魔王と勇者の物語~飢えた忌み子に命を分け与えたら、暴君女帝に育ってしまった~ 作:猫屋敷てん
むかしむかし、あるところに魔王がいました。
魔王は人の命を吸って、世界をほろぼす悪魔でした。
魔王が歩けば花は枯れ、鳥は落ち、人々はバタバタと死んでしまいました。
魔王はいつもお腹を空かせて、人を食べていました。
そんなある日、ひとりの勇者が現れました。
勇者は神様に愛されたのか、それとも呪われたのか。
どれだけ傷ついても死なない、不思議な体を持っていました。
魔王と勇者は戦いました。
三日三晩、いえ、何年ものあいだ戦い続けました。
魔王は勇者を殺せず、勇者も魔王を倒せませんでした。
二人は戦って、戦って、やがて疲れ果ててしまいました。
そこで魔王は気づきました。
「お前の命はなくならない。ならば、私がずっとお前を食べていれば、もう誰も襲わなくてすむのではないか?」
勇者も気づきました。
「ああ、そうだ。僕が君の食事になろう。そうすれば世界は平和になる」
二人は武器を捨てて、抱き合いました。
魔王は勇者の首筋に噛みつき、尽きることのない命を吸い続けました。
勇者は痛みと引き換えに、世界を守る英雄になりました。
こうして世界に平和が訪れました。
誰も死なない、誰も悲しまない、幸せな世界の完成です。
二人はずっとずっと、仲良く暮らしましたとさ。
しかし――
――1000年前の物語より引用。
◇
「おい、ゼルはどこに言ったんだ?」
神聖ドラグノフ帝国のとある坑道前にて、野太い男の声が響いていた。
男は作業着とツルハシを持ち、誰か人を探している様子だ。
「いや、知らねえ。そういやどこ行ったんだろうな」
「もう仕事が始まるってのに、サボりかあのバカは」
彼らはいわゆる炭鉱夫。鉱山にて働く男達だ。
しかし同僚の一人が姿を見せないのか、全員呆れと苛立ちを見せている。
「せっかく女帝陛下が改心したとかで、税金が安くなったんだ。稼いで稼いで稼ぎまくろうってのによ」
そう言って男は悪態をつく。
「探しに行くか」
「いるとしたらまだ小屋で準備してるか、マジでサボりかだ」
男達は口々に、姿を見せないゼルという同僚に対して文句を言いながらも探そうと動き出す。
彼らにとってゼルという男は、適当でギャンブル好きとはいえ、何も言わず仕事を放りだす男ではない。
ギャンブル好きな性格とは裏腹に、彼は遅刻もしたことがないほどに真面目な男だ。
故に悪態をつきながらも、心の底では心配しながら探し回った。
身支度などをする小屋を見る。しかしいない。
ならば便所かと確認すれば、そこにもいない。
「おいやっぱいねえぞ」
「病気か何かか?」
「いや、出勤したのを見たって奴はいたぜ」
この異様な状況に、男達は困惑を露わにする。
少なくともゼルという男は黙ってどっかに行く奴ではない。出勤している姿を見たなら、かならず身支度を終えて待機している男だ。
適当でギャンブル好きという欠点はあれど、そこだけは信用している。
ならばなぜ――
「おいッ! こっちに来てくれ! 大変だ!!」
ふと、一人の男のひっ迫した声が聞こえてきた。
全員がその声の主を見れば、物置小屋から血相を変えてでてきた男が一人。
「ゼルが死んでるんだ!!」
「はあっ!?」
男達は全員何を言っているのだと声を上げる。
「ミイラになってる!! 命吸われたみたいに、ミイラになって死んでんだよ!!」
その日が――始まり。
帝国各地で次々と、命を吸われてミイラと化した人間達が発見されることになる。
◇
アレクが父と母の墓参りをした日から、半年の時が経った。
あの日から二人の間に何か変化があったと言われれば、あったと言えるしなかったとも言える。
あるいはあの日、ドロドロになるまでぶつけ合うセックスをしなければ、もっと拗れていたかもしれない。
だが全てを吐き出してぶつけ合うようなセックスをしたから、二人はいつもの二人であれた。
あの行為こそ、フレイヤとアレクを繋ぎとめるものだったのだろう。
ただ変わったこともある。
それはフレイヤに起きた変化であり、より考えるようになったのだ。
どうすればより良い帝国を作れるのかと。己の今までなしてきた罪を清算するために、もっともっとと、考えている。
どこか軽かったその決意が、また一つ強固になったことは間違いない。
ただそれは、脅迫めいたものなのかもしれなかった。
「のうアレク。わらわはどうすれば、良き皇帝になれるのじゃろうな」
今日もまた、フレイヤはポツリと呟いた。
それに対してアレクは答える。
「今のフレイヤは、良い皇帝だと俺は思う」
それは心の言葉だった。
フレイヤと再会して改心し、そろそろ一年が経とうとしている。今のフレイヤは立派に皇帝をやれているだろう。
次々と政策を打ち出しては、優秀な人材に任せるというシンプルな方法で成功を収める。
その恐怖によるカリスマで、官僚も貴族も汚職など一切せず国のために尽くしていた。
そんなことを一年もしていれば、目に見える成果となるのだ。
民の生活は良くなった。インフラが整えられ、フレイヤは未来にも投資をするため、新技術の開発も進んでいる。
これからどんどんと良くなるだろう。そんな気配は見えていたのだ。
だからアレクは、良き皇帝であると言う。
「そうか。そうであるなら、何よりじゃ。ただ、もっとじゃ。もっと、もっと頑張らねば」
だがフレイヤは、アレクの言葉をもらっても停滞しない。否、囚われるように、鬼気迫るように、良き皇帝であろうとする。
その姿が、アレクには少し痛ましく見えてしまう。
「無理はするなよ。もう寒いしな」
「わかっておる。けれど執務室は暖炉で温かい。それに……アレクがいるから、わらわはいつも温かいのじゃ」
「俺?」
「うむ。かつては、ずっと寒かった。どれだけ火を焚こうとも、熱い風呂に入ろうとも、寒さが消えることはなかった。しかし今はどれだけ寒くても温かい。アレクのおかげじゃ」
そう言って、フレイヤは満面の笑みを見せた。
その姿に、アレクはふっと穏やかに息を吐く。
「なら、良かったよ」
「うむ。今日もがんばるぞ! ではわらわは行く!」
フレイヤが、二人の部屋から執務室へと歩もうとする。
そのために歩みだした瞬間だった。
「――フレイヤ様! 至急お伝えしたいことがあると言付かっております」
ドアの向こう側から、侍女の声がした。
フレイヤはアレクとの時間を邪魔されるのを何よりも嫌う。故によっぽどの用事がない限り、この時間に声をかけてくることはない。
だが今、そのよっぽど重要なことが起きたのだろうか。
「フレイヤ……」
「うむ、何やら重要そうじゃな。入れ」
ここで怒るのではなく、何かあると思えるのはフレイヤの成長だろう。
その言葉に、急ぎ足に扉が開く。
入ってきたのは、侍女頭であるアレロナだった。
だが入ってきたアレロナの表情は、いつになく強張っていた。その手には、緊急連絡を示す
「アレロナ。そんな顔をして、一体何事じゃ?」
フレイヤがアレクへ向ける甘い顔を消して、いつもの威厳を取り戻し、そう問いかける。
アレロナは一瞬、隣に立つアレクに視線を走らせたが、意を決したように膝をつき、報告書を差し出した。
「陛下、至急ご確認を。北部の鉱山を皮切りに、帝国各地から同様の不審死の報告が相次いでおります」
「ん。不審死、じゃと?」
その言葉に、暖炉の爆ぜる音が一瞬遠のいた気がした。
フレイヤが怪訝な顔をしながら報告書を広げる。
そして白い指先が、読み進めるごとに微かに震え始めた。
「こ、これは――」
「はい。発見された遺体はすべて――乾いたミイラとなって発見されたとのことです」
その報告に、凍り付くような沈黙が流れた。
ミイラ。それはかつて、フレイヤが最悪の女帝として恐れられていた頃。彼女の食事の後に残される犠牲者たちの末路だからだ。
「ば、馬鹿な。わらわは、何もしておらぬぞ!」
フレイヤは絶叫する。そしてアレクもそんな馬鹿なと首を振る。
二人とも、一切の当てがなかった。
「私も信じられない思いでいっぱいですが、実際に各地で連続して不審死が起こっております」
「っすぐに全員を集めよ!」
フレイヤの判断は早かった。
思考を停止させることなく、ならば何が起こったと原因究明のために動き出す。
「寝ている者は叩き起こせ。緊急事態じゃ!」
「承知いたしました」
その言葉に、すぐアレロナは動き出す。
その後ろ姿を見送りながら、フレイヤは固く拳を握っていた。
「フレイヤ……」
「アレク。わらわは、何もしておらぬ。それは間違いない。信じてくれ」
「わかっている。それは、ずっと隣にいた俺は知っているよ」
「ならば、良い」
フレイヤは目を瞑り、そして動き出した。
「アレクも来るのじゃ。そなたにも力を借りたい」
「了解」
政務にアレクを関わらせなかったフレイヤであるが、今回ばかりは違うと、アレクを連れて会議室へと歩みだす。
その紅玉の瞳には、困惑と覚悟がまじりあったものが浮かんでいた。