魔王と勇者の物語~飢えた忌み子に命を分け与えたら、暴君女帝に育ってしまった~ 作:猫屋敷てん
暗い闇の中にいた。
誰もいない。何もいない。肉体すら手放して、己以外が存在しない。
そんな暗闇。
その中で唯一光を灯すのは、自分自身だ。
それは淡い光を放ちながら、精いっぱい揺らめいている。
その光には、真っ黒な何かが取り付いていた。
――命を食らえ。
それは呪いだ。
揺らめく光に取り付いて、寄生して、命を
――食らい続け。食って食って、全てを食え。
その光がある限り、呪いは決して離れるつもりはない。
最後までずっと取り付いて、命をむさぼり続けるだろう。
この状態になることで、初めてフレイヤは呪いを認識した。
まるで魂に寄生する、害虫みたいな存在だ。
これがフレイヤを苦しめ続け、最後に悲劇へと誘う呪いなのだろう。
――もう、好き勝手させぬぞ。
フレイヤは、覚悟を決めている。
この呪いを祓う手段はただ一つ。宿主の死しかない。
宿主が死ねば、この寄生虫のような呪いも消えてしまうだろう。実際過去の前例も、死によってのみ呪いは祓われる。
フレイヤもその前例に倣い、死によってこの呪いを終わらせるつもりだ。
――さらばじゃ。
命が揺らぐ。
命が発する光は小さくなり、この暗闇を照らせぬほどに縮小していく。
呪いは必死に奪った命を供給して、光を元に戻そうとするが、意味はない。
――生き返れ。生き返って殺せ。奪え。たくさん食え。
呪いの叫びも空しく、フレイヤの光は小さくなる。
フレイヤに今訪れている死は、命を供給したとして免れぬ死だ。
故に呪いは必死に足掻くも、その果てにこれは終わりだと諦めた。
光は豆粒のように小さくなり、まるで線香花火の最後の輝きだ。
これではもう、寄生する価値もない。
故にその命に見切りをつけて、呪いはフレイヤから離れた。
また呪いは、長い時をかけて彷徨うのだろう。
ひとまずこれで、千年の間は世界に平和が訪れる。その千年後に世界がどうなっているか。呪いを解決する手段を人類は持てるのか。
それは後の人類次第。
だが呪いを祓った代償は、フレイヤの死だ。
暗闇の中できらめく光はもう指先ほどもない。
このまま消えてしまうことは確定的。
多くの者に死を望まれて、たった一人にだけ生きることを望まれたその命は、プツン消える。
そして世界に暗闇が訪れた。
◇
――死ぬこと以外に、何か方法はないのか。
声が聞こえた。
――何か。何か方法はあるはずだ。
必死に叫ぶアレクの声。
それは自害しようとしたフレイヤを、止めたアレクが叫んだ言葉だ。
――たとえ死しかないとしても、たとえば一度死んで蘇るとか。そういう何かだ。
そうやって必死に叫ぶアレクに、フレイヤはなんと言っただろうか。
確か、想われていることがとても嬉しくて、涙を流したはずだ。
そしてその言葉を受け止めて、考えてみた。
呪いはどこに存在するのか。
解答――呪いはフレイヤの内に存在する。
まるでこびりつくように、絡みつくように、フレイヤの内に住み着いている。
これは確かに、宿主であるフレイヤの死以外に解決する方法はないだろう。死ねば、呪いは次の宿主を探すはずだ。
やはり無理だ。呪いがあるから、フレイヤは蘇る。呪いが離れればもう生き返ることはできない。
そもそもフレイヤを殺すためには、殺し続けないといけないのだ。殺し続けてボロボロになった肉体が、蘇るなんてあるわけがない。
――俺は北の果てで生きた十年で、何度も死んで蘇った。フレイヤも……できないかな。
それはアレクだからできたことだ。
アレクは特別だから、そのようなことができる。フレイヤでは決して真似できない御業であり、フレイヤは首を振った。
――いや。
ただふと、フレイヤはその首を止める。
フレイヤの脳裏を駆け巡るのは、ある一つの可能性だ。
それは荒唐無稽な希望的観測ではあるが、もう死ぬことは決まっている。
全員を呪い殺した末に、二人だけの世界はごめんだ。
ならば、その可能性に賭けてみるのはどうだろう。
――……のうアレク。一つ、頼みがある。
フレイヤの提案に、アレクも乗った。
果てに絶望しかないのであれば、限界まで希望を追いたかったからだ。
そしてフレイヤは死に――腹の奥が燃えるように熱くなった。
命の輝きが必死にフレイヤを繋ぎとめて、この世に留まらせようとする。
フレイヤは確かに死んだ。呪いも死んだと判断した。
けれどここは、
果てに行けば世界最悪の魔境がある。そんな、場所だ。
そんな場所で死ぬにあたり、フレイヤは死体が傷つかず、けれど呪いにも打ち勝てる死に方を選んだ。
アレクに連れられて訪れた北の果て。あまりの寒さ故に人類が決して生きることができず、アレクのみが十年の月日を生きた場所。
そんな場所を訪れて、フレイヤは
だが極寒の地はフレイヤを急速に冷凍し、仮死状態にしてしまう。
それは呪いは死んだと判断しても、実際にはまだ蘇生の可能性のある死に方だ。
だがだとしても、上手くいくかはわからない。
というか可能性はないに等しい。凍死することで仮死状態となり、呪いを騙して蘇るなんて希望的観測だ。
故にフレイヤは、現実的にその死を繋ぎとめるため、外から命を蓄えたのだ。
呪いの対となる最強の力。何度だって蘇り、魔王を倒す使命を背負った不死の力。
その力を、
「おはよう。フレイヤ」
仮死状態から蘇生され、フレイヤは離宮にて目を覚ました。
上手く体が動かない。けれど生きているのは理解できる。そして内に寄生していた呪いは消え去り、胎に命を色濃く感じる。
「アレクよ。そなたの命は、とても温かいな」
フレイヤの胎には、アレクの命の塊とも呼べる
そして着床していることだろう。
不死の勇者の子供が、フレイヤの胎に宿ろうとしているのだ。
その力は母体にまで及び、フレイヤを仮死状態にした後に死なせないため、一役買ったに違いない。
この地であるから凍死という死に方を選べたし、不死の力が作用した。
話し合いを終えたあと、寝る前にセックスをした甲斐があったというものだ。
限界までたっぷりと、これが最後かもしれないから、フレイヤが疲れて眠るまでしてしまったのはやりすぎたが。
だが二人のした賭けは成功し、フレイヤの中にあった呪いは消え、不死の勇者の生命の塊により生き返った。
「ちゃんと、生きている。良かった。良かったよ、フレイヤッ!!」
「ふふ。もう呪いは消え去った。そなたの子をわらわは孕めるようじゃ」
そう言って、フレイヤは微笑む。
この一年体を重ね続け、しかし妊娠できなかったのは呪いが関わっているのだろう。
たとえ着床しようと、呪いによって命が殺され続けた。
不死の勇者の子供というのは、呪いにとってひどく邪魔な存在だったらしい。
だが呪いを手放し、全ての運命の螺旋から外れたフレイヤは、もう自由だ。
忌み子ではない。女帝でもない。ただのフレイヤがそこにはいる。
「フレイヤっ。フレイヤっ!!」
だからアレクは泣きながら、強くフレイヤを抱きしめていた。
まだフレイヤの体は冷たいが、徐々に体温が戻っている。今のフレイヤの体には、命が宿ったことも実感する。
そうやってアレクが泣き叫ぶから、フレイヤは逆に冷静になっていた。
しかたないなとばかりにアレクを抱き返し、強く、それは強い抱擁を交わす。
「もう皇帝ではない。ただのフレイヤ。そなたの女じゃ。じゃから、共に生きようぞ」
「ああ。そうだな。遠くへ行こう。帝国を出て、他国に行こう。俺もがんばって働くし、幸せにする」
もう帝国で生きていくのは無理だろう。呪いを消し去った以上自衛手段もない。
多くを殺したフレイヤは、帝国にいたら迫害されてしまう。
だから他国へ。遠くへ逃げるのだ。
クリスなど、皇帝に忠誠を誓う暗部の力を借りれば、それも叶うはずだ。
そして遠くの国で、ただのアレクとフレイヤとしてやり直す。今度は子宝に恵まれるだろう。
運命の呪縛から解放されて、二人は幸せになれるはずだ。
「ふふ。アレクよ、共に最後まで生きようぞ。わらわを生き返らせて、孕ませたのなら最後まで責任を取ってもらわねばな」
「わかってる。死ぬまで責任とってやるよ!!」
そう言い合って二人は笑う。
今日は快晴。雪は止んだ。これからの帝国は、呪いと最悪な女帝が消えたことで歓喜に包まれることだろう。
そしてフレイヤの残した政策で、より良い国になるはずだ。
一方二人は遠く離れた場所で、ただのアレクとフレイヤとして生きるだろう。
多くの子宝に恵まれて、死ぬまで幸せに暮らすはずだ。
これは勇者と魔王の物語。
不死の勇者と、命を奪う悪い魔王は愛し合い、最後は全てを手放して幸せをつかむ物語。
二人は運命から解放されて、死ぬまで幸せにくらしましたとさ。
めでたしめでたし。
●あとがき
傲慢な女帝をわからせるやつが書きたい。
そんな思いつきから始まった今作ですが、皆様の応援のおかげで無事に完結を迎えることができました。
実は当初、もっと明るいタイトル通りのコメディにする予定でした。
ところが幼少期のフレイヤを描いているうちに、これはシリアスにしないと描き切れないと確信し、急遽路線を変更。
結果として女帝わからせ要素は薄くなり、当初の予定とは真逆の恋愛物語へと形を変えていった経緯があります。
そんな本作の結末についても、最後まで悩み抜きました。
そして二人にとっても世界にとっても、これが一番の救いになるのではないか。そう考えて、今回のエンドを選んでいます。
運命から解き放たれた二人は、これから静かに、ひっそりと幸せに暮らしていくはずです。
というわけで最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
評価や感想をいただけると、今後の執筆の大きな励みになります。
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猫屋敷てん
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