翌朝。
カーテンの隙間から差し込む光で目を覚ました丈は、隣で眠るマリンの顔を見て微笑んだ。
昨夜の激闘の痕跡――首筋に残るキスマークや、少し腫れた唇が、彼女が誰のものであるかを雄弁に物語っていた。
しばらくして目を覚ましたマリンは、昨夜の痴態を思い出してか、少しバツが悪そうに、しかし幸福そうに丈に擦り寄ってきた。
「……おはよ。昨日は、その……ありがと」
「おはようございます。素晴らしい夜でしたよ」
二人は遅めの朝食をとりながら、いつものように今後の「取材」についての作戦会議を始めた。
「さて、ラプラス総帥も攻略しましたし……次は誰にしましょうか」
丈がコーヒーを啜りながら尋ねると、マリンは少し考え込み、そして悪戯っぽく瞳を輝かせた。
彼女の中で、嫉妬心よりも「共犯者」としての好奇心が勝ったのだ。
「……それなら、とっておきがいるわよ」
マリンは声を潜め、まるで怪談でも話すかのように、その名前を口にした。
「――星街すいせい」
その名前を聞いた瞬間、丈の手が止まった。
ホロライブの中でも屈指の実力者であり、歌、ダンス、トーク、全てにおいて完璧なアイドル。
そして同時に、サイコパスじみた言動や、底知れぬ狂気を秘めた存在としても知られている。
「すいちゃんはね、ヤバいよ。あの子の心の壁は、多分ホロメンで一番厚い」
「……ほう」
「いつもニコニコしてるけど、目の奥が笑ってない時があるの。完璧すぎるがゆえの孤独、っていうのかな……」
マリンの言葉に、丈の記者魂――いや、狩猟本能が疼き出した。
ただ可愛いだけのアイドルではない。
一筋縄ではいかない、危険な香りのする「原石」。
それを磨き上げ、砕き、自分の色に染め上げる過程は、どれほどの快楽だろうか。
「いよいよ、氷山の一角が見えてきた感じですね」
丈はしみじみと呟いた。
クロヱやラプラスとは次元の違う、本物の「スター」。
「あの子を落とせたら、アンタは大したもんよ。……ま、船長としては、アンタがあの子に殺されないか心配だけどね」
マリンはケラケラと笑うが、その目は真剣だった。
星街すいせい。彼女は、生半可な覚悟で近づけば火傷どころでは済まない相手だ。
「面白い。ぜひ、挑戦させてください」
「ふふっ、そうこなくっちゃ。……アポは取っておいてあげる。覚悟して行きなさいよ?」
数日後。
丈は都内のレコーディングスタジオの前に立っていた。
重厚な扉の向こうから、圧倒的な歌声が漏れ聞こえてくる。
空気さえも震わせるような、魂の叫び。
彼は深呼吸をして、扉に手をかけた。
ここから先は、魔境だ。
しかし、引き返すつもりは毛頭なかった。
「失礼します」
扉を開けると、ブースの中央に立つ少女と目が合った。
青い髪、青い瞳。
彼女は歌うのを止め、ヘッドホンを外すと、ガラス越しに丈を見据えた。
その瞳には、値踏みするような冷徹な光と、獲物を見つけた猛獣のような愉悦が宿っていた。
「……へえ。君が、噂の?」
マイク越しに響く声は、透き通るように美しく、そして背筋が凍るほど冷たかった。
「初めまして、星街さん。本日より密着させていただきます、滅道です」
丈が頭を下げると、彼女はふわりと笑った。
それは完璧なアイドルスマイルでありながら、どこか挑発的な「魔女」の笑みだった。
「よろしくね、記者さん。――あたしのこと、どこまで暴けるかな?」
新たなゲームの幕が上がる。
相手は、天空に輝く孤高の彗星。
丈は、ポケットの中のボイスレコーダーを握りしめ、静かに戦いのリングへと足を踏み入れた。