思ったよりムカつく。
それが他の女の子とデートしている彼を見つけた時の感想だった。
ちょっと高めの長身。すらりと伸びた長い手足。雑ながらも清潔感を持たせている黒髪。自然と浮かんでいる楽しそうな笑み。それが向けられているのは私じゃなくて、紫がかった透明感のある長髪を靡かせる女の子。
みしり、と手の中のスマートフォンが悲鳴を上げるのも気づかず、縫いつけられたように彼と彼女を眼で追いかけていた。
「帆波ちゃん?」
意識外からかけられた聞き慣れる声にはっとする。胸に燻りかけた暗い感情を振り払って、取り繕った顔で千尋ちゃん達の方に向き直った。
「ごめんね、少し考えごとしてた……みんな揃ったかな?」
「う、うん。柴田くんとかは飲み物取りに行っててすぐに戻ると思う」
今日は今年最後の特別試験に向けてどう立ち回るかの話し合いをする日で。喫茶店という公衆での作戦を練る会議というのは一見して情報を漏らすメリットのない行為。
だけど、他のクラスと違って突出した特技を持つ生徒がいない私たちのクラスは、総力戦となる今回の特別試験において作戦を隠すメリットがほとんどない。
戦う相手が搦め手を主とするCクラスなら、こうして公の監視がある場所こそが一番安全とも言える。らしい。
『龍園だろうがなかろうが、クラスの方針は早々変わらんだろう。取り敢えず向こうが手を出せない環境にいることが対策としては一番だな』
なんの気無に口を滑らせてしまうと、彼は当たり前のように対策を考えてくれた。劇的に勝敗を分けるアドバイスではないけれど、Cクラスが狙う万が一を防ぐには確かに効果があると思うし、私も対策の一つとして考えていたことだ。
『体育とか運動系は捨てる方が安牌、か?柴田を中心にサッカーでワンチャン狙うのはありだが……専門でやってる奴がいるといっても一人だし、ブラフで入れるくらいが丁度いいかもな』
あとはブラフで入れつつも、勝ち目が有りそうな身体を使う種目を複数用意する。もちろん学業面の種目が選ばれるのが一番だけど、外れの確率をできるだけ下げるのが目的だと、要くんは言っていた。
自分たちのメインプランと相手側のメインプラン。それに加えて、相手側が有利だけどギリギリカバーできるかもしれない予備の種目。
『向こうが格闘技系で攻めてくるのは目に見えてるから、敢えて健全なスポーツ種目を入れて乱数調整してもいいだろ。まぁ効果のほどは望み薄だが』
学校側が何を基準に、どういった方針で種目を選ぶのかは分からないけれど、取りに行ってもいい外れを用意するというのは私では思いつかない視点だった。
今日はそう言ったことも含めて話し合いたいけど……要くんの助言だって言うのはさすがに伏せておいた方がいいよね。戦わないとはいえ、敵同士なのは変わらないし。
「柴田くんたち、大丈夫かな。Cクラスの生徒に何もされてないといいけど……」
「さすがに証拠が残るようなことはしないとおもうにゃー。ここで動くってことはお店側にも迷惑がかかるわけだし、数少ない飲食店から出禁をもらうのは彼らも避けるんじゃないかな」
隠す気もなく後を尾けてきていた生徒を思い浮かべているであろう千尋ちゃんを宥める。確かに不安ではあるけど、それを含めての公の場なんだよね。
『店員は思ったよりも客の顔を覚えてるもんだからな。一方的に絡むような生徒は煙たがるし、ひどいようなら相応の対応を取るだろ。もし、それを分かっても動くようなら儲けもんだ。リーダーに対する不満として蓄積して、そのうち勝手に瓦解する』
″できるだけ被害者面しとけよ。迷惑してる客を見逃す店員っていう印象も、店側としてはご免だろうからな″
なんて相手生徒が動きずらい、もしくは動いたら後々不利にできる要素も教えてくれた。
クラスの子に負担がかかるのは少し申し訳ないけど、特別試験が終わるまではこういうのが続くだろう。
………………一緒にいたのってAクラスの生徒、だよね。対戦相手同士なのに、普通にデートするんだ。
要くんが自分のクラスの情報を言いふらすのは考えられないけれど、聞かれたら答えるくらいのことはしそうだなぁ。勝敗に興味ないって言ってたし。
あの子にも私みたいに、えっちなこと、するのかな……。
私の時のように、楽しそうに触れて笑いかけるのかな……。
「…………」
「ひ」
がたりと音が鳴ったけどそれを気にする余裕はなかった。ぐずぐずと積みあがる鉛のような想いと、発露を求める癇癪に指先が白さを滲ませる。
……いや、そうだった。我が儘言っていいんだっけ。なら頑張ったご褒美を用意して貰ってもおかしくない、よね?
『特別試験が終わったら、ご褒美欲しいな』
すぐに起動したチャットアプリに吹き出しを作って、直球過ぎることに気づく。しかし、既に受信の文字が表示されていて、
『好きな物作っとくから頑張れよ。俺も楽しみにしてる』
短く端的な文章。右から左に流れてしまいそうな励ましと、主語のない解釈の余地を残した言葉。
楽しみにしてるのはきっと一緒にいる時間すべてのことで、それが分かると嘘みたいに胸の中が晴れやかな気分になる。
返信を送ろうとして、これ以上は雑談になってしまいそうだったからスタンプだけを送信。返事を待たずにアプリを落とした。
…………えへへ、頑張ろう!
「ごふっ……ごめん、ちょっとお手洗いに行ってくるね……」
「あ、うん。いってらっしゃい」
口元を抑えて席を立った千尋ちゃんを心配になりながら見送ると、入れ違いになる形で柴田くんや神埼くんが合流した。
「なんか白波がふらふらしてトイレ行ったけど────いで」
「……余計なことを言うな柴田。一之瀬の顔を見れば分かるだろう」
「あー、悪いやっぱ何でもない」
「?」
柴田くんが何かをいいかけて神埼くんに制される様子に首を傾げた。千尋ちゃんのことで何か言おうとしてたみたいだけど、私には関係ないことなのかな?
要くんとそういう関係になって劇的に何かが変わったわけじゃないし、ちょっと自分の嫌なところを見つけたりもしたけれど、それを含めて笑って受け入れてくれる。
駄目なことは駄目って言って、それでも過程自体は褒めてくれるから、その懐の暖かさに甘えたい。甘えたくて、甘えても許せる自分になりたい。
そのためには、特別試験を納得できる形で終えれるように頑張らないと。眼を瞑ればすぐに思い出せる彼の手と大きさを胸に抱きながら、私はみんなと一年生最後の特別試験に向けて作戦を練るのだった。