魔王と勇者の物語~飢えた忌み子に命を分け与えたら、暴君女帝に育ってしまった~ 作:猫屋敷てん
「帝国全土で起こる呪殺事件。それを成したのは――フレイヤ様です」
膝をついた男は、あまりに淡々と、単刀直入にアレクへ告げていた。
そこに一切の感情が乗っていないから、アレクも大切なことを聞き逃したのかと首をかしげる。
「えっと……それは、一体」
言葉の意味を、アレクは理解できなかった。
故に聞き返すが、男の顔色は変わらない。
「陛下の生まれ持った呪いにより、帝国全土で死者が生まれている。ということございます」
「え、あ、いや! フレイヤは何もしていない! それは一番近くに俺が良く知っています! それに監視で、フレイヤは何もしていなかったとわかったはずです!」
アレクは必死で弁明するように叫ぶ。
しかし男の瞳は一切の揺らめきが存在しなかった。
「こちらを」
男が差し出してくるのは一つの資料だ。
「これは……」
「陛下の呪いについてまとめたものでございます」
「…………」
言葉を失ったアレクは無言で受け取って、ゆっくりと目を通す。
その紙束に書かれていた文字は、少々難解な言い回しだ。文字をあまり読めぬアレクには難しいが、必死に読んで、内容を理解しようとする。
その様子を見た男は、解説するよう口を開いた。
「呪いとは、過去にも存在しておりました」
「過去にも……?」
「はい。ずっと大昔からあったのです」
その言葉にページをめくれば、三枚目にアレクでもわかる、まるで絵本のような文字列が書かれていた。
そこにあるのは勇者と魔王の物語。帝国においてありふれた話であるが、内容がアレクの知るものではない。
これは帝国に伝わるものとは違うのだろう。
そしてその内容は――
「これは……」
「はい陛下とアレク様に非常に似ていると考えます」
かつて命を奪う魔王がいて、それに唯一対抗できる不死の勇者の物語。
決着がつかず、最後は魔王が勇者だけを食えばいいと、ハッピーエンドに至った物語。
そして……。
「…………」
「南にある王国の、一部地域に伝わる物語です。呪いについて調査する中で、発見いたしました」
帝国の暗部は優秀だ。数少ない手がかりからアレクの両親の軌跡を探し出したように、他国の物語から呪いの正体を掴もうとする。
これは確かにアレクとフレイヤをなぞったような物語だ。
「南、ですか」
「ええ。蛮族が住むと帝国では言われておりますが、いたって普通の国でございます。その国に伝わる物語。もうほとんど失伝しておりましたが、千年前に実際に起きたことを元にしたと考えられます」
「…………」
男は言う。呪いはフレイヤだけではないと。
千年前にも、命を吸う呪いと、不死の男が存在したのであれば、一体今この国で何が起きているのだろう。
「また帝国北部に存在する二千年前の遺跡より、この物語とよく似た壁画も発見いたしました。おそらく千年ごとに命を吸う呪いと、それに対抗する不死の存在が生まれるのではないか。というのが考察です」
「なる、ほど……じゃあ、今起きているのは。一体?」
千年ごとに起こることであるというのはなるほどと納得できるし、正直どうでも良い。
今大切なのは、なぜフレイヤは何もしていないはずなのに人が死ぬのかということだ。
「次のページをご覧ください」
「は、はい……」
男に言われるがままに、アレクはページをめくる。そこにあったのは、物語の続きだった。
こうして世界に平和が訪れました。
誰も死なない、誰も悲しまない、幸せな世界の完成です。
二人はずっとずっと、仲良く暮らしましたとさ。
しかし――運命はそれを許してくれなかったのです。
「――っ!?」
魔王は勇者の命だけを食べ、でも大丈夫。不死の勇者はびくともしません。
人々は魔王に殺されることはなく、世界に平和が訪れます。
それが幸せのはずでした。
けれど、勇者の命だけでは足りなかったのです。
魔王の飢えは、ただ一人の命だけで満たされるものではありませんでした。
魔王が望まずとも、その力は勝手に外へと溢れ出し、人々の命を、魂を、根こそぎ吸い取ろうと暴走を始めたのです。
それはもはや、魔王自身にも止められぬ災厄でした。
魔王の飢えは、呪いは、激しく無差別に世界を食らい尽くそうとします。
『勇者よ。私を殺すのだ。でなければ、この世界は滅びる』
『……魔王』
もう運命に従うほかありません。
最後には、絶望した魔王に乞われるまま、勇者はその胸に剣を突き立てました。
魔王を殺せるのは、勇者だけ。
勇者に殺されることでしか、その終わらぬ飢えから逃れることはできなかったのです。
魔王は、愛する勇者の手で殺されなければならない運命だったのです――
「…………っ」
最後まで読み終えたアレクの手から、紙束が滑り落ちそうになった。
そこに書かれているのは、ただの悲劇ではない。今、自分とフレイヤが直面している現実そのものではないか。
勇者の命だけでは足りない。
フレイヤがどれほどアレクの命を啜り、アレクがどれほど彼女を愛そうとも、フレイヤの内側にある呪いは、それだけでは満足せずに外へと溢れ出している。
フレイヤに自覚がないのは当然だ。
物語の中の魔王と同じように、力が勝手に動いているのだから。
「……クリスさん、これ、は」
アレクが掠れた声で問いかけると、膝をついたままのクリスが答えた。
「北部で見つかった二千年前の壁画にも、これと同様の結末が刻まれておりました。……呪いによって生まれた魔王は、最終的に勇者の手で殺される。それが、この理不尽な力の終着点なのです」
「……殺さなきゃ、いけない? 俺が、フレイヤを?」
「左様です。……このままでは呪いはさらに激化し、より多くの命を吸い続けるでしょう。世界が死に絶えるか、勇者が魔王を殺すか。二つに一つしか道はない……。それが、かつての物語や壁画に記された真実です」
アレクの頭の中に、先ほど執務室で見たフレイヤの顔が浮かぶ。
心配させまいと、赤くなった瞳で精いっぱい微笑んでいたフレイヤ。
民のために、アレクとの幸せを守るために、自分を罰するように働き続けているフレイヤ。
そのフレイヤを、自分の手で殺せというのか。
「な、んで。いや、そんな、馬鹿な。何かの、間違いじゃ、ないんですか!?」
「嘘である可能性ももちろんありますが、であるのならあまりに偶然が重なりすぎております。この物語も、北部の遺跡も、偽物というわけではございません」
「…………」
それだけ材料がそろって、今も同じことが起きている。ならば真実である可能性の方が高いだろう。
偶然、だなんて言えるはずがない。
クリスはゆっくりと顔を上げ、アレクを真っ直ぐに見据えた。
その瞳は、あまりにも残酷で、あまりにも忠実だった。
「これは陛下ではなく、アレク様にお伝えするべきことだと勝手ながら判断いたしました。アレク様以外に、解決できる方はおりません」
「……俺、だけ。俺は――」
廊下を吹き抜ける冷気が、ヒュウと音を立てて二人の間を通り抜けていく。
アレクは何も言えなかった。
今、目の前に天秤が置かれている。
フレイヤを救うか、多くの民を救うか。
どちらかしか選べない。フレイヤを選べば、世界は滅んでしまうかもしれない。だが世界を選べば、フレイヤをこの手で殺さなければならない。
残酷な二択が目の前にあって、どちらかを選べとアレクに強制する。
アレクにしか選ぶ権利がない。アレクにだけ、世界の命運が握られている。
「全ては、アレク様がのご決断のままに」
「……フレイヤを殺せ、とは、言わないんですか?」
「……陛下こそが絶対。それが我らです」
クリスはそう、感情なき瞳で言う。確かにそこに、感情なんてないのかもしれない。
大国の暗部に勤めるのであれば、それは幼少のころから徹底して教育された存在だ。帝国のために、皇帝に命を捧げよと。
だが帝国と皇帝。その天秤をクリスもまたかけられ、その折衷案としてアレクにだけ告げたのだろう。
まるで機械のようであり、帝国と皇帝の忠実なる下僕となる。それが暗部だ。
「…………」
アレクはフレイヤを愛している。
けれどフレイヤを選ぶということは、何百万。何千万人を殺す選択肢となるのだろう。
アレクは――
「大変だっ――!!」
ふと、悲鳴のような声が耳に届いた。
廊下に反響するようなその大声に、アレク、そしてクリスもまた声の聞こえた方向を見る。
「人が死んでいる! ミイラになっているんだ! 誰か来てくれ!」
「っ!?」
帝城にまで呪いの魔の手が忍び寄る。
呪いは猶予を与えてくれやしなかった。