魔王と勇者の物語~飢えた忌み子に命を分け与えたら、暴君女帝に育ってしまった~ 作:猫屋敷てん
帝城の会議室では、重苦しい空気が漂っていた。
その中心にいるのは、女帝フレイヤだ。
上座に腰掛け、無表情を貫き会議室全体を俯瞰する様子に、誰もが震えあがっていた。
「揃ったか」
「はっ! 全員着席しております」
「ならば良い」
フレイヤの招集によって、帝国の要人は全員会議室に出揃っている。
急な呼び出しであろうとも、フレイヤの命とあればすぐさま集まるのが、恐怖でありカリスマだ。
フレイヤは鋭い視線をさらに細めて、進行役となる男へ紅の瞳を向けている。
「概要を説明せよ」
「はっ! 最初に発見されたのは帝国北部にて炭鉱夫をしているゼルという男でした。まるで命を吸い取られたかのようにミイラとなった状態で発見され、その死因は不明。その後複数件にわたり同様の状態の死体が帝国各地で現在三十四件発見されております」
それが今回のおおまかな概要である。
帝国各地にて一斉に起こった不審死。原因は一切不明であり、突如としてミイラとなった状態で発見されたという不可解な様子。
「最初の発見からおよそ三日で三十四件確認されておりますが、恐らくもっと多数の被害があるかと」
「……容疑者はおるか?」
「いえ。状況から考えて、とても人間にできることではないと思われます。現在の技術から考えても、不可能かと」
「…………」
報告をした男は、汗をかきながらそう告げる。
その言葉通り、此度の事件は人間には実行不可能だ。
一瞬でミイラにできる技術なんて誰も持っていないし、もしあったとしても帝国の南から北まで確認されている。
つまり帝国の技術を越える何かしらの組織による殺人、という荒唐無稽なストーリーしか生まれなかった。
ただ、一つを除いて。
「現在の可能性では……その……」
男は言いよどむ。
しかしフレイヤは顎をしゃくった。
「申せ。隠す必要はない」
「はっ。陛下によって行われたものであるなどと、市井では言われております」
「で、あろうな。わらわ以外このようなことできるはずがない」
「「「!?」」」
その言葉に、会議室はざわめく。
「……陛下、それは認められるということでしょうか」
一人の重臣が、震える声で問い返す。フレイヤは鼻で笑い、組んだ脚を組み替えた。
「馬鹿を申せ。わらわ以外にできる者がおらぬと言っただけじゃ。だが、わらわはそのようなことをしておらぬ」
凛とした声が会議室に響き渡る。フレイヤの瞳には一点の曇りもなかった。
この一年弱、フレイヤはアレクのために、そして自らの罪を雪ぐために、泥を啜るような思いで良き皇帝であろうとしてきたのだ。
その自負があるし、それをこの場の全員は見てきた。
「わらわはアレクと再会してから、一度として呪いを外に向けて放ったことはない。それは隣におるアレクが一番よく知っておるはずじゃ」
視線を向けられたアレクが、一歩前へ出た。
「はい。それは俺が保証します。フレイヤの呪いは、俺にしか向いていなかったと」
救世主アレクの証言。それは帝国において重い言葉として受け止められる。
しかし報告書に記された惨状は、紛れもなくフレイヤの手口そのものだった。
会議室に満ちる沈黙。それは納得ではなく、「では、一体誰が」という疑念と、やはりフレイヤが嘘をついているのではないかという恐怖が混ざり合ったものだった。
フレイヤはその空気を敏感に察し、すぐに発言する。
「信じられぬという顔じゃな。……よかろう。ならば、わらわは提案する。今日、今この瞬間から、わらわを二十四時間体制で監視せよ」
「へ、陛下!? それはあまりにも……」
「構わぬ。常に複数の監視を置き、わらわが少しでも不審な動きを見せれば、即座に報告せよ。……これで、わらわが白か黒かはっきりするはずじゃ」
自らを檻に入れるに等しい提案。それはあまりにも潔い決断だった。
隠し事がないからこそできる、堂々とした否定。フレイヤはさらに続けて、淀みなく命を下す。
「被害者遺族へ支援せよ。身元が判明した者には国庫から十分な金を出し、生活を保証せよ。そして原因究明が最優先じゃ。わらわも全力を出す」
フレイヤの言葉には、迷いも、戸惑いの気配もなかった。
彼女は本気で自分の仕業ではないと確信している。アレクとの幸せを、ようやく手に入れた平和を、正体不明の何者かに汚されることが許せなかった。
「全リソースを注ぎ込め。……この事件の真相を、一刻も早く暴き出すのじゃ!」
「「「はっ!!」」」
会議室の要人たちは、その気迫に気圧され、全員が気を引き締めて敬礼する。
そして会議は解散となり、全員やるべきことをやるために次々と退室していった。
残ったのはフレイヤとアレク。そしてフレイヤの監視をする数名の侍女が壁際に立っているのみ。
ほぼ二人きりと言える会議室で、フレイヤは椅子に腰かけて深く溜め息をついていた。
「……アレクよ。どう思う?」
「今回の事件か?」
「うむ……」
その問いかけに対し、アレクは少し考え込んだ。
「フレイヤの同じ力を持った何者かの犯行。と考えるのが自然か」
「まあ、そうじゃな」
とてもじゃないが普通の人間に可能とは思えない状況だ。
フレイヤがそんなことをしていないのは百も承知だからこそ、その結論にたどり着く。
「じゃがそうなれば、少なくとも同時に最低五人はわらわと同じ力の持ち主同時に出現し、誰にも見つかることなく犯行を進めているとなる」
「……それもまた難しいな」
一か所で起こったことであればこの説も正しく思えるが、帝国全土だから違和感が生まれる。
東西南北と中央に、最低一人はいることになる。その上同時期にだ。偶然にしてはできすぎている気もする。
「全ては、この力の詳細がまだ何もわかっていないことが難しくさせる要因じゃな」
そう言ってフレイヤは溜め息をついた。
フレイヤの呪いの正体というのは、実のところほとんどわかっていない。
前皇帝であるフレイヤの父は、最強の兵器が突然手元に降ってきたぐらいに考えていたという。
この命を吸う呪いがどこから来たのか。どういうものなのか。その正体は何なのか。
一切わかっていない。
「…………もっと調べておくべきじゃったな。この力について」
故にフレイヤは唇を噛んで悔やんでいた。
前皇帝も、フレイヤも、時間と手段があったはずなのに呪いについて調べることはなかった。
もし調べていれば。これがどのような力で、どこから来たのかを暴けていれば、この事態にも後手に回らずに済んだかもしれない。
「しかたがない。今悔やんだとしても何も変わらないんだ」
「そうじゃな。前を向くしかない。わらわはこれから仕事に入る。アレクは……勉強でもして、疲れたわらわを抱きしめてくれ」
「ああ、了解」
アレクが調査に協力したところで、何かできることはない。
皆の前でフレイヤの潔白を証言したことで、今できることは終えたのだ。あとは邪魔せず、フレイヤの癒しとなる。
それがアレクの役目であろう。
「で、その……暫く監視がつくから。夜は」
「ああわかってる。残念だけどな」
「まったく。ふふん。全てを解決したら、またしようぞ」
にこやかにほほ笑んだフレイヤは、そう言って侍女を引き連れて会議室を去っていった。
今のフレイヤが、人を殺すなんてことあるわけがない。
それを感じさせる、確かな笑みだった。
「…………」
その後ろ姿を見ながら、アレクはじっと考える。
この事件、すぐに解決すればいい。しかし――そう易々とは行かぬだろうと、アレクの直感はささやいていた。