※この作品はR-18です。

魔王と勇者の物語~飢えた忌み子に命を分け与えたら、暴君女帝に育ってしまった~   作:猫屋敷てん

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第三十五話 呪いの魔王の終わり方

 運命というものを、アレクは信じている。

 

 フレイヤとの出会いが、アレクにとっての運命だったからだ。

 

 誰かにそれが運命だと言われたわけではないが、言われずとも確信している。

 石造りの監獄の中で、フレイヤは冬の寒さに震えていた。あるいは寒さよりも、孤独に震えていたのかもしれない。

 

 そんなフレイヤを鉄格子の外から一目見て、アレクは運命を感じたのだ。

 

 それは子供特有の自意識過剰だったのかもしれないけれど、確かに世界が定めたような運命だった。

 命を食らう魔王と、不死の勇者。その出会いが運命以外の何であると言うのだろう。

 

 二人は出会ってしまう定めだったのだ。

 

 その運命に翻弄されて、多くの苦難を乗り越えてきた。そしてようやく結ばれたと思った。

 しかし運命は最後にバッドエンドを押し付けてくる。

 

 これが決められた理なのだろう。呪いを持って生まれたら、幸せな人生は歩めない。

 誰からも恨まれ、誰からも嫌われて、誰からも死を望まれて、魔王と呼ばれて人生を終える。

 

 それが呪いを持った者の生涯だ。

 千年ごとに同じ運命を繰り返し、その螺旋はフレイヤとて外れることはできない。

 

 でもそんなのあんまりではないか。

 愛した女が死ぬしかないなど、なぜ運命はこれほどまでに残酷なのだろう。

 なぜ呪いは、この世に存在するのだろう。

 

 その不条理に、理不尽に、アレクは怒る。

 故にアレクは――

 

 

 ◇

 

 

 翌朝。

 

 昨夜の凄惨な出来事を経て、アレクは死に急ぐフレイヤを必死に説得し、多くの対話を重ねた。二人で様々な話をしただろう。

 それは朝日が上がるまで続き、果てに疲れるようにフレイヤはひとまず眠りについた。

 

 フレイヤが眠っている間も、誰かの命がその中に流れ込み続け、傷を癒やしてしまう。

 フレイヤに時間がないというのは、間違いなかった。

 早く死なねば、多くが死に、死ぬための苦しみがより長くなる。だがあと一日だけ。

 そう考えて、二人は次の日を迎えていた。

 

 そして昼がやってきて、吹雪が止んで一面の銀世界となった離宮の外へアレクが歩み出る。

 

 するとそこには先に届いた報の通り、数人の男が待っていた。

 

 その中心に立ち、指示を出しているのは帝国諜報部隊の長、クリスである。

 

 彼は雪道を力強く押し通る、大柄な馬に引かせた重いソリを伴っていた。

 ソリの上には、この極寒の地では貴重な食料や医療物資が積み込まれている。

 

「……クリスさん。ありがとう、ございます」

 

 アレクが声をかけると、黒い服の裾を雪に濡らしたクリスは、静かに一礼した。

 

「夜通し馬を走らせました。この雪深さでは普通の馬は役に立ちませんので、特別な馬を。……ひとまずは、これだけの物資があれば急場は凌げるでしょう」

「……助かります」

 

 アレクは、クリスが持ってきた防寒用の毛布を手に取り、その重みを感じた。

 多くの者に死を望まれているというのに、クリスはこうして物資を運んでくれる。とてもありがたい話だが、その忠義の対象が、帝国なのか、それともフレイヤ個人なのか、アレクには分からなかった。

 

「帝国の……あちらの様子は、どうですか」

 

 アレクの問いかけに、クリスは淡々と、しかし重々しい口調で告げた。

 

「芳しくありません。犠牲者は増え続けています。呪いの伝播は収まるどころか、むしろ速度を上げているようです。その上、陛下が離宮にいらしたことで、暴動の雰囲気も出ています」

「……そうですか」

 

 アレクは、振り返って静まり返った離宮を見上げた。

 あの中で眠るフレイヤが、望まずとも世界を食らい続けている。そして多くの者に、魔王死すべしと願われている。

 

 呪いを持って生まれたせいで、さんざんな人生を過ごして、最後はこうなってしまうのか。

 その運命に、アレクは唇を嚙みしめた。

 

「クリスさん。……フレイヤは昨夜、自分で自分の胸を刺しました」

 

 アレクの言葉に、クリスは僅かに眉を動かした。

 感情を表に出さない彼にしては、それが最大の驚愕の表現だった。

 

「……陛下が、ご自身で」

「ええ。俺に殺させるわけにはいかないと、自分で終わらせようとしたんです。でも、俺が止めました」

「そうですか」

「目の前でフレイヤが自害しようとして、止めずにはいられなかった」

 

 アレクの声は、乾いた冬の風にさらわれて、消え入りそうだった。

 世界のためには止めてはいけなかった。勇者であるなら、率先して殺すべきだった。

 しかしアレクには、そんなことできない。

 

「そして、ずっと夜通しフレイヤと話し合っていたんですよ」

 

 目の下に隈をつくったアレクは、思いをはせるように天を見上げる。

 

「……そして」

 

 そこでアレクは言葉を切った。

 じっと無表情でアレクを見つめる、クリスの瞳に視線を合わせ、ゆっくりと問いかける。

 

「クリスさん。クリスさんの忠義はどこにありますか?」

「……というと?」

「帝国なのか、皇帝なのか。それを、知りたいです」

 

 急に話を変えてきたアレクに、わずかに怪訝な顔をしながらも、クリスは答える。

 

「陛下でございます。我々は、帝国の皇帝に命を捧げることこそ使命なのです」

「そうですか」

 

 その言葉に、アレクは少しほっとしたような顔をした。

 彼ならそう言うだろうし、前皇帝ならそのように教育するはずだ。

 皇帝こそが、絶対であると。

 

 そしてその皇帝はもういない。フレイヤ以外の血族も、反逆したりで十年の間に死に絶えた。

 今、皇帝の血筋はフレイヤのみ。故にその徹底的に教育されたことで生まれた忠義は、フレイヤへと向いていた。

 

「フレイヤから、伝言です」

 

 それを確認したアレクは、決意を固めた瞳で、まっすぐとブレずに言った。

 

「今後の帝国は、現存する公爵家による合議制で運営せよと」

「……それは」

 

 それは、覚悟を決めた者の言葉だ。

 

「民のための政治を心掛け、思いを一つにして帝国を再建せよ。現在の政策を引き継ぎ、より良い帝国を目指すのだ」

「…………」

「そして、権力を私利私欲のために使う者。最悪の権力者になるのであれば、()()()()()()が降りそそがん。……これが、その書状です」

 

 そう言ってアレクは、皇帝の印が施された書簡を差し出した。

 僅かに動揺が見られたクリスだが、すぐに取り繕うとそれを受け取る。

 

「確かに……陛下の思いを承りました」

 

 そして深々とお辞儀をし、アレクとフレイヤの全てを理解し託された。

 彼の存在が、のちの帝国の要となる。皇帝に命を捧げるよう教育された彼の存在が、唯一前皇帝に感謝できることかもしれない。

 

「あとは、俺達の問題です。今日で、決着をつけます」

「…………御意」

 

 アレクはもう、己の決断を迷わない。

 

 

 ◇

 

 

 離宮に戻れば、フレイヤは起きて窓の外を眺めていた。

 朝まで話し合っていたから、大して眠れていないはず。されどとてもスッキリした顔で、アレクを振り返っていた。

 

「おはよう。アレク」

「ああ。おはようフレイヤ」

 

 そんな朝の挨拶をして、離宮の古びた扉を閉めて、アレクはフレイヤに歩み寄った。

 窓から差し込む冬の陽光は、とても柔らかい。窓辺に立つフレイヤの銀髪がその光を透かし、とても綺麗に輝いている。

 

 フレイヤは穏やかな、本当に憑き物が落ちたような顔でアレクを振り返った。

 

「うむ、おはようアレク。……奴とは、無事に話ができたようじゃな?」

「ああ。お前の書簡、しっかり渡してきたよ。あの人に託せばもう大丈夫だ」

「そうか。……なら良い。わらわの皇帝としての仕事も、これで終わりかの」

 

 フレイヤは満足げに小さく頷くと、ふわりとアレクの元へ歩み寄り、その冷え切った頬を両手で包み込んだ。

 

「冷たいのう……。外は寒かったか? はよう温まれ」

「はは、俺は大丈夫。寒さには強いからな。それより、フレイヤはちゃんと眠れたのか?」

「そなたの腕がなかったゆえ、あまりよく眠れなんだぞ。わらわを一人にするとは、薄情な男じゃ」

 

 そう言って、フレイヤはいたずらっぽく唇を尖らせた。

 その姿は、帝国を統べる威厳ある皇帝でも、命を啜る魔王でもない。ただ愛する男に甘え、不満を漏らす年相応の女だった。

 

「……悪かったよ」

「ふふ、なーに。冗談じゃよ。そこまでわがままは言わぬ。これで十分じゃ」

 

 そう言ってフレイヤはアレクの首に腕を回し、その胸板に顔を埋めた。

 厚手の服ごしでも伝わるアレクの鼓動が、フレイヤにとっては何よりの安らぎだった。

 

 そうして暫く抱擁した後に、名残惜しそうに二人はわかれる。

 

「クリスさんが気を利かせて、いい酒を持ってきてくれたんだ。……フレイヤ、一緒に食事としよう」

「わらわはあまり腹は減らぬが……。まあよい。アレクがそう言うのなら、付き合ってやらぬこともない」

 

 アレクが届けられた物資から取り出したのは、柔らかな白パンと、上質な葡萄酒だ。

 この最果ての地に不釣りあいな豪勢な食事を、テーブルの上に乗せる。

 そして二人は、その前に並んで座った。

 

 アレクがまず、パンをちぎってフレイヤの口元へ運ぶ。

 フレイヤは少し照れくさそうに、けれど幸せそうに目を細めて、それを小さく食んだ。

 

「……美味しいか?」

「うむ。アレクの手から食べると、毒が入っておっても美味く感じそうじゃ」

「縁起でもないこと言うなよ」

 

 アレクが苦笑しながら葡萄酒を注ぐと、フレイヤはそのグラスを受け取らず、じっとアレクを見つめている。

 その意図は、聞かずともわかった。

 

「はぁ。……わがままな皇帝陛下だ」

「むふふ。今はそなたの女じゃ」

 

 アレクは葡萄酒を口に含むと、そっとフレイヤと唇を合わせる。

 そして口移しによって、フレイヤへ流し込んでいた。

 

「ん、く♡ ……こく、こく、ん。ぷはぁ……美味い葡萄酒じゃ」

「まったく……」

 

 わずかに口元にこぼれた雫を拭いながら、満足気にほほ笑むフレイヤに、やれやれと首を振る。

 だが最後かもしれないから、こうしてべたべたとバカップルのような食事をするのだろう。

 

「……ふふ。アレク、顔が赤くなっておるぞ。酒のせいか? それとも、わらわが美しすぎるせいか?」

「どっちもだよ。……お前、確信犯だろ」

「さあな。わらわはただ、愛する男と食事を楽しんでおるだけじゃ」

 

 窓の外では、時折雪が風に舞う音が聞こえる。

 けれどこの部屋の中だけは、まるで時間の流れが止まったかのような、甘く溶ける静寂に満ちていた。

 

 運命が、呪いが、世界がどうのという話は、今の二人には関係なかった。ただ、隣にいる相手の温度を感じ、声を聞き、笑い合う。それがすべてだった。

 

 食事が終わると、フレイヤはアレクの膝の上に潜り込むようにして座り直した。アレクは彼女の細い腰を抱き寄せ、その銀髪に顔を埋める。

 

「……離さないからな、フレイヤ」

「うむ。ずっと共にいたいのう……いずれ子供ができて。多くの孫に看取られて共に行くのじゃ」

「最高の人生だな」

 

 そんな人生を送りたいと考えながら、フレイヤは己の腹を撫でた。

 

「けれど一年も性行為をしたのに、結局妊娠せなんだな」

 

 思い返せばそうなるだろう。あれだけ毎日のようにセックスをして、避妊もいっさいしていなかったのに、着床しなかったのは異常なこと。

 そこにも呪いが関わっているのは間違いなかった。

 

「大丈夫さ。もう、な」

「ふふ、そうじゃな。そなたの子は、とても強い子になるじゃろう。……のうアレク。わらわは今、とても幸せじゃ。このままこの時が続けばよいと本当に思っておる」

 

 フレイヤはアレクの首筋に顔を寄せ、熱い吐息を漏らす。

 フレイヤの指先がアレクの髪を弄り、耳たぶを甘噛みするように弄んだ。

 

 永遠に今が続けばいい。けれどそんなことが起きるはずがない。

 それに永遠の今というのも、考えてみれば地獄だ。

 時は常に動き続け、決断は早くしなければならなかった。

 

「さて。終わらせるかのう」

「そうだな」

 

 アレクとフレイヤは最後に深いキスをしてから立ち上がった。

 もう迷いはない。全人類を絶命させて、二人きりの世界で生きるというのは幸せではないのだ。

 

 幸せは、この世界で二人で生きること。

 それが叶わぬのであれば、フレイヤは己の死を持って終わらせる。

 

「わらわが死んだら……十年ぐらいはわらわのことだけを思っておくれ。十年も思ってくれたら、他の女と結婚しても良い」

「はぁ……一生フレイヤだけを思って生きるよ」

「ふふ。嬉しいことを言ってくれるな。けれど死してまで、一生アレクを縛り付けようとは思わぬよ」

 

 クスクスとフレイヤは笑う。その笑顔は、どこか晴れ晴れとしていた。

 抱えていた闇はない。覚悟を決めた女の顔。それが今のフレイヤだ。

 

「さあ呪いの魔王の終わりじゃ。この世界にハッピーエンドをもたらすために!」

 

 物語のハッピーエンドは、悪い魔王の死しかない。

 多くの人を呪い殺す魔王が死に、帝国に災いをもたらした最悪の女帝も死ぬ。それこそがこの世界のハッピーエンド。勇者が導くべき終わりである。

 

 その終わりのために、二人は歩みだした。

 

 

 ◇

 

 

 神聖ドラグノフ帝国の冬は明け、春がやってきた。

 そして帝国各地で起きていた呪殺事件は、収束した。

 

 何の予兆もなく、突然人々の命を奪う最悪の呪いの終わり。それに人々は歓喜の声を上げる。

 春の訪れた帝都もまた、お祭り騒ぎだった。

 

「もう呪いは収まったらしい。一か月新たな死者は出てないってよ」

「終わったのか! ほら、やっぱり女帝のせいだったんだ。いなくなってからピタっと止んだ」

 

 人々は口々に言う。

 呪いが収まったことへの歓喜と、女帝こそが全ての元凶であったという確信だ。

 

「でも……この一年の陛下は改心したって聞くし、確かに生活は楽になった。何で、こんなことしたんだろうな」

「知るかよ。油断させてパクっといくつもりだったんだろう」

「そう、なのかな。でも、俺は……いや、何でもない」

 

 けれどフレイヤがこの一年で積み上げたものは、わずかであっても人々の心には残っていた。

 フレイヤのやってきた一年を、信じている者はたくさんいる。

 

 そしてそれを引き継いだ公爵家達は、フレイヤの望み通りの政策を行うだろう。

 ただそれも、最初のうちかもしれない。

 人は欲に落ちる生き物だ。フレイヤがいなくなったと確信したら、また欲に溺れた者が、かつてのような悪政を引くかもしれない。

 国民を虐げ、他国を侵略しようとする国になるかもしれない。

 

 そのための解決策が、呪いだった。

 アレクとフレイヤはそんな未来も予知して、対策は打っている。

 皇帝の意思に反して欲望のために権力を使う者には、()()がふりかかることだろう。

 

「帝国万歳! 新たな帝国に祝福を!」

 

 人々の歓喜の声は、春が終わるまで止むことはないだろう。

 誰もが平和になったと思っている。

 

 ただこの平和に対して、複雑な思いを抱いている者もいるのだ。

 

「…………陛下」

 

 アレロナ・クローブは侍女を辞めた。

 それは何かを思ってのこと、というほどのものはないが、アレロナなりに燃え尽きたということだ。

 

 最悪の女帝に仕え、そして改心した女帝に仕え、その女帝もいなくなった。

 もともとアレロナは辞めたかったのだ。けれど最悪の女帝の下から逃げられるわけがなく、気づけばズルズルここまで務めた。

 

 改心した女帝に使える日々は楽しかったが、もう満足だ。

 ここを区切りとして、新たな人生を歩みだそう。

 

「ハッピーエンド……ですか」

 

 だけどふと、アレロナは天を仰いで呟いた。

 

「…………陛下、アレク様。お二人は……幸せになれたのでしょうか?」

 

 アレロナはこの世で唯一、二人の幸せを願っていた。

 その呪いについても知ってしまったから、フレイヤを恨むなんてこともできない。

 だからアレロナだけが、消えてしまった二人が、幸せであることを望んでいる。

 

 けれどこれは、アレロナだけが持つ異端な思いだ。

 人々は女帝の死に歓喜しているのだから。

 

「私は……幸せを願っています」

 

 故にアレロナは、心の奥底でもう一つのハッピーエンドを求めて、また歩き出した。

 

 花が芽吹き、今年は豊作。まるで新たな門出を祝うよう。

 

 世界はこれにて平和になり、ハッピーエンドを迎えましたとさ。

 

 めでたしめでたし――――――――――――――――




次回最終話。
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