※この作品はR-18です。

ゼンゼロss   作:扇 漱真

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ヒューゴとビビアンです。



ゼンゼロ ヒュビビ 小夜啼鳥が囀りを

 

「貴様!何者だ!」

 

冷たい空気が夜を裂く。

大鎌を構えた二色の眼はまるで夜空から舞い降りた死神のようで、鮮やかだった。

 

「何者か?いやなに、名乗る程の者ではないさ。俺はただ返してもらいに来ただけだ。その檻にいる小夜啼鳥をな」

 

闇の中で不敵に笑う怪盗は今日も獲物を狙っている。

そこに居るのは、囚われ姫と一人の怪盗の姿。

今日も夜空に鳥が舞う。

 

 

・・・・・・*

 

 

「人身売買?」

「はいなのです。パエトーン様」

 

六分街のビデオ屋。CLOSEと書かれた扉の向こうでは『モッキンバード』のビビアンとヒューゴが『パエトーン』たるリンとアキラ二人と話をしていた。

 

「二ヶ月ほど前から密かに話題になり始めたものでね。何か知っているか?店長君」

「う〜ん…そんな話は聞いてないなぁ…お兄ちゃんは?」

「僕もだ。そんな話は聞いた事がない。でも穏やかな話題ではないね」

 

やはりか、とヒューゴは顎に指を当てて唸る。ヒューゴ達が掴んだ情報も噂の噂程度。しかし、『モッキンバード』たる二人がその人身売買の現場を抑える理由が分からないリンとアキラは二人で首を傾げた。

 

「なんで人身売買なんて話なの?かなり物騒だけど…」

「はい、そこで行われている人身売買の現場で、ディナやダントンの件で関わったあの薬が出回っているとの情報を掴んだのです」

「えぇ!?あの、『人を操る薬』と『サクリファイスの薬』が!?」

「あぁ、完全に破壊したと思っていたのだがね。奴らの根回しを甘く見ていた。とんだ失態だ」

「そういう事か、それは確かにいち早く情報を突き止めたい所だね。わかった。僕らも協力するよ。その人身売買を行っている団体や関係者を洗い出せばいいんだね」

「あぁ、頼む。こちらにも調べる限界があるからな」

 

そして、その話は一旦そこで終わりを迎えた。

進展があったのは翌日の事。

 

・・・・・・*

 

「パエトーン様?」

 

街中での情報収集の最中、ノックノックからの通知。リンとアキラはお気に入り登録しているからビビアンはいち早く反応して目を輝かせながらメッセージを開く。

 

『ビビアン!良いニュースだよ!すぐビデオ屋に来て!』

 

文面から察するに昨日の話で何かヒントを得たのだろう。『もちろんです!』と、大きめの文字で返信し、ビビアンは鼻歌交じりにビデオ屋に向かう。

 

 

・・・・・・*

 

「パエトーン様ッ!!」

 

勢いよくビデオ屋のCLOSEの扉を開ける。その勢いに驚くことも無く目の前にいたリンはビビアンに歓迎の手を振る。よく見れば、朝からいなかったヒューゴも合流していた。更にはヴィクトリア家政のライカンまで来ている。

 

「やっほ〜待ってたよビビアン」

「お久しぶりです。ビビアン様」

「ライカンさん、貴方まで…」

「リン様からお話は伺っております。個人的ではありますが、ヴィクトリア家政の単独の補充員として私も協力させて頂きます」

「ライカンさんがいるなら心強いよ!」

「勿体なきお言葉です」

 

ライカンのお辞儀の後、何処と無く心配そうにヒューゴを見るビビアン。ヒューゴは相変わらず鼻を鳴らして視線を逸らすだけだった。

 

「協力するんだ、せいぜい足を引っ張ってくれるなよ、ライカン?」

「ヒューゴ様におかれましても、ここにいる全員を騙す様な作戦をお立てになられないことを祈っております」

「はっ、勝手に言ってればいい」

「もぅ…ヒューゴ…」

 

相変わらずなのです。と、ビビアンはリンと二人で少し残念そうに肩を落とす。だが、切り替えを促すようにリンは手を叩き本題へ移る。

 

「はいはい。それじゃ、わたし達が掴んだ情報を提示するよ」

 

リンが開示した情報は、

行われているのが人身売買ではなく正確には『闇オークション』だということ。

それを行っている団体があり、その名前は『ナイチンゲール』という宗教団体。

そして、会場はホロウの中にあるという事。

この三つだった。新エリート都の末端に居る組織『ナイチンゲール』。この宗教団体はエーテリアスを神として崇めているらしい。今までは頭のおかしい宗教団体として見向きもされ無かったが、サクリファイスの一件以降その薬を手に入れてからは一気に活動が活発になった。一部の話では、信者達をエーテリアスにして見世物にしているとの噂。

 

「見世物か…言い方が古いな」

「エーテリアスを操るってヒューゴが受けた薬がないと出来ない事だよね?」

「あぁ、その通りだ。だから俺達が回収し損ねた物がそのオークションに出回っている可能性がある。だから今回は落札なんて悠長な事はしない。直ぐに見つけて破壊する」

 

ヒューゴのセリフにそこにいる全員が頷いた。

 

「オークションの開催は3日後だよ。それまでに準備しようか!」

「御意」

「いいだろう。ビビアン、その時は店長くんを頼むぞ」

「はいなのです。パエトーン様、当日はツーマンセルなのですっ!」

「よろしく、ビビアン」

 

 

・・・・・・*

 

 

そして迎えた3日後。

共生ホロウの中で開催される異例の闇オークション。4人はその異常な雰囲気の中、会場へと足を運んだ。

だが、会場入りするのは、ビビアンとリン。裏手でヒューゴとライカンがまだ出品されていない可能性のある薬を探す。という作戦に別れた。

会場に入るにあたって正装を着たリンがその姿を披露する。

 

「じゃ〜ん!ライカンに着せてもらっちゃった〜」

「ううう、美しいです!パエトーン様ぁ!」

 

リンはモデルさながらのポーズを取ってみせる。一方のビビアンは熱血カメラマンばりにあらゆる角度から必死に被写体のリンをそのスマホで撮る。早すぎて残像が見える程連写している。

 

「あぁぁ!美しい!神秘!尊み!綺麗!可憐なのです!パエトーン様ぁぁぁぁ!!!」

「えへへ〜、ドレス新調してもらったんだ〜。いいでしょ〜」

 

体を左に右に振ってドレスを披露するリン。ビビアンはそれが見えてるのか見えてないのか最早リンが着ているから賞賛しているようにしか見えなかった。

 

「元々はエレンに着せるものでしたが、プロキシ様用に仕立て直しました。今夜を凌ぐだけでも十分かと」

「いつもありがとうね、ライカンさん」

「パエトーン様!目線を!目線をくださいなのです!」

「ビビアン…」

 

Vサインを送るリンに尻尾を振るライカン。呆れるヒューゴにいつも通りのビビアン。これから大仕事を行うというのに四人は全く緊張していない。それこそ、幾度の修羅場を乗り越えてきた余裕とも言える。

アキラも「流石だね」、といいながらライカンとヒューゴにあるものを手渡す。

 

「アキラ様。これは?」

「インカムか?」

「うん。調べたら、ホロウの中にある会場は輝磁で出来ているようだ。その中なら恐らく通信が取れるはずだよ。ついでに発信機の機能も付けておいた。要らないと思うけど、必要ならリンとビビアンにも渡してあげて欲しい」

「輝磁……そうか。いつもすまないな。店長君」

「いいさ、僕は逆にこれが役に立たないことを祈ってるよ」

 

言ってアキラはビビアン達の方を見る。だが、まだ撮影会を続けている様子の二人を見てヒューゴ達は困ったような笑顔を作った。

 

 

・・・・・・*

 

 

「では、ビビアン。そちらは頼むぞ」

「はいなのです。ヒューゴ達も気をつけて」

「あぁ、行くぞ。ライカン」

「あぁ」

 

会場に到着後、なるべく自然に四人は二手に分かれた。ヒューゴ達の背中を見送るビビアンの顔はいつも以上に心配の色が濃い。リンもつられて不安げな表情になってしまう。

 

「ビビアン?」

「え、あ、ごめんなさい、パエトーン様。大丈夫なのです」

「やっぱり心配?あの二人だもんね」

「いえ、そういう訳では……あぁでも、そうかもしれませんね」

「…?」

 

パラソルを握る手に少し力が入る。涙は出ない。だが悪い予感がビビアンの心をずっと過ぎる。ヒューゴの方か、自分の方か。さっきから心にひっかかるそれはまだ取れない。

 

「パエトーン様。今日は私から離れないでくださいね。何があっても貴方を守ります」

「うん。わかってる。頼りにしてるよビビアン」

「はいなのですっ」

 

そうして会場へ入ると、様々な富豪達が会場を闊歩していた。上流階級の人間から、表社会裏社会の富豪まで。何を求めてきたのかは分からないがこの酒池肉林に悪い意味で相応しい人物達が出揃っている。

 

「あれって…有名な企業の社長さんだよね?こんなところに来るんだ…」

「ここに来る人達は新エリー都の人達ばかりではありません。調べてもらった通り様々な富豪達が揃っているようなのです」

「飢えてるね〜…皆」

「ですが、今回は彼らを相手にする必要はないのです。ヒューゴ達の方が上手くいけば私達も早々に退散出来るのですから」

「そうだね。とりあえず座ろうか?」

「はい。時間になるまで待ちましょう」

 

 

・・・・・・*

 

 

「やはりな」

「お前の予想通りか」

 

所変わってヒューゴとライカン。オークションに出てくる商品が飾られている保管庫に来ていた。その隅に置かれた木箱の中身が今回のターゲット。予想した通り、ヒューゴに使われた薬とエーテリアスになる薬があった。

 

「処理はどうする?」

「プラスチック爆弾でも仕掛けて破壊するさ。このオークションに掛けられている品も全て盗難品や盗作品ばかりだ。一つ二つ余計に壊れても誰も文句は言うまい」

「………そうか」

 

やけにあっさりと納得したライカンへヒューゴは疑問を抱く。

 

「なんだ、やけにしおらしいな」

「いや、今回の行動に疑問を持っていてな。場所を突き止め、目的もわかったのなら、俺とお前だけでもこの仕事は出来たんじゃないのか?」

「………」

 

ヒューゴは顔を隠すように帽子を深く被る。

 

「別に、ただのついでだよ。ビビアンにも様々な状況に慣れてもらうためにな」

「本当にそれだけか?」

「お前に話して何になる。後ろめたい事なんてお前にだっていくらでもあるだろう。それこそ、愛しのプロキシ君にも言えないような事がな」

「………そうか。わかった」

 

ヒューゴはサンプルとして注射器を3つ程ケースにしまうと予め用意していた爆弾をケースの中へ放り込んだ。

 

「さぁ、これで良い。後はスイッチを起動すればコイツは粉々になる」

「あぁ、二人へ連絡する。合流地点に行こう」

 

 

 

・・・・・・*

 

 

 

「パエトーン様、ヒューゴから連絡がありました。在庫保管庫の方で見つけたようなのです。そちらへ行きましょう」

 

一方のビビアン達。既に始まったオークションでそれらしいものが出品されるか監視をしていた。

 

「うん…そう…だ…ね…」

「パエトーン様?パエトーン様!?」

 

ガクン、とまるで糸が切れた操り人形のように膝を着きそうになったところをビビアンが受け止める。

 

「どうかなされましたか!?体調が悪いのですか!?」

「ううん…なんか…ねむい……」

 

今の彼女はまるで眠気に襲われたかのようにウトウトと船を漕いでいる。慌ててビビアンはリンを支えるように掴むが、明らかに普通の眠気があるような状態ではなかった。会場でそんなものは飲まされていない。貰った飲み物にも何か仕込まれている訳でもないただの酒だった。ビビアンも毒味を済ませている。それなのにこんな倒れる程の眠気が襲ってくるわけがない。

リンの体調も問題なかった。

会場の空気も。と、そこでビビアンははっとした。

 

(空気?まさか!?)

 

感覚を鋭くして鼻で空気を吸い込む。知っている匂いが漂う。これは少量の睡眠ガス。貰った酒は眠気を誘うためのただの材料。周りを見ると、リンが眠そうな事にあまり誰も気にしていない。そして、まばらではあるが会場内で既に眠っている人達がいる。しかも女性ばかりだ。

 

(まさか…これって…)

 

この会場で行われている事が闇オークションだけでは無い事は予想出来た。一先ずはこの会場から出る事を優先する為にビビアンはスタッフへ声を掛ける。

 

「貴方」

「はい。ご用件は?」

「部屋を一つ貸してくださいますか?この催しに飽きてしまって」

「かしこまりました。少々お待ちください」

 

数分後、スタッフは番号の付いた鍵を1つ手渡してきた。

 

「こちらの部屋をお使いください。会場を出てすぐ左の部屋です」

「ありがとう。……パエトーン様。歩けますか?」

「うん…とりあえず…」

 

半分寝かけているリンを支えビビアンは会場を後にする。

渡された鍵の部屋へ入り、リンを横にする。

 

「パエトーン様!?体調は大丈夫ですか!?」

「ん……すぅ…すぅ…」

「ほ、本当に眠っている…だけ?」

 

不可解な事が多すぎる。一つ一つ解決するにしてもこの短時間では足りるはずもない。とにかくヒューゴ達へ連絡しようと端末を取り出した瞬間───

 

「っ…?…ぁ…れ…?」

 

急に瞼が重くなった。だが体は苦しくない。何かに犯されている感覚もない。ただただとてつもない眠気が襲ってきた。

 

「ま…さ、か…」

 

最後の力を振り絞り、後ろを振り返るとそこには意味ありげに立つ一人のスタッフがいた。

 

『小夜啼鳥の羽ばたきを』

 

 

 

・・・・・・*

 

 

 

「ヒューゴ!」

「なんだ、ライカン。ビビアン達には連絡したのか?」

「違う、無線が繋がらない」

「何?会場内のここなら繋がるはずなんじゃないのか?」

 

言って、ヒューゴは自分のインカムを触る。ビビアンのチャンネルへ繋げると、砂嵐の音が鳴るだけだった。

 

「馬鹿な、どういう事だ?」

「分からない…どうもおかしいぞ」

 

ビビアンへのメッセージには既読が付けられている。だとすると、会場内で何かあった事になる。今やっているオークションの中で何か。

ヒューゴは状況を整理すると同時に一つの単語を思い出した。『人身売買』だ。オークションと『ナイチンゲール』と言う単語はもう既に分かっている。だが、『人身売買』だけはまだ出てきていなかった。

二人は閃いたように顔を見合せて、オークション会場内へ向かった。幸い、アキラから貰ったGPSは生きている。それを頼りに探し出す事にした。

 

 

 

・・・・・・*

 

 

『これ程上質な───』

『えぇ、これなら我らが神も───』

「ん……んん…」

 

ビビアンは冷たい床で目が覚める。聞こえる誰かの話し声。金属が揺れる音。薄暗くて良く見えない。状況としては閉じ込められてどこかに運ばれているようだ。

 

(リンッ!?)

 

辺りを見ても、手で探っても、金属の冷ややかな温度しか伝わってこない。眠らされてから別々に運ばれたらしい。ビビアンの顔が一気に不安で青ざめる。

 

(まさか…こんな…っ)

 

予期していた嫌な予感。予知能力ではなかったのが幸いだった。現状武器も何もない。手持ちの道具は全て取られてしまっている。ここから抜け出すだけならできる。その後が問題だ。抜け出した所で、どこにいるかも分からないリンを探す算段を付けないといけない。

 

(ヒューゴとの連絡も絶たれている。相手の数も把握出来ない。話し声から見て二、三人。対処は出来ても援軍までは無理ですね。チッ…靴まで脱がされている。万事休すですかね…)

 

拘束された手足。ある程度の自由は効くものの鉄格子に縛られている。

 

(私を運んで一体何をするつもりなのです?)

 

と、手探りを始めた途端、ビビアンにまるで突き落とされたような衝撃が走る。

 

『下ろせ』

「あぅっ!」

 

響く金属音。叩きつけられる痛み。何が起きたと顔を上げると被さっていた鉄格子の布が剥ぎ取られた。

 

「っ!?」

『素晴らしい』

『なんと美しい瞳、髪』

 

そこに居たのは『ナイチンゲール』の信者達。そして、ビビアンは鳥籠のような鉄格子に閉じ込められていた。隙間から覗く顔が相手の異様さを際立たせている。どう考えても常人の顔じゃない。目の焦点が合ってない。

 

『上質な贄です。これなら、我らが神も十分にお喜びになるでしょう』

「それは…!?」

 

信者が取り出した注射器にビビアンは驚愕した。その注射器の中身は前にビビアンがパエトーンを助ける為に使った薬。前はリンが助けてくれたからどうにかなったが、次に使われたらエーテリアス化は免れない。

そして、同時に見えた宗教団体『ナイチンゲール』の実態。

 

「そうか…あのオークション会場でこうやって…人を攫って…」

『そう。アソコはそういう目的でもあるんだ。君のような美しい女性を見つける為のね』

「随分下衆な趣味をお持ちの様ですね」

『我らが神が望むのですよ。ご理解頂けるとは思ってませんがね』

 

口では強気でも、内心はかなり焦り出しているビビアン。鎖を引きちぎる程の力は無い。リンの安否も分からない。ここから抜け出しとしても何処に敵がいるのかも分からない。完全な万事休す。諦めて注射を受け入れるしかないと目を伏せてしまった。その時だった。

 

『ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』

「っ!?」

『な、なんだ!?』

 

窓ガラスが割れる音と共に落ちてきた一人の人間。それは『ナイチンゲール』の信者だった。そして、上を見上げると割れた窓に一人の人影があった。

 

『だ…誰だ!』

「ッハハハ…誰だ、か。お前達のような奴らに名乗る程の者では無い。俺はただそこに居る小夜啼鳥を返してもらいに来ただけだ」

「ヒューゴ…!?」

 

ヒューゴは手持ちのカバンを変形。持ち武器の大鎌へ変形させる。

 

『何だと…商品を?お前まさか『モッキンバード』か!?』

「なんだ、知っているじゃないか。だが今回は盗みではない。ただ返してもらうだけだ」

 

男たちへ向ける視線はいつもよりも冷徹で鋭い。視線を向けられていないビビアンも少し怯えてしまう程に。鎌の鋒から放出される冷気もいつも異常に冷たく感じる。まるでヒューゴの心境に武器が反応しているように見える。心做しかヒューゴの顔も普段よりもずっと恐ろしく見える。

 

「『ナイチンゲール』。その名の通り美しい鳴き声を奏でるものでは無いようだな。女性の悲鳴を材料に儀式を作り上げる宗教団体。なるほど、ホロウの中にある訳だ」

 

展開した鎌を担ぎ、月から信者を見下ろすその姿は正しく死神そのもの。軽やかに地面に降り立つと硬い靴の足音だけが響く。その静寂は得体の知れないものがやってきた時の緊張感から来るもの。かく言うビビアンもその気迫に押されて声を出せずにいた。

 

『くっ…ここを知られた以上お前は生きて返さない!』

「ほう?なら、やってみたまえ。君達で俺をどうにか出来るのならね」

『小夜啼鳥の羽ばたきを!』

『『『小夜啼鳥の羽ばたきを!』』』

 

信者達か掲げた手には注射器が握られていた。そしてなんの躊躇いもなく自分たちの身体に突き刺した。当然それはエーテリアスになる為の薬。ヒューゴはなるほど、と目を細めると鎌を握り直す。

 

「ほう。成程、熱烈な信者達じゃないか。自分の姿を自身の神へ近づけるとはね。心底愛されている神だろうよ」

『ーーーーー!!!!!』

 

当然、エーテリアス化を制御出来るわけも無く当たり前のようにただの化け物と化した信者達。目の前にいる敵意を向けるヒューゴへ歩みを進める。ヒューゴは信者達のその哀れな姿を嘲笑い鎌の鋒を向ける。

 

「だが君達が信仰している神は理性がなく、獣同然の存在だ。さて、今宵はこの死神が全てを裁くとしよう」

 

ただの理性のないエーテリアスはヒューゴの前に呆気なく散っていく。単調な攻撃を受け止めて、その刃で両断する。この場に信者は何人いただろうか。それが分からなくなるほどエーテリアスがあちこちから湧いてくる。

 

「ハッ!貴様らの神に成れたというのに言葉を話せないとはな。呆れモノだ…………だが、すまないね」

 

ヒューゴはビビアンの居る鳥籠の前を陣取り、鎌を踏み付ける。

 

「こちらとしても、手加減出来ない理由が出来てしまってね。では聞かせてもらおうか、君達の神の小夜啼鳥が囀りを」

『ーーーーーーー!!!!!』

 

迫り来る異形。嘲笑う二色の眼。鋒は夜空の下、月を描くように舞う。

その異形を裁く死神の姿を見て、ビビアンはいつかの光景を思い出していた。

 

・・・・・・*

 

あれは、まだビビアンがモッキンバードの駆け出しだった頃の話。その日もヒューゴの作戦通りに進んでいたはずだった。目的の組織を壊滅させて、ビビアンもヒューゴとの合流地点へ到達する直前の事だった。

 

『これでヒューゴと合流すれば終わり。大丈夫、ここまでこれば敵に追いつかれることがないはずなのです』

『……見つけたぞ…』

『ッ…!?』

 

生き残っていた組織の一人がビビアンを捕まえてしまった事があった。その時のヒューゴは酷く取り乱した様子でビビアンの事を探していた。

 

『ビビアン!?何処だ!ビビアンッ!』

 

幸いその時にビビアンのブローチにつけた発信機が生きていたのでビビアンの追跡をする事が出来た。そして、ヒューゴがビビアンに追いついた時には、彼女は処刑される一歩手前だった。

 

『お前らが……』

『ヒューゴ…』

『コイツっ…この女の片割れです!』

『なっ…何だと!?』

『ッ───!!!!』

 

銃を抜いた敵と、鎌を展開したヒューゴ。

 

『お前達…俺の仲間に手を出したのなら、死を覚悟しろ。ここにいる全員生きて返す事などしない!』

『あぁ、そうかい!なら死ねよっ!』

 

当然勝つのはヒューゴの方。そして、捕まったビビアンのの前に広かった光景は血の海だった。ヒューゴはそこに居たビビアン以外の命を全て狩り尽くした。返り血を浴びたヒューゴの顔に恐怖と安心を覚えた事を今でも覚えている。とても不思議な感覚を覚えている。

 

『ビビアン…』

『ヒューゴ…ごめんなさい…私っ…』

 

怯えるビビアンにヒューゴはただ優しい顔で頭を撫でるだけだった。

 

『すまなかった。ビビアン』

『ぇ……?』

 

ヒューゴは叱るよりも謝った。ビビアンは最初何を言われたのか分からなかったが、よく見ると撫でているヒューゴの手が震えていることに気づいた。

その時のビビアンには、何故ヒューゴが謝ったのかまだ分からなかった。

 

 

・・・・・・*

 

 

「っはぁ……はぁ……はぁ……」

「っ…ぁ…」

 

そして今。奇しくもあの時と同じ状況になっていた。

ビビアンが捕まり、ヒューゴが助けに来た。辺にいたエーテリアスは一掃され、舞台の真ん中にヒューゴだけが立っている。さっきの戦闘でかなり消耗しているのが見て取れる。フラフラの足取りのままビビアンの鳥籠の鍵を破壊し、格子を開けた。

 

「ヒューゴ…っ…」

「……ビビアン」

「……っ!」

 

安心しきってしまって飛びつくようにヒューゴへ抱きつく。

怖かったのも事実。不安だったのも事実。リンの安否も分からないのにビビアンは幼子のようにヒューゴへ縋り付く。

 

「店長くんも無事だ。目的も達成している。安心しろ。ビビアン」

「はい…っ……はいっ…!」

 

ビビアンの上擦った声を聞いてようやく安心したようにヒューゴも息を吐いた。

 

「すまなかった。ビビアン。君が無事で良かった」

 

聞こえていても、いなくても、条件反射のように出てきたヒューゴの謝罪は確かに二人の間で響いていた。

 

・・・・・・*

 

『そうか、帰りが遅いと思ったらそんな事が…』

「申し訳ありません。アキラ様。私達が居ながらこんな失態を…」

『でも、ライカンさん達が居なかったらリンもビビアンももっと危なかった。だから、ありがとう。リンを守ってくれて。詳しくは帰ってから教えて欲しい』

「分かりました。では後程」

 

スマホを閉じたライカンにヒューゴが出迎える。

 

「店長君はなんだって?」

「詳しくは帰ってから説明して欲しい。とな。二人は?」

「あぁ、疲れて眠っているよ」

 

ヒューゴが視線を向けると車の後部座席で寄り添って眠るリンとビビアンがいた。

薬は見つけて全て廃棄。オークション会場も『ナイチンゲール』が起こした騒動によって今はパニック状態。エーテリアスは片付けたものの戻れば危険は避けられない。だが、目的自体は達成しているので、ホロウから脱出したヒューゴ達はここから撤退する事にした。

 

 

 

・・・・・・*

 

 

その後、ビデオ屋へ向かいリンを送り届けると共に今回の事件の内容を説明。アキラも二人を責めることはせずただ「妹を守ってくれてありがとう」と、ひたすらに感謝してくれていた。失態を犯した相手に感謝を伝える。ヒューゴにはまた新しい体験だった。だが、お咎めもなく隠れ家に戻ってきたヒューゴとビビアン。ライカンは適当な場所で下ろしてあとは一人で歩かせた。車で眠っていたビビアンもハッと飛び起きて頭を何度が下げていたが、ヒューゴは気にしなくていいと言った。

そうして色々と終わりを告げた深夜の静かな夜。ヒューゴの部屋にノックの音が鳴った。

 

「ビビアン?」

 

この隠れ家にはヒューゴとビビアンしか居ない。だから、誰がどのタイミングでノックしようが必然的に二人のどちらかになる。ヒューゴは分かっていて、自室の扉を開ける。

 

「ぁ…ヒューゴ…」

「どうした、こんな夜中に」

 

寝巻きに着替えたビビアン。見下ろすその顔は何故か少し幼子のように見えた。まだ出会ったばかりの小さい頃に。だが、決まってその顔に見える時はビビアンが精神的に弱気になっている時だ。ヒューゴは何かを察したように少し目を伏せるとなるべく普通に問い質す。

 

「何かあったか?」

「その…少し眠れなくて…」

 

落ち着かない様子で手元をもたつかせる。視線を泳がせる。でもビビアンの顔は少し女性の顔になっていた。この時点でヒューゴはビビアンの考えを見抜けていた。けれど、昨日の今日でそんな事をする訳にはいかず、歯切れの悪い受け答えをしてしまう。

 

「ビビアン」

「っ…………?」

「今日は色々あったから落ち着かないだけだ。ゆっくり深呼吸して眠るといい。おやすみビビアン」

 

ビビアンの髪を少し掬い願いを込める。期待に満ちたビビアンとは裏腹にヒューゴは思いとどまる事にした。少しでもその弱気な声を聞いたらまた傍において置きたくて堪らなくなりそうだから。静かに促すような言葉を選んだ。けれどそれに納得してないビビアンは小さく袖を掴んで抵抗してくる。

 

「なんだ?」

「ゃ…だ…」

「ビビ?」

「また…っ…なんにも言われないからっ…怖くてっ…本当は謝らないといけないのは…っ…私なのにっ…」

 

震える声がヒューゴに染みた。いつかの日もヒューゴは彼女

に多く語らず、『すまない』と『無事でよかった』だけで済ませていた。

目の前で人を殺した事を上手く誤魔化せなかった。

ビビアンを失う恐怖を上手く誤魔化せなかった。

返り血に塗れた自分を取り繕う事が出来なかった。

濡れた瞳がこちらを覗く。言葉を間違えてしまったら今にも泣き崩れそうな程に脆い瞳が。だが、今になって間違えようもないタイミングだった。

 

「いいんだ。ビビ。俺も、怖かったんだ」

 

だから、ヒューゴはビビアンを抱きしめた。

 

「君を失うのが怖かった。だが、君の目の前で俺は殺人鬼になった。その事で嫌われるのが怖かったんだ。だから、あぁいう時君にどんな風に接すればいいのか分からないんだ」

「っ───」

 

ビビアンは咄嗟の言葉に目を見開いた。自分が考えている事とは真逆の事をヒューゴが考えていたからだ。

 

「だから、謝らなければいけないのは俺の方だ」

 

だからヒューゴは、いつかの日も、今日も、ビビアンに向けて謝ったのだ。隠しきれなかった自分の黒い部分を見せてしまったから、それに後ろめたさを感じていた。

 

「あの時の俺は怖かったろう」

「……はい」

「それを拭う事も出来なかったろう」

「……はい」

「だから、俺は少しだけ遠ざけたかったんだ。お前を。俺からな」

「そんな事…言わないで。ヒューゴ」

 

ヒューゴの頬に手を添えて涙ぐんだ二色を撫でる。ヒューゴにとっては吸い込まれるような紅瞳が愛おしい。

 

「それでも、助けてくれたのは貴方です。ヒューゴ。私は今日も、あの時も、自分を諦めていました。助からないからどうなってもいいと。それでも、貴方は私を諦めないでくれたではありませんか」

 

目が見えなくなった訳でもないのにそれほどまでに大事そうにヒューゴの頬を撫でるビビアンの手は確かにそこに在る。その手に重ねてヒューゴは少し目を細めた。

 

「いいのか?ビビ」

「眠れないのです。だから、今日は誰かと一緒に居たいの」

「あぁ、わかった」

 

やっと明かされた一夜の蚊帳の中。ドアを閉めて重なった二人は恋人よりも少し先の関係になった。

 

「ぁ…んっ…」

 

ヒューゴよりも小さいビビアンは救い摂られる様に支えられて唇を貪られる。

 

「んっ…んんっ…!」

 

少し背伸びをしないと届かない身長。美男子ではあるがビビアンにとってはキスはやりづらい事この上ない。ビビアン自身もまだ行為そのものに慣れてはいないのもあるが、ビビアンとヒューゴがキスのしやすいちょうど良い身長差では無いのが一番の要因だ。

 

「っは……ビビアン、大丈夫か?」

「はい…っ…大丈夫…なのです」

 

キスをされただけなのに少しふわふわとした感覚に陥る。少し足に力が入らない。こうやって蕩けさせられるのはいつもビビアンの方だ。

 

「ヒューゴ…ベッドに、行きましょう…」

「……あぁ」

 

 

・・・・・・*

 

 

 

 

 

 

・・・・・・*

 

 

「で、何故俺まで連れ回されているんだ?ライカン?」

「文句を言うな。お前だって、彼女に言いくるめられて来ているだろう。プロキシ様の提案だ。四人で祝杯をしたいとな」

「全く。彼女のサプライズには毎回驚かされるな」

 

テーブル席でティーミルク売り場に並ぶリンとビビアンを見ながら二人は同時にため息を吐いた。

 

「それで……」

「ん?」

「今回見つけた薬で、最後なのか?」

「恐らくな。また憶測の域は出ないが、もう他の場所への密輸などはされてないだろう。有るとするなら、その近辺になる。そうなれば、騒動を起こされた時に対処しやすい」

「そうか。可能性はまだ有り得るのか」

 

ライカンは椅子に深く座り込む。

 

「ライカン」

「なんだ?」

「柄じゃないが、今回は尽力は助かった。ありがとう」

「なんだ…いきなり」

「いやなに、昔の事を思い出してな」

「俺達の頃は沢山あっただろ」

「あぁ、ビビアンと始めたモッキンバードの事だ」

 

その言葉を聞いたライカンは失敗した、と目を伏せた。

 

「………そうか。彼女は問題ないのか?」

「あぁ、外傷は無いし、何処かを打ち付けた様子もない。本当に籠の中に入れられていたようだな」

「一応精密検査の申請をするか?言えば用意は出来るぞ」

「そうか………いやそうだな。その言葉に甘えさせてもらおう。だが、ビビアンに直接言ってくれよ」

「あぁ、分かってる」

 

そう言って、ビビアンを見つめるヒューゴの顔はいつも以上に幼く見えた。まるで失くし物をした子供のように、今にも崩れてしまいそうな表情だった。ライカンもそれを察したようにお互い様だな、と聞こえないようため息混じりに呟いた。

 

・・・・・・*

 

「ビビアン、何飲む?」

「今月発売された新作が気になってるのです。パエトーン様は何を?」

「う〜ん、今日は飲んだことない味に挑戦したいかな〜?エグゼクティブマキシマム味とか」

「それ…ほんとに人が飲む味なのでしょうか…?」

 

一方、ティーミルク売り場に並ぶビビアン達。今日は休日ということもあって、列もいつもより人が多い。

 

「ヒューゴは…何がいいでしょう…」

「あ、気になってたんだ。ヒューゴって何飲むの?」

「いつもは半分こしてるのです。ここのお店の一杯分は多いって」

「えー!何それ!意外!」

「いつもそんな感じなのです。ルミナススクエアで買い物してる時だって、殆ど荷物持ちしてくれるのです」

「全然想像出来ない。意外とお兄ちゃんなんだね」

「写真ありますよ?」

「え、いいの!?見る見る〜!」

 

ビビアンは自分のスマホの写真フォルダを見せる。そこにあるのは、パエトーン用のフォルダとその他のフォルダ。もちろんヒューゴの写真はその他のフォルダに入っていた。フォルダを開けば、猫の写真の合間に挟まっているヒューゴとのツーショットやヒューゴの後ろ姿。その様子はまるでデートに行ったカップルのよう。そして、リンが気になる写真をビビアンが説明する。

 

「───それで、これがこの前の……」

「んふふふっ」

「な、なんですか?パエトーン様。そんなにニヤニヤして…」

「ううん、ビビアンって、ほんとにヒューゴの好きなんだな〜って思って」

「へ?」

 

全く自覚がなかったビビアンは一瞬でゆでダコのように顔を赤くした。

 

「ンナナナ、何を言うのです、パエトーン様!?」

「え〜?だってヒューゴの事話してる時ず〜〜〜っと、お目目キラキラだったよ?……あ〜ぁ、ビビアンはパエトーンの事だけ見てくれてると思ったのにな〜」

「ソソソ、そんな事ないのです!私はパエトーン様一筋なのです!パエトーン様の事以外は考えてないのです!」

 

恥ずかしさを埋めるように慌てながら訂正するビビアンを見てリンはケラケラと笑う。

 

「あっははは!ビビアンらしいや。でも、ヒューゴの事を疎かにするのは良く無いと思うな。好きな人の事はちゃんと考えてあげないと」

「っ〜〜〜〜!リンっ!」

「えぇ〜?ちょっと揶揄っただけだよ。あんまりにもビビアンが良い顔するからさ」

「そ…そんなにでした?ただ、ヒューゴと何処へ行ったか話していただけなのですが…」

「うん。そりゃあもう!」

 

きゃ〜!、と顔を左右に振り乙女な仕草をするリンを見てビビアンはさらに恥ずかりくなり傘で顔を隠した。そうこうしてる間に自分達の注文の番が訪れた。リンが行こうと手を引いて、二人は共に歩み出す。

 

・・・・・・*

 

「ライカンさ〜ん買ってきたよ〜!」

「ありがとうございます。プロキシ様」

 

二人がティーミルクを二つずつ持ちながらライカン達の元へ帰ってきた。リンが軽くライカンへ手渡すのに対して、ビビアンは少し固まってしまった。

 

「ヒュ…ゴ、どうぞ」

「ん?あぁ、ありがとう。何味だ?これは」

「チョコが混ざったカフェオレです。最近出た新作だって…」

「そうか。随分不思議な組み合わせだな」

 

ストローから一口、口に含むヒューゴを見るビビアンはなんだか居た堪れない雰囲気だった。

その仕草を見るだけで、ビビアンの胸は高鳴っている。

ふっ、と緩んだ顔を見るだけで胸がときめいている。

そして、朝からパエトーン様に会えると饒舌だったビビアンが急に静かになったことにようやく違和感を覚えたヒューゴが再度顔をあげる。

 

「ほう、案外いけるな」

「そぅ…ですか…」

「ん?どうしたビビアン。静かだな?」

「なっ…なんでもないのですッ!」

「あ、え、ちょ、ビビアン?」

「何だ?何を怒っている?何故店長くんの後ろに隠れるんだ!?」

「いいいいから!早くそれ飲みなさい!」

「ま、待て!理由だけ教えてくれ!ビビアン!」

 

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