「今度からはこの男子生徒を探ってください」
そう言って自称友人を名乗る″坂柳有栖″は男子生徒を映した液晶を手渡してきた。どう考えても隠し撮りのそれを問い詰めたい気持ちを抑えて、代わりに純粋な疑問を口にする。
「葛城の妨害の次は尾行?言っとくけど犯罪の片棒なんてご免だからね」
「分かっていますとも。真澄さんが犯す犯罪は一つだけで充分ですから」
澄ました童顔に舌打ちが漏れた。苛立ちを隠さない私に忌々しい飼い主の表情は一つたりとも崩れず、明確な上下関係に不快感が募る。
面倒な話題になる前に話を戻す。
「で、こいつがなんなのよ?あんたのお眼鏡に叶ったっていうんなら御愁傷様って感じだけど」
「それを確かめるために探って欲しいのですよ。本来なら彼は私たちの仲間であるはずですからね」
こいつが仲間?
訝しむ私が面白いのか、坂柳が笑みを深くした。
「柊要くん。東北地方を牛耳る大企業社長のご子息、その一人です。最初はただの同姓同名かと思いましたが……」
返すよう促されたスマホを渡すと軽く操作を行って返してくる。そこに映っているのは三人男女で、一人が柊とかいう男子生徒と、もう一人の男は若々しい見た目の男性、最後が柊に異常に似た顔立ちの女性という並びだった。顔の作りから見れば母親だと一目瞭然で分かり、恐らく家族なのだろう。
「柊くん以外の方たちは企業の公式ホームページから引用しています。この類似性で別人とは考えにくいでしょう」
「根拠それだけ?たまたま似てるだけじゃないの」
確かに父親とも母親とも似ているし、母親に至っては似ているのに別人だと分かるくらいの遺伝を感じる。似ているが同一とはならない、そういった顔の造形。
だけど、それだけで尾行するだとか、Aクラスの脅威になり得るかは別問題じゃない?
「今までに行われた学校のテスト。彼はすべての教科で満点を取っています。それに、以前DクラスとCクラスの間で起こった諍いにおいても、詰みの状況から柊くんの立ち回りで逆転したとか」
坂柳の言い分には一定の説得力があった。
学校側でテスト結果の順位を発表することはない。しかしすべての教科で満点を取り、さらに連続で記録したことは多いに教師陣を悩ませたらしい。
しかも、本来なら噂程度で終わるはずの話題が誰の耳にも入っているのは、その本人が隠す気を更々なかったからだ。吹聴せずとも聞かれれば答えるらしいスタンスで、一時期学年を騒がせていた。
CクラスとDクラスの諍いについても、Cクラスの訴えを退けるだけでなく、証拠不充分で大事にした学校側にも問題があるとしてポイントを掠め取ろうとしたらしい。
あくまで未遂で終わったことと、私にとっては無関係なことだったから記憶から薄れてしまっていた。
その二つが同一の人間と結び付くのなら、確かに坂柳の眼にも止まる。
「それだけ出来る生徒がなんでDクラスにいる……って訳ね」
「それに国会議員でも無視できない企業の子供なら、単なる落ちこぼれとは考えられないでしょう。高円寺くんのように性格に難があるのか、はたまたDクラスが当然という客観的理由があるのか……探っておいて損はないでしょうね」
「……政治家が無視できないって、そんなにでかい会社なの?」
「えぇ。本社と系列支社は東北地方のみの展開ですが、名義していないだけの傘下が全国に根づいていましてね。北から南まで届く影響力は時の政権を左右するとも言われています」
そう言って坂柳は複数の会社やブランドの名を上げた。聞いたことなのある社名に、私たちが学区内で利用している店舗の名前まであり、無作為な幅広さに驚きを隠せない。
坂柳だったり高円寺だったり、どうも私が思っているより上級階級の人間とやらはいるらしい。
「坂柳が目をつける理由は納得したわ。探るのはいいけど、何か目的みたいなのはあんの?」
「又聞きによると、特別試験や成績にあまり興味がないようなのですよ。ですがそれが事実だとテストの成績やクラスの仲介など、言動が矛盾していますよね?そこを意識して観察してください」
成績に興味がないというのならテストもクラスの問題もなぁなぁで済ませるのが理屈としては通る。そうじゃないというのなら、表立って動かない理由があるのかもしれないわけね。
黒幕気取りを引きずりだすのは正直、悪い気はしない。
「期間は特に決めてませんが、次の次の特別試験……体育祭とは異なる試験が発表される前に何かしらの成果を聴けると嬉しいですね」
長いのか短いのか分からない期間を男の観察という時間で浪費しろと、小さな飼い主は当たり前のように宣った。
坂柳には手駒として動かせる生徒が他にもいる。けれど真の意味で都合の良い手駒は、弱味を握っている私しかいない。
見ず知らずの男をストーカーするなんて行為を甘んじて受け入れるのも、出るかも分からない成果を求められて断れないのもそのせいだ。そうでなければ、男のストーカーなんて死んでもやるものか。
脅されているからやるしかない。断ったら居場所がなくなるのは私なのだから。
「分かったわ……なにかあったら連絡する」
「吉報をお待ちしてますよ」
にこやかな笑みに踵を返してその場を去る。坂柳の言いなりになる嫌悪感も、断れない自分の不甲斐なさもすべてが胸をささくれだたせる。
──だけど最後まで、口から溜め息が出ることはなかった。
坂柳から柊の動向を監視するよう命じられてから約1ヶ月弱が経った。肌を焼く日差しは影を作る時間を減らし、過ごしやすい10月に入っても命令は続いている。
体育祭はつつがなく終わり次の特別試験、ペーパーシャッフルに各クラスが準備を費やす中、変わらず私の視線には柊がいた。
奴についてわかったことは一つ。女癖が、死んだ方がいいくらい悪い。
「……うん。画角はこんな感じで……光がちょっと強い……かな?」
「光ならいい具合になる時間まで待つか。何か暗い要素とか探してみるのもありだな」
「影とか以外にあるかな……色が増えるのはあんまりだよね?」
「あぁ。グラデーションの幅が広いとことかがいいかもしれん。風景だとちょっと厳しいか……?」
ある時は公園で桃色のロングヘアーをした女子とカメラを覗きあい。
「はー、歌った歌った。たまにはカラオケもいいもんだねー」
「俺まで歌う必要あったか?」
「だってかーくんの嫌そうな顔って中々見られるもんじゃないじゃん?相変わらず意味不明なくらい上手なんだから胸張ればいいのに」
「声変わりしてからよく分かんなくなってるんだよ。自分に聞こえるのと他人に聞こえる声は違うだろ?それがどうしてもむずむずする」
ある時は青みがかった髪色と泣き黒子が特徴的な女子とカラオケに入っていったり。
「なるほど、最近はライトノベル?でもミステリー物が増えてるんですね」
「純文学とはちょっと味が違うかもしれんが新鮮味があっていいぞ。たまにひどい外れもあるが」
「それも含めて本との出会いを楽しむものですから。ところで、どうしてこんなタイトルが長いんでしょうか?」
「短いより長い方が売り上げがいいらしい。個人的には短い方が好きなんだけどな」
ある時は銀色にも見える、薄いライトブルーの髪色をした小柄な女子と本屋で楽しげにお勧めしあっていたり。
「おまたせ。ちょっと遅れた?」
「誤差なんで気にしてませんよ」
「ありがと。じゃあ、作戦会議といこっか。この前の体育祭すごかったから期待しちゃうよ~?」
「学年関わらず競える状況が前提ですけどね。卒業するまでに正面から競える試験があれば、期待には答えられますよ」
ある時は派手目な私服とひまわりの髪飾りが目立つ、上級生らしい女子と微妙な時間帯で合流したり。
多い。とにかく女子と一緒にいる時間が多い。その上初めて見る顔が何度も現れるのだ。中でもやたらと距離が近く頻繁に会っているのが上級生以外の三人。上級生の方はそんなでもないけど、挙げた三人は手を繋ぐのは当たり前で、個室や柊の部屋へナチュラルに二人っきりになれる空間に脚を運ぶ。
充実そうに笑う柊とは対照的に顔を朱くして俯いてでてくる彼女らが何をしていたのかなど、言うまでもない。
色々と言いたいことはある。
あの男のどこがいいんだとか。何を見せられているんだとか。普通に不純異性交流だから成果としては文句ないかもだとか。
だけど、それ以上に。
「……何してるんだろう、私」
柊の自室がある階層に上昇していくエレベーターを眺めて、不意にぽつりとこぼれる。
初めは明らかな隙にほくそ笑んだ。下卑た笑みを隠して自然そうに笑う柊と、それにまんまと騙されて釣られていく女子を見下して嘲笑ってた。
けれど、後をつけ続ける内に気づいてしまった。柊の笑った顔はその時の感情をそのまま出力しているのだと。
手を繋ぎ、目的を同じとして、好きなものを語り合う。そこに余分な感情なんてものは存在してなくて、美味しいものを食べたら美味しいと言うように、あの男は自分が楽しいと思える人間と一緒にいるだけ。
そして女子たちは釣られていってはいるけれど、餌だと分かって、何が待ち受けているのか分かって釣られているのだ。お前と一緒にいるのが楽しいと言外に伝える男に、彼女らの方から釣り針を呑み込んで、まな板で大人しく食べられる瞬間を望んでいる。
自分が何を求めていて、何を満たせるのか分かっているから。そこで得られるのが快楽だけではないから、あんなにも幸せそうな顔をしている。
──羨ましい。
優秀の域をでない成績。整ってはいるが上がいる顔の造形。自己主張が強いわけでも責任感が強いわけでもない、無個性な性格。
一丁前にこじらせた顕示欲と承認欲求は万引きという分かりやすいレッテルを私自身に張りつけて、満たされたのは一瞬だけ。犯罪という社会通念から逸脱した行為で特別な人間になれると、私は心のどこかで思っていたのだ。
その結果が友達を名乗る脅迫者を作り、誰かの特別になれた人間を、特別じゃない私に見せつけている。
脅迫という分かりやすい手段を使う坂柳から逃れられないのも、あいつに必要とされている現実が浅ましい承認欲求を満たしているからで。坂柳が手駒を求めていたのではなく、私の方が誰かの何かになりたくて、坂柳はそれを見抜いていたんだ。
「……あほらしい」
自覚してしまうと、急に萎えてしまった。
誰かに知った風に言われるのなら否定のしようがあった。だけど、柊とその周辺を嗅ぎまわって見せつけられる光景は、私自身が眼を逸らしていた欲求を突きつけるのに充分過ぎた。
今まで感じていた漠然とした渇きを才能という免罪符に逃げて。結局は自分自身の努力不足なのだと、虚しいまでに理解してしまった。
ひっきりなしに手を出している男に引っかかっている女子を、羨ましいなんて思っている時点で私の価値は彼女ら以下なのだ。少なくとも、今の私よりも充実した風に見えてしまっている。
空虚な足取りでフロントに設置されたベンチに座る。坂柳に脅されてから、それを断れない理由にして嫌々従ってきた。だけど、その嫌々もただ体裁を保ちたかっただけだと自覚してしまうと、すべてがどうでもよくなってきた。
なけなしのプライドさえ、私にはなかったのだ。初めから。
辞めてしまおうか。ここにいる意味を、見いだせなくなっている。
「で、どうだ。何か有意義な情報は取れそうか?」
「は?」
ばっ、と声のした方に振り向く。
エレベーターで見送ったはずの顔。私にはかけられるはずのない声。悪戯が成功したような、どこか癪に触らない表情。私を射ぬく、黒い眼差し。
知りたくもないのに、一方的に知っているだけの男が当たり前のように隣にいて、少しばかり鋭い瞳に呆けた自分の間抜け面が映っていた。