冷や汗をかいて一歩後ずさった。だって雪ちゃんのセンスは……いや、悪くはないんだけどね? 断じて悪くはない。うん。
「私の意思は固い。」
「わ、わかった。......我が愛しの彼女が選んでくれるなら着るけどさ……。すっごく変な服だったら怒るからね?」
♦♦♦♦
7分ほどかけて雪ちゃんは服を選んだ。そして試着室から私は顔を出す。
「あれ? 思ってたのと、違う・・・」
春香の姿を見て、雪の第一声はそんなものだった。
「ちょっと、人がせっかく着替えてきたのに『思ってたのと違う』って何!?
これ選んだの雪ちゃんでしょ? この……『謎の英字が書かれたネオン色のTシャツ』に『ゴシックな黒レースのスカート』っていう、斬新すぎる組み合わせ……。」
なんでこういうところだけポンコツなんだ! 知ってたけど!
私は呆れ半分、諦め半分で、そのちぐはぐな格好のままクルッと一回転して見せた。
「不覚。もう一度やるから、少しだけ待ってて。次はもっとよくできる。」
その決意のみなぎった雪ちゃんの様子からは、結果が目に見えるような錯覚さえ抱いた。
「ちょっ、待って待って! ストップ! その『戦場に向かう兵士』みたいな顔……嫌な予感しかしないんだけど!?」
「でもっ!」
なおも雪ちゃんは引き下がらない。何が彼女をそうまでさせるのか!?
そうだ。私はイイことを思いついた。
「……はぁ。でも、雪ちゃんがそこまで本気なら、私の身体、もう一度だけ預けてあげる。ただし! 次もおかしなコーデだったら……ペナルティだからね? それでもいい?」
「ペナルティって?」
「今日一日、語尾に『にゃん』をつけて喋ること。……いやならやめることをお勧めするよ? ......私の可愛い彼女の雪ちゃん?」
私は挑発するようにそう言った。
♦♦♦♦
「次は何をするにゃん?」
雪ちゃんは恨めしそうな真っ赤な顔で春香に聞く。
「っ……!!(即死)」
私はその破壊力に、胸を撃ち抜かれて一瞬ふらりとよろけた。もう少しで鼻血を出して倒れていたかもしれない。
真っ赤な顔で、恨めしそうに睨みながらの『にゃん』……。これはもう、国宝に指定すべき可愛さだ。
「んーっ! もう、最高! 雪ちゃん大好き!! 可愛い! 一生その語尾でもいいんだよ!?」
「それはヤダ......にゃん」
褒められてタジタジになりつつも、やっぱり語尾が恥ずかしくて恨めしく私を見てくる雪ちゃん。おめめがグルグルになっている。
「よし、次は……せっかく可愛い猫ちゃんになったんだもん。記念撮影しに行こっか?」
「えー...にゃん」
「プリクラ撮るよ! もちろん、落書きも全部『猫耳』にしてあげるから、覚悟してね♪」
私は興奮冷めやらぬまま、恥ずかしさで嫌がる雪ちゃんの手を引いて、ゲームセンターの方へと駆け出した。
♦♦♦♦
【雪視点】
「ゲームしようにゃん。プリクラの恨みでボコボコにしてやるにゃん。」
とぼとぼと、先ほどから晒し続けている醜態に精神を削られながら私は歩いていた。
喋るごとに何か私にもともと足りない自尊心が失われていく。
どうしても仕返しがしたいので、得意なゲームでバトルしてやろうという訳だ。
「ゲーム? いいね! そうだな...。私に格ゲータイマンで勝ったらその時点で語尾を解除していいよ!」
「え・・・いいの?」
春香がハイテンションで私に条件を持ちかけてきた。私は条件が破格すぎて唖然とする。私に勝てるとでも思ってるのだろうか? ...いや思ってそうこの顔は。
「雪ちゃん、語尾忘れてるよ。当然! その代わり、ズルは無しだよ。」
「わかったにゃん。」
私は春香の自信満々な顔を目に焼き付けていた。
♦♦♦♦
【春香視点】
「うぅ……ぐすっ……」
私の自信満々な顔は一瞬にして崩れ去っていた。雪ちゃんゲームうますぎでしょ...。
「……ひどい……。初めてやるゲームだったら...って思ったのに!」
私は雪ちゃんを恨めしいとばかりに睨みつける。雪ちゃんは困ったように目を合わせてくれない。
「ほんとは縛りプレイとかでハンデあげた上でやるつもりだったのに、春香からタイマンって言うから......」
「何なのさっきのコンボ! 私、コントローラー触ってる時間より、宙に浮いてる時間の方が長かったんですけどぉ……!! なんで初見のゲームでコンボが使えるのよ! ほんとはやったことあったんじゃないの!?」
「いや初めて。結構格ゲーにありがちな攻撃判定と硬直の設定だったし...」
雪ちゃんは続けて困ったように頬をかいた。
「なによぅ攻撃判定? 硬直? そんなの知らない! バカ! 雪ちゃんのバカ! ゲームオタク!!」
私は泣きながら雪ちゃんをポカポカと弱々しく叩いた。悔しい! あんなにボコボコにするなんて、少し反省すべきだと思う。
「......」
すると突然、雪ちゃんは私を置いて、走り出してしまった。私の錯覚か、それは逃げるように見えた。
「え……雪ちゃん……?」
私は呆然と立ち尽くした。
「……どこ行くの……? 待ってよ」
愛想尽かされた? いや、まさかね?
そうは思っていても、それが何度も頭をよぎる。
――ずっと考えていた。雪ちゃんは多分”ノーマル”な女の子だ。だから女の子の私に実は恋なんてできなくて、私と付き合ってくれているのは同情とか依存とか、良くない理由なんじゃないかって。だから、面倒な私にもう愛想を尽かしたのかもしれない。
考えれば考えるだけ、私の頭の中で少しずつそれが確信に変わっていく。
そろそろ泣き止まないと...周りの人に変な目で見られちゃうのに...最初は困ってる雪ちゃんが見たいのと悔しさで作ってた嘘泣きが、少しずつ抑えられない泣き声に代わっていってしまう。
私は涙を拭き取り、立ち上がろうと膝に力を―――入れられなかった。
だめだ...涙が止まらない。力がわかない。もう私はダメなのかもしれない。
そう思ったとき、何かやわらかいものが私の頭に当たった。
「ごめん。やっぱり対戦ゲームは封印。春香とやるなら協力ゲームがいい。...これ、泣き止んでほしいから、取ってきた。」
顔を上げると、雪がウサギのぬいぐるみを私の頭に押し付けて立っていた。
「……ぐすっ。……雪ちゃん?」
「うん、そうだよ。」
涙で潤んだ目を見開いて、差し出された猫のぬいぐるみと、少しバツが悪そうな雪ちゃんの顔を交互に見る。
「……なによそれ。これ、UFOキャッチャーで取ってきてくれたの? わざわざ?」
「えっと、うん。」
私はぬいぐるみをひったくるように受け取ると、それを胸に抱きしめたまま、腰立ちになっているから上目遣いでじっと雪ちゃんを見つめた。
「……ばか。ゲームで負けたことなんて、もうどうでもいいよ。いきなり黙って居なくなる方が……よっぽど怖かったんだからね。」
「え、あ。それはごめん。でもどう声をかけたらいいのか、わからなかった。」
「不器用……。でも許してあげる。その代わり、今すぐ私をぎゅーってして。安心させてくれないと……まだ許してあげない」
「え・・・」
雪ちゃんは一瞬ためらったが、それでもすぐに私の事をハグしてくれた。
「んぅ……ふふ、あったかい。雪ちゃん、体強ばってるよ? 周りの目、気にしてるんでしょ。」
人前でくっつくのが苦手な雪ちゃんが、私のために羞恥心を殺してハグしてくれてる……その事実だけで、私の胸の中が暖かくなる。
「不器用で……本当に可愛いなぁ、私の恋人は」
「ありがと...いやごめん?」
私は雪ちゃんと猫のぬいぐるみをまとめて抱きしめ返し、その感触を堪能するように髪に頬ずりを繰り返した。
「...さて! 雪ちゃん成分も補充完了したし、お腹空いたね!
泣いたらせっかくの可愛いメイク崩れちゃったかもだし、ちょっと直してからご飯行こっか。」
「わかった。元気になってよかった。」
私が話題を転換すると、雪ちゃんは不安が取れたようで私に微笑んで頷いた。
「雪ちゃんのおかげだよ。で何食べたい? さっき勝たせてあげたんだから(大嘘)、お昼は私のリクエスト聞いてよね?」
私はぱっと身体を離すと、雪ちゃんの指を絡めるように手を繋ぎ直して、恥ずかし気な雪ちゃんの顔を覗き込んで笑った。
「私はなんでもいい。春香のリクエストを聞く。」
その答えを待っていた!!
「なんでもいいって今言ったね!? じゃあ決定! 駅前の『カップル限定・相合傘オムライス』食べに行こっか♪」
「なん...だと?」
雪ちゃんの絶望の顔が印象的だった。
♦♦♦♦
【雪視点】
そして運ばれてきたのは、ハート型の特大オムライス。
「いやあ、まさか雪ちゃんがここに来てくれると思わなかったなぁ。何でもいいって言ってくれてうれしいよ!」
「うわぁ・・・ハートとかいっぱいで色々な意味ですごい店・・・。」
私は少し引きつつ店内を見渡した。次に目の前のオムライスに目をやった。量が多い。何と二人で一つの料理を食べるらしい。流石カップル...! 私は戦慄していた。
「まあ、いただきます。」
スプーンを取ってオムライスをすくった私の手は、だが春香によって掴まれた。
「あ、ダメダメ! この料理は相手からのあーんでしか食べちゃダメなルールなんだよ! ほら雪、口開けて?」
「え!? でもあーんって恥ずかしい・・・」
なんだそのトチ狂ったルールは!? そんなんで客集まるのか!?
「周りの人はみんなやってるよ!」
春香に言われて周りを見渡すと、本当に大体の人がやっていた。
「周りがやっていることをやっていないから今の私も恥ずかしい??」
この時、突然の異世界に私は混乱していた。思考力が麻痺し感覚が鈍化する。
混乱した結果、私は口を開けて春香からの餌付けを待つことを選んだ。
「あーん!」
春香は待ってましたとばかりに、ふわふわの卵を私の口へと運びこんだ。
んぐっ、少し量が多いな...私は口が小さいから、今回の一口で頬がいっぱいになってしまう。少しコンプレックスだ。
私が頑張ってオムライスを嚙んでいると、何故か春香が悶絶していた。春香もオムライスを食べたいのに、私のあーんを待たせてしまっていたからだろうと私は推測する。なので急いでごっくんと飲み込んだ。
「……ふふ、えらいえらい。よくできました♪ じゃあ次は雪ちゃんの番ね! さあ、私に『あーん』して?」
私は躊躇する。先ほどはただ受け入れるだけだったからいいものを。自分から恣意的に実行するとなれば恥ずかしさのレベルが違った。
でも目の前には口を開いて目を閉じて待っている可愛い春香がいて、それを見ていると急かされているように感じる。というか実際急かしているだろう。
恥ずかしさに身を任せて、料理を掬ったスプーンを思いっきり春香の口に突っ込んだ。
「んぐっ……!? げほっ、ごほっ……! ちょ、ちょっと雪ちゃん!? ころ、殺す気……!?」
春香が涙目で咳き込みながら、お水を一口飲んで、抗議するように私を睨みつけた。
私は失態に気づく。申し訳なさすぎる! 穴があったら入りたい!
「ご、ごめん。これ、難しい。ほんとにどうして普通に食べちゃダメなの!?」
私が絶望していると、春香が微笑んだ。
「『普通の食べ方』じゃダメな理由? そんなの簡単だよ。……だって、雪ちゃんが食べさせてくれた方が、自分で食べるより100倍美味しいから。私はそうなんだけど、雪ちゃんは、違うの?」
「.........」
私は反論できなかった。逆に何故気づけなかったのだろう。私は愚かだ。
「春香。もう一回、私にあーんして......お願い」
「え? うん。はい、あーん。」
春香は私にスプーンを差し出してくれた。
「さっきは緊張で分んなかったけど・・・確かに、これは1000倍は美味いかも。」
春香の手から食べさせてもらった料理は、愛が感じられて、春香を身近に感じられて、本当においしかった。自然と笑みが漏れるおいしさだ。
「っ……!(笑顔が可愛すぎて絶句)」
春香がまた悶絶してる。春香どうしたんだろう。
「私が100倍って言ったら、1000倍で返してくるなんて……自称『彼氏』さん、どこでそんなギザなこと覚えたの?」
「思ったこと言っただけ」
「……もう雪ちゃんったら。ね、次は私に食べさせて?」
私は慎重に春香の口へオムライスを入れる。...ちょっと楽しいかも。
スプーンを口から引き抜いたときに付着した唾液がスプーンと口の間で糸を引くのがエッチだなんて私は思っていないはずだ。(早口)
その後私たち二人はあーん縛りで料理を食べきった。
♦♦♦♦
「映画、時間そろそろじゃなかった?」
食べ終わったあと、会話して時間をつぶしていると、映画館に行くべき時間が近づいていることに気が付いた。
「あ、ほんとだ。危ない危ない、予告編始まっちゃうね。さ、行こっか。ほら手、貸して?」
私は手を引かれて映画館へと歩いた。
「……で、ここが私たちの席なんだけど。雪ちゃん、見てみて! この席……二人の間に『肘掛け』がないの。」
「え。何でないの?」
「いわゆる『カップルシート』ってやつ。これなら映画中も、こうやって……ずっとくっついてられるでしょ?」
春香は言いながら私の方にピッタリ体を寄せてきた。春香の体の暖かさが分かってしまう。
「うぅ。今日一日怒涛のカップルもの仕込み・・・。」
私は今日見る映画、集中できるかなと少し不安になる。
「今日見る映画、どんなのだっけ?」
「タイトルはね、『君に響け、初恋のシンフォニー』。……なんだか、今の私たちにぴったりじゃない?」
言いながら、春香が体をくっつけるだけでなく首を私の肩に預けてきた。そんなことされるとドキドキしてしまう。
それにしても、私はファンタジー系のアニメとかはたまに見るが、恋愛映画というのは初めての挑戦だ。少し楽しみで頬が緩んだ。
「そうなの?」
「うん、ぴったりだよ。……だって、素直になれない不器用な主人公が、恋を知っていくお話だもん。」
言いながら、春香が私の頬をツンとつついてきた。
「ねえ、雪ちゃん。暗いから見えずらいけど……今、顔にやけてなかった?」
「可愛い彼女と映画見るのでにやけて何が悪いの」
そろそろ少し春香耐性がついてきた私はカウンターを入れてみた。
「……っ、反則。急にそんなこと言うなんて……映画見る前から私のこと、ドキドキさせてどうするつもり?」
春香は照れ隠しなのか、ポップコーンを口に放り込んだ。可愛い。たまには反撃するといいことあるなと思った。
「そっちこそ、腕を絡めてきて。反則。私だってドキドキしちゃう。」
「お互い様か……あ、制作会社のコマーシャル。始まるよ。」
劇場が暗くなると同時、煽るように春香は私の肩に頭を乗せてきた。ほんとに集中できない!
私たち二人の理性の戦いが映画と同時に幕を開いていた。
でも映画が始まって10分もすれば、私たちは腕を絡ませながら映画に魅入っていた。
(人と喋るのが得意じゃない女の子・・・シンパシー。)
私は無口な女の子に共感していた。
(女性が好きなのを隠さなきゃいけない恐怖......分かるなぁ)
春香は春香で、私とは別の人物に共感を抱いていたらしい。
映画が始まる前はドキドキして集中できないかと思ったが、話が本当に面白くて普通に集中できた。
そして物語は中盤に入る。
ふとしたことからレズビアンの女の子が抱いていた友達への恋心がバレてしまったのだ。その女の子は忌避感や恐怖から友達の内気な女の子と距離を取ってしまう。
(つらい・・・やめて。自分の事が恋愛的に好きな程度の事で、嫌いになったりしないのにどうして距離を取るの?)
私が昔のことを思い出して胸が張り裂けそうな気持になっていたら、春香が私を慰めるように肩を抱いてくれた。
「……っ。大丈夫。……私たちは、もうあの子たちとは違うから。」
「うん。そうだね」
春香の温もりで私の心が安心感に満たされ、やっぱり春香の存在が本当に愛おしいと思った。
映画はなんやかんやあった後ハッピーエンドで終わった。正直、過去の自分たちを見ているようだったと思う。デジャブ、既視感というやつだ。
「春香に距離を置かれた時のこと、思い出しちゃった。もう少し、こうしてていい?」
映画が終わり、劇場に明かりが戻ったが、私は春香の温もりをもう少しだけ感じていたくてそう言う。
「……うん、もちろん。私も、まだ離したくなった。......大丈夫。今の私たちは、こうして誰よりも近くにいるよ。もう絶対に、雪ちゃんから離れたりしないから。」
♦♦♦♦
【春香視点】
私たち二人は帰路についていた。
「公衆の面前で抱き着いちゃった・・・恥ずかしい。」
「今さら恥ずかしがっても遅いよ? ふふ。でも私、すっごく嬉しかった。だって雪ちゃんの方から『離れたくない』なんて……滅多にないご褒美だもん。ね、ここなら暗いし……家に着くまで、もっとくっついて帰ろ?」
私は繋いでいた手を一度ほどき、改めて雪ちゃんの腕を抱え込むようにして、帰り道の夜風の中を寄り添って歩いた。
「・・・うん」
遠慮がちに雪ちゃんが頷く。ちょこんとした頷き方がまた可愛い。
「あれ、スマホケースの、それ」
雪ちゃんが私のスマホケースを指さした。
「ん? あ、これ? ふふっ、さっきゲーセンで撮ったプリクラだよ。一番可愛く撮れてた『困り顔の猫耳雪ちゃん』、ケースの裏に挟んでみたの。私の『恋のお守り』♪」
私はスマホを裏返して、猫耳の落書きをされた雪ちゃんの顔がバッチリ見えるように見せつけた。
「うっ。なんて屈辱。」
雪ちゃんは悔し気な顔でその写真を見ていたが、視線が少し横にずれると、頬を緩ませた。
「......私もする。」
「ええ!?」
少し意外だ。
恋人になって2週間と少し。雪ちゃんとは約10年も幼馴染として一緒にいたはずなのに最近たくさん知らない顔が見れる。
そしてまだまだ知らない顔があるのだろうと思う。
ちなみに、お揃いでスマホケースに飾ろうとした雪ちゃんだが、彼女のスマホはプリクラが入るようなクリアケースではなかったので、結局お財布に大事に飾っておくことにしたらしい。
そんな帰路も終わり、私たち二人は雪の家にたどり着いた。
1話、呼んでくれてありがとうございます。
初投稿です。文章下手ですが許してください。
面白かったら評価、コメントくださるとありがたいです。
不愛想な雪ちゃんとグイグイ行く春香の百合からしか取れない栄養素、あると思います。