「何か言い訳があるなら、聞いてさしあげますよ?」
「思い当たることが多すぎてどれのことか分からんな。有栖がやめてっていっても虐め続けたことか?それとも夢中になってるって証明するために胸を触り続けたことか?あぁ、泣いてる有栖を見つめながら注いだりもした──いでででで」
全く反省を示さない彼にこめかみがぴきりと強張るのが分かって、怒りの笑みを浮かべたままからからと口元を弛める要くんの頬を思いっきり引っ張った。
「引きちぎりますよ?」
「どこをだよ、こえーって」
結構な強さでつねりあげているのに要くんは痛みを気にした様子もなくおかしそうで、私が怒っているという事実も含めて楽しんでいる。
とても人を辱しめた後とは思えない屈託のない表情に毒気を抜かれて、それを自覚すると同時にまた怒りが沸いてしまう。
「私に体力がないことを知ってての所業とは思えません。あんな…………っ」
たっぷりと″可愛がられた″時のことを思い出して、顔に火が出るほど熱が集まり口を閉ざした。
記憶の中の私は時にいやいやと首を振り、時に涙をこぼしながら悲鳴をあげ、時に全身を使って彼にしがみついている。しかし、思い出せば思い出すほど多幸感と暖かさが胸を満たしてきて、それがまた恥ずかしかった。
「ずっと息絶え絶えなのに頑張って受け入れてる有栖が悪い。あんなのもっと虐めてくださいって言ってるようなもんだぞ?」
「限度の話をしてるんです。誰が腰抜かすまで続けると思うんですか。盛った猿なんですか?」
「年中盛ってるのは否定しねえけど、その限度を超えさせたのは有栖の方だ。めちゃくちゃ気持ち良さそうにしてくれるし、顔も声も可愛いし、俺だって手加減忘れるってもんだ」
「……手癖の悪い人なんですからもう少し優しくしてください。私だって、要くんを気持ちよくしたいんですから」
私の反応を楽しんでいるのは分かってますし、要くんのあの表情を自分が引き出していると考えると悪い気はしません。しかし、それはそれとしていい様に振り回されるのはやはり気恥ずかしさが勝ります。
コンプレックスである未発達な身体を彼は臆面もなく素敵だと言ってくれて、お世辞や気遣いではない証明をするためにたくさん可愛がってくれるのは、正直なところ、とても心が満たされる思いです。
「それでも、あまりにも一方的ではありませんか?折角、一番奥深くで繋がっているのに。もっと要くんの存在を感じたかったです」
「それは有栖が頑張って慣れていくしかないな。それに、俺をそうさせたのは有栖なんだぞ?一方的じゃないから、俺だってやり過ぎるんだよ。有栖なら喜んでくれるだろうなって」
……そう言われてしまうとなにも言えないじゃないですか。
えぇ分かっていますとも。要くんに求められるのがひどく嬉しくて、けれどちっぽけなプライドがなすがままに振り回されるのが悔しいと思ってしまっているだけ。
彼は私の期待を裏切ってくれたのに、私は彼の期待に応えれたのかという贅沢な不安を覚えてしまっている。
要くんが愛してくれた証は身体中に紅い花として散らばっているのに、私という人間はどこまでも傲慢で欲張りらしい。
「まぁ、優しくして欲しいなら有栖が自分の身体つきを卑下しないことだな。どれだけ見た目が貧相でも、それに魅力を感じないってことはないし、俺は惹かれてるって行動で示したくもなるさ」
「貴方のように直接的過ぎる方法で表現されても困ります。もっと他の方法で段階を踏むとかあったでしょうに」
「それなら日頃から伝えてるつもりだけど?俺が関わりを持ってる女の子はみんな魅力的だぞーって」
「控えめにいって死んでください」
散々抱き潰した私を前にこの堂々のクズっぷりです。分かってはいますが、いざ目の前で口にされるとムカつきますね。ただ、それ以上にあどけない表情で笑顔を浮かべているのが本当に救えません。
その笑顔を見て、憎たらしくも素敵な顔だと思ってしまっている時点で私もかなり重症ですね。
「はぁ……こんな人とお話できないだけであんなにショックだったなんて、あの時の私はどうかしてました」
「有栖に限った話じゃねえけど、もう少し無意味な会話ができる相手を作っておかないとな。だから俺みたいな奴相手でも他愛ない時間に価値を感じちまうんだ」
冷えきった関係になっていた時のことを思い出して自分の純粋さに呆れた溜め息をこぼすと、要くんが嬉しそうにくつくつと喉を鳴らせた。
「私の性格を知った上で下心も打算も見せず、純粋に関わろうとしてきたのは貴方ぐらいなんですよ?それだけで好きになるほどとは言いませんが、関係が失くなるのを惜しむ気持ちくらい生まれてしまいます」
「そこが有栖の可愛いところだ。自分を特別視しすぎてるからただの女の子だってことを忘れてて、人として当たり前の感情を持った時に過剰に反応してる。誰だっていつかは通るはずの道なのにな?」
「暗に友達を作れたことがないって言ってませんか?」
「できてたら俺なんかに引っかからないだろ」
……否定できないのがとても悔しいですね。表面上の付き合いしかしてこなかったのは事実ですし、そもそも私自身そういった関係性を求めて来なかったのもあります。それを理解しているのに気兼ねなくお話できる要くんの存在が大きくなるのは必然とも言えるでしょう。
等身大で見て貰えるというのは中々どうして、ひどく嬉しいものです。特別そういった方を求めていた訳ではありませんが、性格故に諦めていたともいえる関係性は私にとって劇薬そのものでした。
意味のない会話が心地いいのも、悪いことをして怒られたのも私にとっては初めての経験で、理屈で説明できない感情に振り回されるのが不思議と悪くありません。ただ、それを抱く切欠になった相手が致命的に悪かっただけ。
彼の言う通り、坂柳有栖という人間はそんな男に引っかかる程度には普通の女の子だったらしい。あまり認めたくありませんが。
「貴方がどういった男性か理解していたのに、好きになってしまうだなんて我ながら自信過剰でした」
「いい教訓になっただろ?次に活かしてまともな奴を捕まえろよ」
「要くん以上に素敵な人は星の数ほどいそうですが、貴方以上に素敵で愉快な人なんて早々いませんよ」
人の悪意を理解しているのに自分自身は人を助けることに躊躇いがない人なんて、探して見つかるような人種ではないでしょうに。自己満足だと分かりつつも誰かに手を差し出せる人を、私は要くんしか見たことがありません。
「それに、元カレが貴方だなんてそれこそ末代までの恥です。女癖の悪さを知ってて好きになったんですから、骨くらいは一緒に埋めてもらいますからね?」
彼の倫理観の緩さを知らずに好意を持ったならまだしも、女性に手が早いこともそこを治すつもりがないことも知っていて好きになってしまったんです。なのに抱く想いが変わるようだったら、私は本当に自分不信になってしまいます。
「……有栖って意外と重い女だったのか」
「好みではありませんか?」
「いや?直球で伝えてくれるのは結構グッときて嬉しいよ。おかげで初めてのプロポーズがする側じゃなくてされる側になったし」
あまり気にせず口にしてしまいましたが、確かにプロポーズそのものですね……
自覚すると急に熱が集まってきて、気恥ずかしさに全身がむず痒くなってくる。悪くない気持ちですが何か衝動が沸いてくるような感覚に唇を波打たせていると、心底嬉しそうな彼の綻ぶ表情にどきりと鼓動が跳ねた。
私の好意を疑わない無垢な表情は、それを向けてくれただけで好きになったことを受け入れられるような素敵な表情で、鼓動が強く跳ねるのに目が離せないのです。
「……やっぱり手癖が悪いくらいの駄目なところがあるのが、要くんには丁度いいのかもしれませんね。でないと何回刺されても不思議じゃない男性が生まれていました」
「褒められてるのか呆れられてるのか、どっちなんだ」
「どっちもですよ、女の敵さん」
未だに口元を綻ばせている彼の顔をもっと近くで見たくて身を寄せると、自然に身体を抱かれて股座に収められた。仲直りを経て感じるようになった彼の人肌は暖かくて、心からじんわりと幸福感が満ちてくる。
この感覚が果たして他の男性からでも得られるのでしょうか。少なくとも、私には想像できません。そして自分から手放そうとも思えない私は、ずっと彼から離れられないだろうなという嫌な確信があります。
しかし、その確信すらも心を満たす材料になっているのですから、惚れた弱みというのは侮れません。
非道い男性のはずの彼から与えられる、陽光のような暖かさに包まれながらその日は取り留めのない雑談をしていて、私はその幸せな時間を心行くまで楽しむのでした。