突然だが、俺は結構な人数の女の子を泣かせてきた経験がある。犯罪歴を武勇伝の如く語る痛い不良染みたことを言いたいのでなく、シンプルな失敗談の話だ。
泣かせた理由も不可抗力からはじまり、単純に心の機微を把握しようとせず傷つけてしまったことなど多種多様だ。
その度に何が駄目だったか、原因はなんだっかあれこれ頭を悩ませては実践し、時には泣かせてしまっての繰り返し。どうでもいい人間が泣こうと気にも止めないが、俺のことを好いてくれてる女の子が、俺のせいで泣くというのは中々堪えるものがあるのだ。
しかし、俺の男女観というか倫理観は生みの親、特に父親のせいで結構ぐちゃぐちゃで最初のころは常識のずれを修正するところからだったり、相応に苦労した時したものである。
つまるところ、俺が女の子を泣かせる時は決して本意ではないし、その都度苦い経験として糧にしてきたわけだ。
それを踏まえて、時にはどうしようもないこともあったりするわけで。
「うわあぁぁぁぁ~ん!!」
号泣、号泣である。女の子が泣いてる時はどうにか泣き止ませようと考える俺も、こればっかりは好きなだけ泣いてスッキリした方がいいと思うレベルの滂沱の涙。
女の子どころか人がこんなに泣いてるのを見るのは久しぶりでさえある。
「私、わたしっ、がんばったんですよ!?二人っきりになれるようみんなにお願いして、手とかに触れたりして、ちゃんとアピールしたんです!すごく恥ずかしかったのにっ!!」
「そうですね。聞いていた橘先輩の二年間を比べると雲泥の差ですよ」
「ですよねっ!?それでも駄目だったから、頑張って、水着まで着たのにっ……ひぐっ、会長わぁ……っ」
じわりと涙腺に貯めた雫を瞳に滲ませ、痰を切ったように涙と共に声を荒げる。
「『言いたいことは理解した。まずは服を着ろ』って!!全然理解してないじゃないですか!!うえぇぇぇ~んんっ……!!」
「おぉ……」
確かに旧知を知る仲間が水着姿で現れたとなれば、堀北先輩の反応はおかしなことではない。が、橘先輩がちゃんと告白した上での反応である。それはもう、憧れから抱いた恋心が砕けちっても不思議じゃない。
「あー、分かりずらいけど堀北先輩も動揺してたとか?」
「がっつり真顔でしたよ!いつも通りの目で!」
「やっば……」
それは百年の恋が冷めてもおかしくないわ。そこまで来るとむしろ、堀北先輩って馬鹿なんじゃなかろうか。鈍いとか疎いとかいう以前に人としてどうかと思う。異性としての気持ちを汲むのも、上に立つ人間には必要な能力だというのに。
「えーっと、今は好きなだけ泣きましょう。約束ですしね?」
「ありがとうございまずぅぅっっ……!!」
胸に顔を押しつけて泣きじゃくる橘先輩をあやすこと数分。喉をしゃくりあげながら積もり積もった愚痴とぽかぽかとダメージのない攻撃を繰り返していた橘先輩が、ぴたりと動きを止めた。
「はぁ、ひくっ……お腹空きました」
オーバーヒートを起こしてエネルギーを使いきった機械のように虚ろな声が響く。俯いて表情は見えなかいが、多分人には見せられない顔なんだろう。
まぁ連絡がきた時点でこういう状況は予想できていた。そのための対応の準備も抜かりない。
「先輩、顔冷やしましょうか。その間に軽く食べれるもの取って来るんで」
人肌程度の水に濡らして絞ったタオルを渡して、返事が返ってくるよりも早く腰を上げる。
わざと時間をかけながら前日に作っていた苺のタルトとココアを二人分用意し、もう充分だろうとお盆を持って戻れば少しばかり回復した様子の橘先輩が物珍しそうに部屋を見渡していた。
「顔、洗ってこなくて大丈夫ですか?全然貸しますけど」
「あ、大丈夫です。タオルがとても丁度良かったので……あまり見ては欲しくないですけど」
「流石に泣いてる先輩を虐めるほど性格悪くありませんよ」
もちろん時と場合によるが。ベッドの上で泣く女の子はいいぞお。
テーブルの上に目的の物を並べて橘先輩の向かい側に腰を降ろす。
「……え、これ手作りですか?」
「はい。お菓子作りとかが趣味なんで」
あれ、言ってなかったっけ?あぁでも、俺から自分のこと話したりしないから、教える機会もなかったのか。ずっと堀北先輩にどう振り向いてもらうかの相談しかしてこなった気もする。
「意外なようであんまり驚いてない自分がいるのが不思議ですね……んむ、美味しい…………ですけどすごい敗北感……」
「ただの自己満足なんで比べるのは自傷行為では?」
「ぐふっ……もう少し手心をください……自覚はありましたよぉ」
もそもそと目線を落としながらも「美味しいです……」と呟き、少量ずつ口に運ぶ様は小動物のような愛くるしさがあった。そんな人が水着姿を見せたのに微動だにしない男がいるらしい。とんでもない奴である。
傷心中の先輩を喋らせるのも悪いため口数は少なめに。しかし、気まずい雰囲気になることもなくゆったりとした時間を過ごした。
「んく……ふぅ。ご馳走さまです。ちょっと現金で言いづらいですけど、気分は大分マシになりました」
「お粗末さまです。それが目的なんで良かったですよ」
むしろ少しも立ち直らなかったらちょっとショック。一応これでも元気になるように橘先輩の好物をチョイスしていたのだ。観察眼には自信があるので間違っていなくて安心。
それに小さな女の子が美味しそうに手作りのお菓子を食べる姿は、結構眼福ものだ。下心無しに嬉しい。
「堀北くんも柊くんみたいに分かりやすければ良かったのに」
「急に悪口」
「ち、違いますよ!?柊くんってすごく表情が動くっていうか……いえ、最初の時は無愛想でちょっと怖かったですけど」
全然弁明になってないのはつっこんだら駄目だろうか。
とは思いつつも橘先輩の言ってることは事実だし無愛想どころか普通に喧嘩売ったからね。
今でも須藤の自供一つで沙汰を下そうとしたのは間違いだと断言するし、あの言動を改めようとは全く思わない。
だからこそ、若干嫌われていた橘先輩の相談に乗って、泣くために胸を貸すなんて何が起こるのかわからないものである。
「でも、笑ったり怒ったり、他人とそうではない人では態度が全然違ったり、柊くんの中では明確な線引きがあるじゃないですか。人で態度を変えるのは子供っぽく見えますけど、実は当たり前のことなんですよね。
多分、柊くんにこうしてカッコ悪いところを見せてしまったのも、そういう線引きを覚えたからだと思うんです」
俺の影響を受けたというのは若干の嬉しさと、大丈夫だろうかという心配を覚える。ろくでもない人間である自覚がある分、素直には頷けないのが難しいところだ。
「結果は、散々なものになっちゃいましたし、不甲斐ない姿を見せてしまいましたけど……それでも、色々と頑張れたことは良かったって思えます。
なので、改めてお礼を言わせてください。
柊くんのおかげで、一番嫌な結果でしたけど少しは胸を張ることはできそうです。笑い話にするのは、まだ無理そうですけどね」
姿勢を正して、赤みの残る目元でしっかりと俺を見据えた橘先輩は、最後に格好を崩して照れたように小さな笑みをうかべた。
哀愁を滲ませながらも、どこかやりきったような晴れやかな表情は彼女が一つ人として成長したことを示しているようで、とても可愛らしく素敵なものだった。
うーん、ほんとに勿体ないなぁ。俺だったらもうそれはそれは大切にするのに。
「畏まってお礼を言われるほどでもないですよ。俺も橘先輩の格好いいところ見せてもらいましたしね」
「そう、ですかね?あまり記憶にないんですけど」
「努力してる人はダサいし泥臭いもんです。でも見てる人には格好よく見えてますよ」
「もう、そんな気の効いたこと言っちゃ駄目ですよ?これでもちゃんと立ち直ってますから」
「普通に本音なんですけど?」
むふん、と強がって胸を張る可愛らしい先輩に苦笑しながら、少しばかり雑談に興じてその日は解散するのだった。
「そういえば、いつもよく一緒にいる仲の良い……えっと」
「波瑠加ですか?青髪ロングの」
「あ、波瑠加さんっていうんですね。その、私と一緒にいていいんですか?」
「?それはどういう……?波瑠加はただの友人ですよ」
「えっ、そ、そうなんですか?私はてっきり……」
「あー、まあ入学してから割りとすぐ仲良くなったので、他の友人とかと比べれば結構距離は近いですけど」
「で、ですよね!ただのお節介なのは分かってるんですけど、何かあればお返しするので待ってますよ?」
「……そうなった時は橘先輩の胸を貸して貰いますよ」
「それはなんというか、余り頷きたいお願いじゃないですねえ……ちゃんと祝福できるよう頑張ってください」
「手厳しいですね。まあ、期待せずに眺めていてくださいよ」