肌がひりひりと痺れる。手に力が入って、脚が伸びたり曲がったりして神経に巡る快感を逃がそうと必死に動く。頭の中がぱちぱちと弾けて、意識がふわふわと浮いて、涙で歪む視界の中で声に鳴らない声を上げて、多幸感に溺れそうになる。
「可愛いよ、桔梗」
鼓膜を震わせる低く穏やかな声に喜ぶ身体がまた快感を生み出して、下腹部が焼けるように熱く火照って、内側に収まる固い肉塊を締め上げた。
粘膜で包んだモノを型どるように収縮する肉の壁は自分の一部だというのに言うことを聞かなくて、下から上に波打つ動きは彼の一部を貪欲に求めてしまっている。
自分の口から吐き出される吐息は荒く断続的なのに対して、頭上から木霊する声と息づかいは柔らかく暖かい。なのに肌と、呼吸と、温もりが境界線を曖昧にするほど融け合っていて、彼と感情が重なる感覚が堪らなく幸せで、欲しがる心が節操もなく身体を操る。
「から、めっ……」
喉から絞り出した声は間違いなく自分の声で、牝の声だった。そこにもう、疑問を抱く余裕もプライドもなくてただ、彼が満たしてくれる瞬間を待ち望んでいる。
「出すぞ」
大きな手が頭を撫でて、たくましい腕が胸を抱き締めて、背中の全てが彼と重なってその存在感に覆われる。身体の奥深くをぐりっと押し込まれる感覚に、全身が栗だち神経がざわめく。だけど、それは愉悦を楽しむための準備に過ぎない。
「ぁ」
瞬間、視界が弾けた。
一瞬の浮遊感。そして全身に駆け巡る快楽。頭の頂上から足の爪先まで小刻みに震えて、神経が強張って息がままならない。苦しくて、すごく幸せ。
身体が震えている間も内側でどくんと跳ねる存在が粘膜と擦れて快感を増やしていて、子宮の中で熱が増えていく感覚が多幸感を後押しする。
身体の奥底に自分のではない熱を覚えながら、ゆっくりと意識が彼以外の情報を取り戻していく。荒い息づかいと穏やかな吐息が木霊して、背中で感じる呼吸音がどうしようもなく心地よかった。
快楽の余韻で全身に力が入らず、彼の温度に包まれたままぐったりとベッドに沈んだ。多幸感と脱力した感覚が何もしたくないと思うほどに気持ちよくて、頭を撫でる手がさらに幸福感を助長していく。
意識を自然に手放す心地よさの中で頬にちゅ、と口づけを拾ったのを最後に私は瞼を降ろすのだった。
身体を包む固い温もりを感じながらゆっくりと眼を開く。眠気と気だるさでぼやける視界に映るのは、人並みに筋肉をつけた男らしい身体。まだ見慣れないそれが何故か眼を惹いて、無意識に頬を擦り付ける。
固く、暖かく、甘えたくなる包容力をもった彼の胸元は、肺の酸素を全て入れ替えてしまうくらい安心感があって何の疑いもなく身体から力が抜ける。そして、その行動を当たり前にしている自分に少し乾いた笑みがこぼれた。
ほんとに、こんなのを好きになるなんてどうかしてる。グズで、鬼畜で、女の敵で、最悪な性格をしてる私よりも最低な男。私もちゃんと見てくれる、たった一人の男。
私に好意を抱く人間を想像するのは簡単だけど、私が好きになる人間がこいつだったなんて、全く想像できなかったな。まぁ、女誑しに引っ掛かるなんてのを想像しろっていうのは流石に無理があるけど。
頭の中で悪態をついていても唇は緩んでいるし、胸は炬燵でだらだらしている時のように幸福感と安心感に包まれている。それこそ、首に顔を擦りつけて胸板に膨らんだ胸を押しつけるくらいには、もう要のことが好きになってしまっている。
好意を寄せる人に、肌を擦り合わせることがこんなに幸せだなんて知らなかった。
穏やかな空間と人肌の温度を噛みしめていると、回されていた腕に力が込められて優しく抱き寄せられた。直に触れ合う肌の面積が増えて、きゅーっと胸の中に不思議な暖かさが沸き上がってくる。
「寝過ぎたか……?」
「わかんない。さっき起きてなんも見てないし」
「んー……まだ大丈夫そうだ」
撫でなれる頭から降ってくる緩んだ声に雑に返事をすると、時計を確認したらしい要が密着を強くするように屈んできて、嬉しさのまま脚をするりと絡めた。
眠気はとっくになくなっていて、だけどずっとこのままいいと思ってしまうくらい多幸感がじんわりと満たしていく。肌と毛布の擦れる音だけが小さく響いて、動こうとしない要も同じ思いであることがひどく嬉しかった。
あーあ、門限のルールなんてなければ朝までこうしてたいのに。それをこいつに言うと嬉しそうに喉を鳴らしてくれたけど、やんわりと丁寧に止められた。なんでも、″無理にリスクを取って一緒にいる時間を減らしたくない″だとか。
ルールを破ったり掻い潜ったりするリスクは取らないくせに、女の子のことになると嬉々として綱渡りのようなことをする精神がほんとに意味不明なんだけど。
まぁ、性格知ってて好きになってしまった私が言えたことじゃないか。
「なんだ?」
「別に。頭のおかしな奴って思っただけ」
「心当たりしかないな、どれのことだ」
「全部に決まってんでしょ」
じろじろと視線を向けていたせいで疑問を投げ掛けてくる要にストレートな言葉をぶつけると、不快に思った様子もなく惚けているか誤魔化しているのか分からない反応を見せる。そのなんでもない声色に口元が言い様のない疼きを覚えて、目の前にある首筋に噛みついた。
ムカつくというほど強い衝動ではなく、しかし何かしらの行動を起こしたい、口の中がうっすらと渇く感覚。なんだろうか、この我慢できるけどしたくない衝動は。
感情をぶつけているはずなのに、気分は軽くて不思議と悪くない。
肌が赤みを帯びて歯を立てて甘噛みしても要は受け入れてくれて、撫で続ける大きな手がこの衝動をそのまま受け止めている。そのすべてが暖かく、胸の中を満たしていく。
あぁ、私こいつのこと好きだ。
目に見えないのにどんな顔をしているかが分かって、想像している表情になんの疑いも持たなくて、間違っていたとしても私を傷つけるような物じゃないって信じてる。
それを一人占めできないことが少しだけ嫌で、けれど一人占めできないからこそ私にもこの温もりが感じられるんだ。
束縛したいし、私だけを見て欲しい。可愛いと言ってくれる言葉を私だけに向けて欲しい。それはきっと叶わないんだろうけど、口にしたらこいつは心の底から喜んでくれるんだろうな。それでいて、私の独占欲を無いものと扱わず、だけど私よりも大きな自己中心的な願望を穏やかな笑みで言葉にするんだろう。
それを複雑だと思っているのは表面だけで、頭の中も胸の内も悪くないと感じていることを自覚してしまっている。
柊要に、好きでいて欲しいと思ってしまっている。
「あー……ほんとに最低なやつ好きになっちゃった。隣にいるのを許すなら私と釣り合うくらいイケメンで高収入の男だと思ってたのに」
「顔は諦めてもらうしかねえなぁ。俺は結構自分のこと好きだし。それ以外だったらできるだけ努力はするぞ?」
「だったらその手癖の悪い女好きはなんとかなんの?」
「悪いと思ってないことを矯正はできないな」
「堂々というなクズ。まぁ、私にはあんたくらいなのがぴったりよ、性格の悪さも含めて」
「そんなことないさ。たまたま俺の運が良かっただけで、桔梗を好きになる男もたくさんいる。少なくとも俺っていう一例はできただろ?」
「……全っ然説得力ないから」
あぁもう、当たり前に私に魅力があるみたいにいうな。あんたに言われると、そうなんじゃないかって柄にもなく思うの。頑張って吐き出した私の言葉にこそ、全く説得力がないじゃん。
こんなに顔に熱を持ちながら口にしたって強がりなのは自分が一番分かってる。でも、笑って流せるほど純度100%の好意には慣れてないんだからしょうがないの。
こんな私でも好きになってくれたからきっと、その内、笑い合って好きだと言い合えるようになりたい。
要のどうしようもない、どんな罵詈雑言でも足りないくらいの性格を、″仕方ないの男だ″と言えるような私でありたいと思う。
身体を包む腕の持ち主がどれだけ私を見透かしているかは分からないけど、いつかその瞳に見えない私を見せてやる。そう決心して、今は初めての温もりに時間が許す限り浸ることにするのだった。