その間、よろしくお願いいたします。
◇
(こ、これが女性専用車両……)
そうして初めて入った女性専用車両に、私はどぎまぎしながらも、そうしていつもよりも空いている電車の雰囲気に安心感を覚える。
いつもは女性専用車両とか、そういうことを気にしてなかった。そもそも私が電車を使う時間帯的にそもそも女性専用車両がなかったり、あっても結局いつもギリギリで電車に駆け込んでしまう(よくないよね、反省してます)から、本当に乗る機会がなかった。
でも、流石にもう普通のほうの車両に乗ることは怖い。
だから、私は今日から女性専用車両に乗ると決めた。一応、高校までの道程としてはギリギリではあるけれど、それでも自分を守るためだもんね。
私はそうして、いつもよりも空いているその車両に居心地の良さを覚えながら、とりあえずドアの近くに立つことにした。
◆
電車に乗ることが怖い、って思ったのはついこの間の話だ。
それは終業式があった日のこと。午前中にホームルームや確認事項を行えばすぐに帰宅できるご褒美のような日。その日の午後は友達とどこか遊びに行こうかなぁ、とかいろいろ考えたりして、それで学校に行く日にしては珍しくルンルンとした気分で赴いていた。
そうしていつも通りに私は電車に乗っていた。だいたい高校の最寄り駅までの距離は三十分くらい。いつもその時間帯は満員も満員、というか過剰に満員な感じで、どうしても息苦しいけれど、流石に慣れてしまっている部分もあるからか、私はスマホを手にしながら、そんな苦しい時間を過ごそうとする。
そんな、時だった。
「──っ」
──なんか、なんかがお尻を触ってくる感覚。
なんか、というか固いというか、なんだろう? わからないけれど、とりあえずお尻に触れてくる感覚があった。
いやあ、確かに満員電車で何かが事故的に触れてしまう、ということはあったけれど、それはなんか今までに感じたような間接的な触れ方、というよりかは直接的な触り方、というか。だから違和感というものを覚えて仕方がなかった。
な、なに? どういうこと? 痴漢? ……私に?
私は訳もわからないまま、そうして視線を後ろに向けてみる。ぎゅうぎゅうだったから顔だけしか向けられなかったけれど、それでもなんか中肉中背? みたいなおっさんが後ろにいるような気がする。
正直、今まで満員電車で過ごしてきた時間で痴漢なんてされたことがなかったから、痴漢をされている、という実感なんて湧かない。
……でも、流石に何かがお知りに触れただけで痴漢という風には断言することはできないよね、ってその時は思った。確かに間接的というよりは直接的な触れ方だと感じたけれど、たまたま今日の当たり所が悪かったのかもしれないし、……ほら、痴漢冤罪っていうのもあるわけだし。何より満員電車、私の身体に触れたいわけでもないのに触れてしまった、とか、そういう可能性もあるわけで。
うん、とりあえずやり過ごそう。そうした方が他の人のためだ。
私がいきなり大声をあげて『この人痴漢ですっ!』なんて声をあげたら、それだけで後ろの人の人生は終わってしまうわけだし、それは良心の呵責というか、そういうものがある。
はい、事故事故。
そうしてやり過ごそうとした、けれど──。
「──んっ」
──やり過ごそうと無視をしたのがよくなかったのかもしれない。調子に乗ったように、今度はお尻じゃなくて、前の、下腹部の方へと手が伸びていく。
あ、あれぇ? お、おかしいなぁ? さっきのはまだ事故だって考えられるけれど、これは流石に事故というが偶然では片付かなくない?
伸びてきた手はそのままスカートの中へと入っていく。下着の中には手を入れないで、ただその表面を上側からなぞるように──。
「──……っ」
声、出しちゃだめ。くすぐったさ、それとあまり感じたくないものが身体に走るけれど、それでも声を出しちゃダメ。
そう思いながら、私は今度はどうすればいいか、ということを考える。
これはもう事故ではない。だったら、確実に痴漢だ。
それも、確実に手馴れているような気がする。なんか指の腹だけを執拗に表面に当ててなぞるようにしているし、……少し、ほんの少しだけれどなんか変な感じがする。
だから、これはもう痴漢として通報しても悪くはない。だって、冤罪じゃないんだもん。
なんならその手は私のすぐそば。その手を掴んで、どっかで見たドラマみたいに『この人、痴漢ですッ!』なんて声をあげれば、その瞬間に不快感は消えてくれる。
そう思って、私は意気揚々とその手を掴もうとした。掴もうとした、けれど──。
──掴めない。
「──んっ、……っふ」
別に、手が掴めないわけじゃない。相手は幽霊っていうわけでもないんだし、すぐそこに手はあるし、その手を摑まえることなんていつでもできる。
でも、怖い、恥ずかしい。
こんな白昼堂々、人前でこんなことをしてくる人が怖い。そして私がそんな人に身体を触られていると他の人に宣言することが恥ずかしくて怖い。
声が出せない、声を出したくない。声を出したら、変な声が出てしまいそうで、何もできない。何よりこの指、やっぱり痴漢することに慣れているみたいに──。
「──っ……」
執拗に、ねっとりと触れてくる……。
やだ、やだ、こわい。こわい。だれか、だれか助けてくれないかな。
そう思って誰かに助けを求めたい気持ち。私はなんとか後ろに視線をやって、触ってきているであろう男の人以外に女の人はいないか、そして私がされている痴漢について気づいてくれないかな、って懇願するような気持ちで見てみる。
一応、斜め後ろにショートの黒髪をしたOLさんがいる。いるけれど、外の景色に夢中になっているのか、視線が微動だにしない。
ほかに人はいるけれど、そのOLさん以外は全員男性で、そんな人たちに声をかけることは難しい。
「──っ、くっ……」
そうして私は、結局助けを呼ぶことができず、不快すぎるその指の感覚に、秘部をなぞられて、ただ絶頂を迎えることしかできない。その絶頂でさえも、本来一人であれば快楽だと感じるのに、見も知らぬ誰かに、しかもおっさんに与えられたものだと思うと、どうしても気持ちが悪くて仕方がない。
……けれど、私の絶頂を合図にしたのか、ようやくその手は私のもとから離れてくれる。一瞬、下着に引っかかるような爪の感触がより嫌な感じを覚えて仕方がなかったけれど、それでもアレが終わってくれたことに安堵をしながら、私はぼうっとする頭でスマホを適当に触ることしかできなかった。