宝鐘マリンとの「密着取材」という名の共犯関係が成立してから数日後。
取材の合間、スタジオの休憩室で二人はコーヒーを飲んでいた。
「……で? 次のターゲットは誰にするつもり?」
マリンが上目遣いで尋ねてくる。その瞳には、独占欲と、これから始まる新しいゲームへの期待が入り混じっていた。
滅道は手帳を開きながら、涼しい顔で答える。
「そうですね。編集部からは『ホロライブの多様な魅力』を求められています。船長のような華やかなトップアイドルとはまた違う、少し影のある、あるいは裏の顔を持つような……」
「あー、はいはい。要するに、アンタの『攻略欲』をそそる相手がいいってことでしょ?」
図星を突かれ、滅道は苦笑する。
マリンはストローを噛みながら、悪戯っぽくニヤリと笑った。
「なら、うってつけの子がいるよ。……『掃除屋』なんて、どう?」
「掃除屋……沙花叉クロヱさん、ですか」
秘密結社holoXの掃除屋、沙花叉クロヱ。
普段は愛嬌のある後輩キャラとして振る舞っているが、その肩書きが持つ意味は重い。
「あの子、懐っこいように見えて、実はガードが堅いんだよね。それに、あざといようでいて、変なところでウブだし」
「なるほど。面白そうですね」
滅道の目に、狩人の光が宿る。
それを見たマリンは、満足げに頷くと、とんでもない提案を口にした。
「じゃあさ、今度のオフ、遊園地に行かない? 取材の一環ってことで」
「遊園地?」
「そう。船長とアンタのデート……じゃなくて、密着取材。でも、二人きりだと怪しまれるでしょ? だから、カモフラージュとしてさかまたを呼ぶの」
それは、あまりにも大胆で、そして背徳的な提案だった。
ターゲットを、本命(仮)とのデートのダシに使いつつ、その隙を突いて攻略する。
「……さすが船長。悪魔的ですね」
「人聞きが悪いわね! 可愛い後輩と思い出作りをしてあげようっていう、先輩の優しさよ!」
数日後、東京駅の待ち合わせ場所。
週末の喧騒の中、フードを目深に被った小柄な少女が駆け寄ってきた。
「せんぱーい! おっまたせしましたー!」
沙花叉クロヱ。
マスク越しにも分かる満面の笑みで、彼女はマリンに抱きついた。
「おはよ、さかまた。……あんた、ちゃんとお風呂入ってきたでしょうね?」
「もう! ひどいですよ先輩! 今日はおデートだから、昨日からピカピカに磨いてきたんですから!」
「はじめまして、沙花叉さん。記者の滅道です」
「あ、どうもー! 沙花叉クロヱです! 今日は荷物持ち要員として呼ばれました! よろしくお願いしまーす!」
クロヱは滅道に対し、全く警戒心を見せず、人懐っこく挨拶をした。
その無防備な笑顔。しかし、滅道の鋭い観察眼は、彼女の視線が瞬時に自分の全身をスキャンし、身体的特徴や持ち物をチェックしたことを見逃さなかった。
(……なるほど。ただの無防備な少女ではない、か)
電車に乗り込み、舞浜駅へと向かう道中。
混雑する車内からホームへと降りた瞬間、事件は起きた。
人波に押され、前を歩いていた小さな女の子がバランスを崩し、階段から転げ落ちそうになったのだ。
「――ッ!」
周囲が悲鳴を上げるより早く、滅道は動いた。
脱力した状態から一気に加速し、重力を無視するかのような踏み込みで階段を滑り降りる。
女の子の体が地面に叩きつけられる寸前、彼はその体を優しく空中でキャッチし、回転の勢いを殺して着地した。
「……大丈夫かい?」
女の子が呆然と頷く。
しかし、彼女が背負っていたリュックサックまでは手が回らず、そのまま階段下へと飛んでいってしまう――はずだった。
バッ、と黒い影が走る。
滅道が動いたのとほぼ同時、あるいはコンマ数秒遅れて反応したクロヱが、人混みを縫うように疾走していた。
彼女は滑り込むようにしてリュックのストラップを掴み取ると、見事な受け身で衝撃を逃し、涼しい顔で立ち上がった。
「はい、荷物も無事ですよー」
周囲から拍手が起こる中、滅道とクロヱの視線が交差した。
「……素晴らしい動きですね、沙花叉さん。まるでプロのようだ」
「えへへ、運動神経には自信あるんですよー。滅道さんこそ、今の動き、ただの記者さんじゃないですよね?」
クロヱの目は笑っていたが、その奥には底知れない冷徹な光が宿っていた。
一般人なら見逃すであろう滅道の「異常な身体能力」を、彼女は正確に評価していたのだ。
「昔、少しスポーツを嗜んでいただけですよ」
「ふーん……秘密、ってやつですか?」
クロヱは人差し指を唇に当て、悪戯っぽく首を傾げる。
その瞬間、滅道は確信した。
この「掃除屋」は、一筋縄ではいかない。だからこそ、落としがいがある。
隣で一部始終を見ていたマリンが、呆れたように、しかし楽しそうに呟いた。
「……まったく。とんでもない二人を連れてきちゃったわね」
夢の国へのゲートをくぐる前、すでに「ゲーム」は始まっていた。
記者と、アイドルと、掃除屋。
三人の奇妙な休日は、波乱の予感を孕みながら幕を開けた。