「……ふあ。そろそろ着替えようかな」
深夜。都心の夜景を一望するペントハウスのリビングで、星街すいせいは小さくあくびをした。
一日中着ていた外出用のワンピース。さすがにこのままリラックスするのは窮屈だ。
彼女が立ち上がった瞬間、丈は反射的にソファの上でくるりと背を向けた。
「あ、はい! 俺は後ろを向いてますから。安心して着替えてください」
そのあまりにも分かりやすく、そして紳士的な反応。
先ほどまでの、核心を突くような鋭い記者の顔とは打って変わり、まるで思春期の少年のように背中を強張らせている。
それを見た瞬間、すいせいの心の中に、小さな、しかし確かな「悪戯心」が芽生えた。
(……ふーん? 可愛いとこあるじゃん)
彼女は口元に、獲物を見つけた小悪魔の笑みを浮かべた。
この底知れない男が、どこまで耐えられるのか。その理性の限界を試してみたい。
彼女はあえて沈黙を破り、甘ったるい声で宣言した。
「――じゃあ、お言葉に甘えて♡」
衣擦れの音が響く。
しかし、彼女はただ黙って着替えるつもりはなかった。
「まずはー、今日一日あたしを可愛く見せてくれた、このワンピースの背中のファスナーを下ろしまーす」
ジジジ……と、金属の歯が布を噛んで下りていく音が、静寂な部屋に生々しく響く。
丈の背中がピクリと震えたのを、彼女は見逃さなかった。
「ふふっ。……肩から布が滑り落ちて……今、床に落ちたよ」
トン、という軽い音。
丈の脳裏に、白い肌が露わになる映像が鮮明に浮かび上がる。
「次はー、下着かな? 今日はね、綺麗な水色のレースなんだ。……ホックに手をかけて……」
パチン。
小さな、しかし部屋の中では爆音のように響く、留め具が外れる音。
解放された胸の重みが、重力に従ってふわりと揺れる様を、彼女は言葉巧みに実況していく。
「ストッキングも脱いじゃおっと。……くるくるーって、足先まで……」
シュルシュルとナイロンが肌を滑る音。
丈は膝の上で拳を固く握りしめ、必死に理性を総動員して耐えていた。
決して振り返ってはいけない。振り返ったら、このゲームは負けだ。
「……そして、最後はパンツ。……これも、脱ぐとこ、実況してほしい?」
挑発的な問いかけ。
丈が返事をする間もなく、衣擦れの音がして、最後の布切れが床に落ちた気配がした。
これで彼女は、完全に生まれたままの姿になったはずだ。
背後から、素足がフローリングを踏む音が近づいてくる。
そして、丈の耳元に、熱い吐息がかかった。
「――ねぇ」
トン、と。
丈の広い背中に、彼女の柔らかな胸が押し当てられた。
「あたしの心臓の音、聞こえる?」
トクン、トクンと伝わってくる鼓動。そして、背中越しに感じる体温と、肌の柔らかさ。
直感する。彼女は今、裸だ。
その事実が、丈の理性の堤防を、ガラガラと音を立てて崩していく。
「どう? 滅道さん」
彼女は勝利を確信した声で、悪魔のように囁いた。
「……まだ、後ろ向いてられる?」
逃げ場のない問い。
もはや、彼に選択肢は残されていなかった。
彼は覚悟を決め、ゆっくりとその体を反転させた。
目の前に広がるであろう、白く輝く裸体を、その目に焼き付けるために。