魔王と勇者の物語~飢えた忌み子に命を分け与えたら、暴君女帝に育ってしまった~ 作:猫屋敷てん
「……のうアレク」
やがて、フレイヤが顔を上げた。何か言いたげに口をむにむにさせ、キョロキョロとする。
そしてフレイヤは、浴槽の縁に置いてあった石鹸と、桶を手に取った。
じっとアレクの体を見つめて、ちょっと顔をしかめる。
「……体を洗うぞ、アレク。言いたくはないがそなたはかなり汚れておる」
「お、おう。……すまん」
そう言われて我が身を確かめれば、アレクは自分がとても汚れていることに気付いた。
少なくともシリアスな話をできる状態ではないだろう。
「そうだな。風呂なんてもう十年は入ってないし、洗わないと」
いろいろ思うことはあれ、これだけ泥だらけだと話すことも難しいと、そう言ってアレクはフレイヤの手から石鹸を受け取ろうとした。
だがフレイヤは石鹸を握りしめたまま、離そうとしない。
その指先が、微かに震えていることにアレクは気づいた。
「……フレイヤ?」
「……わらわに、やらせておくれ」
フレイヤは、伏し目がちにそう言った。
それは命令ではなく、懇願だった。
「わらわが、洗う」
「え?」
「そなたをこんな姿にしたのは、わらわの弱さじゃ。……その泥も、傷も、全てわらわのせいでついたものじゃ」
フレイヤは悔しげに唇を噛み、アレクの薄汚れた体を見つめた。
「い、いや。これは俺のせいだよ」
「わらわの、せいじゃ。わらわが我儘を言ったから。じゃから……せめて、この手で綺麗にしたいのじゃ。……こんな血塗られた手で触れるのは、嫌かもしれぬが」
そう言って、フレイヤは恐る恐るアレクの反応を窺う。
その弱弱しい姿を見て、アレクが断れるわけがなかった。
「……嫌なわけないだろ。頼むよ」
「っ……! うむ……!」
アレクが許すと、フレイヤの顔にパァッと安堵の表情が広がった。
フレイヤは嬉しそうに、けれどどこか使命感に燃えるような真剣な眼差しで、石鹸を泡立て始める。
「さあ、背中を向けよ。……いや、まずは前からじゃな」
「お、おう。でもその、侍女たちが見てるぞ。あれは良いのか?」
「それがどうした」
アレクの指摘に、フレイヤは手元を動かしたまま即答した。
「奴らは背景。気にするでない。……それとも、皆の前で洗われるのが恥ずかしいか?」
「……あ、いや。そういうことでは」
「ならよい。じっとしておれ」
知らない人達に見られるというのは恥ずかしいことだが、気にしない方向で行くしかないと諦める。
それにフレイヤは妖艶に微笑むと、たっぷりと泡立った石鹸を手ですくい取った。
だがフレイヤはスポンジやタオルを手に取ろうとはしない。
「……おい、スポンジはどうした?」
アレクが尋ねると、フレイヤは小首を傾げ、とろけるような甘い声で言ったのだ。
「そんな無粋なものは必要ない」
フレイヤはそう言って、自分の豊かな胸元――透き通るような大きな乳に、たっぷりと泡を塗りたくる。乳は泡にまみれ、艶めかしい光沢を放った。
アレクの目が点になった。
まさか。いや、いくらなんでも。かつてはプライドの塊だったあのお姫様が、そんなことをするはずが――。
「わらわの全身全霊で、くまなく清めてやる」
そう言って妖艶に微笑んだフレイヤは、アレクににじり寄るとその豊満な胸を無防備なアレクの胸板へと押し付けた。
それにアレクの思考が、白く染まった。
アレクの胸板に押し付けられた、暴力的なまでの柔らかおっぱい。
たっぷりと泡立てられた石鹸が、その感触をさらに滑らかに、妖艶に助長している。
「……ッ!?」
アレクは喉の奥で悲鳴を上げた。
視線を下ろせば、信じられない光景がそこにはあった。
フレイヤが、アレクの体にへばりついている。
フレイヤは両手をあえて使わず、自らの誇る巨乳をアレクの胸や腕に擦り付けていたのだ。
透き通るように美しく、柔らかい二つのおっぱいは、重力に逆らうようなハリを持ちながらも、接触するたびにむにゅりと形を変え、アレクの筋肉の凹凸に吸い付いてくる。
頂にある淡い桜色の乳首が硬く尖り、アレクの肌をくすぐるように擦過する。
そのたびに電流のような刺激が走り、アレクの背筋を震わせた。
「ふふ、どうじゃ? 気持ちよいか?」
「フ、フレイヤ。いや、これは」
「まったく。顔を赤くしよって」
フレイヤが上目遣いでアレクを見上げた。その顔は、至近距離にある。
とろりと蕩けた紅の瞳。吐息には甘い花の香りが混じっていた。
フレイヤは楽しんでいるのだ。アレクを洗うという行為を。そして、アレクが自分の体に翻弄されている様を。
「お、おい……フレイヤ……っ」
「動くな。まだ洗い終わっておらぬ」
アレクが身じろぎしようとすると、フレイヤは不満げに眉をひそめ、さらに体を密着させてきた。
ムギュゥ、と質量のある柔らかおっぱいが押し寄せ、アレクの逃げ場を完全に塞ぐ。
「こ、こんなこと……皇帝がすることじゃ……」
「黙れ。わらわがすることが皇帝のすることよ」
「変わんねえな。そういうところは」
フレイヤは傲慢に言い放ち、それに苦笑するアレク。
「そなたの体に染みついた、この臭いすべて消し去る。……代わりに、わらわの匂いをたっぷりと擦り込んでやるのじゃ」
それは洗浄というより、マーキングだった。
獣が自分の所有物に匂いをつけるように、フレイヤは全身全霊でこれは自分のものだと主張しているのだ。
その献身的な動きと、そこに見え隠れする異常な独占欲。
それに心がときめくのは、フレイヤを愛しているからだろう。
そんなことをしていると、ふとアレクは視線の端に気配を感じた。
無論そこにいるのは、入れ替わるようにやってきた侍女。フレイヤが背景と称した者達だ。
そんな彼女たちの顔面からは血の気が完全に失せ、口は半開きになり、目は限界まで見開かれていた。
あまりの衝撃的な光景に、脳の処理が追いつかず、魂がどこかへ飛んでいってしまったようだ。一人は白目を剥いて、今にも倒れそうにゆらゆらと揺れている。
見ちゃいけないものを見た。
この世の終わりのような顔だ。
だが今のフレイヤには、そんな侍女たちの存在など塵ほども見えていない。
「ふーむ。ずいぶんと綺麗になったの。次は……ここじゃな」
「へっ?」
その言葉に、アレクは慌てて視線をフレイヤに戻す。するとフレイヤは、アレクの下腹部を恍惚とした表情で見つめていた。
そこにあるのはフル勃起したアレクのちんぽである。
アレクの顔から火が出た。元気だった。元気すぎるほどに、ちんぽは勃起していたのだ。
無理もない。アレクはこの十年間、奈落の底で死と隣り合わせの日々を送ってきたのだ。女の肌に触れるどころか、柔らかいものに触れる機会さえ皆無だった。
そこにきて、世界一美しい女の、極上の肉体を押し付けられたのだ。
健康な成人男性として、反応しない方が嘘だった。ここはちゃんと性器が正常であったことを喜ぶべきだろう。
鋼のように硬く、熱く脈打つ自身のちんぽ。
それを見たフレイヤの目が、丸くなる。
「……ほう」
湿っぽい息を吐くフレイヤ。アレクは十年ぶりに感じた羞恥という感情に死にそうになった。
そしてすぐに、フレイヤの頬がボッと音を立てるように赤く染まる。彼女の瞳の中に、ハートマークが浮かんだように見えたのは、湯気のいたずらではないだろう。
「これが、男性器。アレクのおちんぽか……なんと立派な。男のものはこんなに大きいのか?」
「へっ!? あ、いや。それは、その……」
「ふふ。可愛らしい反応じゃな……そなたも、我慢しておったのか?」
嬉しそうに、愛おしそうに、フレイヤが耳元で囁いた。
男が勃起しているのは、興奮している証。女として求められているという事実に、フレイヤも下腹部が熱くなる。
これが自分への反応。アレクが自分を求めているという、何よりの証拠だ。
「……っ、悪い。見なかったことにしてくれ」
「嫌じゃ」
フレイヤは即答し、ちんぽへと手を伸ばした。
細くしなやかな指先が、アレクの硬直した竿の部分に触れる。
「っぐぅ……!?」
「硬いのう。握っても届かぬほどに太い……それに熱すぎじゃ」
「ま、待てっ! そこは洗わなくていい!」
「馬鹿を言え。ここが一番、汚れておるじゃろう?」
フレイヤは妖艶に目を細めると、泡立てた手で竿の部分を優しく握り込んだ。フレイヤの手には大きすぎるアレクのちんぽ。
柔らかい掌。ヌルリとした泡の感触。そして慈しむように上下に擦り上げる動き。
「う、あ……ッ!」
アレクは浴槽の縁を強く掴んだ。
アレクは限界だった。十年分の禁欲と、目の前の視覚的暴力、そして直接的な快楽。
ダムが決壊するように、すべてが溢れ出しそうになる。
出してしまえば楽になる。
だがこんな場所で、侍女たちの前で、しかもフレイヤの手の中で果てるなど男としての尊厳に関わる。
「だ、だめだ……フレイヤ、離せ……! 出るッ……!」
「まったく。可愛いのう。そなたのその可愛さは罪になることじゃろう」
「や、やめっ」
アレクが喘ぐように訴える。
だがフレイヤは手を止めない。むしろさらに楽しげに、カリ、と先端を指先で弄った。
たまった垢。あるいはチンカスを丁寧に削ぐ動きだが、それが何よりも気持ちいい。
「んっ……!」
アレクの腰が跳ねた。もう駄目だ。白旗を上げる寸前だ。
するとフレイヤが、すっと体を寄せてきた。
アレクの耳元に、熱い唇を寄せる。ふう、と甘い吐息を吹きかけられ、アレクの背筋が粟立った。
「……まだじゃ」
フレイヤの悪戯っ子のような、それでいて絶対的な命令者の声。
「こんなところで出してはならぬ。……もったいない」
そしてギュッと根元を強く握られ、出口を塞がれる。
「ぐぅぅッ!?」
「これは、あとでわらわが頂くのじゃ。……ベッドの上で、最後の一滴までな」
フレイヤは耳元から顔を離すと、とろけるような笑顔でニッコリと笑った。
「べ、ベッド、か?」
「ふふ。まさか……約束を忘れたわけではあるまい。アレク」
アレクの問いかけに、すっとフレイヤは目を細めた。
そして少し力をいれて、竿を握りしめる。
「も、もちろん忘れてねえよ。覚えてる」
「そうじゃな。約束の春はとっくに十回は訪れた。のうアレク。今夜は約束通り寝かせぬぞ」
「……お、おう」
そう返答するアレクは、ただコクコクとうなずくだけの人形のようであった。
◇
その後背中や髪も洗われ、泡を流し、綺麗になったことを確認すれば風呂を上がることになる。
脱衣所へ移動すると、そこにはすでに多くの洋服が用意されていた。
最高級のシルクのシャツ、刺繍入りのベスト、仕立ての良いロングコート。どれもこれも、庶民が一生かかっても買えないような代物だ。
「さあ、着るのじゃ」
「……俺に、こんな高そうな服を?」
アレクが戸惑いながらそう言う。
ボロ布を着ていた数十分前とは雲泥の差だ。
「似合わんと思うが……」
「似合わなければ選んだ者の首を飛ばす故安心しろ」
「なんか似合うような気がしてきた」
傲慢すぎることを言ったフレイヤは、侍女の手からシャツを奪い取った。
そしてアレクへと献身的に服を着せようとする。
「手」
「え?」
「じっとしておれ。わらわが着せる」
アレクは呆気にとられた。
帝国の支配者が、跪いて男に服を着せようとしているのだ。それには周りの侍女たちも目を見開いて驚いている。
だがそんな反応を気にすることなく、フレイヤはアレクの腕をシャツに通し、一つ一つ丁寧にボタンを留めていく。その指先はとても繊細で、まるで壊れ物を扱うようだ。
「引き締まった良い体じゃな。ただ、古傷が多い」
「……北の果てで彷徨っていたからな」
「そうか。苦しかったの。辛かったの。もう大丈夫じゃ。わらわが必ずそなたを癒すぞ」
「……フレイヤ」
フレイヤは決意を込めて言うと、再びテキパキと着付けを再開した。
ベストを着せ、タイを結び、コートを羽織らせる。最後にズボンのベルトを締め、革靴を履かせる。
その一連の動作は完璧で、長年連れ添った古女房のようだった。
そして完成した姿を、全身鏡で見る。
そこに映っていたのは薄汚れた男ではなく、どこぞの公爵と言われても通じるほどの青年だった。
伸び放題だった髪も、フレイヤが指で撫でつけるとワイルドな色気を放っている。
「……ほう」
アレク自身が驚いた。馬子にも衣装とはこのことだ。
だが、それ以上にフレイヤの目が輝いていた。
「格好良い……」
フレイヤはうっとりと呟き、アレクの腰に抱き着いた。
「やはり、わらわの目に狂いはなかった。そなたは世界で一番いい男じゃ」
「フレイヤが着飾ってくれたおかげだろ」
「いいや、素材が良いのじゃ。……ああ、このまま誰にも見せたくない。部屋に閉じ込めてしまおうか」
危ない発言が飛び出したが、アレクは苦笑してフレイヤの頭をポンポンと叩いた。
「そういう冗談はまた今度な」
「……ちッ。仕方ないのう」
フレイヤは不満げに舌打ちしたが、しぶしぶ離れた。
そして、アレクの腕に自分の腕を絡ませる。
「行くぞ。エスコートせよ」
「仰せのままに、陛下」
◇
二人が脱衣所を出ると、そこには侍女のアレロナが控えていた。
彼女はアレクの変貌ぶりに目を丸くしたが、すぐにプロの表情に戻り、恭しく頭を下げた。
「お召し替え、完了なされましたか。お食事の準備は整っております」
「うむ。案内せよ」
フレイヤが鷹揚に頷く。
アレクを連れて歩き出すフレイヤの足取りは軽く、鼻歌交じりだ。その後ろ姿を見ながら、アレロナが小走りでついてきた。
「……あの、陛下」
フレイヤの邪魔をすることは憚られるが、聞いておかねばならぬことがある。
「何じゃ」
「その……失礼ながら、その殿方はお客様、ということでよろしいのでしょうか? 近衛兵や他の貴族様たちへ、どう説明すればよいかと……」
もっともな質問だ。
どこの馬の骨とも知れぬ男が、女帝と腕を組んで歩いているのだ。城中が大騒ぎになるのは目に見えている。
フレイヤは足を止めず、冷ややかに言った。
「説明など不要じゃ」
「は、はい?」
「見ればわかるであろう。この者はわらわの全てじゃ」
フレイヤはアレクの腕をぎゅっと抱きしめ、恍惚とした表情で言った。
「わらわの心臓であり、わらわの魂であり、わらわの愛しき人じゃ……この国にあるすべての財宝を束ねても、アレクの髪の毛一本にも劣る」
アレロナが息を呑む音が聞こえた。
それは比喩でも大袈裟な表現でもない。この暴虐の女帝が、本心からそう思っていることが伝わったからだ。
「よいか、よく聞け」
フレイヤの声色が、一段低くなった。
「アレクの機嫌を損ねることは、わらわを殺すことより重い罪と思え」
「――ッ!!」
「食事が不味ければ料理長の首を刎ねよ。部屋が寒ければ管理人の皮を剥げ。……もし、アレクが「不快だ」と一言でも漏らせば」
その目は笑っていたが、瞳の奥には底なしの闇があった。
「この城にいる全員、生きたまま氷漬けにして砕いてやろうぞ」
ヒィッ、とアレロナが悲鳴を上げそうになる。本気だ。この女帝は本気で言っているのだ。
アレロナは恐怖のあまり口から魂が出そうになるが、その前にアレクが動く。
「いや何言ってんだよフレイヤ。馬鹿なことを言うのは止めろ」
「あんっ」
スパンッとフレイヤの頭を叩いたのだ。
「「「っ!?!?!?」」」
それに驚く周囲の侍女たち。それは処刑すら生ぬるい愚行である。百の拷問を受けて、帝都の広場に張り付けにされ、最後はギロチンにかけられるような行為である。
今、目の前の男は死んだ。
だがフレイヤは、すぐにアレクに向き直りとろけるような笑顔に戻ったのだ。
「ふふ。じょーだんじゃよ。そなたは優しいからの、ふふ。冗談じゃ」
「冗談なら冗談で済むやつにしろ、まったく、侍女たちが引いてるぞ。本当に反省しているのか?」
ああ。侍女たちはドン引きだ。アレクの態度にドン引きなのである。
「ふふふ。侍女たちよ、とにかく、最高の最高を持て成すのじゃぞ?」
「は、ははははいッ!! 肝に銘じます!! 命に代えても!!」
アレロナは必死に叫んだ。もうわけがわからない、なんでアレクが死んでいないかも、なんでフレイヤが媚まくってるのかも、何もわからない。
ただ一つ、アレクが悪い人間ではないことだけは理解できる。
そしてフレイヤに意見を言って、それを聞かせることができるのも理解できた。
「城中に伝達して。アレク様を全力でもてなせと!!」
もし何かが変わるとしたら、アレクであるとアレロナは思う。
この地獄を変えてくれる救世主の登場に、アレロナは十年ぶりの希望を抱いていた。