※この作品はR-18です。

よう実のヒロインを好き勝手に抱く話   作:ぼっちプレイヤー

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椎名ひより 裏

 

 物心ついた時から私は本の虫でした。

 身体を動かすよりも、勉強するよりも、人と会話するよりも、紙に羅列された文字を読み解くのが私にとっての優先事項。編まれた活字から意味を知り、物語を夢想し、登場人物の心情を、或いは作者が何を思って書き連ねたのかを考えるのが大好きでした。

 

 当然、そんなことをばかりしていれば人の輪からは弾かれます。流行りもので楽しくお喋りする同級生からは煙たがられて、異性とテンポよく会話する能力のない私が孤立するのは当たり前のことです。

 そのことに寂しさを覚えないといえば強がりになってしまいますが、自分から動くほど人肌を恋しく思う感性も無かったので、自然とお友達はおらず手にある本がそれだと言っていいかもしれません。

 

 独りでいることの寂しさを覚えながらも満たされた、変わり映えのない日々。高校生ながら、私はずっとこうなんだろうな、なんて思いながら新しい環境で、変わらず物語を読んでいる。

 

 そんな、入学したての私に聞いてみたいです。

 

 「んー、ひより。狭いからもっと引っ付こう」

 

 「私もそうしたいんですけど、やっぱりまだ恥ずかしいです……」

 

 「駄目だ。折角二人で入ったんだから今さら俺が上がる訳にもいかないだろ?それに、ひよりを抱き締めながら湯船に浸かりたいんだ」

 

 「……あまり強くしないでくださいね?まだ違和感が残ってるので」

 

 男の子を好きになって、あまつさえ肌を重ねるなんて少しでも想像できましたか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ″豆腐百珍″

 天命2年に出版された、豆腐料理のレシピ本です。100種類の調理方法が記されたそれは当時大ヒットしていたようで、その時代の人たちがどのようにして豆腐を食べていたのかを読み解くことのできる料理本になります。現代では1988年に現代語訳が出版されていて、一般の方でも買おうと思えば買える、過去を知るための料理本。そして印刷技術とインターネットが普及した現代では、あまり必要とされなくなった悲しい本でもあります。かくいう私も、本を出版する父の書斎で一度眼を通したっきりで詳細をしりません。

 

 そんな記憶の薄い昔の料理本をなぜ思い出したのかといえば、それを手に開いて眼を走らせる男子生徒がいたからでした。

 学校の図書室としては膨大過ぎる書物を保管する一室の片隅できらきらと輝く瞳は、冒険に踊り出る主人公のように綺麗で楽しそうだったのを覚えています。読書を趣味とする人間として、夢中に本を読み込む彼に声をかけてしまうのは至極当然だったといえるでしょう。私の好みはミステリーですが、現代語訳まで必要な昔の料理本を好んで手に取る彼は少なくとも、本を嗜む人であろうと思ったので読書仲間ができればいいなという淡い願望もありました。

 

 「とても珍しいものを読んでらっしゃいますね」

 

 「……そっちこそ、よくこんな変わった本知ってるな。表紙からじゃ何の本かすらわからんだろうに」

 

 「自宅の書斎で眼を通したことがあったもので。しっかりと内容は確認しませんでしたが確か、昔の豆腐料理のレシピ本、だったでしょうか?」

 

 「正解。見つけた時はなんでこんなもんが学校にあるかと思ったが、あった場所的に歴史書って判断したのかね。これを買うと判断した人はみる眼がある」

 

 彼はぱらぱらとページを捲り、楽しみを取っておくようにぱたりと閉じてしまう。そこまで見ていて、すっかりと忘れていたことを思いだしました。

 

 「自己紹介がまだでしたね。1年Cクラスの椎名ひよりといいます」

 

 「同じ1年のDクラス、柊要だ。別クラスの奴が何か用でもあるのか?それともただの物珍しさで声でもかけたか?」

 

 私に向ける瞳にさっきまで宿っていた輝きがなくなっていて、邪魔をしてしまったことに少しばかりの罪悪感を覚えてしまった。声をかけなければ、まだあの純粋な眼をしていたのでしょうか……

 

 「特に用というわけでもないのですが……お邪魔してしまったのなら、またお会いした時にと思いますけど」

 

 罪悪感とお友達を作り損ねる残念さに段々と声が小さくなってしまい、それが余計に申し訳なくなる。黒い瞳から視線を剃らしそうになると目の前からふっと軽い吐息が木霊して、彼の表情が柔らかくなった。

 

 「なんだ、ほんとに物珍しさで声かけてきたのか……んー、椎名は本が好き、なんだよな?あんなの知ってるくらいだし」

 

 「え、あ、はい。色んなジャンルを読んでいてミステリーが好みなんですがその、お恥ずかしいながら本についてお喋りできるお友達が中々できず、柊くんが楽しそうに読んでいるのを見てつい……」

 

 「……そんな楽しそうにしてたか?」

 

 「とても、いいお顔をしていましたね」

 

 ″えー″と聞こえそうな顔で柊くんは片手で口を覆い、さっと視線を逸らす。頬がほんのりと赤く色ついているのが、少しだけ子供っぽくて可愛いらしさを覚えた。

 

 「にやけてたりしてないよな?そういってくれないとただの危ない奴になっちまう」

 

 「隠すようなことではないと思いますけど……その柊くんを見て声をかけようと思ったわけですし」

 

 「椎名の感性はそこらとずれてそうだからあんまり信用できねえなぁ。まぁ、友達が増えるものと考えれば儲けもんか」

 

 「……いいんですか?」

 

 「そりゃあ、声かけるのを頑張ってくれたみたいだしな。その努力を無下にはできんだろ」

 

 ″俺、頑張ってる奴好きなんだよ″そういった柊くんの表情に変化はなく、ごく自然に接してくれてるのが肌で分かります。落ち込んでいた気持ちが浮わついてしまうのが自分でも分かってしまい、先ほどのように失敗しないため内心を平常に務めました。

 

 「つってもミステリーか……あんまり読まない方だな。もっぱらギャグと人間ドラマしか読まないし」

 

 「意外ですね。他の人には興味なさそうに見えますが」

 

 「そうだぞ?ただ人の成長とか、殻を破る瞬間は結構面白いもんだ。フィクションだと何の責任もなくて楽に見れるし」

 

 「……そういった経験が?」

 

 「当事者じゃなくて第三者目線だったけどな。家の都合で近くで見ることが多かったんだよ」

 

 眉間に皺を寄せる柊くんは嫌なことしか思い出せないのか、弛く頭を振った。また失敗してしまいました。あまり長くならないために話しを戻しましょう。

 

 「お互いに好きなジャンルの中でもお勧めの物を持ってくるのはどうでしょう?あっ、でもミステリーは嫌いですか?」

 

 「いや、単純に優先順位が低くかっただけで嫌いじゃない。しかし、豆腐百珍を知ってる椎名に勧める本か……ハードル高くないか?」

 

 「そんなに深く考えなくても、感想会みたいなことができれば私は満足ですよ」

 

 「でもな椎名、お互いに勧めた本なのに自分だけ初体験はなんか悔しくないか?これは俺のプライドがかかってるんだ」

 

 「ふふふ、でしたら楽しみにしてますね。私もちょっと張りきってみます」

 

 それが柊くんとの出会いでした。初めての会話なのに自然体なのが伝わってきて、私もようやく出来たお友達に達成感と嬉しさで胸がいっぱいでした。

 お互いに本をお勧めして、感想会をすることもあればずっと本に視線が固定する時もあって、その空間がひどく心地良いものになっていくのに大した時間はかかりませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「一目惚れだったっていったら、驚きますか?」

 

 「……なんて?」

 

 「二回目はありません、聞こえてるのは分かってるんですから」

 

 「聞こえてないフリじゃなくて耳を疑っただけなんだが。一目惚れ?俺に?……どこをみて?」

 

 「沢山の女性に手を出すのに、なんでそういったところは自信ないんですか?」

 

 「世の中には罰せられない罪状があってな、事実陳列罪っていうんだ」

 

 「要くんの精神性が不思議でなりません」

 

 確かに女子生徒が作っていたイケメンランキングというのには圏外を記録していたのを耳にしましたし、見た目だけが好きになった理由だとはいいません。けども、私の目に要くんが焼きついたのは間違いなく、図書室で出会ったあの時でしょう。

 高い身長で大人っぽく見える顔立ちの中にある、きらきらとした純粋さを忘れない綺麗な眼差し。目の前にあるものに夢中で夢中でどうしようもないことが端から見ても伝わってきて、きっと世界が終わりに向かっても変わらずそうしているのだと思ってしまいました。

 

 「それだけで好きになったわけではないですけど、でも意識する理由にはなりました」

 

 「素直に喜んでいいのかわからんなぁ。ひよりの記憶に残ったのはいいけど、俺はその瞬間を見れないわけだし」

 

 「いつも辱しめているのでは足りないんですか?」

 

 「辱しめるて。あんなに可愛いく鳴くのが悪いだろ。声は聞いてて癒されるし、表情はずっと見てられるくらい綺麗だし、ひよりが喜んでるなーってむぐ……」

 

 「言ってるそばからしないでくださいっ。もうっ……」

 

 好きになった瞳をしながら言わないでほしい。どきどきしてしまうじゃないですか。

 この人は本当に自分を隠そうとしないのです。楽しい時は眼が子どものように輝いて、反対に興味がない時はずっと深い黒さを宿す。

 本を読んでいる時も、ご飯を食べている時も……えっちなことをしている時も、無知による残虐性だけを取り除いた、純粋無垢な年相応の色を宿してその時間を名一杯楽しんでいるのです。黒一色に染まった眼が一声かけるだけで、透明な色をつけて私を見てくれる。それが嬉しくないはずがありません。喜ばないわけがありません。他の女性もきっとそうなのでしょう。

 

 「どうすればこんな悪い人に育つのでしょうか」

 

 「愛人を全員養う親父が親になるところがスタートだな。あとは……運」

 

 「ほとんど遺伝しかないみたいですね……」

 

 こうなると要くんの家庭環境が気になってきます。口振り的に関係は悪くなさそうですけど、家の都合というのが合ってないみたいですし。ただ、嫌なことから逃げずに折り合いをつけているところが彼らしくもあり、意外でもあります。きっと、その抱えた矛盾性が要くんの魅力の一つなのでしょう。

 

 「でも、ここに来るまでに色んなことを頑張ったと分かるから、こんなに要くんが好きになるんでしょうね。ただの女好きに、努力の尊さが分かるとは思えませんから」

 

 「ただの逆張りだぞ?誰かの頑張りを褒めるには、まず自分からだからな。そのおかげでひよりの目に止まれたわけだけど」

 

 「ふふ、でしたらこれからは私が褒めていきます。その代わりに、要くんも沢山褒めてくださいね」

 

 「だったらまずは、ひよりに好きになって貰えたことを褒めてもらうか。そしたら、俺を好きになったひよりを褒めてやろう」

 

 「……私が褒めるだけでは駄目ですか?」

 

 「別にいいぞ?それで満足できるなら、だけど」

 

 ……ひどい人です、本当に。″好きになってくれてありがとう″なんて、想像するだけでも嬉しさ恥ずかしさでおかしくなりそうなのに、要くんはなんの抵抗もなく口にして、それが本音だって伝えてくるんですから。あの、私が大好きな輝きを瞳に宿して。

 言いたいですし、言って欲しい。けれど、今の私にはちょっとだけ心の準備が必要でした。

 

 その事を見透かした要くんが嬉しそうに喉を鳴らして手を伸ばしてくる。何をするか察して受け入れると猫にするように顎を指で擽ってきて、むず痒いような、心地良いようなふわふわとした感覚に包まれる。

 

 果たしてそれが愛でられているのか、褒められているのか私には判別ができず、ただ引き寄せられるように彼の胸に身体を預けるのでした。




 因みに豆腐百珍は2024年に最新の現代語訳が出版されてます。原作1巻は2015年刊行なのでそれに合わせて1988年のみ把握しているという感じにしました。興味があれば是非。

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