憑依モノの9割は嘘 作:lismme
「新刊ひとつお願いします」
「は、はい……?」
様々に彩られたポスターが立ち並ぶ同人イベント。サークル側として参加していた
鎖骨くらいまでの長さの黒髪はサラサラの直毛で、綺麗に手入れされている。身長は160センチより少し低いくらいだろうか。綺麗とも可愛らしいとも形容できる整った顔立ちで、年齢は20歳前後くらいに見える。薄茶色のタートルネックセーターの上に冬物のコートを羽織り、膝丈よりやや短いスカートからは綺麗な脚が覗いている。
「あの……本当にこれでいいんですか?」
樹は不安になって再度聞き直した。彼女が買おうとしている同人誌は、幽体となった男が美少女を乗っ取って身体を好き勝手に弄ぶという内容……いわゆる「憑依もの」と呼ばれるジャンルだ。ジャンルは当然、男性向けである。女性が買うというだけでも珍しいのに、それがモデルか何かと見まごうほどの美女となれば確認したくなるのも当然である。
「はい、これで間違いありません♪」
よく通る、明るい声で彼女は答えた。そして視線を合わせてニコッと微笑みかけてくる。まるでこちらの言いたいことを見透かしているかのように。会計を済ませ、本を鞄にしまうと、彼女はスペースを離れていった。
***
冬の日暮れは早い。撤収が終わって帰路に着いた時には、太陽はもうほとんど沈んでしまっていた。空に浮かぶ雲だけが微かに赤く光っている。今回はオフ会などに参加する予定はない。そのまま最寄駅へと向かっていた道中、道端で立ち止まってスマートフォンを操作する女性に目が止まった。身につけているコートからして、日中に同人誌を買いに来た女性で間違いない。
「あれっ? キチキ先生!」
まだ帰っていなかったのかと眺めていると、相手もこちらに気づいて手を振り、樹のハンドルネームで呼びかけてきた。
「どうもすみません……さっき来てくれた方ですよね?」
「はい、そうですけど、覚えてたんですか?」
「ええ、まあ……うちの本を買いに来るのは男性の方が多いですし、それに……」
「何ですか?」
「……とてもお綺麗でしたので」
無視するのもきまりが悪いので近づいて会話をする。会話の流れで、印象に残った理由もつい本音で話してしまった。
「なるほど。で、本当にそれだけだと思ってます?」
女性は悪戯っぽい笑みを浮かべながらさらに訊ねてきた。曲がりなりにも容姿を褒められたというのに照れも喜びも見せない。さも当然のことだと言わんばかりの反応だ。
「どういう意味でしょうか……?」
「だーかーら、こんな可愛い女子が、理由もなく先生の描いてるような本を買いに来ると思うのかって訊いてんだよ」
まるで他人のように自身を指さしながら、軽く上体を倒して覗き込むようなポーズで聞き返してくる女性。声のトーンは急に低くなり、口調も粗暴なものに変わっていた。
「普段から描いてるっつっても、いざ現実に会うと信じらんない……ってところか?」
「ま、まさか……」
彼女の態度に樹は既視感を覚えていた。それも、日頃から妄想したり絵に描いたりしている類のシチュエーションだ。
「そ。俺がいわゆる憑依能力を使ってこの娘を乗っ取ってんの。こういうの好きだろ?」
好きなことは事実だ。それこそ同人誌まで出すほどに。しかし、現実として描いたことは一度もない。実際に目の前で言われても勝るのは喜びよりも猜疑心のほうである。
「はぁー……」
相手もこちらの思いを察したのか、軽くため息をつく。すると、
「先生が前に出した本だとこんなシーンがあったっけ?」
「ちょっ、何……」
有無を言わせずに腕を掴まれ、胸の膨らみへと引き込まれる。セーター越しに、下着とその中にある乳房の感触が伝わってきた。
「おっと、声は出すなよ。通報されたらお互い面倒だろ」
次の言葉を発する前に、人差し指で口を塞がれた。お互い、とは言うものの何かあったときに困るのは樹のほうだ。口をつぐむ他にない。腕を掴んでいるほうの手を回すように動かされれば、手のひらに柔らかさが感じられた。
「このまま好きにしてもらっても構わないんだけど、とりあえず話は歩きながらってことでいいか?」
サッと手を離した女性は踵を返し、コートのポケットに手を入れながらゆっくりと歩き出した。仕方がないので一歩後ろに並んで着いていく。
「まーだ半信半疑って感じだな。じゃあ先生のアカウントのDM、一瞬だけ外してもらえる?」
道中、首だけ振り返った彼女がこちらを見る。何か企んでいるような顔つきだったが、渋々アカウントの設定を変更する。すぐに新規メッセージが送られてきた。
「これなら流石に納得するか?」
「!?」
送られてきたのは一枚の写真であった。送られてきた文脈、そしてサムネイルに写っている肌色の面積からして、思い当たるのは一つしかなかった。タップで拡大することにためらいを覚える。
「ちょっと、ちゃんと見てくれよ。証拠として出してんだからさ」
横から伸びてきた指が勝手に画像を拡大した。樹の予想通り、それは目の前にいる女性が裸で写っている画像であった。自撮りのような画角。片腕で胸を多い、下半身は見切れていたので肝心な部分は辛うじて見えていないものの、情欲を煽るには十分だった。ニンマリと笑う口は、本人の顔写真が入った学生証らしき物の角を咥えている。
「いわゆる憑依エロ自撮りってやつ。もちろん加工も転載もしてない。ってか、この顔を見れば一目瞭然だと思うけど」
自分のごくりと唾を飲む音がやけに大きく聞こえた。インターネット上で与太話のように語られる状況に、このような形で遭遇するとは思ってもみなかったのだ。
「この身体の名前は
「ちょっ、ストップストップ! 分かりましたから」
ダメ押しとばかりに鞄から現物の学生証を取り出して見せてくる涼菜。初対面の人間にこれ程の弱みを晒すのは正気の人間では考えられない。信じ難い話ではあるが、別の何者かが彼女を乗っ取っていると考えざるを得なかった。これ以上の会話は他人に聞かれたらどう思われるか分からない。慌てて制止する。
「先生なら察してくれると思うが、俺は『記憶が読める』タイプなんだよね。だから経験回数とかも分かる」
馴染みのない人間からすると少し奇妙な言い回しだが、樹はすぐに理解した。同人誌などの憑依シチュエーションにおいて、“憑依先の記憶を読める”かどうかはかなり重要なファクターだ。どちらにも違った面白味があり、中には“最初は読めないが絶頂すると記憶が読めるようになる”のようなケースも存在するが、この男——男かどうかはまだ分からないが——の能力は記憶を読むことができるということらしい。
「ちなみに可逆・不可逆でいえば可逆で、自分から出ていけるタイプ。出ていった後の精神汚染みたいなのはそんな強くないかな。ちゃんと確認してるわけじゃないので断言はできないけど」
聞かれてもいないのに、詳細な仕様を語っていく。誰かに話したくて仕方ないといった様子だった。しかしおかげでこちらのイメージもより具体的になった。
「わかりましたって、憑依のことは信じますから、それで貴方の中身はどんな人なんですか? 方法は?」
「やり方は言えない。企業秘密。この力の恐ろしさは先生もよく知ってんだろ?」
憑依の力が本物だとなると、当然気になるのは方法である。薬か、アプリか、はたまた魔法か何かか。場合によっては自ら試してみたくもあったのだが、そう単純にはいかないようだ。迂闊に広めたら社会が崩壊しかねない力と考えれば仕方がないものではあるが。
「本体の情報も同じく秘密。あ、妖怪とか宇宙人とかじゃなくて生きてる人間だって事だけは言っとく」
創作では憑依してくるのが人外である場合も往々にして存在するが、これはどうやら人間であるようだ。確かにこうして話している限りでは中身も同じ人間としか思えない。仮に人外だとしてもかなり親しみやすい部類だ。
「では、何故その涼菜さんの身体に? 俺は彼女を知りませんけど、何か特別な理由が?」
「そりゃ……可愛いからだよ。それだけ。見りゃ分かるだろ。なんでそんな事聞くんだ?」
「いや、例えば会場のレイヤーさんとかではダメだったのかな〜って」
「なんだよ、この顔じゃ不満か?」
「そういう訳じゃないですが。シチュとしては定番だし、インパクトもあったと思うんですけどねぇ」
同人イベントでのシチュエーション、と聞かれて樹が自然に思い浮かぶのはコスプレイヤーだ。統計的にもその方が多いだろう。選択としては少し妙に感じた。
「もしや……能力的にできないんですか?」
「……!」
終始余裕を見せていた涼菜の表情が僅かにこわばった気がした。
「乗り換えができないとか」
「……さあ、どうだろうね」
わざとらしく肩をすくめる涼菜だが、これまでと比べると挙動が少々ぎこちないように見える。「乗り換え」——憑依ものにおいてはもっぱら憑依先を事後的に変えることを指す表現だ。最もありがちな方法として描写されるのはキスだろうか。とにかく、乗り換えができるなら十中八九コスプレイヤーに手を出しているはずなのにその様子はない。身体を取っ替え引っ替えするタイプであるなら、“しない”というよりは“できない"のだろう。
「あるいは人が多い所だと抜け殻になった本体の処理が面倒だとか」
「……」
さらに深く切り込んでみると、涼菜の視線がスーッと横にズレた。口元がアルカイックスマイルを浮かべたまま硬直している。
「……正解ですか?」
「……」
さらに念を押しても涼菜は答えない。並んで歩く二人の間に、しばらくの沈黙が訪れる。耐えかねて上を見ると、すっかり暗くなった空に数少ない星がちらちらと揺れていた。
「……ああそうだよ全く! 悪いかっての!」
突然、語気の荒い声で会話に引き戻される。視線を戻せば、涼菜が開き直るかのように頬を紅く染めていた。
「分かったところでショボいとか言わせねーからな」
「言いませんよ」
憑依できる時点で既にショボくはないのでその点は心配なかった——それよりも、本体の処理が面倒だ、ということは、逆に考えれば憑依する時にはある程度本体が近くにいないといけないのだろうか? だとしたら今も近くに本体が……いや、憑いた後は移動できる可能性もある。なら本体は自宅か車にでも残して——
「声に出てるぞ声に」
「あっ、すみません」
涼菜の声で樹は現実に戻された。どうやら思考内容が独り言として聞こえていたらしい。たしなめるような口調ではあるものの、またもや図星だったのか、表情にはさらに焦りの色が浮かんでいるように見えた。
「まあまあ、別に能力バトルものの真似事をしに来た訳じゃないんだ。発動条件の推理なんて今は必要ないだろ。それに……」
ごまかすように言った涼菜は足を止め、くるりとこちらへ向き直る。目的の場所に到着したということらしい。
「……結果的にではあるが、レイヤーだと色々と都合が悪かっただろうね。後の予定は大体埋まってるからな」
「ここって……」
ぴかぴかと輝くネオンサイン。「休憩」「宿泊」の料金表。その建物は夜の空へとそびえ立っている。涼菜の顔に目を戻せば、あの挑発するような小悪魔的笑いがまたもや復活していた。
「さあ先生、お話しよっか♪」
ぬるりと伸びてきた細い腕がこちらの腕に絡みつく。右腕、左腕、そして胴体の双丘に挟まれ、瞬く間に腕を固定されてしまった。抵抗しようと身じろぎすると、さらに強い力でぎゅっと身体を押しつけてくる。思うように抗えないまま、ずるずると中に引きずられていってしまった。
***
周到にも予約がしてあったようで、すぐに部屋へ通された。そこそこの広さの部屋だ。涼菜は入るなりコートを脱ぎ、ソファにどかっと座って足を組んだ。
「成り行きで来ちゃいましたけど俺はシませんからね」
「まあそう慌てんなって。とりあえず座れよ」
こんな施設に連れ込んだ以上相手の目的は明白だ。相手のすぐ横に座る勇気は出ず、ベッドに腰掛ける。
「俺さあ、先生のファンなんだよ。こんな能力持ってるくらいだから。フォローもしてる」
涼菜はそう言ってスマートフォンの画面を見せてきた。先ほどメッセージを送ってきたアカウントだ。フォロー欄に樹のアカウントが表示されている。
「ツキヤマ……さん?」
写真を送りつけられた時には確認する暇がなかったが、相手のアカウント名は『ツキヤマ』と表示されていた。言われてみれば自分の投稿への反応でしばしば見たような気もしてくる。
「ああ、これか。当然ハンネで本名じゃねえけど、呼びにくいってのならこれで呼んでもらっていいから」
ぶっきらぼうな答えが返ってきた。呼び名には頓着していないということだろう。
「で、何でこんな所に」
「憑依のこと描いてる人が実際に憑依を目の当たりにした時の反応が見たかっただけだよ」
ツキヤマの回答は驚くほどあっさりとしたものだった。薄々は分かっていたものの、まさか本当にそれだけとは思っていなかった。驚きを覚えずにはいられない。
「何言ってんだって顔してんな。でもなあ……」
ソファから立ち上がった彼女は突然距離を詰めると、耳元まで顔を寄せてきた。ふわりと甘い香りが漂うと同時に、彼女の息が耳をくすぐった。
「もし俺みたいな能力を持ってたら……先生も試してみたくなんだろ?」
「……っ」
耳元で囁かれた声に背筋がゾクリとするのを感じた。内容と声質、その両方にだった。確かに、立場が逆だったのなら、自分も誰か……それもTSに馴染みのある相手に悪戯してみたくなるような気もする。普段は現れない心の中を覗き見られたような気持ちだった。ツキヤマはこちらの反応に気を良くしたのか、来ているセーターの裾に手をかけ、ゆっくりと捲りはじめる。
「せっかく準備もしてきたんだからな」
セーターが胸の上までたくし上げられると、黒のブラジャーが露わになった。樹は視線を逸らそうとしたものの、ツキヤマに顔を掴まれて無理やり正面を向かされた。
「おいおい先生、ちゃんと見てくれって」
「や、やめっ……!」
「いいからさ」
涼菜の手はさらに強く手に力を入れてくる。抵抗も虚しく樹の視界は彼女の胸で埋め尽くされてしまった。下着越しにでも分かる大きさと弾力を兼ね備えた乳房だ。
「コートを着てたとはいえ、この季節にセーターの下にブラ一枚なんて格好、かなり寒かったんだぜ」
生地の薄いランジェリーは艶かしい魅力を放っていたが、同時にセーターの下に着るものとしてはあまりにも心もとないように感じられた。実際、肌には薄く紅色が差している。
「そうだ、折角なんで温めてもらおうか♪」
「なっ」
突然、ツキヤマは膝の上に腰掛け抱きついてきた。後ろに押し倒されそうになるが、手をついてどうにか踏みとどまる。柔らかな乳房が直接押し付けられ、互いの体温が直に伝わってくる。ズボン越しでも分かるほど、涼菜の太腿はひんやりとしていた。しかし同時に、その芯にある温もりもまた樹が感じていたものであった。
「先生、思ったよりも温かいね」
涼菜が上目遣いで見上げながら微笑んでくる。言われた通り自分でも体温が上がっているのを感じる。もちろん理由は防寒コートを着ていたからだけではない。中身はどうあれ、これほどの美女に密着されては体が火照ってしまうのも仕方のないことだ。しかし、これで反応してしまえば相手の思う壺である。興奮をどうにか抑えようと努めるのだった。
「ほら、そっちも遠慮せずに」
手を握り、スカートの中へと誘ってくる。温もりと湿り気を感じる指先に下着が触れ、布ごしに秘所の感触が伝わってくる。当然ながら男性のような膨らみはなく平坦である。
「実は女装した男でした、なんてオチはないからな。だからさ……ね?」
唇を軽く舐めると、ゆっくりとズボンへと手を伸ばしてきた。予想通り、ただ世間話だけで終わらせる気はなかったようだ。股間が徐々に熱を帯びてくる。
「さっきも言いましたけど、俺はシませんからね!」
このままでは成すがままにされてしまうだろう。慌てて涼菜の身体を跳ね除け、一歩下がって距離をとった。
「もー、先生ノリ悪いっすよ」
「そういう問題じゃないでしょう! 俺は疲れてるので休みます!」
不満そうに頬を膨らませる涼菜。その顔もまた可愛らしいのだが、これ以上は見ないようにして背を向けて布団をかぶった。
「あれぇ? 先生、寝ちゃうの? 疲れがたまってるって事ですかねぇ〜?」
背中からわざとらしい抑揚の声を浴びせられる。狸寝入りはバレているぞとでも言いたげだ。何かよからぬ悪戯をされるもしれない。すぐに起き上がる訳にもいかなかったので、来るなら来いとばかりにズボンのベルトを固く握り締めながら目を閉じ続けていた。意外なことに、しばらく待ってもちょっかいを出してはこなかった。
***
「……はっ!」
「あっ、おはようございます」
目を覚ますなり、樹はすぐに起き上がった。布団に潜っているうちに本気で眠ってしまったらしい。慌てて布団を捲り、状況を確認した。寝ている間に何かされている可能性があったからだ。着ていたものは乱れておらず、ベッドに腰掛けている涼菜も元の服装に戻っている。見たところでは何もされていないように見えた。
「もしかして疑われてますか? 寝てる人を襲うのは私も本意ではないですよ。はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
涼菜が緑茶のペットボトルを差し出してくる。少し身構えたが、蓋は未開封だった上、口をつけてもただのお茶であった。それよりも気になっていたのは別のことだ。
「あの、何かありましたか?」
「何か、というと……」
「来た時と全く雰囲気が異なるというか、本物の女性のようで……」
現在の涼菜は憑き物が落ちたかのように表情が変わっており、先ほどまでの粗暴な印象は全く感じられなくなっていた。
「ああ、その事ですね。どうでしたか?」
「へっ?」
「いやー、一度やってみたかったんですよね、憑依オフ会ごっこ」
「ごっこ……? それって」
屈託のない顔で語りかけてくる涼菜。その言葉から、衝撃的な真実が頭をよぎる。
「私、寺前涼菜は乗っ取られたりなんてしてませんよ。たまたまTSF性癖を持っちゃっただけの普通の女の子です」
「えっ……なっ」
「結構頑張ったんですよ? 『憑依能力者に狙われてそうな女子』の雰囲気づくり」
二の句が告げない樹をよそに、涼菜は着ている服をひらひらと揺らしてみせている。
「ほ、本当ですか? からかってるとかではなく」
「ふふっ、面白いですね。最初はあんなに疑っていたのに、いざ嘘だって言われると信じられなくなるんですから」
涼菜は軽く笑いを漏らす。雰囲気は正反対だが、やはり可愛らしい顔立ちは思わず見惚れるほど魅力的であった。
「ただ、普通に考えて『TS好きでそういうプレイをしてる女子』と『他の人間の乗っ取り』ならどっちの可能性が高いと思いますか?」
常識で考えれば他人の乗っ取りなど非科学的だ。先ほども同じことを考えたが、やはりあくまでフィクションとして楽しんでいるのである。理論上は前者の方がありうるのだろう。しかし、心はすぐに納得できるものでなく混乱が渦巻いていた。
「何でそんな……あっ、もしやそういう詐欺……」
「わーっ! 待ってください待ってください」
ひょっとしたらこの後契約書にハンコをつかされたり強面の男が入ってきたりするのではないか。布団から出てそそくさと荷物を纏めようとすると慌てた様子で制止された。
「美人局とかではないです決して! さっき見せた名前とかは本物ですし、困ったら通報でもなんでもしてください! アカウントは人に見られてもいい用とプライベート用で使い分けてるんです」
改めて学生証を取り出して見せてくる。本物のように見えた。
「そもそも、詐欺だったらこんなに手間かけないんじゃないですかね?」
「なら……どうしてこんな手の込んだ事を?」
「だから言いましたよね、そういうプレイがしたいって」
『女子の身体に憑依してのオフ会』はしばしば界隈でネタにされるシチュエーションだ。やってみたくなる気持ちは理解できなくもないが、プレイとして実行に移す人間がいるとは思っていなかった。しかし、当然ながら現実と創作では様々な点が異なる。
「僕が言えた立場ではないと思うんですけど、こういう事はもっと慎重になった方がいいと思います。同じ趣味を持っているからって、初対面の相手とこんな場に来るなんて」
「それは……まあ……」
女性経験のない樹だったが、涼菜のこれは多くの危険を孕んだ行為であるように思えた。今までと打って変わってしおらしい様子を見せる涼菜。その様子は等身大の女子にしか見えず、樹は自分が急速に現実へ引き戻されていくのを感じた。それは心に納得と残念さとを同時にもたらすものであった。
「あとついでにもう一つ、TSに限らないですが『実はなってませんでした』ってのは非常に興醒めです」
そのような作品を見た時、樹はどうしても裏切られたように感じてしまう。現実に当てはめてもその種の残念さは感じるのだなと不思議な気分であった。
「げ……確かに。むしろそれが一番の失敗かもしれませんね……私も気持ちは分かりますよ。去年あたりにあったß先生のなんか、絵はいいのに! ってすごく残念な気持ちになりましたもん」
その作品なら知っている。聞かずとも名前を出してくるとは、少なくとも本人がTS好きなのは本当のようだ。くすりと笑うと、涼菜もそれに応じて笑い返した。
「でも、さっきの演技は凄かったですよ。よくあそこまで徹底的にできますね」
ほぼアウトの写真を送りつけ、他人に身体を触らせておきながら恥ずかしがるそぶりを見せないなど、並大抵の人間にはできない。その演技力に樹はただ感服するばかりだ。
「あはは、改めて言われるとちょっと恥ずかしくなってきますね」
涼菜は視線を泳がせ、ほのかに色づいた頬を人差し指でぽりぽりと掻いた。
「でも乗り換えのことについて聞かれた時は結構焦りましたよ。そこまで設定を詰めてなかったので……」
乗り換えについて聞いた時の反応は素の反応だったようだ。初めから涼菜の演技であったのならもちろんコスプレイヤーになることなど不可能。そこを突かれて焦るのも無理はない。それでも軌道修正できるのは流石としか言いようがなかった。
「私……最初に声をかけたのが先生でよかったと思ってます」
ベッドに並んで腰掛けていた涼菜が一歩分こちらに近づき、ややしんみりとした声で語りかけてくる。
「もともと誰でもよかった……は言い過ぎですけど、先生じゃなきゃ駄目、とは思ってなかったんですよね。道で最初に見つけたのが先生だっただけで」
「でも、ちゃんと初対面の私に向き合ってくれて……」
夢でも見ているかのように上を向いていた涼菜の視線が樹に向いた。
「やっぱり、付き合うなら先生みたいな人がいいですね」
「はい?」
あまりに予想外の言葉に、一回聞いただけではその意味は全く理解できなかった。
「えっと……付き合うって……?」
「そのままの意味ですよ」
体を傾け、肩に寄りかかってくる涼菜。サラサラとした髪が樹の首筋を優しく撫でた。そのままの意味……? しばしの時間をかけて理解した時、樹の体は固まってしまっていた。
「今までも男性と交際したことはあるんですが、自分の全てを打ち明ける勇気がなくて、関係がギクシャクとした感じになってしまい……」
「それはまあ……」
どう接すればいいのかわからず、曖昧な答えを返す。確かに、相手に対して秘密の趣味を持ち続けることは場合によっては苦痛になるだろう。彼女の苦労が偲ばれた。
「だから、今度は同じ趣味を持っている男性がいいなって。それに、こんな状況でも私のこと気にかけてくれましたし」
「でも、急に言われても何が何だか……」
「友達からってことでもいいですよ。なんなら身体の関係だけでも……私ならさっきみたいなプレイも出来ますし」
徐々に細くなっていく彼女の声は、小刻みに震えている。樹の目にはとても必死なように映り、冗談で言っているとは思えない。
「ちょ!? だからそういうのはもっと段階を……まさか、また憑依されてるとか言い出さないですよね」
「……」
何気なく発された言葉に、涼菜は突然黙った。表情は苦々しいものへと変わり、視線をそっぽへと向ける。
「……ちっ、流石にキツかったか」
「えっ?」
軽い舌打ちが聞こえたと同時に、涼菜の声色が変わった。それは数時間前に聞き覚えのあるはずの声色だったのだが、あまりの変化に理解が追いつかなかった。
「あれ? 完全にバレたわけじゃないのか。やっぱこうされると引っかかるもんなんだねぇ。まあ自分と同じ性癖の美女なんて見せられたら当然か」
目の前にいるのは、もはや寺前涼菜という女子ではなくなっていた。彼女の言動は、ツキヤマ……先ほどそう名乗った謎の男に“戻って”いた。
「ここまで全部俺の演技。本物の涼菜はこんな趣味持ってないぜ。おわっ!」
反射的に横に座る位置をずらすと、肩にもたれたままだった彼女の身体がベッドの上に倒れる。起き上がるその顔はしてやったりといったニヤけ面に変わっていた。
「っと急に動くなよ……中々のアドリブだったろ? あんまり先生が乗り気じゃなかったんで、泣き落としでその気にさせるつもりだったんだが、普通にこっちで攻めた方がウケが良いっぽいな」
樹はまんまと相手の策略に嵌っていたのだった。しかも、男が入っている時の方に魅力を感じてしまっているのも事実なので反論できない。
「なんだっけ、『こういう事はもっと慎重になった方がいい』でしたっけ? そんなんじゃすぐ騙されちゃいますよ〜」
“涼菜”に言ったやや説教めいた台詞がそのまま返ってくる。恥ずかしさは募るばかりであった。顔を背け、俯く樹。
「まあそう落ち込むなって。文字通り積んできた人生経験が違うんだからさ。それに……本当はちょっと嬉しいんだろ?
横に寄り添って、肩をぽんぽんと叩いてくる。悔しいが、全て事実なので言い返しようがない。そう、樹は驚愕と同時に多少の嬉しさも感じ始めていた。
「あなた……なんでこんな事」
「さっきも言っただろ? 俺もこのシチュやってみたかったんだよ。憑依のこと分かってる奴とヤれる機会はあんまないからな。先生ですらちょっと演技しただけで信じなくなるワケだし」
樹の股間をズボン越しに撫でると、意図せずピクンと動いてしまう。皮肉なことに、一度眠ったことでブレーキは緩くなってしまっていた。
「ほら、先生もシたいだろ?」
「や、やめてください。だってその身体は……」
「ああ、もしかしてこの女の心配してる? そういう事なら今日は大丈夫な日らしいし、対策も用意してあるぜ。病気なんかも事前に調査済みみたいだから安心しろって」
なだめるように言ってくるツキヤマ。しかし、そうは言われても簡単に整理のつく問題ではない。樹がどうしようか考えあぐねていると、
「仕方ねえな、じゃあこれ。特別だぞ?」
業を煮やしたような顔のツキヤマは涼菜のスマホを取り出し、樹に渡してきた。画面を覗くと、一面にくすんだ色が映った背景の中央に、右向きの三角ボタンがあった。何らかの動画のようだ。樹は反射的にボタンをタップしてしまった。
——ゴソゴソという物音と共に再生が始まると、大きく映っていたものが後ろに下がり、それが涼菜の今身につけている衣服だったと分かる。場所もどうやらこの部屋のようだ。映っているベッドの上には眠る樹の後頭部もある。
『はーい、ちゃんと見えてますかー?』
そのまま涼菜は後ろに下がり、ベッドの縁へと腰掛ける。そして、囁くような声を出したながら可愛らしく画面に手を振った。
『私の名前は寺前涼菜、K大学3年、21歳の現役JDでーす♪ 今の私はぁ、知らない男のヒトに身体を乗っ取られちゃってまーす』
大学の学生証を取り出し、大きく映り込むようにカメラの前に突きつける。証明写真と同じ顔のはずなのだが、カメラの前の涼菜は媚びるような表情を見せており、学生証の真面目な顔つきと同一人物とは思えない。
『後ろにいる人が起きちゃうから、声は小さめにさせてもらうけど許してね。えっ、私とこいつの関係? ふふっ、ご想像にお任せします♪』
後ろで背を向けて眠る樹に視線を向けた後、カメラに向き直ると涼菜は唇に指を当ててウィンクする。これではまるで自分が彼女を乗っ取られた被害者のようではないか。そう心の中で突っ込む樹だが、視線はもうその動画に釘付けになっていた。
『とりあえず、こんなコトになってる涼菜を見られたら大変なことになるだろうね』
誰であれこんな場面を見せられたら取り乱すのが世の常というものだろう。しかし画面の中の樹は一向に起きる気配がなかった。よほど疲れが溜まっていたのだろう。
『さて、挨拶はこれくらいにして……物好きな皆さんが期待してるのは勿論、アレですよね』
すると涼菜は着ているセーターの裾へおもむろに手をかけ、勿体つけるようにしながらめくり上げていった。先ほども見せられた黒のブラジャーが露わになるが、その時とは異なり、ずり上げるだけに留まらずタートルネックの首から頭を抜き取ってしまう。脱いだ拍子に、ブラに包まれたたわわな胸が小刻みに揺れた。
『ふふっ……♪ どうですか? セーターの上からでも分かったと思うんですけど、やっぱり大きいですよね』
愉しげな笑いを漏らすと、カメラに向かって腕を組んでさらに寄せ上げる。胸の間には一層深く谷間が刻まれた。
『サイズはFですけど、そろそろ窮屈になってきてるみたいだからGもありうるかな〜? なんて』
眼下に広がる光景を眺めつつ、挟んだ腕でムニムニと自分の身体をいじり回す涼菜。揉むだけに飽き足らず、ブラをも無理やり押し下げてしまうと、桜色の乳首がカメラに映された。
『これが私の乳首ですよ♪ 顔に違わず可愛い色と形だと思いません? んんっ……!』
突起を二本の指でつまみ、横に捻ったり爪を立てたりして刺激を与える。映像でははっきりとは見えないが、彼女の表情からしてそうした行為の反応は確実に現れているようであった。
『今日はぁ……っ、私が普段やってるオナニーを公開したいと思いまぁす……っ』
呼吸が乱れ始めた涼菜は、胸に手を添えたまま、空いた手で履いているスカートを捲り上げ、ベッドの上で足を開く。ブラとお揃いのデザインをした、生地の薄いショーツが中に履かれていた。秘部が見えるあたりまでずり下ろすと、涼菜は中指と薬指を使って見せびらかすように動かし始めた。同時に胸の先端をクリクリと弄り回している。
『こんなっ……感じ、なんですよぉ……! ふっ……!』
先ほどまでのややハイトーンだった声とは違い、低く抑えた声で喘ぎだす涼菜。目に見えて分かるほど、その指の動きには激しさが増していた。カメラに見せつけるように股間を前に突きだし、円を描くように掻き混ぜる動作がしばらく続くと、一際大きな声が飛び出した。
『ンゥッ! ハァッ……! い、今の声は……っ、私じゃなくて、私を乗っ取った男のヒトの……ゥウン……ッ!』
足をピンと伸ばし、身体を前に倒しながら涼菜は絶頂した。カメラに液体がかかることはないが、ずり下ろされたショーツと下のシーツにはシミが広がっている。涼菜は息を荒くしながら、指についた液を舐めとっていた。
『ハァ……ハァ……ふぅ……どうしましょうか? 私のおつゆで汚れちゃいましたね』
「くぅっ……」
固唾を飲んで見入っていた樹はここで息を漏らした。下半身に甘い疼きが溜まっていくのを感じる。映像に映る涼菜はとても淫靡であった上、男に憑依されているとなるとさらに扇情的だ。見ているだけで射精してしまいそうなほどだった。
「ほい」
画面に釘付けになっていた樹に、後ろから何かが手渡された。黒色をしたそれはほのかな温もりがあり、手触りから水気を含んでいることがわかる。
「これがホ・ン・モ・ノ」
耳元で囁く声が聞こえた。視線を横に向ければ、涼菜が小さな顎を樹の肩に乗せていた。
「分かる? 先生が起きるのを待つ間こうしてたわけ」
手を伸ばして動画の再生を止める涼菜。白い二の腕は眩く光っており、着ていたセーターはいつの間にか脱いでいたと分かる。改めて渡されたものを見直せば、やはり動画の中で見たショーツに違いなかった。今の彼女はどのような状態になっているのか。思わず振り返ろうとする樹。
「……っ!」
だがその動きは股間に伸びてきた涼菜の手によって阻まれることになった。樹の全身がピクンと震える。
「おっ、さっきよりもだいぶ反応が良い♪ 考えてみれば先生の本もオナニーの描写多めだもんな。こういうのが好きってことか」
TSシチュは本番がなくてもエロ本が成立するジャンルだ。樹も自慰シーンを描く際には力が入っている場合が多い。先ほどの映像は樹のフェチを最大限刺激するものであった。
「…………あっ! ちょっと」
「あはっ、ギンギンじゃん」
そんな言葉に気を取られてるうちに、いつの間にか腰のベルトが外され、ズボンを降ろされてしまった。パンツには樹のモノが堂々とテントを張っている。
「ほら、もう意地張んなって」
先端にあたる部分を指先でくるくると撫で回してくるツキヤマ。先走るモノがじわじわと滲み出すのを感じる。理性の堰はもう決壊寸前であった。
「……実際に憑依された女とヤれる機会なんてもう無いかもしれないぜ?」
耳元で、息を吹きかけるようにして涼菜の声が囁いてくる。その一言が最後の一押しとなった。樹はまるで催眠にでもかかったかのように首を縦に振っていた。
「決まりだな」
体に腕を回したまま、涼菜が前に回りこんでくる。薄々は分かっていたことではあるが、着ていた服は既に全て脱ぎさられていた。樹の足をまたぐようにして腰を下ろし、生地の伸びたパンツを下ろしていく。屹立つしたモノが彼女の目の前に曝け出された。
「お互い、すぐにヤれそうだな」
ずりずりと足の上を這いずる彼女の股間は、水分を含んでいることが肌で感じられる。これまで自慰をしていたという話なので当然といえば当然だが。ツキヤマは涼菜の秘所に指を挿入すると、しばらくかき回した後に再び出した。テラテラと光る粘液が指の間で糸を引いている。
「……♪」
樹のモノを撫で回し、優しく粘液を纏わせる。用意が済むと、ついに腰を合わせてきた。
「それじゃ、いただきます」
「うっ! くぁっ!」
樹が腰を動かす前に、涼菜の方から前後に動き始める。女性器特有の柔らかさと温かさに包まれ、思わず声が抑えられない。敏感な部分が刺激され、早くも達してしまいそうになる。その様子を見て取ったのか、涼菜の上下運動はさらに激しくなった。
「ほらっ……もうイキそうなんだろ? 我慢しないでさ……っ」
「くっ……あっ!」
樹は歯を食いしばりながら、せめてもの抵抗とばかりに涼菜の腰を掴む。しかし彼の身体は意思とは関係なしに勝手に動いていた。
「あっ……いいっ、いいよ……!」
樹に跨がった彼女は、口をだらしなく開きながら色っぽく喘ぐ。その度に彼女の豊満な胸がゆさゆさと揺れていた。その扇情的な光景を目の当たりにした樹は、もはや我慢の限界だった。
「んっ! あぁっ!」
樹が腰を突き上げた直後、涼菜の中に精が放出された。
「……ふふっ、もうイっちゃったか。まあ俺も気持ちは分かるが、これで終わりじゃ味気ないよな」
「はあ……っ、はあっ……」
「まあ見てな」
樹が放心状態になっていると、涼菜は自分の足を支えていた手を外し、ベッドに横になった。そして再び指で秘所を弄り始める。
「ふっ……はぁっ……んはっ……!」
先程よりも激しく指を動かす彼女。すると間もなくして、彼女の股間から白濁した液体が流れ出てきた。樹はその光景に釘付けになる。
「ほらぁ……先生のがこんなに沢山……んんっ……ちゅぱ」
見せつけるように精液を股間の周りに塗りたくったり、艶かしく舐めとったりしてみせる。
「……まずっ。涼菜ちゃんの身体が嫌がってるのかも」
想像を掻き立てる、非常に劣情を煽る場面ではあったが、射精した直後ともあって樹の股間の反応は鈍かった。
「まだ足りないか。じゃあここで一つ面白いことを教えてあげよう」
少し不満げな顔の涼菜は四つん這いになってこちらを見つめてきた。
「さっき周期とか病気とかの心配はないって言ったけど、どうしてそんな事が分かると思う?」
確かに、調査はそれなりの手間がかかるだろう。ツキヤマが調べたのでなければ、本物の彼女が調べた。その可能性が一番高い。そんな事をするということは、彼女には別に相手が——。
「さっきの動画、これじゃまるで寝取られてるみたいだ、とでも思ったかもしれんが……」
しばしの溜めが入り、ニヤッと笑った後に涼菜は樹を指差した。
「……残念ながら、先生は“寝取る”側だ」
樹に雷で打たれたような衝撃が走った。言われてみればそのような節はあった。そもそも、こんな可愛らしい女子大生が誰とも付き合っていないという想定自体も変だ。しかし、だからと言って衝撃は減らない。創作でしか見たことないシチュエーションを現実で見たのだ。しかも、自身が加担するという形で。
「どうする? 動画でも撮ってさっきのと一緒に彼氏くんに送りつけてやるか。脳味噌ぶっ壊してやろうぜ」
「それは…………いやいや、絶対ダメです! 現実でやったらダメです本当に! さっきのだってちゃんと処分してくださいよ」
一瞬揺らいだ樹だったが、すぐに頭を振った。寝取りが楽しめるのは創作だからだ。現実の人間を不幸にしたり恨みを買ったりなどしたくない。
「まあそういう事なら動画は勘弁してやるけど……もう出しちゃった癖に今更逃げるってのはムシが良すぎんだろ」
四つん這いになった涼菜がゆっくりと樹へ迫ってくる。支えを失った豊満な胸が左右に揺れる様が見えた。
「こほん……」
涼菜は軽く咳払いをした。すると突然、表情から笑みが消えて曇り、今にも泣きそうな顔になった。
「最低ですね……私を乗っ取っただけの男に言われて関係ない私にハメてくるなんて……」
セリフの中身を除けば、本物の彼女が言っているとしか思えない言い方であった。これも先ほどと同じ演技なのだろうが、一瞬自分が咎められたように錯覚してしまう。
「……ちゃんと責任とって、しっかり私のこと気持ちよくして下さいね♪」
口調は涼菜のままパッと表情を戻し、樹の肩を掴んで後ろに倒れ込んだ。今度はお前が上になれということなのだろう。本人の口調のまま言いそうもない事を言わせる……憑依シチュの醍醐味とも言っていい部分だ。萎んでいた樹のモノも勢いを取り戻しつつあった。
「おっ、そろそろ戻ってきたみたいだな。それでも足りないなら胸でもどこでも好きに弄っていいぜ……私が許可出してるんですから、ねっ♡」
男言葉と女言葉が目まぐるしく変わりつつ、興奮を煽ってくる。樹は言われるがままに涼菜の豊満な胸に手を這わせた。柔らかく吸い付くような感触が両手一杯に広がる。
「んっ……もっと強くしても大丈夫ですよ……」
相手の反応を伺いながら、樹は手探りで触り方を変えていく。時折乳首を摘んだりしながら全体を優しく愛撫する。樹の男根はもう先ほどの勢いを取り戻していた。
「んんっ……! いいね。じゃあ、今度はコッチに……」
脚を開いて樹の足に絡ませてくる。手を自らの割れ目にあてがって左右に開くと、ヒクヒクと蠢く赤いヒダが見えた。前回に出した白い液体が溜まっているのも見える。大きくそそり立ったモノをゆっくりと挿入していった。
「くぅ……っ」
「んむぅ……」
またもや肉棒が柔らかいものに吸いつかれる感触が伝わる。二人の声がハモるようにして響いた。
「さ、早く……あっ……あっ」
樹は腰を前後に振り始めた。もちろん経験はなかったのだが、本能的にどうすれば良いのかはわかる気がした。腰を動かすと前回よりも大きく、グチュグチュという卑猥な音が聞こえてくる。涼菜の漏らす吐息もより艶かしく、激しいものに変わっていた。そのままお互いの声と水音だけが聞こえてくる時間が流れ、その大きさと間隔はどんどんエスカレートしていく。
「すみません……っ!」
「こっちも……! はぁ……っ!」
2度目の射精と同時に二人は果てた。
***
「ありがとな先生。結構楽しかったぜ」
ホテルから出た二人は、駅へと向かって歩いていた。終電の時刻が近づいており、外を歩く人もまばらになってきている。
「どうせならレポにでもしてみたらどうだ? 載せたところで本気にする奴いないだろ」
「はは……考えてみます」
レポートまではいかずとも、大規模なイベントがあれば誰かしらはこのような発言をするものだ。実体験を描いたところでそのような嘘レポとしか見なされないだろう。
「そんな遅くならなくてよかったな。もう少しで『終電、無くなっちゃったね……♡』する所だった」
「ははは……」
可愛らしい声を混ぜながら冗談が飛ばされる。乾いた笑いで応じるが本気でやりかねないのが恐ろしい。そのようにして他愛もない会話を続けているうちに、二人はいつの間にか駅の改札に到着していた。
「じゃ、俺はこの辺で」
並んで歩いていた涼菜は微笑んで手を振った。次の瞬間、ヒュッと短い呼吸をしたかと思うと彼女はよろめいて壁にもたれかかる。
「だ、大丈夫ですか?」
思わず駆け寄って声をかけると、少ししてから閉じていた瞼がゆっくりと開いた。
「ん……あれ!? 私、何を?」
「……!」
再び目を開けた涼菜。その第一声は疑問文であった。樹は思わず息を呑む。これもまたどこかで見覚えのあるシチュエーションである。
「えっと、いきなり倒れそうになってましたけど、大丈夫ですか?」
とりあえず表情には動揺を出さないようにしながら、月並みな言葉をかける。呼びかけには応えず、彼女はきょろきょろと辺りを見回していた。
「えっ、うそ!? いつの間にこんな所に来ちゃったの!?」
駅名を見て、涼菜は驚いたような声をあげる。もちろん、ここは今まで二人が目指していたはずの駅だ。名前を知らないはずがない。
「……よく分からないですけど、さっきまではしっかり歩いておられましたよ」
「いや、まあ……多分そうなんだと思うんですけど……私にも何が何だか」
状況から考えるに、“出ていった”と考えてよいだろう。おそらくツキヤマはもうこの場にはいない。ならば樹のとるべき行動は自ずと決まる。シラを切りながら彼女に口裏を合わせることだ。
「こんな時間になってるのも変だし。もうこんなに寒く……あれ? 下、着て……えっ?」
チラリとスマホを見て時刻を確認しつつ、腕を抱えるようにして擦り合わせていた涼菜だったが、ふと何かに気づいたように下の方を見やると、ほのかに顔を赤らめた。服の下は下着一枚であることにたった今気づいたかのような反応だ。初々しい表情は、“ツキヤマ”とも、“TS好きの寺前涼菜”とも異なる印象を醸し出している。これが彼女本来のキャラクターということだろうか。
「待ってこれ、濡れて……?」
「あ……」
腰のあたりを指先でなぞり、不思議そうに呟く涼菜。これには樹も焦り、彼女に目が釘付けになる。思い直すと彼女の身体は先刻の自慰行為で濡れた下着をそのまま着けているのだ。違和感を持つのも無理はない。まさか目の前にいる男に犯されていたなどとは思わず、気付かない内に粗相をしてしまったと考えるのが普通ではあるだろうが、それでも樹の心中は穏やかではなかった。
「……はっ! なな、何でもないです! すみません!」
相手に視線を送られていることに気づくと、涼菜は顔から火が出そうなまでの様子になり、慌てて開かれたコートを閉めた。いたたまれなくなったのか、こちらにペコペコとお辞儀をして足元のバッグを拾い立ち去ろうとする。そんな彼女をしげしげと眺めていたのだったが、
「————————————ました」
「ん?」
くるりと踵を返す去り際、不意に彼女が何かを呟いた気がした。ふとすれば聞き逃してしまうほどの音量の、ぼそりとした呟き。さらにブレーキとアナウンス音が響く駅構内とあって内容はほぼ聞き取れなかった。そして、不思議に思う頃には彼女の姿はかなり遠くなっていたのだった。この為だけに追いかけて問いただすのも変だろう。樹はそのまま帰路についた。彼女とは反対側のホームへ。
***
あれから1ヶ月が経った。
それは全て幻覚だったのではないかと思えるほど突飛な出来事だった。むしろ幻覚であったらまだ楽だったのかもしれない。
『スペースに凄く可愛い女の人が来て、乗っ取られてるんじゃないかと妄想してしまった』
そんな相互フォロワーの投稿が、あの日の出来事が白昼夢などではないという証拠になっている。
後に調べたところ、あの日見せられた涼菜のアカウントは実在していた。定期的に確認してみたものの、学校や日常のことばかりであの日の出来事を彷彿させるものは出てこない。ツキヤマのアカウントも相変わらずリツイートが中心でこちらも変わった様子はない。しかし、調べるうちにとある疑問が頭に張り付いて離れなくなってしまっていた。
そんなある日、ツキヤマからダイレクトメッセージが届いたのである。
『先生、久しぶり』
『最近暇が出来たからさ、先生の方はどうかなって』
こちらの疑問など気づいていないかのように、あの日聞いた通りの文体でメッセージが送られてくる。向こうから接触してきたとあり、抱えていた疑問を直接ぶつけてみる事にした。涼菜の過去の投稿を調べているうちに、一つだけ気になる事実があったのだ。
——涼菜は、高校時代に演劇部に所属していたらしい。
『つまり、先生は一連の出来事が全て寺前涼菜による演技だと?』
質問を送ると、すぐに返事が返ってきた。まさに樹の感じていた疑問そのものだ。憑依の力への憧れはあるが、その実在を信じた事も全くと言っていいほどない。オカルトを介さない説明が少しでも存在する以上、拭い去ることはできなかった。
『なるほどねー。これは俺も予想外だったわ』
面と向かって疑問を突き付けてもなお、相手の態度は煮え切らないものだった。結局、どちらなのか。樹の聞きたいのはそれだけだ。シチュエーションとしての憑依を定義づけているものは物体ではない。仮に実在したとしても、普通の人間が外部から観測・証明することは不可能である。この疑問を解消しうる方法は本人にから話を聞いてみる以外にないのだ。勿論、それも100%の信用に足るものではないのだが。
『分かった分かった、そんなに疑うなら好きなように思ってればいいさ』
『丁度いいし、次に先生が参加するイベントで会いに行ってやるよ。答え合わせって事で』
『ちなみに聞くけど、先生はどんな娘がタイプ?』