※この作品はR-18です。

よう実のヒロインを好き勝手に抱く話   作:ぼっちプレイヤー

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一之瀬帆波 3

 

 一之瀬を可愛いがることを決めたのだが、少しばかり予想外のことが起こった。

 学校から例外的な特別試験のお達しが届いたのである。内容は自分以外のクラスメイト三人に賞賛票、また別の三人に批判票を投票し、功労者と堕落者を選出するという意味不明なものだった。

 クラス内で最も賞賛票を集めた生徒には退学を一度だけ無効にできるプロテクトポイントが与えられ、反対に批判票を集めた生徒は即日退学処分が言い渡される。さらにこの試験は最も批判票を集めた生徒、つまり退学者を決めるまで終わらないときた。

 

 考えた人間は頭がおかしいんじゃなかろうか。作為的であることを隠してない上に目的もはっきりさせ過ぎだ。もう少し隠す努力というか、それっぽい建前を用意するべきだろうに。アホなのだろうか。

 

 百歩譲って学生だからと侮るのは分かるが、建前上でも納得させられないのは頭が弱すぎないか?それともバレたとしても問題ないくらいの権力がバックについてるが故の愚行か。

 

 「権力を持ちすぎると馬鹿になっちまう病気でもあんのかね」

 

 そもそもの発端が一年で退学者がいないからとかいう暴論だというのが馬鹿馬鹿しい。公的な教育施設として優秀な人材がいることに喜ぶべきだろう。それを理不尽を学べなどと宣って通ると思っているものだから救いようがない。

 

 まあ権力者の相手は権力者に頼んでおこう。親が優秀だとこういう時なんの憂いもなく頼れるから助かるものだ。間抜けに振り回されるのはこれっきりにしたい。

 ……絶対に有り難いとは思ってやらないが。

 

 特別試験は堀北に丸投げするし、真嶋先生を経由すれば権力の皮を被った猿は得意分野の人種に任せられるとして。

 

 「問題は一之瀬だよなあ」

 

 折角ゆっくりと情緒を育てていこうと思っていたのにこの特別試験はタイミングも相性も悪い。

 各クラス一人は退学者を選らばないといけないとなると、クラスの調和を是とする一之瀬の苦悩を想像するのは容易い。勿論、退学者を出さないためにどういった方法を取ろうしているかも。

 

 口を挟むのは簡単だし、解決方法も教えれないことはない。だがそれだと手を出しすぎてしまう気がするのだ。一之瀬が胸を張って″褒めて″と口にするためには、安易に口出しするべきじゃないだろう。

 とはいえ、彼女とその周りだけで解決できるかと言えば否だ。手詰まりになったら相談してくるのは間違いないが、その時にどこまでヒントを与えていいのか。この塩梅が難しい。

 

 一之瀬の精神性はまだ不安定というか成長途中の段階だ。一人で立つか誰かに寄りかかるかのどちらにも進んでしまえる状態とも言える時期に、俺という頼ることのできる存在は薬にも毒にもなりえる。

 別に俺は依存させたい訳ではないのだ。あくまでも彼女の意志で側にいて欲しいし、それを言動に移せる強かな強さに魅力を感じるのであって、ただ一方的に想われたいのではないのである。

 

 だからこそ、必要以上に感謝を覚えず、しかしちょっぴり有り難みを感じる、その程度のヒントがベストなわけだ。うーむ、言葉にすると中々難題だな。

 

 Bクラスと一之瀬の現状を鑑みると、必要なのは手段ではなく明確かつ達成を想像しやすい目的だと思われる。それを一之瀬なりに見つけられれば俺も過程を手放しに褒めてやれるから、まずはそこを探っていく必要があるか。

 

 俺を好きになった女の子が変わろうと手探りながらも頑張ってるんだ。ならば、ちゃんと見ていてやるのも甲斐性の一つだろう。

 この相性の悪い試験が終わった時、一之瀬がどんな風に成長するのか。それが今回の唯一の楽しみだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 馬鹿みたいな特別試験が通達されて数日、予想通りに一之瀬から相談したいという旨のチャットが飛んできたので勿論快諾し、その放課後に俺の部屋で落ち合うことにした。

 

 「お邪魔します」

 

 「おう、座っててくれ」

 

 この前とは違い制服姿の彼女を座らせ、おやつと飲み物を置いてから俺も対面に腰を卸す。今日のお供はしっとり感を強めに作ったマフィン。

 少し大きめの皿に乗せられたマフィンに目を輝かせる一之瀬が相応に子供っぽくて、笑みがこぼれた。餌付けのしがいがあるなぁ。

 

 「それにしても、急に特別試験なんてビックリしたよね」

 

 少し雑談に興じる中で自然と彼女が切り出してきたため茶化すことなく応じる。

 

 「今回のは特別試験って言っていいかわからんがな」

 

 そもそも学校が用意するのだから、生徒とクラスの実力を測るのが特別試験の主な目的のはずだ。それが今回は生徒の成績関係なく退学者を出すことを目的とした内容になっている。

 これを試験だと呼べるのか甚だ疑問だ。

 

 「今までのとは気色が違うもんね。正直、星之宮先生に聞いてみたいこともあったけど、先生もそれどころじゃないみたい」

 

 「そういえば茶柱先生と真嶋先生も消化不良みたいな顔してたな。今回のは教師側からしても不服ってことなのか?」

 

 それってかなり大事なのでは?特に負担が大きくなる訳でもない行事に教師さえ納得できてないのは見方が変わってくる。

 少なくとも一年の教師側は否定的であったが、それを学校側が組織的に試験の実施を押し通したということだろうか?無理筋な特別試験の実施理由もこれなら一応納得できる。

 

 「茶柱先生は分かるけど、真嶋先生にも何か用事があったの?」

 

 「ちょっと面倒事をな。うちの担任は信用できんから消去法で真嶋先生に頼んだんだ」

 

 正確に言うと用があるのは真嶋先生ではなく個人の携帯電話なのだが、わざわざ説明する必要はないだろう。

 一之瀬も俺が詳しく話さないのを察したようで頷き一つの反応を見せると、次の話題を切り出した。

 

 「柊くんは大丈夫なの?その、クラスの人からあんまりいい印象持たれてないよね」

 

 「候補なのは否定しねえけど、まぁ大丈夫だろ。坂柳が山内を使ってなんかしてるみたいだし」

 

 割りと危ない位置にいるのは間違いないが、坂柳が山内を手篭めにして何か企んでいるようなのだ。坂柳は根に持つタイプだから恐らく正月合宿で転ばされたことに対する仕返しだろうが、クラスに来た時の表情がそれだけではない様子だったのが少し気になる。

 まぁ、実害がない以上放置していいか。

 

 「あとAクラスを目指す堀北が俺を捨てるとは思えん。デメリットの方がデカイしな」

 

 真面目に取り組むことはないがサボったこともないし、特別試験では結果的にクラスにとってプラスだったことの方が多い。女子限定とはいえ、テスト期間は面倒見てやってることもある。総合的に見るとデメリットや不快感よりもメリットの方が遥かに大きいはずだ。

 

 「そっちはどうなんだ?あまり上手くいってるようにはみえないが」

 

 「にゃははは、柊くんにはお見通しだね。白状すると結構参ってるよ。一応、クラスのみんなには普段通り過ごしてもらうことにしてるけど……」

 

 「解決策は見つかってないか」

 

 一之瀬も自覚があるのか力なさ気に小さく頷く。クラスを混乱させないために問題から目を逸らさせるのは一概に悪い訳じゃない。本来ならセットであるはずの解決策がないのが問題なのだ。

 それを彼女自身も理解しているが、クラスメイトと共有する理想と目の前の現実に手をこまねいている。

 

 「ポイントがどれくらい足りないか聞いてもいいか?」

 

 「約400万ってところかな」

 

 かなり際どいラインだな。これが1000万とかだったら素直に諦める方向も向けるが、かき集めれば微妙に手が届きそうな範囲だ。一之瀬が諦めきれないのも頷ける。

 400万もの大金を動かせる生徒は極少数だ。

 一人は二年生全体のリーダーとして存在する南雲。

 もう一人は一年を通して高いクラスポイントを守った坂柳。

 三年Aクラスの堀北兄は最近退学阻止したばかりで他所を気にする余裕はないだろう。必然的に一之瀬の理想を叶えることのできる生徒は南雲か坂柳のどちらかになる。

 

 しかし、この二人が一之瀬に応じて手を貸してくれるとは思いずらい。女癖が悪いと言われる南雲なら一之瀬に面に惹かれてワンチャン。坂柳はあくまでも可能性であり、そもそも400万もの大金を個人で操れるかは不明。正に八方塞がりな状況である。

 

 「……実はね、南雲先輩から足りない分を補填してやろうかって提案されてたんだ」

 

 非常に言いづらそうにしながら一之瀬が意外な事実を告げた。けれど、″されてた″。つまりは過去形であり。

 

 「断ったのか」

 

 「うん。南雲先輩と付き合うっていう条件付きだったの。条件を言われた時に柊くんの顔が頭に浮かんじゃって、気づいたら断ってた」

 

 チャンスを不意にしたことの罪悪感を誤魔化すように一之瀬は力なく笑った。確かにあのチャラそうな生徒会長なら言いそうなことではある。しかし、反射的とはいえ悩む素振りもなく断るとは。しかも理由が俺。ほーん……

 

 「だから余計にみんなには相談しずらくて…………柊くん、なんでそんなに嬉しそうなの?」

 

 なんでってそりゃあなぁ?

 

 「咄嗟とはいえ自分のクラスと生徒会長よりも俺を優先したって言われれば誰でも嬉しいに決まってるだろ」

 

 「え?あ……そういうことになるの、かな?」

 

 「少なくとも俺はそう受け取ったけど、違うのか?」

 

 「違わないけどっ……あれ、私もしかして凄い恥ずかしいこと、言った……?」

 

 かあっ、と赤く染まった顔を隠すように両手を当て、指の隙間から覗く瞳は何を口にしたのかを自覚したようで羞恥心に揺れている。

 素直過ぎるせいでようやく失言に気づいた様子の一之瀬に加虐心が擽られた。口元が吊り上がるのを自覚しつつ、ちょっとだけ揶揄ってみる。

 

 「そうだな、恥ずかしいかどうかは置いといて……最上級の大好きを言われた気分ではあるな?」

 

 「……あう」

 

 羞恥心の限界を迎えたらしい一之瀬は爆発音が聞こえそうな勢いで肌を紅潮させ、耐えきれないように机に突っ伏す。ごっ、と危ない音を鳴らして顔を隠す彼女の頭には湯気が昇っていて、純情な反応に笑みがこぼれた。

 

 「そうかそうか、そんなに俺のこと好きなのか。今のを聞けただけでひよりに頼まれたとはいえ、わざわざ安くないポイント使った甲斐があった」

 

 「も、もうそのくらいで許して……否定したくないのが余計に恥ずかしいよぉ」

 

 いやいやと首を振る彼女の様子に嬉しさが込み上げてくる。うむうむ、やっぱり好意を伝えられるのはシンプルに嬉しいものだ。無自覚無意識というのがさらに拍車をかけているな。

 

 「一之瀬の告白のお返しに少しはアドバイスしようか」

 

 「……アドバイス?」

 

 「誰を退学させるかはちゃんと選んでおくこと」

 

 「っ」

 

 見たくないものを突きつけられたように一之瀬が顔を上げる。気分を下げるようで罪悪感を覚えるが彼女には必要なことだ。

 

 「南雲は無理だとしても、坂柳だとか龍園だとか一定の金を動かせる奴はいる。だけど確実に集まる保証はない。2000万に届かなかった時、一之瀬はどうするんだ?」

 

 「それは……でも、私には選べないよ……」

 

 「できないじゃない、やるんだ」

 

 自分の判断一つで学校生活を途絶えさせる行為を善良な一之瀬は受け入れられないだろう。良くも悪くも普通の枠組みを出ない彼女には少しばかり荷が重いのは確かだ。

 けれど時間は止まらないし、退学を阻止する金額を集め切れなかった時、切り捨てる判断を迫られるのは変わりない。

 

 「ポイントを集め切れなかったとして、流れのまま、ろくな話し合いもせずに選ぶのか?これだけの猶予がありながら、話し合えばよかったって思いながら一生引きずるのか?」

 

 やって後悔するか、やらずに後悔するか。時たま議論になる話題だが、明確な答えが存在する。

 

 「一之瀬からすればキツい判断かもしれんが、その行動を起こした事実は経験になるし、結果にならなくても自分の慰めるになる。だが、なにもしなかったらずっと引きずるぞ」

 

 選んで後悔することと、選ばずに後悔することには雲泥の差がある。前者は経験値になり糧となる。後者はもしもを想像する永遠の楔になる。選択肢を選ぶからこそ、どんな結果でも糧にできるのだ。

 

 「選べないなら選べるようになるまで話し合うべきだ。なにもしない以上に後悔することなんてないからな」

 

 結局のところ、一番の重要はそこなのだと思う。目先の事柄に捕らわれ過ぎて後のことを想像できていない。競い合う構造上、どのクラスにも退学者が現れるのは遅いか早いかの違いでしかないのに、ずっとその事実から目を逸らしている。それが一之瀬の弱点であり克服しなければならない部分だ。

 

 「今から酷いことを言うぞ一之瀬。現実を見ろ。目の前の現実を見てない奴に理想を叶えることはできん」

 

 「…………」

 

 彼女は何か反論しようとして、言葉が見つからないのか口を閉じ、キツく唇を引き絞ったまま俯いた。ずっと目を背けていたことが現実性を帯びてきて、上手く呑み込めていないのだろう。或いは、呑み込むことを拒んでいるのかもしれない。

 

 「私は、Bクラスのみんなが大切なの。誰も欠けさせたりしたくない。それくらい大事に思ってる」

 

 「それは別にいい。けど、大事に思うことが返って傷つけることだってある。クラスの奴らは一之瀬が自分たちのことで悩んで傷つきそうになってるって後から知っても、何も思わないほど薄情者の集まりなのか?」

 

 「そんなことないよ、みんな好い人たちで私なんかに着いてきてくれて……でも私はリーダーだから、みんなにはこんな姿見せたくない、見せれないの……」

 

 「それこそおかしな話しだ。お前個人ならともかく、Bクラスの問題をなんで他の奴らと共有しない。クラスの問題ならクラス全員に責任があるし、一之瀬一人で背負うのは不健全だろ」

 

 Bクラスの歪なところは当事者意識の無さにある。一之瀬が優秀で頼りがいのある性格だったからこそ、それ以外ほとんどの生徒は親鳥を追従する雛になっているのだ。

 リーダーが苦悩していることを知らしめて、地に足を着けないといけない。 

 

 「弱みを見せるのだって一種の信頼の証だ。お前は坂柳でも龍園でもないんだから、一之瀬らしくみんなに頼ればいいんだよ。一人で無理な時はちゃんと言え、″助けて″ってな」

 

 「っ」

 

 顔を上げた一之瀬が考えもしなかったという風にくりくりとした瞳を大きく見開く。前の時も思ったが、成績が優秀な割りに視野が狭い。人が誰かを助けるのが当たり前なら、自分だって助けられて当然だろうに。

 

 「……みんなにがっかりされたり、失望されたりしないかな」

 

 「そんな反応する奴はむしろ生け贄に丁度いいだろ。一之瀬の苦労を知らん馬鹿は死んでいい」

 

 「私のために言ってくれてるのに嬉しくないなぁ……」

 

 あまりにもはっきり言い過ぎたのか怒るに怒れないといった感じに項垂れた。だが実際そうだろう?今まで散々押し付けてきた癖に、弱音吐いたくらいで文句たれる奴に居場所なんていらんいらん。

 

 「危機意識はクラス全員で持つべきだ。一人で抱え込んだり、頼ることもしないのはリーダーの持つべき苦悩なんかじゃない。ただの自己満足だよ」

 

 「……弱音を吐いたり、不甲斐ないところを見せちゃ駄目って思うのは傲慢なのかな」

 

 「少なくとも一之瀬にできることじゃないだろうな。逆にお前はそういうのを見せてやった方が、周りも支えたくなって良い方向に向く」

 

 一之瀬は一つの理想像に固執し過ぎだ。リーダーの在り方なんて千差万別なのだから、自分の想像に合った姿で立てばいい。

 自分の想像とは違うリーダー像に面食らった様子の一之瀬は強張った体から力を抜いて、敵わないといった風に苦笑した。

 

 「そこまではっきり言われると清々しいよ。柊くんから見て私ってそんなに頼りないかな?」

 

 「大丈夫だ。一之瀬に限らず全員頼りないし貧弱だから」

 

 「どこに安心する要素があるの……?」

 

 「弱音吐くくらいなら失望もがっかりもしないってとこ」

 

 「っ……それは確かに、安心かも……?」

 

 不意打ちで言葉にされたせいか、彼女はじんわりと頬を染め落ち着かない様子で目を泳がせた。素直に照れている姿が可愛らしく、自然と笑みがこぼれる。

 

 「だからしっかりと話し合って傷つき合ってこい。みんな仲良しなら責任も痛みも全員で共有しとけ。仲間っていうのはそういうもんだろ」

 

 喧嘩も口論も立派なコミュニケーションだ。大切に思ってるからといって、衝突を避けて続ける関係性は欺瞞でしかない。そしてそんなものはいつか破綻する。

 ならばここが分水嶺なのかもしれない。Bクラスにとっても、一之瀬にとっても。

 

 「……必要なことでも凄くしたくないし、喧嘩になるかもって思うと怖いよ」

 

 「そう思うから意味がある。大切に思うことは常に傷つけることと同義だ。その自覚があれば口に出す言葉も重さも違ってくるし、それで起こる衝突には意味がある。

  今である必要はないかもしれん。でも今やる理由があるなら、しておくべきだ」

 

 向き合う瞳は不安気に揺れていて、荒れる教室を想像したのか眉間に皺を作った。合理性に欠ける感情論の言い訳は少しずつ一之瀬も必要性を理解してきていることの証拠だ。

 ただどうも、あと一押しが足りないようにみえる。

 

 ……仕方ないな。ご褒美は終わったあとに取って置くつもりだったが一旦アメを与えておこう。

 

 腰を上げて彼女の隣に座り直す。そして緩く腕を広げて見せた。

 

 「一之瀬、ほら」

 

 「あ……えっと……」

 

 ハグ待ちの姿勢になった俺を前に一之瀬は少しだけ迷い、おずおずと胸の中に収まってくる。

 

 「もうちょっとくっつくか?」

 

 「うん……もっとぎゅってしてほしい」

 

 胡坐を作って股座に一之瀬を収め、腰と背中に腕を回してやる。重心を預けさせてやると首に腕が絡まってきて、擦りつけるように顔をうずめてきた。

 首元にかかる息づかいに擽ったさを覚えながら、抱擁と温もりの交換に少しの間浸る。

 

 「……もう、ズルいよ。ずっと厳しいこと言ってきたのに、急に甘えさせてくれるなんて」

 

 「本当なら特別試験が終わったあとに取っとくつもりだったんだがな。俺だって好きになってるくれてる女の子を虐めたいわけじゃないんだ。けど、その女の子が泥沼に沈みそうになってるなら、多少強引にでも手を伸ばすさ」

 

 どこぞの馬鹿がこんなもの用意しなければ一之瀬とイチャイチャできていたというのに。全くもって間が悪い。

 俺が女の子を虐めるのは何時だって可愛らしく鳴いてくれる時だけだ。

 

 「本当は分かってるの、柊くんが言うようにみんなで話し合った方がいいって。でも、少しでも可能性が残ってて傷つけ合う必要もないなら、それが最善だと思っちゃう」

 

 「それは都合の悪い事実から目を逸らしてるだけだろ。最善なのは可能性を探りながら話し合いもすることだ。傷つけることなんて結果の一つでしかねえよ」

 

 二つに一つなんて実力不足の言い訳をお行儀の良い言葉で飾ったに過ぎない。本当に成したいのならば、強欲なまでに餓えて掴みとるべきなのだ。

 

 「一之瀬は自分のことを過小評価しすぎだ。俺はできる奴にできることしか言わん。お前なら喧嘩したって仲直りもお茶の子さいさいだろう」

  

 一之瀬帆波はそういうことができる人間だとこれまでの関わりで知っている。決して投げやりで放った言葉でも適当に吐いた言葉でもない。

 あとは彼女自身が自分を信じきれるかどうかだけ。

 

 「本当に、できるかな……喧嘩も仲直りも、そんなにしたことないよ」

 

 「できるさ。少なくとも俺に告白するなんて一番難しいことしたんだ。それに比べたらまだマシだろう?」 

 

 告白という単語に一之瀬が体を強張らせて、気恥ずかしさの混ざる複雑な視線を向けてくる。わざとらしく口角を吊り上げると、丸々とした頬がぷっくりと膨らんだ。

 

 「頷きたくないけど、否定もしたくない比較だよ。あの時だって凄くどきどきしてたのに」

 

 「でもちゃんと言葉にできたじゃねえか。大丈夫だ、一之瀬帆波はお前が思ってるよりも凄い奴だからな」

 

 上目遣いで見上げてくる彼女の額に自分のを当ててやり、ごく自然に笑いかける。

 一之瀬は瞳をぱちくりと瞬きさせて、言葉の意味を咀嚼したのか顔が真っ赤に染まっていく。次いで此方を見ることもできなくなったのか首元に顔を押し付けるようにして隠してしまった。

 

 「そんな風に言うのはズルいよぉ……」

 

 羞恥心の中にあふれでる嬉しさを滲ませながら体を強く抱きしめられた。

 衣服の上からでも分かる熱くなった体温と可愛らしく照れる様子を頭を撫でながら愛でてやる。

 

 しばらくの間そうしていると一之瀬がゆっくりと顔を上向かせた。赤らむ頬の上にある瞳は未だに不安を残している。しかし、先ほどまでなかった固い意志が宿っていて、ようやく踏ん切りをつけれたことを察した。

 

 「柊くん、私がんばるよ。みんなと後悔しないように、いっぱい話し合おうと思う」

 

 「おう、頑張れ。終わったらたっぷり褒めてやろう」

 

 決心がついた様子の彼女を優しく撫でて、その後のご褒美もちゃんと用意しておくと告げる。

 一見子供扱いにも聞こえるそれを一之瀬の眼を細めて嬉しそうに頷いた。そして、何かを思いついたのか少し恥ずかしそうに頬を朱く染めながら唇を波打たせる。

 

 「……それなら、えっと……前の続き、したいな。終わったあとで……たくさん」

 

 前の続きが何なのかは言うまでもない。それが何処までを指しているかは分からないが、ご褒美としては申し分ないし、一之瀬から口にするのなら可能なところまで応えてやりたい。

 

 「そうだな、沢山しようか。出来ない分までいっぱいな」

 

 「……うん」

 

 口にしたことを想像してしまったのかさらに朱くなった一之瀬はまた首元に顔を押しつけてきて、強く抱き締めてくる。

 

 正直、口を出しすぎたのかそうでないのかは結果が出てからじゃないと判断できない。ただ、彼女の口からやってみると言葉が出たのだ。それは一之瀬が自分自身で選んだ証拠に他ならない。

 あとはもう、行動を起こした彼女を褒めてやるくらいしか俺にできることはないだろう。

 

 はてさて、吉とでるか凶とでるか。純情な彼女がどのように成長するのか、俺は依存しないでほしいと思いつつ楽しみに待つことにした。

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