※この作品はR-18です。

女騎士ベアトリーチェ【完結】   作:ドン・ドナシアン

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001 はじまりの肩書

 若い女の悲鳴のように聞こえた──。

 

 ハロンドール王国の東地方にある港町アルバへ向かう街道だ。

 人里には近いはずだが、街道は林に挟まれており、周囲には人の気配がほとんどない。

 

 旅の女という姿で歩くベアトリーチェは、足を止めた。

 すると、もう一度、同じ声がする。

 若い女のものに違いない。しかも切迫した、苦悶の声──。

 

 考えるより先に、身体が林の中へ向かっていた。

 低い枝と茂みを払いながら、人の気配のする方へ走る。

 

 視界が開けた先に、人影が見えた。

 三人の男と、ひとりの若い女──。

 

 女は地面に押し倒され、衣類は周囲に散らばっている。肌も、胸元も露わだ。

 若い男ふたりが両腕を押さえつけ、年配の男が女の股間へ顔を埋めていた。

 状況は一目で理解できた。

 かっと頭に血が昇る。

 

「なにをしている──。やめんか──」

 

 ベアトリーチェは怒鳴りあげた。

 驚いた様子で、三人が一斉に振り返る。身なりからすると、旅の行商人と手代の若い男ふたりという感じか? 商品らしき大きな背負いの荷がそばに置かれていた。

 しかし、真ん中の男が下半身にはなにも身につけてないことに気がつく。

 

「すぐに離れろ──。ばか者が──」

 

 ベアトリーチェは大股で近づき、とりあえず、真ん中の男の襟首を掴むと、強引に若い女から引き離して地面に、仰向けにひっくり返す。

 

「うわっ、なんだ──?」

 

 男が背中を叩きつけられて悲鳴をあげた。

 その股間には、まだ隆々と勃起している男根が空を向く。ベアトリーチェは思わず顔をしかめてしまった。

 

 すぐに女の方向に視線を戻す。

 残る男ふたりは、呆気にとられた様子で、女から手を離している。

 ベアトリーチェは、咄嗟に女の前に身体を入れた。

 

 一瞬だけ、若い女の状況を確認する。

 怪我はない。だが、押さえられていた腕に強く握られていた痣があった。服は完全にはだけて、股間まで露出している。

 犯される前なのか、すでに犯された後なのかは判断できなかったが、意識もしっかりしていて、状況を確認しようとするかのように、視線がベアトリーチェや男たちにぐるぐると動いている。

 また、そもそも、若い女というよりは、まだ少女だろう。

 成熟しきってない乳房、少女の面影を残している股間──陵辱の様子は薄く、まだ犯されてはいない?

 それらを一瞥だけで認識する。

 

「助けて──この人たちに突然に襲われて……」

 

 少女がやっとはっとしたように起きあがる。

 また、即座に、慌てるように身体を縮めてベアトリーチェの後ろに裸身を隠す。

 

「ああ、なんだ、お前──旅の女かよ」

 

「いいところに来たじゃねえか。姉さんも混ざりたいのか?」

 

 一方で、やっと、少女の両腕を押さえていたふたりが立ちあがって身構えた。

 ひとりは、ベアトリーチェを値踏みするように眺め、もうひとりは露骨にばかにするようににやけている。

 ふたりとも、まるで酔っているかのように、顔が真っ赤だ。

 ただ、酒の匂いはしない。その代わりに、花の匂いのような香がする。

 

「男三人がかりで、少女ひとりを襲うとは、見下げた者たちだな」

 

 若い男ふたりと、ベアトリーチェとはほとんど距離はない。

 腕を伸ばせば掴めるような距離だ。

 ベアトリーチェの持つ短剣は腰にあるが、まだ抜いてはいない。

 それに対して、若い男ふたりは、すでに短剣を抜いている。

 

「世間を知らねえお嬢さんだな。正義の味方ぶるのはいいけど、身の程というのを知らねえのか?」

 

「まあ、犯されて学ぶこともあるだろう。殺しやしねえよ。これも勉強だぜ」

 

 やはり、顔が不自然に赤い?

 ベアトリーチェは、わずかに首を傾げる。

 だが、思念はそこまでだ。

 左の若者が威嚇するように短剣をすっと、ベアトリーチェの首元に近付けたのだ。

 

 軽く身体をかわして、その腕を掴む。

 相手の体重を利用して、ひっくり返して首と頭を地面に叩きつける。

 

「ほぐうっ」

 

 投げられた男が絶息するような声を出して動かなくなる。

 おそらく、なにをされたのかもわからないだろう。

 

「こ、この女──」

 

 もうひとりが短剣で斬りつけてきた。

 しかし、そのときには、ベアトリーチェの拳がその男の喉に叩き込まれている。

 短剣を握ったまま、男が膝から崩れ落ちた。

 

「死ぬことはない。だが、数日は飲み食いにも支障があるかもな……。それとも、まだやるか? 本気でかかってくるなら、今度は手加減は保証せんぞ」

 

 足下の若者ふたり、そして、最初に投げ飛ばした行商人風の男を睨む。

 行商人の男は、股間を手で隠して地面にしゃがみ込んだまま、完全に戦意を喪失している。

 

「ゆ、許してくれ……。頼む……。そもそも、違うんだ……。その娘が誘って……」

 

 その男も顔が赤い。 

 しかし、それよりも、男の物言いにかっと頭に血が昇る。

 

「誘っただと──?」

 

 ベアトリーチェは男を睨む。

 だが、一応は少女に確認するように、背中側を振り返る。

 

「違います。突然に襲われて──」

 

 少女は顔を青褪めさせて必死に首を横に振っていた。

 いつの間にか、周りから自分の服を集めて、とりあえず下着だけは身につけ終わっている。

 

「突然にだと──」

 

 行商人の男が少女に怒鳴る。

 

「違うの? 襲ったのはあんたたちよ」

 

「そりゃあ、そうだけど……。あれは……」

 

「うるさい──。どんな理由があっても、襲いかかったのは、あんたらよ。あたし、怖かったんだから──」

 

 少女は怒鳴り返している。

 それにしても、たったいま襲われていたとは思えない、元気で闊達な娘の態度だと思った。

 気も強そうだ。

 ベアトリーチェは感嘆した。

 

「もう喋るな。港の警備隊に突き出す。言いたいことは、そこで言え──」

 

 ベアトリーチェは前に出て、男たちの荷に縄のようなものがないか探そうとした。

 最初に倒した若者ふたりも、やっと尻もちをついたまま上体を起こしているが、行商人風の年配の男同様に、すでに戦意を失っている。

 だが、逃亡の素掘りがあれば、もう一度叩きのめすつもりで、用心深く荷に手を伸ばそうとした。

 

「うわっ、待って──。それはだめよ」

 

 すると、いきなり、片脚を少女に掴まれた。

 

「なにをする離せ」

 

 びっくりして振り返る。

 

「だめだったら。三人もいるのよ。あなたひとりで港まで連れて行くなんて、できるわけないわよ。あなたがやられて、また、あたしが襲われたらどうするのよ。だめったらだめ──」

 

 少女は必死に早口でまくし立てる。

 

「いや、大丈夫だ。心配しなくても……」

 

「だめええ──。あたし、庇護院の紹介で男爵家への奉公が決まってんの──。こんな醜聞があったら、取り消されてしまうわ。実際にまだ犯されてないし、色んなこと訊かれるのは嫌よ──。ねえ、あんたら、行きなさい。すぐによ。このままどっか行って。アルバからも立ち去って──」

 

 少女がベアトリーチェの脚を掴んだまま叫ぶ。

 ベアトリーチェとしては困った。

 ただ、少女の言い分ももっともか?

 確かに、襲われたとしても、殺してもないし、負傷もさせてない。警備隊に連れていったところで、罰金を払って終わりだろう。

 それに比べれば、男に強姦された娘という評判がたてば、狭い町ほど娘の立場が悪くなる。

 娘がそれを嫌がるのはわからないでもない。

 

「ほらっ、行け──。行けったら、お前ら」

 

 少女がベアトリーチェの脚を両手で抱きしめたまま叫ぶ。

 ベアトリーチェは嘆息した。

 

「……もういい、行け……。ただし、本当にアルバの町へは近づくな。わたしは、これからアルバに行くが、お前らを町で見れば、そのときには警備隊に突き出す」

 

 ベアトリーチェは男たちを睨んだ。

 

「もちろんだ」

 

 行商人の男は、何度も頷きながら、若者たちを振り返った。

 

「おい、立て。ぐずぐずするな」

 

 声は低いが、焦りが隠せていない。

 手代の若者ふたりは、互いに視線を交わし、よろめきながら立ち上がった。

 

「急げ。林を抜けるぞ」

 

 行商人は背負い袋に手をかけ、引きずるようにして歩き出す。

 若者たちは遅れまいと後に続いた。

 

「ちょっと、待ちなさいよ」

 

 そのとき、背後から少女の声が飛んだ。

 行商人が立ち止まる。

 振り返る顔には、露骨な苛立ちが浮かんでいた。

 

「……まだ、なにかあるのか?」

 

「あるに決まってるでしょう──。このまま逃げて終わり? 冗談じゃないわ」

 

 少女は腰に手を当て、一歩前に出てきた。すでに服装は整えている。

 

「ふん、もう見逃すんだろう? お互いに、大袈裟にしない方がいいからな」

 

「なにがお互いによ──。この強姦魔──。警備隊に突き出されないだけ、ありがたいと思いなさい──。だから、少しくらい置いていきなさいよ」

 

 少女が気丈に声をあげた。

 だが、ベアトリーチェは驚いてしまった。なんという気丈で強かな娘なのだろう。

 

 一方で、行商人は舌打ちをすると、腰袋に手を入れて、乱暴に中を探る。

 そして、取り出した銀貨を、地面に放るように落とす。

 銀貨が数枚、乾いた音を立てて転がった。

 

「これでいいだろう」

 

 忌々しそうに吐き捨てる。

 

「ええ、それでいいわ」

 

 少女はそれを見下ろし、満足そうに鼻を鳴らした。

 行商人はもう一度だけベアトリーチェを睨みつけた。

 だが、なにも言わず、踵を返す。

 そのまま、三人は足早に林から消えていく。

 

 足音が遠ざかるのを確認してから、少女はようやく、地面に落ちている銀貨に屈み込んだ。

 拾い上げる指先は、驚くほど落ち着いている。

 

「助けてくれて、ありがとう──。ところで、あんた、誰?」

 

 少女が大切そうに銀貨を握り絞めたまま、ベアトリーチェに振り返る。

 

「随分と元気な娘だなあ……。まあ、それくらい心が強ければ大丈夫か」

 

 ベアトリーチェは肩を竦めた。

 

「当たり前よ。犯されたくらいで、いちいち暗くなってたら、あたしたちのような庇護院の娘は生きていけないわよ。そもそも、処女じゃないしね。あたし、リラよ。お姉さんは?」

 

「わたしはベアトだ……。ところで、庇護院と言ったと思ったが? そこの出身か?」

 

 ベアトリーチェは訊ねた。

 

「そう……だけど?」

 

「だったら、すごい偶然だな。実は、その庇護院を管理している地方神殿に知り合いがいて、訪ねに行くところなんだ。知らないか? マルティナという四十くらいの女性なんだが」

 

「副神殿長に?」

 

 リラは目を丸くした。

 

 


 

 

 地方神殿は、港町アルバの中心から少し外れた高台にあった。

 白い石壁は年季が入っているが、手入れは行き届いている。

 宗教施設というより、行政庁舎に近い佇まいだった。

 

 その二階にある副神殿長室は簡素だった。

 部屋は狭く、書架と執務机、来客用の椅子が二脚だけ──。壁際には寝椅子が置かれていた。

 執務机の前に痩せた女性が腰掛けている。

 副神殿長のマルティナだ──。

 

 執務室と、寝室と、来客を受ける部屋が全部一緒というのが、ベアトリーチェには驚きだった。

 しかも、副神殿長にあてがわれている部屋にしては狭い。調度品にしても、豪奢にはほど遠く、数も最小限だ。

 

「よく来てくれたわ、女騎士ベアトリーチェ=ジャルジェ……。もしかして、お父様が貴族様なの」

 

 マルティナの視線が眼鏡の奥で静かにこちらを測っている。

 高位巫女の法衣は似合っているが、顔色はあまりよくない気がした。

 

「父はそうですね……。でも、俸給貴族の男爵でしかありません。それに、私はただの女騎士です」

 

「なるほど……」

 

 差し出した書簡に、マルティナがまた目を落とす。

 王都騎士団長の封印を確かめ、ゆっくりと読み進めていく。

 

「……事情はわかったわ。来てくれたのが、あなたということなのね」

 

 マルティナが書簡を机に戻し、息を整える。

 

「それはそうと、庇護院のリラがお世話になったそうね。ありがとう」

 

 彼女が軽く頭を下げた。

 

「偶然ですが、助けることはできました……。とても元気でしたね。地方男爵の家に奉公が決まっているとも言ってましたが……」

 

「そうなのよ」

 

 一瞬、視線が泳ぐ。

 

「十六歳だと言っていましたが、どんな子なのですか?」

 

 ベアトリーチェは訊ねた。

 この地方神殿と、神殿が管理している庇護院は、別の場所にある。途中で別れたが、強姦されかけていた娘にしては、明るく陽気な素振りを崩さなかった。

 別れるぎりぎりまで、ベアトリーチェを気遣って、退屈しないように喋りかける態度が印象的だった。

 

「申し訳ないけど、庇護院はこの神殿の管理下にあるとはいえ、事実上は独立しているの。交流も少なくて、詳しいことは分からないわ」

 

「……その庇護院が、今回の潜入任務の調査対象ですよね?」

 

「そうよ」

 

 即答だった。

 

「わかりました……。概要は事前に聞いておりますけど、改めて教えていただけますか」

 

「もちろんよ。神殿を預かる立場として、管理下にある庇護院も、本来は自ら調べるべきだと思う。でも実際には、あそこは神殿が名義を貸しているだけなのよ。運営の実態は、代官様の直轄よ」

 

「地方神殿と地方行政が、公共施設の管理を協力して行うのは、一般的なのですか?」

 

「色々ね。王都三神殿は宗教色と権威の色が強いけれど、地方神殿は行政の役割が半分以上。教育、医療、魔道遣いの育成……持ちつ持たれつよ」

 

 マルティナが少し息をつく。

 

「でも、庇護院という施設事態が珍しいですよね。少なくとも、王都で耳にしたことはありません」

 

「設立は五年前よ。目的自体は、立派な理念だと思うわ。だから、神殿としては名前を貸したのよ。地方では孤児院にしても、平民庇護は神殿の役割なの。そっちの方が民衆は疑念を抱かないわ」

 

「でも、実態は、代官側の管理ということですね?」

 

「そうよ。だから、わたしたちにも、あの庇護院の実態が掴み難くて……」

 

「そもそも、庇護院というのは、孤児院とは違うのですね?」

 

「孤児院は未成年が対象ね。こっちの庇護院は成人した女性が対象よ。事情があって独り立ちできない者を一定期間預かり、生活の面倒を見て、職を斡旋するの」

 

「立派な目的ですね」

 

「ええ……、おかしな噂さね、ささやかれなければ……」

 

 マルティナは苦く微笑んだ。

 

「おかしな噂……ですか……」

 

「男の性的奉仕をする“奉仕業”の斡旋場だという噂よ」

 

 マルティナが大きく息を吐く。

 

「本当に、そのような噂が?」

 

「絶えないわ……。だから、代官の調査も入った。神殿からもよ……。結果はすべて白。不正は確認されてないわ」

 

「それでも、不正があると?」

 

「怪しいとは思っている……。庇護院も、代官も……この神殿さえもね」

 

 沈黙が落ちる。

 

「なぜ、そこまで怪しいと?」

 

 ベアトリーチェが促す。

 

「ひとつは、代官の羽振りがいいこと。丁度、五年前からね。贅沢品を集めるために商人を呼び寄せている。取り巻きも同じ」

 

 指先が机を叩く。

 

「五年前からというのが、庇護院の設立と合致すると?」

 

「そうね。例えば、あなたが助けたリラ。あの子が奉公に行く男爵も、五年前からやたらに贅沢になった代官の取り巻きのひとりよ。ついでに、庇護院の理事のひとりでもあるわ。だって、リラは美人でしょう」

 

「可愛い顔はしていたと思いますが、それがなにか?」

 

「男爵は、若い娘を蒐集するのが趣味なの。奉公という名目でね」

 

 言葉を選ぶように、一拍置く。

 

「名目? つまりは、実体は違うということですか?」

 

 ベアトリーチェは眉をひそめる。

 

「妾……と言いたいところだけど、妾ほどいい立場じゃないわ」

 

「といいますと?」

 

「性奴隷……。男爵だけじゃないわ。男爵を訪問する来客などに性奉仕する専属娼婦よ」

 

「……まさか。信じられません」

 

 ベアトリーチェは唖然とした。

 リラの闊達な笑顔が脳裏をよぎる。

 その彼女が、性奴隷として、性の玩具になる?

 ふつふつと怒りが沸く。

 

「それを調べてほしいの」

 

 マルティナがベアトリーチェを見て小さく頷く。

 

「リラはそれを知っているのですか? その、自分が性奴隷になるかもしれないことを……」

 

「さあ、知っているんじゃないかしら。彼女は、そもそも孤児院出身よ。自分の身の程もわかっているはずだから」

 

「身の程ってなんですか──?」

 

 ベアトリーチェは思わず声をあげてしまった。

 しかし、正面のマルティナは、表情ひとつ変えない。

 

「あの庇護院で斡旋される職で、一番多いのがなにか知っているかしら?」

 

「……いえ」

 

「娼婦よ。港町だから需要があるのよ」

 

「そこまでわかっているなら……」

 

「でも、それについては、不正とは言い切れないわ。強要されていたということでもなければ。あるいは脅迫とか……」

 

 マルティナは小さく息を吐いた。

 

「そんな実態の証拠があるのですか?」

 

「ないわ、庇護院出身の娼婦たちは、誰ひとり人として、不満も内情も口にしない……。でも、不自然なほどに……」

 

「……不自然なほど……ですか」

 

「だから、調べてほしいの。本当に、彼女たちが自分の意思で、そうしているのかどうかを……。例えば、もしかして、その庇護院で調教されているとか」

 

 眼鏡越しの視線が刺さる。

 

「調教……? その調教とは、なんですか?」

 

 ベアトリーチェは訊ねた。

 

「強要されて、男に従うようになる……ということよ。洗脳されるようなものね」

 

「禁忌の魔道ですか?」

 

「違うわ。性的な快感と支配の反復。それで女が逆らわなくなるのよ。魔道でも、操りとも、奴隷の隷属とも違う」

 

「そんなことが、本当に起きるのですか?」

 

 ベアトリーチェは首を傾げた。

 

「だから調査してほしいの。本当におかしな実態がないか、あなたの目で調べてほしいわ」

 

「……承知しました」

 

 短く答える。

 

「その前に、ひとつ確認させて」

 

 マルティナが姿勢を正した。

 

「はい」

 

「あなたが、ひとりでアルバに来ていることを知っているのは、誰かしら」

 

「どういう意味ですか? もちろん、騎士団の上官のみです。あなたには、協力者として任務を告げるように言われてますので、こうして、お話を伺ってます。ほかには喋っておりません」

 

「ご家族は?」

 

「話していません」

 

「恋人は?」

 

「いません」

 

「結婚もしてない?」

 

「していません……。申し訳ありませんが、それは任務に関係がある質問なんですか?」

 

 ベアトリーチェはちょっと苛ついた感情を抱いてしまった。

 

「いいえ、わかりました……。では、是非ともお願いします」

 

 マルティナは、安堵したように頭をさげた。

 

「承知しました」

 

 ベアトリーチェも軽く頭をさげ返す。

 

「それと、念のためにお願いするけど、王都には、途中で報告しないで。代官に訴えるのは論外よ」

 

 すると、マルティナが付け加えるように告げる。

 

「なぜですか?」

 

「代官はキシダイン卿と昵懇なの」

 

 その名に、ベアトリーチェの背筋がわずかに強張る。

 隣国タリオ公国出身で、いま、中央で最も力のある政治家のひとりだ。

 だが、あまりいい評判は耳にしない。

 

「必ず揉み消される。あなたがするのは、情報を大事に持ち帰ることだけ。それも、騎士隊長にだけに教えて……。代官の味方は多いわ。キシダイン卿もね。あなたがなにをしているか知られたら、あなたが危険だわ」

 

「……了解しました」

 

「潜入の身分としては、庇護院の用務職と剣技指導を頼まれた冒険者として短期滞在の立場を準備します。紹介状は、わたしの名で出すわ」

 

「ありがとうございます」

 

 すると、マルティナが疲れたように息を吐いた。

 

「それにしても、派遣されたのがあなたでよかったわ……。とても、美人なのね。それは、今回はとても有利に働くはずよ」

 

「どういう意味ですか?」

 

 妙に耳に残る物言いだ。

 

「だって、庇護院は男子禁制だもの。女性でなければ入れないわ。若い女性が主体だし、あそこに入ることができるのは、可愛い女性ばかりだという話だもの」

 

 マルティナがころころと笑う。

 やはり、妙な言い方だと、ベアトリーチェは思った。






 本短編は、『【改訂版】異世界で淫魔師ハレム』の世界観を紹介するための外伝短編です。
 数話で完結します。
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