疲労で深く眠っていた身体が、廊下の足音に即座に反応した。
目を開くより先に伏せの形が整い、首がびくりと跳ねて扉を正面に向く。
同じ朝の流れを、もう十回近く、この身体は繰り返している。
扉が開き、明るい声がいくつも重なった。
「わっ、もう起きてる」
「伏せの姿勢をしている。教えたの?」
「ふふん、伏せもお座りもできるよ。ここのところ、ずっといい子なんだから」
首から円盤杖の操作具を下げたリタが、得意そうに返した。
リタと、彼女とともにやって来た、今日のベアトリーチェの世話につく当番の女の子たちだ。
ベアトリーチェの世話係は、修学、訓練、作業などとともに、彼女たちの日課予定に組み込まれているらしく、リタ以外は、毎日日替わりで交代する。
寄宿生は四十人ほどおり、一巡した後は、それまで必ず一緒に来ていたリタは、加わったり、加わらなかったりするようになった。
今日は、リタのいる日らしい。
ベアトリーチェの身体は自然に緊張する。
女の子たちは、彼女たち自身の朝の日課と朝食を終え、午前中の作業に入る前に、いつもここへ来る。
ベアトリーチェは、窓のないこの倉庫を「小屋」として使っているため、正確な時刻はわからない。
だが、身体がその刻限を覚えたのか、だいたい、その直前には眼が醒める。
「おはよう、ベアト、会いたかったよ。あたしのこと覚えている?」
「今日も、いっぱいいい気持ちにさせてあげるからね」
五人の女の子たちが競い合うそうに、伏せの体勢で台の上にうつ伏せの格好のベアトリーチェの首に抱きついてくる。
初日こそ、檻の中だったベアトリーチェの就寝場所だが、いまは小屋の隅に作られた平たい籠台だ。籠はたくさんの毛布が敷き詰められており、身体を伸ばすことも、重なっている毛布の中に身体を潜らせることもできるので、随分と寝心地はいい。
また、籠の周りには、女の子たちの手作りの飾りがたくさんある。それも彼女たちがしたものだ。
「じゃあ、ご褒美」
そのうちのひとりが、前掛けのポケットから取り出した小さな板をベアトリーチェに向け、指で操作する。
『キャウ』
ベアトリーチェは、衝き上がるような衝撃に身体を硬直させた。
敏感な陰核の根元に喰い込む細い金属環が、女の子の手にある操作具によって激しく振動を始めたのだ。
それは“クリリング”と呼ばれるもので、装着されたのは三日目あたりだったはずだ。
ベアトリーチェが拒絶できないのをいいことに、リタは、彼女がとても身体が敏感で、性的な悪戯が大好きだと庇護院中に言いふらした。
いまやそれは、院内の女の子たちにとって、すっかり当たり前の認識になっている。
女の子たちは、ならばベアトリーチェのペット調教のために、ご褒美となるものを与えようと、このクリリングを無理矢理に局部へ装着してしまったのだ。
クリリングは淫具であり、ベアトリーチェを常に発情させ、興奮が収まることはない。女の子たちは、彼女たちが「びく板」と呼んでいる操作具で、いつでも振動させられる。
それ以降、クリリングは一度も外されることはなく、就寝時でも装着されたままで、いまに至っている。彼女たちは「善意」により、ベアトリーチェをびく板で快感を極めさせ、この数日に限れば、その回数は一日に数十回にもなる。
クリリングもびく板も、彼女たち自身が調教のために定期的に受け入れているものであり、彼女たちにとっては責め具でもなんでもなく、日常的なものなのだ。びく板で人前で突然に極めてしまうことも含めて、彼女たちには羞恥はあっても抵抗はない。だから、ベアトリーチェにも、ご褒美のために使うのだ。
彼女たちの無邪気さは、ベアトリーチェには冷酷で、残酷でもある。
「ああ、びく板、使っている──」
「抜け駆けよ──」
「ふふん、早い者勝ちよ……。ベアト、気持ちよくなってね」
抗議する女の子たちを尻目に、びく板を操作した女の子は、得意満面の笑顔だ。
さらに振動を強めると、ベアトリーチェをほかの女の子に混じって首を抱き締めてくる。
ベアトリーチェは、女の子たちに抱きつかれたまま、五体に渦巻く快楽のうねりに任せて、身体をびくんびくと震わせる。必死に歯を噛みしめ、声が洩れないように押し殺しながら、そのまま極めてしまった。
ベアトリーチェが絶頂したのを確認して、クリリングの振動が停止される。
ほっとして脱力しているベアトリーチェに、ほかの女の子が頭に手を置く。
「うあっ、あっという間に、いっちゃえるんだね。優秀──」
「じゃあ、あたしもご褒美に、びく板、使っていい?」
ぎょっとした。
たったいま、達したばかりだ。
慌てて、首を横に振る。
「大丈夫よ。ベアトは、マゾっ子のペットだから、嫌な振りをしているだけ。被虐訓練のときは、そうしなさいって、教わったでしょう?」
リタだ。
激しく首を振って拒絶の意思を示しながら、リタを見る。
しかし、リタは悪戯っぽく笑うだけだ。
「じゃあ、あたしも、ご褒美」
またもや、クリリングが振動される。
『キャウ、キャウゥゥ──』
ベアトリーチェは、またもや、一気に性感を昂ぶらせ、やがて、びくびくと身体を痙攣させて絶頂してしまった。
「本当に早いわ──。ねえ、感じやすい方が、いい娼婦になれるって、先生が教わったよね──。ベアトって、すごいんじゃない?」
すると、別の女の子が目を輝かせた。
「ばか、それはお偉いお方の愛人とか、お抱えの性奴になるときよ。娼婦を目指すなら、いかずに、いった振りを覚えるのよ。そうしないと、身体がもたないって、言ってたじゃない」
「そうだっけ?」
女の子たちが笑い合う。
いずれにしても、日に日に身体が敏感になり、感じやすくなっている自覚はある。
一日に何十回も快感を極め、媚薬や淫具で日中も発情状態にさせられている日常が、ベアトリーチェを変えていっているのだろう。
『ハア……ハッ……ハア、ハア……』
激しい振動が止まってからも、ベアトリーチェの呼吸はすぐには整わなかった。
伏せた姿勢のまま、口を大きく開き、舌をだらりと垂らして荒い息を繰り返す。その呼吸音は、獣の唸り声に似ていたが、いまはもう気にならない。
鼻呼吸は、ずっと制限されたままである。
口を閉じていることは不可能だ。ベアトリーチェの口は呼吸のために、常に開いていた。
また、呼吸に合わせて、いつの間にか舌も出る。
以前なら、必死に舌をしまおうとしていたが、最近では、その努力をやめていた。
舌を出したまま、涎と息を零すほうが楽だと、身体が覚えてしまった。
「息、すっごく荒いね。二回もご褒美もらったんだもんね」
女の子たちは、そんな様子を見て、くすくすと笑い合う。
「舌もちゃんと出てるよ。えらい、えらい」
ひとりが、そのベアトリーチェの舌に軽く唇を触れさせた。
「あっ、ずるい──」
「あたしも──」
女の子たちがベアトリーチェの舌に交代で唇を触れさせる。
ベアトリーチェは、黙ってされるがままに任せた。
「はいはい、次は、身体のお洗浄ね」
リタが手を叩いて、女の子たちを促す。
女の子たちは、すぐに行動を起こした。まずは下布が外され、下腹部を露わにされる。
「うわっ、いっぱい蜜が出てる。ちゃんと頑張った証拠だね」
「夜のあいだも、いっぱい出たんでしょう? 気持ち悪かったよね」
明るい声で、当たり前のようにそう告げられる。
その一言一言が、胸の奥をちくりと刺す。
羞恥が、静かに確実に積み重なっていく。
女の子たちは、水桶を運び込み、床に並べた。
布と石鹸の代わりになる白い粉を用意し、順番に役割を決める。
「じゃあ、洗うよ。動かないでね」
ベアトリーチェは伏せの四つん這いの姿勢になり、言われるままに身体を預けた。
背中から肩、腕、脇へと、濡れた布が一定の動きで滑っていく。
力の入れ具合は一定で、撫でるでも叩くでもない。
汚れを落とすための作業として、機械的に拭われていく。
だが、そのひとつひとつがベアトリーチェに、響くような快感を呼び起こす。しかし、そんな反応を女の子たちが笑うことはない。
温かく見守りながら、淡々と洗浄を続けていくだけだ。
「はい、次はこっちね」
脚を軽く開かされ、内腿、膝、足首へと同じように布が動く。
冷たい水が肌を伝い、汚れと一緒に床へ落ちていった。
そして、股間を布で強く擦られる。
『キャウウウウ──』
ついに耐えきれずに、ベアトリーチェは快感を極める。
いつものことなので、女の子たちに手が止まることはない。極めたことで溢れた蜜も、静かに布で拭き取られていく。
「ちゃんと洗えてるね」
「泡、残ってない?」
「……ふふ、泡は残ってないけど、またとろんと、お股から、また蜜が出ているよ」
後ろ側から布で洗浄する役割の女の子がくすくと笑う、
羞恥に、ベアトリーチェの身体がぎゅんと縮こまる。
「ばーか、それは申し送りで、切りがないから、完全にきれいじゃなくいいって、言われてるでしょう……。拭くよ」
最後に水をかけられ、乾いた布で押さえるように水気を取られる。
動作は終始一定で、急ぐことも、丁寧すぎることもない。
しかし、終わったときには、ベアトリーチェは、もうかなりの疲労状態になってしまっていた。
「はい、終わり。次はごはんだよ」
ベアトリーチェの口の中には、獣の噛む歯の力を矯正する魔道具──歯枷が装着されている。
噛む力を弱めるためのものだ。
その状態では、固形物をうまく食べることができないので、ベアトリーチェのために、女の子たちが事前に柔らかくしてくれる。
平たい木の給餌用の椀の中で、朝の食事が水に溶かされていく。
そこには、いつもの媚薬の匂いも薄らと混じっていた。
その匂いを嗅いだ瞬間、ベアトリーチェの意識は、初日のことへと引き戻された。
最初に与えられた水は、もっと濃かった。
喉を通しただけで、身体の内側が急激に熱を帯び、立っていられなくなったことを、いまでも覚えている。
それに比べれば、いまの水はかなり薄められている。
飲み込んだ直後に視界が揺れることもない。
ただ、確実に身体の調子は変わる。
この水は、世話をしている彼女たち自身も、日課の訓練のある日に飲んでいるものだ。
身体の感覚を保つための補助として、当たり前のように使われている。
だからこそ、同じものをベアトリーチェに与えることに、疑問は持たれていない。
自分たちが口にしているものを、同じように与えているだけだ、という認識で止まっている。
ただ、彼女たちは毎日それを飲むわけではない。
訓練の日に限られている。
一方で、ベアトリーチェには、これ以外の飲み物も食べ物も与えられていない。
生きるためには、毎日、口にするしかない。
当番は日替わりで交代する。
誰も全体の状況を把握していない。
もっとも、仮に毎日与えられていると知っても、大きなためらいは生まれないかもしれないが──。
それほどまでに、この薬は、彼女たちの生活の近くにある。
しかし、身体の変化は、確実に積み重なっている。
量も頻度も、条件も違う。
それを訴える言葉は、ベアトリーチェからは、取りあげられている。
考慮されることもない。
唯一、毎日の世話に立ち会うリタだけは、ベアトリーチェがこの水に苦労していることを知っているはずだった。
だが、それをやめさせる気配は、見えなかった。
ベアトリーチェは、床に置かれた椀の前に、四つん這いで誘導される。
椀の中の水を見つめたまま、静かに息を整える。
そして、顔を下げた。
これは食事だ。
そう、身体が理解している。
「はい、犬さんスタイルでね」
声を掛けられ、顔を下げて口だけで中身をすする。
ぴちゃ、ぴちゃ、と音を立てながら、媚薬混じりの食事を飲み込んでいく。
かつては、これを屈辱だと感じていた。
騎士としての誇りが、胸の奥で悲鳴を上げていた。
だが、いまは違う。
これは、ただの食事だ。
「ちゃんと食べられてる。えらいね」
「こぼしてないし、上手になったよ」
汁ひとつも残さずに、器の中を舐め尽くす。
少女たちが頭を撫で、背中を軽く叩かれる。
「今度はあたしの番ね……。はい、ご褒美」
ひとりの女の子が、びく板を取り出して、クリリングを振動させる。
『キャウウウウ──』
ベアトリーチェは、四つん這いの姿勢を保てず、その場に突っ伏す。
女の子たちは、ベアトリーチェが絶頂するまで、周囲から手をベアトリーチェの背中に当てて見守っていた。
いつもと同じ、なんの変化もない朝であった──。
「最後に排泄ね。あたし、やるよ」
女の子が陽気に声をあげる。
しかし、ベアトリーチェのなかの、いまだに慣れきることができない心が強くざわめいた。
「リタ、排泄棒、貸して」
「よろしくね」
手のひらほどの長さの白い棒が、リタから当番の女の子へと渡された。
ベアトリーチェは顔を伏せ、目を閉じる。
女の子は後ろに回り、棒の先端で、肛門の位置を軽くこんこんと叩いた。
ベアトリーチェの体内には、排泄制御具と呼ばれる使い捨ての魔道具が装着されている。
挿入時は細い楕円形だが、内部で拡がり、栓の役割を果たすのだ。
専用の棒で刺激を与えると、内部の機構が作動し、排泄が自動的に行われる仕組みだ。
「わっ、出てきた、出てきた」
「いいね。健康そうだね」
後ろでは、容器が構えられ、ベアトリーチェの排便が受け止められていく。
毎朝行われている作業だったが、これだけは、いまだに慣れることがなかった。
ベアトリーチェは、ただ黙って俯き、息も止めるような気持ちで、排泄が終わるのを待つしかなかった。
「終わったよ。お利口さんだね……。じゃあ、捨ててくる」
女の子が声をかけて、排出されたものを容器ごと、どこかに持っていく。
別の女の子がお尻を拭き、さらに別の子が、“下布”を称する簡易的な紐留め式の下着を装着しようとした。
『バウ、バウ、バウ』
慌てて、ベアトリーチェは三回吠えた。
ベアトリーチェが許される唯一の意思表示の合図である。
「あっ、おしっこか。ごめん、ごめん、ベアト」
「ほら、容器を当てたよ。していいよ」
女の子たちがすぐに股間の下に平たい椀型の容器を当てた。
しゅっと、音がして我慢していた尿が金属製らしい容器に音を立てて迸る。
「うわっ、いっぱい出る──。我慢してたんだね」
「気付いてあげられなくてごめんね」
女の子たちの言葉を聞きながら、ベアトリーチェは心を無にして、自分の放尿が金属の器に当たって水音を奏でるのを聞いていた。
朝の日課を終えたベアトリーチェは、その日、倉庫の外へ連れ出された。
日中の日課は、庇護院の寄宿生の女の子たちと同様に、毎日変わる。今日は野外作業の手伝いだと告げられた。
この十日のあいだ、ベアトリーチェが行ってきたのは、ペットとしての行動訓練に加え、院の女の子たちの日課のどこかに組み込まれることがほとんどだった。
彼女たちは、読み書きや計算といった基礎的な修学、院内の家事業務、運営経費を生み出すための家内作業などを分担して交代で行っている。
そこに「職業訓練」と称する時間が混じる。
この職業訓練というのは、つまりは性修行だった。
性技や奉仕、あるいは互いの身体を刺激する百合訓練なども実施され、娼婦や性奴になるための身体を作るらしい。
この職業訓練に参加させられるときは大変だ。
保護具という名の袋状の魔道具で手足の自由を奪われたベアトリーチェは、彼女たちの責めを一方的に受けるだけである。
女の子たちはとにかく、ベアトリーチェに構いたがる。
徹底的に集中砲火を浴び、女の極みを果てしなく繰り返すことになる。
それに比べれば、外作業の支援はまだましかもしれない。
だが、やはりベアトリーチェにとって、それが苛酷であることに変わりはなかった。
「じゃあ、院の畠に行こうね」
五人の当番の女の子とリタに囲まれ、首環につながる鎖を引かれて建物の外に出る。
外の光に目を細める間もなく、移動が始まる。
四つん這い。膝は地につけない。
保護具の袋に包まれた手と足先で体重を支えて、前へ進む。この保護具は、手足を守るだけでなく、二本脚で立とうとすれば、接地面が丸く変わり、体勢を崩させる機能を持つ。
また、手首と足首のブレスレット、アンクレット状の脱力具は、脚だけで立つ力を奪う。
姿勢が乱れれば、首環が反応して不快な電流を全身に流す。
考えるより先に、身体が正しい姿勢を選ぶ仕組みだ。
ベアトリーチェは、この院に監禁されて以来、一度もこれらの装備を外してもらってない。
いまや、体の一部にもなりつつある。
とにかく、もう、かなり四足歩行にも慣れた。
歩くことさえおぼつかなかった頃に比べれば、いまでは、この姿勢のまま駆けることもできた。
「うわっ、今日はこっちなの?」
「あたし、運がいい──。当番じゃないのに、ベアトに会えるなんて──」
「だめだめ、ベアトがいるからって、作業に手を抜いたら、先生に言いつけるよ」
畠地区に着くと、女の子たちの黄色い歓声が待っていた。
すぐにハーネスが装着され、身体に牽引具が固定される。
荷車が繋がれた。
早速、作業が始まる。
水桶、肥料、収穫した作物──。
荷車は満ち、空になり、また満ちる。
畠の間の細道を往復し、作業をしている女の子たちのあいだを縫い、必死に四つん這いで這い続ける。
しかし、その作業の邪魔をするのが、周りの女の子たちの無邪気な動作だ。
ベアトリーチェの股間に嵌まっているクリリングは、リタだけが持っている操作具とは異なり、彼女たちの日常的な訓練調教具だけに、女の子たちは誰もが、操作を加えられるびく板を持っているのである。
いまも、作業の合間、またひとりの女の子たちが近づいてきた。
「頑張ってるから、ご褒美ね」
びく板が操作されて、信号が送られ、ベアトリーチェの股間のクリリングが最大強度で振動を始める。
『キャウウウウ──』
身体が硬直して、快感が全身を駆け巡る。一度すると振動はベアトリーチェが絶頂するまで、刺激をやめない。
少しでも楽にするのは、我慢するのではなく、早く達した方がいいのは、もうわかっている。
ベアトリーチェは絶えることなく、せり上がった快感に身を任せて、その場で絶頂した。
「ほら、ベアト、終わったら、すぐに作業をしなさい。だめよ、さぼっちゃ」
今度はリタ──。
『ギャン──ギャウウウ──』
鎖が張り、首環が反応する。
電流が走り、身体が跳ねる。
「荷車を動かせば、電撃はとまるわ」
声は落ち着いていて、責める調子ではない。
ベアトリーチェは、必死に体勢を整えて、また引く。
絶頂したことで消耗した体力は、電撃の衝撃を力に変えることでなんとか補う。
「そうそう、そのまま」
リタが満足そうに笑う、
ベアトリーチェは、大きく開けた口から苦悶の息をしながら、汗だくになって荷車を引き続けた。
しばらくして、また別の女の子たちが寄ってくる。
「疲れてきたでしょ。ご褒美あげるね」
また、クリリングの刺激──。
ベアトリーチェは、蹲って全身を震わせる。
ひたすらこの繰り返し──。
体力は確実に削られていく。
息は限界まで荒くなり、視界の端が白くなる。
それでも、止まることは許されない。
リタは静かに見守っている……。
頑張れば、女の子たちが声をかけてくる。
彼女たちには、本当に悪気はない。
ベアトリーチェが喜ぶのだと信じ切っている。
「えらいね」
「ちゃんとできてるよ」
そして、クリリングの振動──。
合図も、訴えも、許されていない。
ベアトリーチェにできるのは、与えられている日常を、そのまま続けることだけだった。
夕方になる頃には、ベアトリーチェの意識は朦朧としていた。
畠で浴びた声──励ましも、賞賛も、もう耳に届かない。誰かが何かを言っているのはわかるのに、意味としては受け取れず、音として遠くで揺れているだけだった。
首環につながる鎖を引かれ、四つん這いのまま歩かされる。
身体は命じられるままに動いているが、意識はそれについてこない。手足を交互に出し、前に進む。それだけに集中していないと、歩調が乱れそうだった。
「ベアト、ご苦労さんね」
「大丈夫? ふらふらね」
「倉庫に戻ったら、下布、変えようね」
「いっぱい、達したのね。よかったね、ベアト」
当番の女の子たちは満面の笑みで声をかけてくる。
そのどれもが善意であることは、いまでもわかる。彼女たちは自分たちのしていることを、疑っていない。
だが、反応することすら煩わしかった。
返事をする余裕もなく、顔を上げる力も残っていない。ただ、言われたとおりに手足を出し、前に進むことだけに専念する。
「……あれ、そういえば、リタはどうしたの?」
「そういえば、いないね」
「このまま、倉庫でいいんだよね?」
「多分……」
女の子たちの声が、少しざわめいた。
そのやり取りを聞いて、周囲にリタの姿がないことに気がつく。
いつからいなかったのかは、わからない。
作業の途中か、移動のどこかで離れたのだろうが、考える余力もなく、気づくのが遅れたのだ。
そして、畠地区を抜け、寄宿舎地区へ入る手前だった。
建物が近づいたそのとき、前方から、少し荒い声が重なって聞こえてきた。
女ふたりの声だった。
足が止まる。
女の子たちも、自然と立ち止まった。
建物の向こう側から、はっきりと声が響いてくる。
「……だから、先生に関係ないじゃないですか。ベアトの飼育係は、あたしが指名されたんです」
聞き覚えのある声だった。リタだ。
「やり過ぎだと、わたしは伝えています。ベアトリーチェをどうするつもりなのです。彼女は外から来た女騎士ですよ」
リタと言い争っているのは、院長のエルネスタだった。
エルネスタの声は、いつもと同じで、感情の起伏も叱責の色もない。淡々とした抑揚のない口調だ。
一方で、立ち止まっている周りの女の子たちは、お互いの顔を見合わせて、「院長とリタじゃない?」とささやき合っている。
「元騎士ですよね?」
「違います。いまでも騎士です。だから、やがて戻ります。それを忘れてはいけません」
エルネスタが淡々と告げている。
そして、その言葉が耳に届いた瞬間、ベアトリーチェの心臓は早鐘のように鳴り出した。
女騎士──。
いずれは、戻る──。
忘れていた言葉が、胸の奥で弾ける。身体の疲労に沈んでいた意識の底から、思い出せないはずの感覚が一気に浮かび上がった。
「……聞いてません。マルティナ様は、そんなことはおっしゃってませんでした」
「マルティナは、一連のことを遊戯のように扱っているだけです。女騎士のベアトリーチェをあなたに一任しているのも、その延長にすぎません」
「意味がわかりません」
「ベアトリーチェに、なにかがあれば、王都は動きます」
その声は低くも高くもならない。
「動くってなんですか──」
「王都の騎士を監禁していることがわかれば、これは重犯罪です。マルティナは、そのとき切り捨てる駒として、あなたを使っているんです」
「……でも、ベアトは院のペットです。そう聞きました。あたしも、みんなも……」
「馬鹿を言いなさい。王都の騎士をペットにするなんて、できるわけないでしょう」
「でも、マルティナ様が、そうしていいって。ベアトが心から望むようになれば、そうしてくれるっておっしゃいました。あたし、ベアトと一緒にいたいです」
「彼女は騎士です。王都に返さなければならない存在です」
言い合いは、まだ続いている。
だが、ベアトリーチェの意識は、そのやり取りを正確に追えてはいなかった。
「……えっ、そうなの?」
「そんな……」
背後で、女の子たちがひそひそと声を交わすのが聞こえる。
けれど、その声も、もう遠い。
思考しようとしても、まとまらない。
離れた場所から響いてくるふたりの会話を、ただ、漠然と受け取るだけだった。
「……とにかく、ベアトの躾けは、あたしが命じられたんです」
リタの声が、わずかに強くなる。
「それは承知してます」
「先生は、マルティナ様から、これについてはあたしに一任しろって命令されましたよね。……違いますか──?」
「……それは事実ですね……。確かに、私は、隷属の魔道により、マルティナから、この件についてはあなたに任せるように、命令されています……。間違いありません」
「だったら、あたしに逆らえませんよね。あたし、マルティナ様が先生にそれを命令するのを横で聞いてました」
「では、これも言っておきます。この国の法により、奴隷身分の私が罪に問われることはありません。マルティナは、ベアトリーチェの世話をあなたに命令したと証言するでしょう……。この院で罪に問われるのは……あなたです」
「これは命令です。あたしが一任されたんです。だから、先生は、あたしの命令に従わなければなりません。ベアトの躾はあたしの仕事です。先生は関わらないでください」
リタが叫んだ。その口調には勝ち誇ったような響きがあった。
また、その言葉を、ベアトリーチェは伏せたまま聞いていた。
胸の奥で鳴り続ける鼓動だけが、やけに大きく感じられた。
ふたりの足音が次第に遠ざかってからも、しばらく、女の子たちは押し黙ったまま、その場に立ち尽くしていた。
だが、やがて、思い出したように動きだした。
ベアトリーチェは、いつもの小屋へ戻された。
いつもと違って、女の子たちが少し静かだったような気もしたが、疲労が深く、なにも考えられなかった。
女の子たちは、いつもどおりの手順で世話を始める。
身体を洗い、食事を与え、排尿をさせる。
その頃には、彼女たちはすっかり、陽気で元気な調子に戻っていた。
クリリングによる「ご褒美」も、いつもと変わらない。
倉庫に戻ってからも、ベアトリーチェは五回、極めさせられた。
ぎりぎり残っていた体力は、そこで完全に奪い尽くされた。
帰り際、女の子たちは順番にベアトリーチェを抱き、声をかけていった。
それから、首輪につながる鎖を、床に打ち込まれた鉄杭へと固定する。
いつもと同じ繰り返しだ。だが、しっかりと打たれているように見えるその杭は、実は少し緩んでいる。
ベアトリーチェはそれを知っていたが、言葉を発することはできない。
伝える手段もないし、そもそも、どうでもいいことだった。
いまの望みは、ただひとつだけだ。
一刻も早く、眠りたいのだ。
ベアトリーチェは、女の子たちがいなくなり、倉庫が完全な暗闇に包まれると、すぐに就寝用の毛布に潜り込んだ。
そして、女の子たちが倉庫を出るとき、鍵をかけたかどうかを、まったく気にすることもなく、すぐに意識を手放した。