後日。下見と打ち合わせを兼ねて、丈はいろはの自宅を訪れていた。
閑静な住宅街にある一軒家。玄関をくぐると、ほのかにお香の香りが漂う、塵一つない清浄な空間が広がっていた。
「どうぞ、狭いところでござるが」
いろはが茶を入れようとキッチンへ向かう。
その後ろ姿を見て、丈は気づいた。彼女の首筋に、うっすらと汗が滲んでいることに。
そして、呼吸がわずかに弾んでいる。
「……いろはさん。もしかして、鍛錬の後でしたか?」
「え? あ、はい。日課の素振りを終えたところで……って、まさか汗臭いでござるか!?」
彼女は顔を赤くして、自分の袖の匂いを嗅いだ。
乙女としての恥じらいと、客人に不快な思いをさせたかもしれないという焦り。
「いえ、匂いはしませんよ。ただ、風邪を引かれては大変だと思いまして。……先にシャワーを浴びてきてはどうですか?」
「し、しかし、客人を待たせるわけには……」
「構いません。俺もこの部屋の落ち着く雰囲気を楽しませてもらっていますから」
丈の優しい言葉に、彼女は「かたじけない……!」と頭を下げ、脱衣所へと駆け込んでいった。
数十分後。
バスルームの扉が開き、湯上がりのいろはが戻ってきた。
服装は、いつもの隊服ではなく、大きめの白Tシャツにスウェットパンツという、極めてラフな部屋着姿だった。
「お待たせしたでござる~」
タオルで髪を拭きながら、無防備に腕を上げる。
その瞬間。
だぼっとしたTシャツの裾が捲れ上がり、その下の素肌が露わになった。
一切の無駄な脂肪が削ぎ落とされた、引き締まったウエスト。
しなやかに浮き上がる腹直筋のライン。
健康的で、かつ官能的な「機能美」の結晶。
丈は思わず視線を奪われ、そしてすぐに目を逸らした――フリをした。
しかし、動体視力に優れた用心棒は、その視線の動きを見逃さなかった。
「……あ」
彼女の動きが止まる。
自分の腹部と、気まずそうに横を向く丈を交互に見る。
「み、み、見たでござるか!? 今、拙者の腹を!!」
顔が沸騰したように赤くなる。
恥ずかしい。鍛え上げられた腹筋は武人の誇りだが、異性に見られるとなると話は別だ。
「女の子らしくない」と思われたのではないか。そんな不安がよぎる。
しかし、丈は真摯な眼差しで彼女に向き直った。
「……ええ、見えてしまいました。申し訳ありません」
彼は一歩近づく。
「ですが……美しい、と思いました」
「へ……?」
「男性のようにゴツゴツしているわけではない。けれど、しなやかで、力強い。あなたが積み重ねてきた修練の歴史が、その体に刻まれているようでした」
その言葉は、彼女のコンプレックスとプライドの両方を、同時に満たすものだった。
いろはは口をパクパクさせ、言葉を失う。
「……そ、そんなに褒めても、何も出ないでござるよ……」
「本心ですよ。……もし、嫌でなければ」
丈は、彼女のパーソナルスペースに踏み込み、静かに尋ねた。
「触れてみても、いいですか?」
それは、取材の範疇を越えた、男としての要求。
しかし、心を解きほぐされた彼女に、拒絶の言葉は出てこなかった。
「……す、少しだけなら……」
彼女の許しを得て、丈の手が伸びる。
Tシャツの裾をゆっくりと捲り上げ、その指先が、鍛え上げられた聖域へと触れた。