満天の星空が彩る帳の下で白い霧を吐き出す。本格的な冬の厳しさを身を持って体感しながら、木造の壁にもたれかかっていた。
混合合宿という名の山籠りが始まって早二日。各クラス、各学年が水面下で争うのを遠巻きに観察しつつ特に代わり映えのない日々を過ごしている。
違う点と言えば波瑠加や愛里、ひよりに真澄とイチャイチャできないところだろうか。男女は接触可能な時間以外、完全に隔離されるためタイミングを見計らって喋るのがせいぜいである。
これが試験でもなければハグしてキスの一回や二回するのだが、流石に止めておいた。教師の監視がある前ではリスクの方が勝る。
それに、たまにはこういう予想のない抑圧もいいスパイスになる。触れ合える距離で、お互いに我慢しあった後のスキンシップはそれはもう心が踊るではないか。悶々とした気分で土日を迎えるのがはちゃめちゃに楽しみである。
……いっそのこと、四人一緒に味わってみようか。波瑠加と愛里だけにぶつけるのはちょっと負担が大きいし、もう一人増やすのなら、全員でどろどろになった方が幸せな気がしてきた。
「ちょっと、気持ち悪い顔してるわよ」
突然の罵倒に顔を向けると、地面を照らす外灯の光に紫色のロングヘアーが浮かび上がっていた。シャープな顔立ちと鋭さのある瞳が順番に現れ、呆れた表情を型どっている。
その表情に安堵と優越感が潜んでいるのを、敢えて見逃した。
「おかしいな。好物を敷き詰めた献立を考えていただけなんだが」
「要じゃなけばその説明で納得できたかもしれないわね。日頃の行いを見直せば?」
中々辛辣な言葉であるが、反論の余地がないので肩を竦めるしかない。酒池肉林を考えている表情なんて、まあろくでもなくて当然だろう。そんな男に声をかけてくれるだけ、真澄の器量は広いと言える。
「そもそもこんなところで何してんのよ。朝にあんな目寄こしてさ」
「特に理由はないな。強いて言うなら、真澄なら来るかなって」
時間は夜。場所は人目につきにくい陰。外灯の明かりが有るものの、近くないと距離感を見失う程度の暗さはある。消灯時間はすでに過ぎていて、教師に見つかろうものならペナルティは避けられないだろう。
それを加味しても、ここなら何も考えず二人っきりになれる。俺や真澄のように単独行動が得意なら監視程度のリスクを踏み倒すのは容易だった。
「……私が来なかったらどうするのよ」
「一人でぼーっとして満足したら戻る」
真澄が来てくれるかはただの希望的観測だった。しかし、実際に来てくれたのでそれだけで結構満足している。
言葉にしたわけでもないのに仕草だけで意味を考えて、俺の思考を理解して脚を運んでくれたのだ。喜ばないというのが無理だろう。
「……はぁ、止めね。あんたに例えばを語るほど無駄なことはないわ」
「よく気づいた。じゃあ、ほら」
諦観の溜め息をこぼした真澄に頷いて、両腕を軽く広げる。折角二人っきりなのに、そんなに遠いなんて寂しいじゃないか。
へい、へい、と構えて待っていると鋭い瞳がジトっと睨みつけてくる。けれど、頬はほんのりと赤らんでいた。
やがて人肌への欲求の方が勝ったのか真澄は目の前まで脚を進めてきて、くるっと反転する。そして勢いをつけた背中をどすっと乱暴に預けてきた。
「早く暖めてよ。こんなクソ寒い時間に呼んだんだから」
頭で顎を打ちあげてきそうな声色ながらも、髪から覗く耳が真っ赤に染まっていて、愛らしい照れ隠しに衝動のまま抱き締めた。
「可愛過ぎるこというなよ。我慢できなくなったらどうする」
「どうせ口だけでしょ。ここじゃ満足にするつもりもないくせに」
バレてーら。いくら可愛くて魅力的でも、外な上にこの寒さじゃ勃つものも勃たない。だからといって情欲がちっとも沸かないわけじゃないのが困るところだ。
「……予約は空いてんの」
回した腕に可愛らしい手が添えられて恋しそうに撫でられる。少しだけ振り向かせた頬は紅みを残しており、片方だけで俺を見る瞳には期待がのせられていた。
「空いてるよ。けど他の子と一緒でいいなら、だけど」
非常に申し訳ないが誰か一人だけを抱くという選択肢は端から存在しない。我慢を強いられているのは全員なんだから、求めてくる全員に応えたいし俺という欲望をぶつけたいのだ。
それを強制しようとは思わないけれど、無理なら少しばかり待ってもらう必要がある。
「相変わらず死んだ方がいい性格してるわね。嘘でもお前だけといたいっていいなさいよ」
「想像できるか?」
「自分で言っといてないと思ったわ。そっちの方がよりキモいかも」
でしょうね。言ったことも想像したこともねえわ。俺から求めることは多くても、束縛とか承認欲求とかは微塵もないんだよな。特定の誰かというよりも、俺のことが好きな女の子を求めているからかもしれない。好いてくれる女の子なんて何人いても足りないからね。
「……波瑠加とか愛里とかとするっていうのはまだ考えられないわ。だから、後でいい」
おや、いつの間に名前で呼ぶような仲になったんだ?
「知らない間にずいぶんと仲良くなったんだな」
「仲良くっていうか、あいつらが踏み込んでくるのよ……波瑠加とか変な渾名つけようとするし、ひよりは天然で便乗してくるし」
あぁ、なんとなく納得する。波瑠加の無神経っぽさと、愛里のおどおどした感じと、ひよりのふわふわした天然感が混ざるとカオスになるからな。
無視するのは簡単なはずだが、邪険にもできてないとこを見るに大分余裕ができているというか、満更でもないというか。
友達。というにはまだ気が早いが、もう他人ではないのだろうと言葉の割りに明るい口調から察する。
「そういえば、あんた何か企んでるの?波瑠加がぼやいてたわよ」
思い出したように真澄が怪訝な視線を向けてくる。波瑠加がぼやくことといえば俺の女関係であり、ここ最近で関わりが増えた女子といえば、橘先輩と朝比奈先輩の二人である。
「企むっていうか、相談事に乗ってるって感じか?」
「どうせ新しい女でしょ?それを企むっていうのよ」
うーむ、全く信用がないな。当然といえば当然なのだが。
「本当に軽い相談くらいしかしてないぞ?片方は失恋したばっかの時にお断りしたし」
「へぇ、二人はいるのね」
ふむ、選択肢をミスったようだ。真澄の声が重いし冷たい。
だが待ってほしい。本当にそういった話ではないのだ。ただ二人とも俺以外に話せる内容じゃないだけで、ちゃんと健全な関係である。
……そういう雰囲気になったら?それはまあ、その時に判断するというか?
「節操がないのと天然が合わさると救いようがないわね。刺された方が……あんたは刺されたとしても許すか」
よく分かってる。女の癇癪くらい受け止めてやるのも男に必要な器量だからな。
「……予約、私の分も空けといて。気が乗ったら散々相手してもらうから」
「…………やっぱ駄目だ」
身長差のせいで少し遠い頬に、ちょっとだけ屈んで俺のを擦りつける。
「は?」
「真澄も来てくれ。今の言われて気が乗ったらなんてあんまりだろ?」
ハグよりも激しいスキンシップはしない。キスも敏感な肌に直接触れることもしない。だからこそ、昂る心が控えめな主張を許せなくて、我慢を覚えたくない。
波瑠加も愛里もひよりも真澄も、その日に味わい尽くしたいのだ。複数人はハードルが高いから無理強いするつもりはなかったのに、真澄を求める情欲が予防線を蹴っ飛ばしてしまった。無理強いを受け入れてほしい身勝手な欲望に、火をつけられてしまった。
「っ」
俺が本気だと気づいた真澄が少しだけ動揺して身を強張らせる。スイッチを入れたのが自分だと理解したのか、瞳の奥には喜びの炎が灯っている。
星を反射する瞳が右往左往と忙しく泳いで、引き絞られた瑞々しい唇が何度も波打つ。やがて定まった瞳が長い沈黙の末に交差し、ゆっくりと、確かに頷いた。
しばらくの間、ジャージの上からでも伝わる体温を共有しあって、名残惜しさを覚えながら身体を離す。
「そもそも戻るか。長く居すぎた」
「そう、ね」
宿舎の入り口付近でタイミングをずらしてお互いの部屋に戻る。音を立てずにベッドに潜り込んでも、真澄と共有した温もりが全く消える気配を見せないまま、睡魔に任せて瞼を降ろすのだった。