憑依モノの9割は嘘 作:lismme
「はぁ……」
参加した同人誌イベントが終わり、駅へと向かう帰り道、日吉樹はため息をついた。心労が溜まっていた。
『次のイベントで会いに行く』以前関係を持った自称・憑依能力者「ツキヤマ」からの予告。今日一日、樹は怯えながら過ごしたが、結局それらしい人物は現れなかった。
「やっぱり、ただの演技だったのか……?」
樹は自嘲気味に呟く。前回の「依り代」が演劇部だったと知った時、憑依など嘘ではないかという疑惑も芽生えた。確かめるためのカマとして「リクエスト」も送った。だがもし万が一、樹が送ったリクエストに応えて現れたら……そんな妄想に怯えていたのが馬鹿らしい。今日「ツキヤマ」が現れなければ、この奇妙な縁もこれっきり……。
「ねぇ、先生?」
樹の思考を遮るように、その声は突如として耳に入ってきた。背筋にぞくりと冷たいものが走る。来た。来てしまった。直感で半ば確信しつつ、恐る恐る振り返る。
樹の予想通り、後ろにいたのは小学生くらいの女児だった。背丈は樹の胸あたりまでしかなく、見上げるようにして相手の顔を見つめている。声が斜め下から聞こえた時点で分かっていたことではあるのだが。
襟のついた可愛らしい黄色の半袖シャツにデニム地のスカートを履き、黒髪は片側でサイドテールに纏められている。肩からは身体に不釣り合いな大きめのショルダーバッグが掛けられ、ほのかな胸の膨らみが服の上から分かるようになっていた。
「ど、どうしたかな? お家の人は一緒じゃないの?」
苦笑いを浮かべつつ、とりあえずは子供相手の対応をしてみせる樹。
「うん、そうなの。ママとはぐれちゃって……」
「……じゃねぇよ。分かってんだろ? とぼけるなっての」
震えていたはずの声色が、瞬時に冷徹なものへと変わる。潤んだ瞳から怯えが消え失せ、代わりに浮かんだのは、樹を嘲笑うような歪んだ笑みだった。ほんのコンマ数秒の豹変。ひょっとしたら本当の迷子かもしれない——樹の抱いていた僅かな希望は無惨に散った。
「なんだその反応の悪さ? 好みのタイプに『幼女』なんて答えてきたから、ちゃんとリクエストに応えてやったってのに」
「あなたは……」
「久しぶりだな、先生。本当は本を買いに行きたかったんだが、この身体じゃ入口でつまみ出されるから帰りを狙うしかなかったんだよ」
不満げな表情で喋るその子供は、鞄の中から小さな手に不釣り合いな大きさのスマートフォンを取り出し、画面を操作する。相手が見せてきた画面には、確かに樹がツキヤマへと送ったメッセージのやり取りが表示されていた。
「どうした? 顔が青いぞ? ははぁ、さては歳がもっと下の方が良かったか?」
「……」
ツキヤマは冗談めかして尋ねてくるが、樹は何も答えない。憑依が本物だったという驚きでただただ唖然とするばかりだった。
「んー……何か微妙な反応…………ん? もしかして」
メッセージで答えた「タイプ」の女性が憑依されているというのに、樹は一言も発さずに固まっている……訝しげな視線を送っていたツキヤマだったが、少し考える様子を見せると合点がいったといった様子で手を叩いた。
「なるほどね。いや、な? 俺もちょっと妙だと思ってたんだよ。先生のアカウントを見る感じ、あんまり
『幼女』と返信した会話履歴の画面を見せながら、背伸びをしてぐいっと顔を近づけてくる。幼い顔には、不釣り合いな下衆な笑いが浮かんでいた。
「あれは本心からじゃない。試したんだな?」
「……!」
「先生は俺の能力を疑っていた。だから試したんだ。別人にも憑依できるのかをな。それも、前回会った女子大生とは100%別人と言い切れる相手で」
樹の顔にじわりと汗が滲む。
図星だった。
「あはは、この前の娘が演劇部だったせいで余計な勘ぐりをさせちまったか? 悪かったな」
ニヤニヤと笑う彼女は両腕を広げ、見せつけるように上半身を左右に捻る。
「いくらあの娘が天才役者でも、これは流石に無理だろ?」
「は、はい……」
どんな演技力を持ってしても、ここまで身長を縮めるのは不可能だ。今回も演技……などという可能性はTS好きの女子大生よりももっとあり得ない。樹の目の前に存在しているのは、間違いなく憑依の能力を持った男だった。
「疑ってすみませんでしたから、今日はこれで……」
「そいつは良くないなぁ」
後退りして去ろうとする樹の裾を、小さな手がぎゅっと握る。力は強くないはずなのに、得体の知れない威圧感を感じる。
「何であれ、自分の言ったことには責任を持ってもらわないと」
「い、意味が分かりません……」
「とぼけなくていいって。まぁ、ともかく移動しようぜ」
「どこへ……?」
「ラブホ」
「は!?」
樹は思わず声を上げてしまった。成人男性が女児を連れて入るなど、一発で不審者扱いだ。
「むむ無理ですって」
「そうか? 頑張れば親子ってことで……冗談だよ。この身体じゃ会場にも入れないのはさっき改めて知ったからな。こっちだ、こっち。ちゃんと用意してあるから」
相手は曲がり角を曲がり、小さな駐車場へとたどり着く。敷地内のとある車の前で、ツキヤマは足を止めた。白塗りの軽自動車、ごく一般的な型だが、窓には濃い色のスモークフィルムが貼られている。
「ところで先生、俺の力を疑ってた結果こうなった訳だが……覚悟はできてるかい?」
車の前で、ツキヤマがくるりと向き直る。手を後ろに組み、可愛らしく体を前に倒してみせた。
「覚悟?」
「今の日本の法律じゃ、この歳の娘はセックスに同意ができない。つまり、いくら俺がこの娘の口から言い訳した所で、ヤった瞬間に先生は犯罪者だ。その覚悟はあるか?」
淡々と、ルーティーンのような語り口で尋ねてくるのは、とんでもない内容……共犯への誘いであった。急に、夏の夜の蒸し暑さが存在感を増す。じっとりとした汗が、樹の額に滲んだ。
「……やっぱり今回は」
「おっと、覚悟ができてないからって拒否権があるとは言ってないが? 言い出したのは先生なんだから、文句は言えないよねぇ?」
後ずさりしようとした樹の腕を掴むツキヤマ。樹の進行方向とは逆方向に目一杯引っ張ってくる。だが、所詮は女児の力だ。スニーカーをアスファルト上で引きずりながら、無理やり逃げるのは不可能ではない。
「くっ、ズルいぞこの体が弱いの知ってて……ならいいよ、もう」
ぼそりと独り言を呟かれた瞬間、不意に樹の手を引く力が緩んだ。バランスが崩れ、前へとつんのめる。
「うわっ!?」
「きゃっ!?」
甲高い悲鳴が背後から聞こえる。振り返ると、相手は尻餅をついて辺りをキョロキョロと見回している。
「……ここ、どこ? どうしてもう夜に……」
「え?」
固く手を握りながら、周囲の状況に戸惑いを見せる彼女。先刻までの余裕はどこにもなく、年相応といった反応になっている。
「お……お兄さん、だれ……?」
樹と目が合った。男性の顔を見た途端、血色の良い頬はさっと青ざめ、くりっとした瞳にはみるみる涙が溜まっていく。
「そ、それは……」
「いや……来ないで……!」
慌てて弁解しようとする樹。しかし彼女は聞く耳を持たず、一歩二歩と後ずさると立ち上がって駆け出した。
「ちょっ!? 待って……」
このままではあらぬ疑いをかけられてしまう。そんな直感が、樹を突き動かしていた。
「やだ……やめて……!」
壁際で逃げ場をなくした彼女は、ぷるぷると震えながら樹のことをじっと見つめている。完全に樹のことを不審者と誤解している様子だった。
「ごめん、まずは話を……」
どうにかして宥めなければ。樹はしゃがんで視線を合わせ、精一杯の無害な表情で彼女を説得しようとした。
「いっ!?」
樹が次の言葉を発するよりも先に、彼の額を小さい指が強く押した。しゃがんで不安定になった足は簡単にバランスを崩し、尻餅をついてしまう。彼女は倒れ込んだ樹を跨ぐように仁王立ちになると、車のドアに手をかけて横にスライドさせる。
「……とまあ、押してダメなら引いてみろってな」
見下ろしながらドヤ顔で語りかけてくるその顔は、もはや不安そうな泣き顔ではなかった。涙をたたえていたはずの目は冷たく眼前の男を見据え、顔は中身の興奮を示すかのようにほんのりと赤みを帯びている。最初から、元の体の持ち主などそこにはいなかった。
「ま、またその手ですか……」
「先生が引っかかってくれるんだから仕方ないだろ?」
ぽっかりとドアを開けた深淵に、悪魔のようにして誘ってくるツキヤマ。してやられたと悔しがる樹だが、どうにか後ろに引き下がって逃げようとする。
「とにかくそういうのは嫌で……」
「はぁー……先生もだいぶ強情だよな。じゃあこの画面を見ててくれるか?」
鬱陶しそうに頭を掻いた少女は、スマホを樹に向けてきた。表示されているのは番号パッド。意図が組めないまま、視線をそちらに向ける樹。
「まず“1”を押すだろ?」
可愛らしい指で1番が押され、数字が入る。
「そしてもう一回“1”」
指はもう一度同じ場所をタップする。二つの1が画面に並んだ。
「最後にこれを押せば……」
“最後”と言いながら指が向かった数字は——“0”。ここまで来てようやく、樹は真意を理解した。
「ちょ、ちょっ!? たた頼むからそれだけはどうか」
発信ボタン……いや、通報ボタンを押そうとする指を、焦りに焦って止める。
「あっはは、こういう時に限っては大人より便利で良いな」
カラカラと乾いた笑いを出すツキヤマを尻目に、樹は車のステップに足をかけるのだった。
***
「ちゃーんと外から見えないよう対策はしてあるから安心してくれ」
スライドドアがゆっくりと閉められ、淡い黄色の室内灯が、半透明のフィルムが貼られた窓に反射する。バタンという重たい音と共に、外の喧騒から隔絶された密室が誕生した。
もう日は沈んでいるが、日中に蓄えられた熱と湿度が室内に充満している。樹は汗ばんだシャツがやけに重く感じた。さりげなく前の座席やトランク部分に目を泳がせてみるものの、特に目ぼしいものはない。
「もし俺の本体を探してるなら、今はないぜ。確かに普段はここで俺の身体を犯したりとかする事もあるけど」
大きめのショルダーバッグをどさっと置くツキヤマ。べりべりとマジックテープ式のスニーカーを脱いで床に放り投げ、座面に上がる。座席の上に膝立ちになるが、それでも目線の高さは同じくらいだ。
「先生だって、俺の本体なんて見たくないだろ?」
樹の胴体に手をつきながらゆっくりと這い、膝の上に腰を落ち着ける。汗を吸ったシャツや瑞々しい髪から、何とも言えない幼さの香りが漂ってくる。
「せっかくこんな良いカラダを見れるってのにさ。どうよ?」
彼女の身体が、自分の膝の上にちょこんと座っている。どこの誰とも知れないこの小さな身体は、本人の意思を無視してこの場に来て、赤の他人の男に身体を預けているのだ。自分の行動一つで、この身体は男の欲望を満たすために壊され穢されることになる。
ごくり。
唾を飲み込む音が聞こえる。樹がこれまで画面と紙の中で消費していた筈のその状況は、今ここで現実となっている。腿から伝わる高めの体温と、脚を上げるだけで浮きあがってしまいそうな体重が、強くその事実を意識させた。
怖い。目の前にある現実を直視すればするほど、樹の心の中の罪悪感は膨らんでいく。それなのに——いや、だからこそかもしれない——倒錯的な興奮も同時に沸々と込み上げてくるのだった。
「……ふふ、先生も業が深いな」
足の間のモノがほんの僅かに動いたのを、膝の上のツキヤマは鋭く見抜いていた。
「それじゃ、改めて自己しょうかいするね♪ わたしの名前は
上を向いて屈託のない笑みを見せながら、いかにもそれらしいプロフィールを並べ立てる。樹の腕を掴んでぶんぶんと左右に振るさまは、まさしく元気な子供と言った印象だ。全く知らない相手の、ただの情報なはずなのに、つらつらと羅列されるだけでみるみる美咲の輪郭がはっきりとしていく。実在する、幸せそうな女の子が憑依されているという事実が、実体となって目の前に立ち昇る。
「パパとママがだいすきで、パパとママもわたしのコトだーいすきなの! 朝に家を出る時も、いろいろ言われたんだから!」
すると、鞄の中から子供用の携帯を取り出し、メッセージのやりとり画面を見せてきた。
『美咲、初めての一人旅だね。楽しんでおいで』
『約束通り、知らない人には絶対についていっちゃダメだからね』
今日の朝のタイムスタンプで母親から送られてきたメッセージが、煌々と目の前で輝いている。
「……」
「へへ、耳が痛いねぇ」
画面を見せながら、ツキヤマは他人事のように肩をすくめた。美咲から見れば、樹はまさしく母親の言っていた「ついていっちゃダメ」な人以外の何者でもない。
「知らない人についていかない……ママとの大事な約束だ」
「な、なら……」
「でもさ、よく考えてみてよ先生」
樹の言葉を遮り、ツキヤマは人差し指を振ってチッチッチと舌を鳴らす。
「先生は俺の知り合いだし、美咲ちゃんも自己紹介をした。つまり『知らない人』じゃない」
「なっ、そんな……」
「これならセーフだな。ねぇ?」
詭弁を弄しながら、くるりと体を翻し、座面の上に戻る美咲。ようやく解放された。樹が安心したのも束の間、立てられた膝の奥に水玉模様をした布地が見える。スカートの中身に目を奪われた瞬間、くるぶし丈の白い靴下に覆われた足がするりと這い寄ってきた。
「う……!?」
20センチほどの足の裏が、樹の股間を何度も踏むようにして撫で上げる。前後に動くたびに、ソックスの縁の飾りがひらひらと揺れた。
「だから、あーそぼっ♪」
まるで同級生に語りかけるような声で、成人男性の性器を足の裏で弄んでいく。美咲の腿はスカートの中を見せつけるかのように開かれている。
緩急をつけて的確に責め立てていけば、性器の形がはっきりと樹のジーンズの上へ現れてくる。あどけない笑顔とは裏腹に、足裏だけはまるでモノの扱い方を熟知しているかのように、卑猥に動いていた。
「もうかなり大っきくなってる……苦しい?」
美咲はあざとく小首を傾げ、頭のサイドテールが揺れる。だが、足指の動きは止まるどころか、むしろ楽しむように食い込んでいく。
「……なら、言ってあげなきゃだね」
乱れはじめた樹の呼吸を返答がわりに受け取った美咲は、踏みつけていた足の動きをぴたりと止めた。
膨らみの上に足を乗せたまま、ぐいっと身を乗り出して顔を近づける。樹の首元に片手を添え、もう片手は内緒話でもするように口元を覆う。結んだ髪が頬をくすぐる距離で、小さく空気を吸い込む息遣いがした。
「ざぁ〜こ♡」
鼓膜を直に舐められたような錯覚。甘く舌足らずな息が脳を溶かし、心臓を大きく跳ねさせた。2次元の世界で、幾度となく見てきた言葉。実体化して吹きかけられたその声は、想像を遥かに超える毒だった。
「……くくっ、あのセリフってこういう時に使うんだな」
樹が目線を動かすと、最早いたいけな少女はそこに存在しなかった。男の欲望に歪んだ、年齢に不釣り合いな嘲りが浮かんでいるだけだ。
「口では格好いいこと言っておきながら、実際はガキあんよにシコシコされてチンコ勃ててるなんて一番『なっさけなぁい♡』パターンじゃん」
耳元の声はなおも責めを続ける。耳たぶに甘い嘲笑がまとわりつき、樹の鼓動が乱れた。喉元までせり上がった抗議の言葉は、かすれた吐息となって消える。腰の上でもう一度動き始めた小さな足先は、絶妙な加減で局部を擦りあげていた。汗ばんだ掌が無意識に彼女の体へ伸びるのを、寸前でグッとこらえる。
「ほらほら~抵抗しなくていいの? このままじゃ可愛い小学生に搾られちゃうぞ☆」
美咲の声音は嘲笑混じりに弾み、今度は手のひらが伸びてくすぐるように股間を撫でる。そのままズボンのベルトに伸びた手は、緩んだ防御の中から目的のものを探り出す。
「うわぁ、男の子のがこんなに大っきくなってるの、美咲初めて見たかも……ふーっ」
「うっ!」
「あはっ! おもしろーい!」
露出した樹のモノをしげしげと眺めていた美咲は、タンポポの綿毛でも飛ばすかのように無邪気に息を吹きかける。湿った熱風を浴び、限界まで膨らんでいた樹の肉棒はびくんと跳ね、さらなる怒張を始めた。
「とってもツラそぉ〜。早く楽になりたいって泣いてるみたい」
無邪気に観察していた美咲だったが、ひとしきり見終わると、不意に真顔に戻って一歩距離を取った。
「……でも、ダメだよね」
「え?」
「リアルとフィクションはしっかり区別する。それがエロ作家ってものだもんな」
身を引いたツキヤマに、樹は拍子抜けしたような、それでいてどこか名残惜しそうな声を漏らしてしまう。ツキヤマの言葉は正論であり、樹自身が常に心がけている信条だ。だが、今の拒絶に「落胆」が混じってしまった事実が、どうしようもなく樹を自己嫌悪させた。
「そういえば最近、おムネが服にこすれてかゆいの……ねぇ、見てくれる?」
視線を落とす樹の様子に、小さく鼻を鳴らすツキヤマ。そして、わざとらしく胸元を強調するようにシャツの襟を引っ張った。
樹が思わず反応して視線を向けると、そこにはほんの僅かに膨らんだ、子供特有の平坦な胸があるだけだ。しかし、その奥にある桜色の突起が、薄い生地越しに主張しているのが分かってしまう。樹が慌てて顔を背けると、ツキヤマはニタニタと勝ち誇った笑みを浮かべる。
「あれぇ? そんなに必死に目を逸らさなくてもいいのに。分別のある先生は、もちろん手を出したりしないんでしょう?」
肩口を引っ張ったまま、ツキヤマはぐいぐいと迫ってくる。一瞬目移りしただけで、身体の反応を示す突起が脳裏に焼き付く。
「ママは『そろそろブラを買った方がいいかも』なんて言ってたんだけど、どういうことだか教えてくれな
い?」
追い討ちをかけるように美咲の言葉が聞こえ、樹を苦しめる。理念と本能がぶつかり合う矛盾が、彼の思考を蝕んでいった。
「……っ、いい加減に……!」
耐えかねた樹は、迫ってくる美咲の細い肩を掴み、乱暴に突き放そうとした。掴んだ瞬間、その肩の薄さと脆さが指先を震わせたが、そうでもしなければ精神が崩壊してしまいそうだった。だが、ツキヤマは怯えるどころか、掴まれた箇所を面白そうに見つめ、口の端を吊り上げた。
「お、『わからせ』ちゃう?」
「……っ!?」
その言葉が持つ、性的かつ暴力的な意味合いが、樹の手を止めた。抱いていたはずの怒りは、一瞬にして卑猥なポルノへと書き換えられてしまったのだ。
「いいのぉ? どこの馬の骨とも知れない男に煽られて、何の罪もない美咲を犯す変態ロリコンさんになっちゃうよ?」
美咲の喉から、挑発するかのような確認が飛び出てくる。まるで、やりたければやれとでも言っているかのように。
樹は力なく手を離した。肩で息をする樹を見下ろしながら、ツキヤマは満足そうにショルダーバッグへ手を伸ばす。中から出てきたのは、小さなチューブだった。
「このイクジナシ♡どっちみち、チンコをバキバキにして純情ぶったって意味ねぇのにな」
興味を失ったようにシャツの襟を戻すと、今度はゆっくりとデニムスカートの裾を捲り上げ始めた。
「さっき掴まれてビックリしたから、美咲のおまた、ジンジンして熱くなってきた……」
水玉模様のショーツが露わになり、そこから伸びる健康的な太腿が、樹の視界を埋め尽くす。ツキヤマはチューブの蓋を開け、樹の震える手に無理やり絞り出した。蒸し暑い車内の中で、ほんのりと冷たい粘性が指先に乗る。
「このお薬、ぬりぬりしてほしいな~……俺も痛いのは嫌だからさ」
子供の甘えたおねだりの後に、大人の冷徹な命令が付け加えられる。ショーツが下ろされると、普通の人間はまず見ることのない聖域が、湿気とかぐわしい香りを放ちながら現れた。溶けかかった樹の思考は、それが何を意味するかも考えず、催眠にかかったように指を伸ばしていた。
「ん……」
ぬるり。粘液とローションが混ざり合う、卑猥な水音が狭い車内に響いた。
「あ……」
樹の指先が、狭く柔らかな入り口を捉え、滑るように第一関節まで沈み込んだ瞬間。ツキヤマの顔から、すべての表情が消えた。
「はい、アーウト♡」
「な……え……?」
樹の動きが凍りつく。まだだ。まだ指を入れただけだ。そう弁解しようと口を開きかけた樹の希望を、ツキヤマは容赦なく粉々にする。
「当たり前だろ。指だろうとなんだろうと挿れた時点で有罪だよ。だから……」
ツキヤマは樹の手首を掴むと、さらに深く、強引に中へと引きずり込んだ。狭い肉の隙間にぬぷぬぷと指が埋もれ込み、温もりが指先を包む。輪ゴムを何回も巻いたような締め付けが樹の脳へと駆け抜けた。
「ほら、毒を食らわば何とやらってやつ。んぁっ♡……もう戻れないなら、最後まで楽しまなきゃ損だぜ?」
自分の指と樹の指で秘部を拡張しながら、ツキヤマはニヤニヤと笑う。湿った、狭い肉の中を、ゆっくりとかき回してほぐしていく。
「くっ……!」
「凄い吸いつきだろ? 指一本でこのザマだ。先生のソレが入ったらどうなっちまうんだろうなぁ?」
ツキヤマは樹の反応を楽しむように、埋まった指を上からキュウキュウと締め上げた。大人の指一本を受け入れるだけでも、未発達な肉体は悲鳴を上げているように見える。だが、その窮屈さが、樹のサディスティックな欲望を否応なく刺激していた。
「さあ、準備運動は十分だ」
ずるりと指が引き抜かれると、銀色の糸が長く尾を引いた。またもや樹の上に跨ったツキヤマは腰に手を回し、屹立したモノを濡れそぼった入り口へとあてがう。
圧倒的なサイズ差。無事に入るはずがないという理性と、無理やりにでも捩じ込みたいという本能がせめぎ合う。躊躇する樹の耳元に、悪魔の囁きが降り注いだ。
「こんな狭いの、こうでもしなきゃ味わえないぜ?」
亀頭が入り口を割ると、未体験の吸引が樹を襲う。
「あ……くぅ……っ」
「もちろん心配もご無用。俺がいる限りコレは完全犯罪だ。事が済んだら、俺はこの娘の記憶ごと消えてやるからさ」
僅かに残されていた倫理観を麻痺させるかのように、幼い声が脳を揺さぶり続ける。樹の精神は転がり落ちるように共犯者へと変えられていった。
「……ただし」
樹の表情を満足そうに眺めていたツキヤマは、最後に付け加えるように、美咲の口角を意地悪く釣り上げる。
「先生がちゃんと『我慢』できるなら……だけどな♪」
「が、我慢……?」
「分かってんだろ? 記憶は消せても、お腹の中に残った『中身』までは消せないってことだよ」
樹の顔色から、一気に血の気が引いていく。
「中に出せば、当然モノは残る。記憶が戻った時、パンツの中の粘液に気づいたこの娘は……そして親はどう思うかな?」
ツキヤマは楽しげに、残酷な事実を突きつけてくる。
「病院に行かれたら一発だぜ? DNA鑑定とかされたら逃げられないな」
現実味を帯びた犯罪者の烙印が、すぐそこまで迫ってきている。しかし今更逃げ腰になったところで、上に跨られた姿勢とあってはもはや逃げ場などない。
「だからお兄さん……がんばってねー♪」
無邪気な笑いを浮かべた美咲は、その体には不釣り合いな杭を目掛け、ゆっくりと、確実に腰を落としていった。
「こ、こりゃあ……確かに……ひぐっ!」
美咲の喉から悲鳴に近い声が上がり、つぶらな瞳には生理的な涙が浮かぶ。樹のモノがみちみちと膣内を押し広げていき、極限の締め付けが陰茎を襲う。幼い肉体は明らかにそれを拒絶していた。だが、中身の男はそれすらも極上のスパイスとして楽しむかのように頬を紅潮させ、口元に歪んだ笑いを浮かべていた。
「うぁ……っ!」
全身を万力で締め上げられるような圧迫感に、樹の視界が白く明滅した。挿入しただけで暴発しそうなほどの刺激。だが、一滴でも漏らせば社会的な死が待っている。
「す、すっごくキツぅい……美咲のぷにぷにおまんこ、先生のでパンパンになってるよぉ……ねえ、ちゃんと我慢してね?」
涙目の美咲が、樹の首にしがみつく。そして、熱い吐息と共に、呪いの言葉を耳の奥へ流し込んだ。
「漏らしたらそのまま、は・ん・ざ・い・しゃ♡だよ?」
「先生は動かないでね? 俺が動くから」
樹が返事をする余裕もないまま、ツキヤマは樹の肩に手を置き、支えにして上下運動を開始した。
「んっ、んっ……! すっげ、一番奥まで届いてる……!」
美咲が小さな身体をくねらせるたびに、樹の肉棒が未成熟な内壁を容赦なく擦り上げ、抉っていく。
「あ、ぐぅ……! た、頼む、締め……締めるな……!」
「無理無理、勝手に締まっちゃうんだよ。ほら、先生も腰浮いてるよ? 大人しくしてないと暴発しちゃうけど?」
ツキヤマは意地悪く笑うと、わざと膣内の筋肉を収縮させ、樹のカリの周囲を咬むように刺激した。
「うぐぅっ!」
「くくく、面白い顔♪ ……じゃあ、こういうのはどう?」
樹が限界寸前なのを見て取ると、ツキヤマはニヤリと口角を上げた。だが、そこには衝動的な熱狂はなく、どこまでも意地の悪い、計算された悪意だけがあった。ツキヤマの表情がすっと消え、代わりに、何も知らない少女の怯えた顔が浮かび上がる。
「……いたい、よぉ……」
「っ!?」
「おにいちゃん、やめてぇ……こわれちゃうよぉ……」
耳元で、涙混じりの懇願が囁かれる。演技だと分かっていても、嗜虐心と庇護欲を同時に暴走させる劇薬だった。樹が動揺して動きを止めようとすると、少女の声色は、苦痛から戸惑いへと、甘くシームレスに変わっていく。
「で……でも……? なんか、へん……」
「な、何……っ?」
「痛いのに……お腹の奥、熱いの……お兄ちゃんのが当たって、キュンってなる……」
「や、やめろ、そんなこと言うな……!」
「やだ、だめ……頭、とけちゃう……これ、すっごい……っ!」
樹がその作家人生で何度も描いてきた、純潔が快楽に屈する瞬間。それが今、現実の少女の声と肉体を持って、樹に襲いかかっている。フィクションと現実の境界線が溶解し、樹の理性は完全に蒸発した。
すると、今まで陶酔の表情を浮かべていた少女の顔が、ふっと仮面を剥ぐように冷静なものへと変わった。男の顔に戻った彼女は、ニヤリと口角を吊り上げ、逃げようとする樹の耳元に顔を寄せる。
「……出そう?」
答える余裕などない。だが、痙攣するように脈打つ肉棒が、何よりも雄弁な肯定だった。
「聞くまでもないか」
ツキヤマは楽しげに鼻を鳴らすと、わざとゆっくりと腰を沈め、一番感じやすい部分をネットリと擦り上げた。
「ひぐっ……!」
「気持ちいいよなぁ、こんな極上のナカミだもん。んっ……今すぐ中にぶちまけたくなるよなぁ?」
「あ、ああ……っ!」
「でもさ、出したら刑務所行きだよ?」
熱くなった樹の体に、冷たい事実がのしかかる。出したい。だが、その一瞬の快楽の代償は社会的な死だ。脂汗を流しながら耐える樹の耳元で、ツキヤマがクスクスと笑う。
「限界だろ? 出したら楽になれるとは思うが……先生は流石だなぁ」
「だ、黙れ……っ!」
「やっぱり性犯罪者にはなりたくないもんねぇ。偉い偉い」
短く柔らかい腕を首に回し、なだめるように樹の背中を手のひらでぽんぽんと叩く。互いの体温と汗が直に重なり合い、車内の暑さに拍車をかける。
「そんなに我慢するなら……もう少し続けようか♡」
「ひっ、あぁっ!?」
ツキヤマの腰使いが激しさを増す。逃げようとする樹を許さず、むしろ奥へ奥へと誘い込むような粘着質なうねり。物理的な刺激の限界を超えようとする樹に、ツキヤマは追い討ちをかけるように囁く。
「ここまでとろとろに開発しておいて生殺しなんて、美咲ちゃんが可哀想だったしね……ほら先生、美咲ちゃんを満足させてやれよ」
美咲が体を上下に動かすたびに、頭のサイドテールが揺れて樹の頬を撫でる。肩に伸ばされていた手が樹の腕に伸びると、そっと自分の胸へと誘っていく。
「ほら、こっちも……あひっ!」
シャツ越しに、ぷっくりと膨らんだ突起が摘まれる。生々しい喘ぎ声が、耳元で大きく響き渡り、樹の興奮を煽った。
「ここ、もっとくりくりしてほし……」
ピロリン。
「!?」
無造作に置かれていた美咲の携帯電話が、軽快な電子音を奏でた。股間をモノに貫かれたまま、ツキヤマは手を伸ばしてそれを取る。初めは鬱陶しそうに眉をひそめていた表情は、画面を見るなり笑みへと変わった。光る画面が、樹の方へと向けられる。
『美咲? まだ着かないの?』
『もう暗いよ。大丈夫? ちゃんと電車乗れてる?』
画面に並ぶ、母からの切実な連投メッセージ。娘の帰りが遅いことに、母親が不安になり始めているのがリアルタイムで伝わってくる。
「あはは、ママったら超心配してるじゃん」
ツキヤマは樹の耳元で、スマホの画面を見せつけながら囁く。
「どうする? 『今おまんこにちんちんをぶち込まれてるところだから、もう少し遅くなるかも』とでも返事しておく?」
「あ、あぁ……っ!」
無邪気な声で並べ立てられる卑猥な言葉と、美咲に向けられた愛情への背信が、樹の理性を焦がしていく。それでもなお、ツキヤマの腰の動きは少しも緩む気配はない。樹がやらないのならとばかりに、シャツに浮かんだ突起を指先で愛撫している。
「ほらぁ、ママを心配させないためにもそろそろ出しちゃってもいいかもよ?」
「や、やめろ……っ!?」
吐息と共に幼い手が睾丸に回り込み、すりすりと優しく揉む。樹は、本能的な危機感から腰を引いて逃れようとした。
「あっ、あっ♡……どうして?」
しかしツキヤマは短い両脚を樹の腰に絡め、フックのようにしてロックする。決して力づくではない。だが、限界を迎えている樹にとっては、その軽い拘束こそが越えられない壁となる。
「男が憑依した小さな女の子を犯す……全部先生が妄想してるような展開だろ? んぁぁ……っ!」
ツキヤマが体重をかけ、ゆっくりと、しかし確実に根元まで座り込む。逃げようとする樹の意思をあざ笑うかのように、ズブズブとモノが飲み込まれていく。
「あ、あぁぁぁぁぁっ!!」
樹の視界が真っ白に弾けた。両手で囲めそうなほど細いウエストをギュッと掴む。
「ん……ふふっ……」
耳元で、ツキヤマの満足げな吐息が漏れる。ドクン、ドクン。脈動と共に、熱い粘液が禁断の場所へと吐き出されていく。一度決壊したらもう止められない。樹はただ腰を震わせ、最後の一滴まで、己の罪を美咲の胎内へと注ぎ込んでしまった。
***
「はぁ……はぁ……っ……」
長い絶頂が終わり、車内に重苦しい静寂が戻ってくる。湿気と熱、卑猥な香りが空間を満たしていた。樹は脱力し、ぐったりと背もたれの椅子に倒れ込んだ。やってしまった。出してしまった。耐えきれなかった。混乱する思考の中で、さまざまな事実だけが樹の脳裏をよぎる。DNA。証拠。通報。社会的な死。絶望に青ざめる樹の耳に、クスクスという忍び笑いが聞こえてきた。
「あーあ、やっちゃったな。ふぅ……」
顔を上げると、ツキヤマはニヤニヤと樹を見下ろしていた。息は乱れているが、表情は涼しいものだった。ただ、樹が理性を失い、快楽へと転がり落ちる様を特等席で楽しんでいたのだ。
「漏らしたら即犯罪者って言ったのに。先生も我慢できなかったかぁ」
「う、あ……俺は……」
「ま、ビビり散らかしながら絶頂するマヌケ面が見れたから、俺としては満足だけどさ」
ツキヤマはそう言うと、バッグからティッシュを取り出し、汚れた自身の下半身を無造作に拭き取り始めた。その雑な手つきはあくまで自分自身のためであり、身体の持ち主である美咲への配慮など微塵も感じられない。
「ど、どうすれば……頼む、助けてくれ……!」
樹はプライドもかなぐり捨てて懇願した。このまま美咲が目を覚まし、泣き叫ばれれば、樹の人生は終わる。そんな樹の無様な姿を冷ややかに見下ろしながら、ツキヤマは「仕方ねぇな」と肩をすくめた。
「まあ、楽しませてもらった礼だ。俺もいちおう対策はしてやるけど」
ツキヤマは美咲の下腹部に手を当てると、何やらブツブツと念じるような仕草を見せる。すると、あふれ出ていた白濁液の一部が、不自然に逆流あるいは霧散したかのような奇妙な感覚があった……気がしただけかもしれない。本当に何か効果があったのか、それともただのポーズなのか、あるいは願望が見せた幻覚か。樹には確かめる術がない。
「まあ、運が悪かったらその時はその時で」
「え……?」
「俺ができるのはここまで。あとは先生の日頃の行い次第ってことだな」
無責任極まりない言葉を残し、ツキヤマはバッグを椅子の上に乗せる。樹はただぽかんとその様子を眺めるだけだ。
「あーあ、美咲の服、あせと男の人のミルクでぐしょぐしょ……もう、どうしてくれるの?」
美咲の演技をしながら、びっしょりと濡れたシャツとスカート、ショーツを脱いでいく。恥ずかしげもなく裸体を晒した美咲は、鞄の中をごそごそと探ると、全く同じデザインの衣服を取り出し、手慣れた様子で身につけていく。これも完全に想定内だったという事だ。
脱いだものをビニール袋にくしゃっとまとめて鞄へ突っ込み、べりべりと足にスニーカーを履くと、出会った時の少女の姿が再現された。
「おっと、忘れるところだった」
着替えを終えたツキヤマは、ドアノブに手をかけて出て行こうとした時、ふと思い出したように樹へと掌を差し出した。
「な、なにを……?」
「口止め料」
樹の心臓が跳ね上がった。金か。それとも肉体関係か。相手は、樹の人生を完全に握っている。どんな無理難題を突きつけられても、樹はイエスと答えるしかない。全財産を要求されれば払うし、今日のように性奴隷になれと言われたら従うしかないのだ。
だが、ツキヤマが指差したのは、樹の持ち込んだスーツケースだった。
「新刊を一冊もらってくぜ」
「……は?」
「元々それを買いに来たって言ったろ? ほら、早く」
確かに、まだ数冊は残っている。樹は虚を突かれた顔で、震える手で新刊を一冊取り出し、ツキヤマへと手渡す。表紙に描かれているのは、憑依された少女が快楽を貪る絵。樹が妄想と性癖を詰め込んで描いた、都合の良いフィクション。
「ふうん、今作も割と面白そうだねぇ」
パラパラとページをめくったツキヤマは満足げに笑った。現実のものとしてそのフィクションを消費できるというのに。困惑しながら、樹はただその様子を眺めている。
「なんだ、もっと酷いことされると思った?」
「いや、それは……」
「ま、本来なら一生俺のオモチャになれとか貯金全部よこせとか言ってもいい立場だけどさぁ。俺、先生のこと結構気に入ってるんだよね」
薄い本を大事そうにショルダーバッグにしまうと、ツキヤマはスライドドアを開けた。夜の湿った空気が車内に流れ込んでくる。
「先生の描く本、面白いし。また次も読ませてほしいから、今回はこれで見逃してやるよ」
「あ……ありがとうござ……」
「礼を言うのはまだ早いって」
車から降りたツキヤマは、開いたドアの隙間から、残酷なほど無邪気な顔を覗かせた。
「もし捕まっちゃったら、次の本が読めなくなるのは残念だけど……まあ、その時はドンマイってことで」
そこに、樹の人生を案じるような響きは一切なかった。気に入っている玩具が壊れたら、少しだけ惜しい。だが、それだけ。そんな無責任さが、樹の背筋を凍らせた。
「じゃあな。この身体は適当なところで解放するから、心配はしなくていいぜ」
「ま、待ってくれ! 本当に大丈夫なのか!?」
「気になるならついてくるか? 本物やコイツの親に通報されても知らねえけど」
通報。その2文字だけで、引き留めようとする樹の腕は氷のように固まった。言い捨てて車を降りたツキヤマは、立ち止まるとスマホを操作しはじめた。樹が車内から息を潜めて見守る中、ツキヤマは手早くフリック入力を済ませる。
『ごめんなさい! 反対の電車に乗っちゃったみたい』
『駅員さんに教えてもらったから、今から帰るね!』
送信ボタンを押すと、ダメ押しとばかりに即座に電話を耳に当てる。
「……あ、もしもしママ? ううん、大丈夫! ……うん、ごめんなさい、間違えちゃって……」
さっきまで樹を嘲笑っていた冷徹な声は消え失せ、そこには失敗をして反省する、か弱い女児の声だけがあった。
「……うん、びっくりしたぁ……えへへ、心配させてごめんね。すぐ帰るから!」
「じゃあね、ロリコン先生♪」
電話の向こうの母親に甘えながらツキヤマはこちらを振り向き、電話口に聞こえないように囁いた。そのまま身を翻すと、ひらひらと手を振って闇夜へと消えていく。電話越しに母親と繋がり、温かい家庭へと帰っていく少女。その体が、男たちの欲望で汚されていることなど電話の向こうの母親は知る由もない。
樹は現実になったそれを噛み締めながら、遠ざかるその小さな背中をただ見送ることしかできなかった。