ラプラス・ダークネスへの初回取材を終えた数日後。
丈は、秘密結社holoXのアジトが入る古びた雑居ビルの廊下を歩いていた。
総帥の「わがまま」と「可愛げ」のバランスを掌握し、信頼関係の礎を築いたという確かな手応えを感じながら。
「……む?」
薄暗い廊下の向こうから、凛とした足音が近づいてきた。
現れたのは、特徴的な金髪のポニーテールを揺らし、背筋をピンと伸ばした少女。
風真いろは。holoXの用心棒だ。
「貴殿は……先日、クロヱ殿と一緒にいた……」
彼女は足を止め、警戒心と好奇心が入り混じった瞳で丈を見据えた。
その手は無意識なのか、腰のあたり――刀があるべき場所へと伸びかけている。
「初めまして、風真さん。記者の滅道です。本日は総帥の取材で伺いました」
丈が恭しく名刺を差し出すと、いろはは「あ、これは失礼したでござる!」と慌てて姿勢を正し、丁寧に頭を下げた。
その実直すぎる反応に、丈は内心で微笑む。
(……なるほど。噂通りの「サムライ」か)
駅までの帰り道、二人は並んで歩くことになった。
最初はぎこちなかった会話も、丈が「学生時代に柔術を嗜んでいた」という話題を振ったことで一変する。
「ほう! 柔術でござるか! それは興味深い!」
「ええ。力の流れを読む、という意味では剣術にも通じるものがあるかと」
「左様! まさに『柔よく剛を制す』でござるな! 最近のトレーニング理論でも……」
武術と筋肉の話になると、彼女の瞳は少年のように輝き出した。
話題は尽きず、丈はふと思い出したように悩み相談を持ちかけた。
「実は、総帥の密着取材で困っていることがありまして……。彼女のプライベートも撮りたいのですが、その、お部屋が少々……」
「……ああ、汚部屋でござるか」
いろはは頭を抱えた。
「片付けても片付けても、すぐに散らかすのでござるよ……。あの中での撮影は、確かに放送事故でござるな」
「ええ。そこで、どこか別の場所で落ち着いて話を聞ければと思っているのですが」
「ふむ……それなら」
彼女は少し考え込んだ後、純粋な親切心から提案した。
「もし良ければ、拙者の家を使うでござるか? 掃除は行き届いているし、総帥も拙者の家なら慣れているので、リラックスして話せるかもしれぬ」
それは、あまりにも無防備な招待状だった。
会ったばかりの男を、自分のテリトリーに招き入れる。
彼女にとってそれは「仕事の協力」であり、やましい気持ちなど微塵もないのだろう。
丈は、その清廉潔白な申し出を、悪魔の笑みを噛み殺して受け入れた。
「……ありがとうございます。恩に着ます、風真さん」
用心棒の堅牢な鎧。
その隙間に、最初の一手が打ち込まれた瞬間だった。