駅での人助け騒動が一段落した後、三人は人混みを避けるように駅近くのカフェへと入った。
テーブルには、鮮やかな色のクリームソーダとアイスコーヒーが並んでいる。
「……で? 滅道さん」
ストローで氷をカランと回しながら、クロヱが上目遣いで問いかけた。
その瞳からは、先ほどまでの人懐っこい後輩の顔が消え、獲物を値踏みするような冷徹な色が覗いている。
「アンタ、一体何者なんですか? あの動き、ただの記者にしては場慣れしすぎてますよね」
核心を突く問い。隣で聞いていたマリンが、緊張で息を呑む。
しかし、滅道はコーヒーカップを置くと、涼しい顔で人差し指を唇に当てた。
「――秘密です」
「むー! ケチ! 気になるじゃないですかー!」
クロヱは頬を膨らませて抗議するが、その目は笑っていない。
彼女はテーブルの上に置かれていたスプーンを、何気ない動作で手に取った。
そして次の瞬間――彼女の腕が鞭のようにしなった。
ヒュッ、と風を切る音。
銀色のスプーンが、滅道の眉間めがけて一直線に突き出される。常人なら瞬きすら間に合わない速度。
カァンッ!!
硬質な金属音が店内に響いた。
滅道の右手には、ケーキ用の小さなフォークが握られていた。
彼は表情一つ変えず、クロヱの突きを正確に弾き返していたのだ。
「……へえ」
クロヱは弾かれたスプーンを空中でくるりと回してキャッチすると、感心したように口笛を吹いた。
「すごいですね。反射神経だけじゃ説明つかないですよ、今の」
「偶然ですよ。たまたまフォークを持っていただけです」
「嘘つき。……アンタなら、うちの用心棒の『いろは』とも互角に渡り合えるかもね」
それは、秘密結社holoXの掃除屋からの、最大級の賛辞であり、認定だった。
この男は、"こっち側"の人間だ、と。
「光栄ですね。ですが、私は剣術の心得はありませんよ」
「ふーん? 『刀は使えなくても、それ以外の方法でならいくらでも勝てる』……って顔してますけど?」
図星を指され、滅道は苦笑する。
この少女の洞察力は侮れない。
カフェを出て、再び夢の国への道を歩き出す三人。
クロヱはすっかり滅道に興味を持ったようで、彼の腕にギュッとしがみついてきた。
「ねえねえ滅道さん! 他にも隠しごとしてるでしょ? 教えてくださいよー!」
「ちょ、沙花叉さん、歩きにくいです」
「えー、いいじゃないですかー。減るもんじゃなしー」
彼女は甘えるように体を擦り寄せてくる。
その時、パーカー越しに柔らかな感触が、滅道の二の腕に押し付けられた。
「――ッ」
滅道の足が止まる。
彼はわずかに顔を赤らめ、困ったように視線を逸らした。
「……あの、当たってます」
「え? 何がです?」
「胸、です」
その指摘に、クロヱの動きが凍りついた。
自分の胸元と、彼の腕を交互に見比べる。
そして、自分が無自覚にとんでもないハレンチな攻撃を仕掛けていたことに気づき、彼女の顔が沸騰したように赤く染まった。
「あ、あ、あ……!?」
彼女は弾かれたように飛び退くと、両手で胸を隠して叫んだ。
「ご、ごめんなさい! わ、わざとじゃないんです! 不可抗力っていうか、その!」
しどろもどろになる掃除屋。
先ほどの冷徹な姿はどこへやら、そこにはただの純情な少女がいた。
(……意外とウブだな)
滅道がそう思った瞬間、左腕に激痛が走った。
「あらあら~? 滅道記者、なんか嬉しそうな顔してない?」
マリンが、笑顔で滅道の二の腕を容赦なくつねり上げていた。その目は全く笑っていない。
「い、いえ、痛いです船長」
「ふふっ、手が滑っちゃった♡」
右からは真っ赤になって抗議するクロヱ。
左からは嫉妬の炎を燃やすマリン。
二人のヒロインに挟まれながら、滅道はこれから始まる波乱の一日を予感して、小さくため息をついた。
「……先が思いやられますね」
しかしその口元は、これからの「取材」を期待するように、微かに吊り上がっていた。