一方、その頃。
丈はタクシーを降り、慣れ親しんだ高級マンションのエントランスをくぐっていた。
時刻は明け方。空が白み始めている。
手には、コンビニで買ったホットコーヒーが二つ。
合鍵を使い、静かにドアを開ける。
部屋の中は、高級なルームフレグランスの香りに満ちていた。
それは、彼にとって「帰るべき場所」の匂いだった。
「……ただいま戻りました」
リビングに入ると、ソファに人影があった。
宝鐘マリン。
彼女は、ナイトウェアに身を包み、読みかけの本を膝に置いたまま、じっと玄関の方を見つめていた。
寝ていないのか、それとも彼の気配を察して起きたのか。
「――おかえり。ずいぶんと遅かったじゃない」
その声色は、怒っているわけでも、拗ねているわけでもない。
ただ全てを察し、受け入れている「本妻」のような余裕と、隠しきれない独占欲が滲んでいた。
「申し訳ありません。少し、手間取りまして」
「ふーん……」
マリンは立ち上がり、ゆっくりと丈に近づいてくる。
そして、彼のシャツの襟元に鼻を近づけ、クンクンと匂いを嗅いだ。
「……臭うわね。あのガキの、甘ったるいお菓子の匂いと……惨めな雌の匂いがする」
嫉妬。しかしそれは、ドロドロとした醜いものではなく、二人の関係をより燃え上がらせるスパイスのようなものだった。
丈は苦笑しながら、彼女の腰に手を回した。
「匂い、移りましたか?」
「ええ、プンプンよ。……早く洗い流さないと」
彼女は妖艶に微笑むと、丈のネクタイに指をかけ、グイと自分の方へ引き寄せた。
至近距離で見つめ合う瞳。
その深紅の瞳が、静かに、しかし熱烈に問いかけてくる。
「ねえ、丈」
彼女は甘い吐息と共に、核心を突く言葉を囁いた。
「……結構、今、溜まってますか?」
その言葉は、単なる性欲の確認ではない。
他の女を抱いた後でも、一番の情熱を注ぐべき相手は誰なのか。それを体で証明してみせろという、女王からの命令だった。
丈は背筋がゾクリとするような興奮を覚えた。
やはり、この人には敵わない。
どれだけ外で遊んでも、結局はこの港に戻ってきてしまうのだ。
「……ええ。パンパンですよ」
「ふふっ、素直でよろしい。じゃあ……証明して見せてよ」
マリンは丈の手を引き、寝室へと誘う。
そこは、二人だけの密室であり、法廷であり、そして祭壇だった。
「アンタがどんなに他の星を旅してきても、最後に帰ってくる港はこの船長の体だけなんだってこと……骨の髄まで分からせてあげる」
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