「覚悟をなさい。女騎士ベアトリーチェ=ジャルゼ。もう、逃げられません」
エルネスタの声は落ち着いていた。
だが、その一言に、ベアトリーチェの胸の奥は冷えていく。
女騎士──王都から来た潜入調査のために、この地を訪れた騎士。
その事実は、伏せられているはずだった。
神殿の副神殿長のマルティナしか、知らないはずの身分だ。
それを、目の前のエルネスタは、当然のように口にしたのだ。
「なぜ……その名を……?」
問い返した声が、わずかに硬くなる。
「隠していたつもりでも、隠されてなどいません。あなたに関する情報は、かなりの者が共有しています。あなたは罠に嵌められたのです」
即答だった。
だが、罠? どういう罠だ──。ベアトリーチェは混乱した。
「わたしが潜入任務でやって来たということが知られているということなのか? まさか、マルティナが?」
情報を暴露したとすれば、考えられるのは副神殿長のマルティナだ。しかし、そもそも、王都の騎士団に調査依頼を出したのがマルティナだ。
そのマルティナが潜入調査のことを漏らしたということがあるのだろうか?
すると、エルネスタの氷のような無表情がわずかに崩れた。
「マルティナ? いいえ、彼女はなにも情報は漏らしていませんよ。そんなことをするまでもなく、あなたの訪問は知られてました」
「えっ?」
どういうことだろう。
ベアトリーチェはさらに混乱した。
「それよりも、服を脱がないのですか? それがあなたの選択なら、あなたは、その瞬間から、あなたはこの場所に不法に侵入した犯罪者です。捕らえられ、牢に入れられるでしょう」
「王宮所属の騎士だとわかって、牢に入れるのか?」
エルネスタを睨む。
「騎士だとどうやって証明するんです? それより、女囚の扱いはあなたも知っているのでは? 結果は同じであり、もっと悲惨でしょう。受け入れる以外の選択肢はあり得ません」
エルネスタが毅然として言った。
ベアトリーチェは口に溜まった唾を飲み込んだ。
「わかりました……。脱ぎます。でも、せめて、先に着替えを」
布一枚隔てた向こう側から、複数の男の兵の気配が伝わってくる。
そこにいるのだ。
「着替えは、脱いだものと引き換えです。例外はありません」
エルネスタは首を横に振る。
「でも……」
ベアトリーチェには、さすがに簡単に決心はつかなかった。
自分が追い詰められているのは理解している。
しかし、どうしても羞恥が邪魔をする。
「服を脱いでまずは全裸になる。そうすれば、夜宴の接待婦としての衣装が渡されます」
「接待婦?」
聞き返した自分の声に、さすがに怒りが混じった。
女騎士であるベアトリーチェを接待婦だと──。
そんなものではない。
言い返そうとしたが、さすがに言葉は飲み込んだ。
「今夜のあなたの立場です。あなたは、夜宴に参加する接待婦です。ほかの院の娘と同じに。さもなければ、侵入者です。逃げ道は……ありません」
エルネスタの声は変わらない。
「……わたしは侵入者ではなく、騎士だ……」
「ここで、それは通用しません。あなたは、私が庇護院の訪問者と扱っているあいだに逃げるべきでした。私はできることをしたつもりです。こうなってしまえば、諦めるのですね」
エルネスタは相変わらず無表情だった。
だが、心無しか、ベアトリーチェに対する同情のような色が視線にある気がした。
それが納得いかずに、わずかに首を傾げる。
「あるいは、私を人質にとりますか? あなたに考えられるのはそれくらいでしょう」
唐突だった。
「人質?」
「でも、私に人質の価値はありません。あなたは、なにも見ず、なにも知ることはできずに、すべてを失うでしょうけど」
拳を握る。
それは、騎士として、それは失敗を意味する。
ベアトリーチェには、なによりも受け入れがたいものだった
「さもなければ、夜宴の参加者に対する指示に全て従いなさい。拒絶は無意味です」
エルネスタが視線を外さずに言う。
ベアトリーチェは一度、視線を落とした。
確かに、逃げ道はない。
「服を脱ぎます……。約束は守ってください」
ベアトリーチェは短く息を吐いた。
観念し、無言で服に手を掛ける。
「……約束は守られるはずです」
エルネスタはそれだけを言った。
ベアトリーチェは、一枚ずつ脱ぎ、編み籠に入れていった。
上衣……ズボン……靴も脱いで素足に……シャツ……胸当て……。隠し持ってい武器も。
髪留めを外し、最後に下着を脱ぐと、脱いだ服の下に押し込んだ。
両手で胸と股間を覆い、籠を差し出す。
「早く、着替えを」
声が低くなる。
エルネスタは籠を受け取り、布の下からその籠を布の外に出す。
向こうから、男たちの笑い声が聞こえた。
すぐに、籠が部屋の外に運ばれていく気配がした。
なぜ、服を持って行くのだ──抗議をしたかったが、意味はないと思いやめる。
胸が締め付けられる。
すると、すぐに別の籠がカーテンのこちら側に送られてきた。
ベアトリーチェは、すぐに籠を引き寄せる。
しかし、中を見て、言葉を失ってしまった。
籠の中にあったのは、衣装ではなかった。
短い鎖で繋がれた二組の革枷──それとは別に、細い鎖と首輪。
身体を隠すものは、どこにもない。
「約束が違います」
思わず声が出た。
「約束は違えていませんよ。これも、接待婦の衣装のひとつです。それとも拒否しますか。この状態で引き渡すことになりますが」
エルネスタは淡々と答える。
言葉の意味を理解し、背中が冷える。
「やり方が汚いぞ」
必死に両手で胸と股間を隠しながら、身体を縮めて言う。
すると、初めてエルネスタの口元がわずかに綻んだ。
「あなたは、随分と初々しいですね」
一瞬の間を置いて、続ける。
「う、初々しいってなんだ──」
「とにかく、裸のまま、夜宴に連れて行かれることはありませんから、受け入れなさい」
そう言うと、エルネスタは籠を奪い取った。
革枷を取り出し、まずは両足首に嵌めていく。
ベアトリーチェは抵抗しなかった。
冷たい革が肌に触れ、枷が締められる感触だけが残る。足首を繋ぐ鎖は、手首から肘ほどの長さだ。ゆっくり歩くことはできるが、走ることは不可能な長さだ。
次に、両手首──。短い鎖が、左右を繋ぐ。これはもっと枷を繋ぐ鎖が短い。拳ひとつほどの長さだ
さらに革の首輪が嵌められ、最後に残っていた細い鎖が両手首を繋ぐ鎖の中央に接続された。
そのまま、鎖が引かれ、前で繋がれた両手が頭の上へ持ち上げられていく。
はっとして、腕に力を入れた。
「なんですか?」
エルネスタが鎖を頭の後ろに引っ張る体勢のまま、横側から怪訝そうにベアトリーチェを見る。
ベアトリーチェが腕の引きあげに抵抗したことで、手首は胸の前で停まっている
「待ってくれ。先に拘束したら、どうやって服を着るのだ」
「なら、抵抗しますか?」
その一言で理解した。
ここで抗うことに、意味などない。
ベアトリーチェは力を抜いた。
両手は首環の後ろの金具に固定され、頭の後ろから動かせなくなった。
羞恥に必死に内股を閉じて力を入れる。
逃げることも、身を隠すこともできない姿勢。
夜宴に出て、なにをさせられるのか、否応なく理解させられてしまう。
「あなたの選択肢は、もうありません。覚悟を決めるだけです」
エルネスタがベアトリーチェに施した拘束を確認すると、耳元でささやいた。
そして、外に声を掛ける。
次の籠が差し入れられてきた。
ベアトリーチェは、もう逃げ場のない姿勢のまま、それを見つめるしかなかった。
籠の中に入っていたのは、ベアトリーチェの想像以上に破廉恥で卑猥なものであり、もはや服ではなかった。
そこにあったのは、白い布が二枚だけだった。
エルネスタが一枚を取り出す。
小さな前掛けのような布であり、ベアトリーチェの乳房の上に布を置き、それを、首の後ろで紐一本で結ぶ。
それだけ──。
白い布は、胸の上にただ垂れているだけだった。
布は小さすぎて、乳房全部を覆うのさえ足りない。
胸の膨らみの丸みは、上も下も布からはみ出し、横側も覆い切れていない。
隠すというより、羞恥を強調されているように感じた。
羞恥が、肌よりも先に心を焼いていく。
続いて、もう一枚。
腰の括れに紐で結び、股間の前に白布が垂らされる。
背中側にはなにもなく、当然にお尻は剥き出しだ。
横からも、素肌がいくらでも覗く。動くと、横から陰毛まで見えてしまいそうだ。実際に見えるだろう。それくらいに頼りない。
わずかな前布だけが、「一応隠している」という体裁を保っているに過ぎなかった。
むしろ全裸の方がまだましなのではないか。
そんな考えが頭をよぎり、震えが走る。
これは羞恥を与えるためだけに作られた衣装だ。
自分の身体が、見世物として整えられていく。
その実感が、逃げ道のない現実として胸を締め付けた。
「支度が終わりました」
エルネスタの声は、ただの業務報告のようだった。
その直後、勢いよくカーテンが開かれた。
「ひっ」
反射的に声が漏れ、ベアトリーチェは一歩退いた。
だが、すぐに五人の衛兵に囲まれる。
視線が一斉に、自分の身体へ突き刺さった気がした。
両手は頭の後ろで固定され、胸も腹も、あまりにも無防備に晒されている。
逃げることも、隠すこともできない。
あの黒衣の男が前へ出た。
無造作な手つきで、ベアトリーチェの首環の前に鎖を繋ぐ。
静かな金属音が響いた。
この格好で、まるで動物のように、鎖で夜宴の中に引き立てられる──。
そのことを想像したとき、騎士としての誇りも、女としての羞恥も、その両方を同時に踏みにじられるような気がした。
「ほう、なかなかに鍛えてあるな。身体は女の線を保っているのに、腹の筋肉は割れているじゃないか」
黒衣の男が、笑いながら懐から小指の先ほどの錠剤を取り出す。
「ところで、これを体内に入れてもらうぞ」
淡々とした声で、躊躇う様子もなく、ベアトリーチェの前に立つと、白布を指で弾くように持ち上げた。
冷たい空気が、肌に触れる。
「あっ、いやっ……」
思わず足が後ろへ逃げる。
だが、背後から複数の腕が伸び、兵に身体を押さえられた。
「ああっ」
声が漏れる。
両手は頭の後ろで拘束されたまま。
逃げ場はない。
歯を喰いしばり、顔を俯かせて眼を閉じる。
その瞬間だった──。
「お待ちください」
エルネスタの声が鋭く響いた。
眼を開けて見ると、エルネスタが黒衣の男の手首を両手で掴んでいた。
「どうして、そんなことを──。そこまでする必要があるのですか?」
「手を離せ」
「理由を求めます。いくらなんでも可哀想です。彼女は覚悟を決めたのです」
必死の声音だった。
ベアトリーチェは驚く。
守ろうとしてくれる者など、もういないと思っていたのに。
しかも、エルネスタが──?
しかし、その直後だった。
「……あがああっ、んぐうううっ」
エルネスタが喉を押さえ、崩れ落ちた。
がくがくと全身を震わせて、苦悶に歪む表情で呻き続ける。
見えない刃で責め立てられているかのように、エルネスタの身体に震えが走リ続けていた。
「あっ」
ベアトリーチェは呆然とする。
目線が自然と首元へ落ち、襟に隠れていたエルネスタの首に、魔道紋の刻まれた黒い首輪が見えたのだ。
隷属の首環──。
理解が胸を打つ。
エルネスタもまた、鎖につながれている存在だった。
命令ひとつで、痛みさえ与えられる奴隷──。
「待って。受け入れる。だから、やめて──」
咄嗟に声が出た。
自分でも驚くほど切羽詰まった声だった。
黒衣の男が軽く指を鳴らす。
エルネスタから苦しみの色が、すっと消える。
彼女は大きく息を吐き、床に両手をついて、しばらく肩を震わせていた。
「この女騎士は、主催者様のご意向で、接待婦ではなく、演目に出ることになった。その準備だ──」
黒衣の男は、ただ事務的に告げる。
演目──。
それがなにかはわからない。
目の前の錠剤を身体に入れたらどうなってしまうかも……。
しかし、ベアトリーチェの覚悟は決まっていた。
「……わかりました。もう文句は言いません……。ですから、わたしのことで、彼女を苦しめるようなことはやめてください」
ベアトリーチェは言った。
黒衣の男は大袈裟に肩を竦める仕草をした。
「俺は面倒がなければ、それでいい」
「……なら、せめて、私の手で……。ベアト、いいですね?」
まだ息を整えながら、立ちあがったエルネスタが黒衣の男に手を出し出す。黒衣の男は素直に、錠剤をエルネスタに手渡すと、後ろの兵たちにも、ベアトリーチェを離すように伝える仕草をした。
手が離される。
「……錠剤はすぐに身体に浸透するでしょう……。もう恥も矜恃も捨てなさい……。これは、あなたを雌に変えるものです。諦めて屈服してしまうのです」
エルネスタの眼は真剣で、どこか申し訳なさを帯びていた。
ベアトリーチェは小さく脚を開き、視線を伏せる。
拒むことは、もうできなかった。
「……ありがとうございます。あなたが、わたしを護ろうとしてくれていたということが、いま理解できました……」
耳元でささやく。
「いえ……私こそ、申し訳ありません。あなたは、巻き込まれた犠牲者です」
エルネスタの指が股間に喰い込む。薬は静かに体内へと入れられた。
すると、ちょっとエルネスタの指が膣の中に押し入れただけで、勝手に奥に潜っていった。
しかも、瞬時に違和感が走り、それがすぐに熱へと変わっていく。
「くっ」
短い声が零れる。
内側から灯がともるような、どうしようもない感覚が広がる。
媚薬──。
その言葉が脳裏をよぎる。
脚を閉じ、必死に内腿へ力を込めた。
顔が熱を帯び、白布の内側で自分の身体が反応していくのを、否応なく意識させられる。
小さな子宮の疼きが下腹部全体に拡がり、それは全身を包み込んだ。身体が勝手に震えだす。全身から汗が噴き出し、乳房の上に載せられている薄い白布が内側から勃起した乳首を形づくる。
「ああ、そんな……」
気がつくと、ベアトリーチェは呻き声をあげていた。
媚薬などというものは生まれて初めてだ。しかし、これほどに身体に異常なものを引き起こすとは夢にも思わなかった。
一方で、どこかで嗅いだことのある甘い花の香りがした。
だが、どこだったのかは、思い出せなかった。
「じゃあ、移動するぞ。すでに、王都からやって来た女騎士が、今夜の演目に出ると発表されている。みなさま、お待ちかねだ」
黒衣の男は、首環の鎖を引いてベアトリーチェを引く。
ベアトリーチェは、短く頭を下げ、なにも言わずに拘束されている足を前に出していく。
エルネスタはついて来ない。
夜宴の会場に連行されるベアトリーチェの胸に残ったのは、羞恥と、熱と、そして──なにがあっても、失いたくはないという騎士としての矜恃だけだった。
鎖を握る男の後に続き、ベアトリーチェは夜宴会場の奥へと歩みを進めた。
足枷の鎖が短く、急かされるたびに歩幅が乱れる。
暗い廊下を抜け、急な階段が現れた。背後から「上がれ」と短く告げられ、逃げ道のないまま、一段ずつ慎重に上っていく。
階段を昇るに連れ、夜宴特有のざわめきや静かな喧噪が耳に伝わってきた。
夜宴の会場に連れてこられたのだと悟る。
首の後ろに固定されている拳を強く握り、せめてもと、白布が垂れている内腿を引き締める。いつの間にか、ベアトリーチェの肌は汗で濡れ、股間はじっとりと温かいもので濡れてしまっていた。
足裏に平坦な硬さが戻った。暗いのでまだ全体は見え難いが、ベアトリーチェが昇った場所が円形の台であることを理解した。
会場中央に据えられた舞台であり。周囲より一段高く誰からも見上げられる位置にあるようだ。
照明は意図的に落とされているらしく、最初は視界が定まらない。
けれど、耳は敏感に反応していた。
人々の低い話し声、くぐもった笑い、杯を置く柔らかな音。そして、混じり込む女の吐息──言葉にならない微かな声が、夜宴会場に甘さを滲ませている。
やがて目も闇へ慣れていく。
円形台の周囲には、五十名ほどの男女が思い思いに夜宴に興じていた。
男は礼服、女は舞踏会のドレス。いずれも目元を覆うドミノの仮面を付けている。
その奥からの視線が、静かに台の中央へ注がれているのがわかった。
露骨な観察ではなく、気配だけが確かに絡みつくような視線だ。
視線を落とす。
会場の随所に、白布をまとった院の娘たちの姿が見えた。いずれも若い女性であり、ベアトリーチェと同じような拘束具を身に着けていた
ただ、拘束のやり方はさまざまだ。
背の後ろで手を固定された者──。胸の前で留められた者──。足枷はあったり、なかったり。足枷をしている者の歩みは穏やかだが、枷が歩幅を制限していることは見て取れた。
娘がふたりほど卓の傍らに控えている。軽く合図があれば、静かに近づいて酒を注ぐのだ。
短い白布は形ばかりの装いに過ぎず、身じろぎするたび、灯りが素肌の輪郭を拾った。
近くの客が言葉少なに微笑みを交わし、仮面の奥で視線を淡く湿らせる。その反応を、娘はただ受け止めるだけだった。
また、客の膝元に跪いている娘もいた。
姿勢を崩すことなく、視線を伏せたまま、男の股間に顔を埋めている。その生々しい仕草も、高くなっているベアトリーチェの位置からは見て取ることができた。
別の場所では、娘が卓の上に載せられて、数名の男女から裸身に顔を密着されていた。娘は必死になにかに耐えるように身体を震わせ、喘ぎ悶える仕草を続けていた。
さらに別の卓では、やはり、娘が卓の上にあがり、言葉にならない囁きを回りの客と交わしている。
内容は聞こえない。けれど、囁き終えると、娘は小さく首を垂れ、そのまま指示された姿勢で留まっていた。
いまは、四つん這いの格好になり、片脚だけを頭よりも上にあげている。
拒む気配はない。従うことが、この場の当然の姿であるかのようだった。
いずれの娘も楽しげな素振りは見せない。かといって、露骨な苦悶を抱えているわけでもない。静かな顔で務めを果たし続ける。その端整な沈黙が、かえって夜宴を淫靡に染めていく。
この宴は、まさに性宴だった。
正装した男女が官能の享楽に耽り、羞恥を秩序の中に組み込んだ退廃を愉しんでいる。
そういう場所なのだと理解させられる。
ベアトリーチェは、円形台の中央に立たされている。両手は頭の後ろで固定され、足枷が位置を定める。身に付けた白布は頼りなく、わずかな動きでも冷たい風が素肌を撫でた。
視線が布の境界に沿って静かに辿る感覚があり、全身の輪郭が観衆の意識に晒されていることが否応なく伝わってきている
身体の奥の熱はうごめき続けている。
あの錠剤を入れられたこととで襲い続けている狂おしい疼きだ。
奥底に沈んでいた小さな灯は、大きく広がっている。
最初に感じた強烈な熱など熾火にしか過ぎなかったのだとわかる。いまでは確実に下腹の奥から温度が上昇している。呼吸を整えようと胸を張るたび、白布がわずかに擦れ、意識がそちらへ引き戻された。
平静を保とうとする意思はある。
しかし、身体はそれに従おうとしない。
脚を閉じ、内腿に力を込める。
それでも、熱はゆるやかに広がり続ける。
花の甘い香りがふと鼻先をかすめ、どこかで嗅いだ記憶だけが曖昧に浮かんでは消えた。
胸の奥で息が浅くなり、顔に熱が上っていく。白布の内側で、自分の身体がかすかに反応していくのを、否応なく自覚せざるを得ない。
羞恥と苛立ちとが入り混じり、背筋が強張った。
だが、──騎士として、心までは奪われない。
そう言い聞かせ、騎士の誇りを賭けて唇を固く結ぶ。醜態だけは見せまいと誓う。
そのとき、舞台の端からふたりの女が上がってきた。
胸と腰を包んだだけの下着姿であり、整った姿勢で歩みを進めてくる。
同時に、台の横側から、得体の知れない道具が置かれた滑車付きの台が運ばれてきた。
そのふたりの女たちも、眼の周りをドミノで覆っていたが、若くはなさそうだった。しかし、年配でもない、三十前後ではないかと思った。
ただ、その女たちの首にも、エルネスタがしていたのと同じ、紋様付きのチョーカーが嵌まっていた。
そのとき、天井からゆっくりと二本の丸い柱が降りてきた。左右に間隔を空けて設えられた柱であり、ベアトリーチェはその中央に立たされる。
先ほどまで鎖を握っていた男たちが近づき、いったん拘束具を外しながら、左右の柱に備え付けられている金具へと、改めて四肢を固定していく。
柱の表面には、それぞれ上下に枷が取り付けられていた。上部は手首用、下部は足首用である。
ベアトリーチェの手首は左右に引かれ、柱の上部に。足首も同じように下部の枷へと嵌められる。
こうして、両腕と両脚は左右へと広げられた状態で固定されることとなった。
背を張れば姿勢は保てるが、自由に身じろぐことはできない。胸元も腹部も遮るものなく晒され、身体の輪郭がはっきりと浮かび上がる。
ふたりの女が観衆へ向けて礼を終えた直後だった。
「これより、本日の演目を始めますわ。王都からやって来た誇り高き女騎士が──一匹の雌に成り下がる醜態をお愉しみください」
澄んだ声が静かに落ちた瞬間、天井の魔道灯が一斉に灯る。
会場が、昼間のように明るくなった。
「ひあっ」
思わず声が出る。
それまで柔らかく散っていた視線が一斉に、舞台の中央へと収束したのだ。
ざわめきが、一拍遅れて起こる。
仮面の奥の眼が揃ってベアトリーチェを射抜く。
明るい光に垂らされて、ベアトリーチェの羞恥の姿は会場の全員にさらされる。
裸身にもうしわけ程度に垂れている小さな二枚の白布──。
手足を拡げて拘束された四肢──。
晒された身体の線──。
そのすべてが、狙い澄ました光の中で、明確な輪郭を与えられていく。
もしかしたら、媚薬のために恥ずかしく内腿に伝っている愛液までも……。
ベアトリーチェは息を呑んだ。
これほど明確に「見られている」と実感したことはなかった。
仮面の奥から注がれる数え切れないほどの視線が、ひとつ残らず自分の身体を追っている。
誰ひとりとして、視線を逸らさない。
自分だけが、この場の中心として晒されている。
それが、逃げ場のない現実として突きつけられた。
──見られている。
その事実を認識した瞬間、羞恥は意志とは無関係に広がった。
心まで折れるつもりはない。だが、胸の奥に突き上げる感情を、否定することもできなかった。
誇りを掲げるべき場であり、同時に尊厳を試される場。
その中心に立たされている現実を、ベアトリーチェは黙って受け止める。
唇を結び、視線を上げる以外に、騎士として選べる振る舞いはなかった。
「じゃあ、覚悟はいいかしら、騎士さま?」
「どうか、そのお矜恃にかけて、決して無様な姿は晒されませんように」
ふたりの女調教師たちがくすくすと笑う。
その言葉とともに、柱に取り付けられていた枷が突然に静かに動いたのだ。
「あっ、なに──?」
手首を固定していた金具が滑り落ち、膝の高さで止まる。
上体は自然と前へ折れ、腰だけが持ち上がる姿勢となったところで、再び金具が固定される。
会場に、低いざわめきが広がる。
仮面の奥の視線が、一斉に集まった。
「なるほど……随分と、よく鍛えられていますわね」
「ですが、その均整が、必ずしも高潔さだけを示すとは限りません。人の内側は、見た目ほど単純ではありませんもの」
「まさか……。高潔な騎士さまだもの。恥ずかしい声なんて出すことなんて、きっと、あり得ないわよ」
女調教師たちは、ベアトリーチェの羞恥と観客たちの昂奮をあおる。
観衆の呼吸がだんだんと熱を帯びて揺れるのを感じる。
反応も抗議も、ここにいる連中を愉しませるだけ……。
ベアトリーチェは自分に言い聞かせて、必死に屈辱に耐える。
「さて、膝も固定しましょうか。姿勢が崩れては、皆さまに失礼ですから」
ふたりの女が台から新たに取り出した鎖付きの枷を近づけ、ベアトリーチェの膝の上に嵌めて軽く外に膝を導く。
そして、その位置で膝が固定されるように、左右の柱に枷に繋がっている枷を嵌める。
留め具が締まる音が響く。
動かそうとしても、膝はもう揺れひとつ許されない。
腰を落として逃げることも、足に力を込めて姿勢を変えることも不可能だった。
なんという格好にするのだ──。
前屈の格好を晒させるだけでなく、さらに膝を開いてがに股に固定をしたのだ。
観衆の視線が、より明確に集中する。
「まあまあ、まだ触れてもいないのに──もう準備が整っているご様子ね」
穏やかな声に、揶揄が混じる。
しかし、それは笑いではない。
ただ、冷静な観察として告げられるだけだった。
「……ち、違う」
絞り出すような声が漏れる。
否定した。
それは媚薬のせいなのだ。
「違う? 本当に? じゃあ、試してみましょうか」
柔らかな声で問い返しながら、調教師の女は筆を手に取った。
細く、軽い。
わざとらしく、ベアトリーチェの視界に入れる。
しかし、なにをするつもりなのか──。
ベアトリーチェが身体を固くする。
「騎士さまの気高さを見せてくださいね。恥ずかしい声は、出さないでね」
女は静かに背後へと回っていく。
拘束のせいで、どこに筆があるのか直接は見えない。
ただ、近づいてくる気配だけが、いやに鮮明だった。
やがて──。
筆が静かに掃かれた。
お尻の亀裂を下から上に……ゆっくりと……。
「ひあああっ」
柔らかい一撫で身体ははっきりと反応してしまった。
抑え切れない、大きな息がこぼれてしまった。
「騎士さまは、お尻が感じるの?」
「矜恃にかけて、声は我慢してよ」
筆が、もう一度、静かに動く──。
逃げようとしても膝は床に縫い付けられ、腰も肩も、どこへも逃げられない。
感覚だけが、行き場を失っていく。
「んんんんっ」
堪え切れず、短い悲鳴が舞台に弾けた。
その声を合図にしたかのように、会場の熱が、静かに高まっていく。
「お漏らししたみたいに、股から蜜が垂れているわ」
「動かすたびに、蜜も増えるわ」
また、後ろから筆でお尻の穴の上をくすぐられる。
「んぐううっ」
ベアトリーチェは金具がきしむほどに、全身を暴れさせる。でも、拘束されている身体はほとんど筆から逃げることなどできない。
また、お尻で筆が動く。
「ああっ」
今度は耐えきれずに、悲鳴に似た声をベアトリーチェは張り上げてしまった。
わっと歓声が沸く。
「声をあげたわね」
「じゃあ、今度は胸にしようか」
柱にある手首の枷が引きあげられ、今度は大きく両手を挙げた状態で固定された。足首と両膝は横に開いた格好のままだ。
ふたりの淫らな筆が白布の腋から、同時に乳首に近づく。
ベアトリーチェは歯を喰いしばった。
演目は、いま確かに始まったばかりだった──。