「うわあああ! すごい! 夢の国だー!」
ゲートをくぐった瞬間、沙花叉クロヱは年齢不詳の暗殺者から、ただの無邪気な少女へと変貌した。
カチューシャを選び、ポップコーンを頬張り、目につくアトラクション全てに歓声を上げる。その姿は、彼女が背負う「掃除屋」という業を微塵も感じさせなかった。
「元気ねぇ、さかまた。……滅道記者、疲れてない?」
「いえ、むしろ彼女のエネルギーに引っ張られて楽しんでいますよ」
マリンと滅道は、そんな彼女を保護者のような目で見守りつつ、並んで歩く。
昼食時、ワゴンで買ったフランクフルトを早々に食べ終えたクロヱが、滅道の手元をじっと見つめていた。
「……滅道さんのそれ、美味しそうですね」
「同じ味ですよ?」
「でも、人の食べてるものって美味しく見えるじゃないですかー」
物欲しげな小動物のような視線。
滅道は苦笑すると、まだ半分以上残っている自分のフランクフルトを差し出した。
「食べますか?」
「え!? い、いいんですか!?」
「どうぞ。俺はまた買いますから」
クロヱは一瞬戸惑ったが、すぐに嬉しそうにパクついた。
間接キスなど気にも留めない無防備さ。しかし、一口食べた後でハッと我に返り、耳を赤くして俯く。
(……あ、やば。これ、カップルみたいなことしちゃった?)
その初々しい反応を、隣のマリンが冷ややかな、しかしどこか楽しげな目で見つめていた。
午後の日差しが傾き始めた頃、三人は洋館を模したお化け屋敷の前に立っていた。
「む、無理です! 沙花叉、これだけは本当に無理なんです!」
「何言ってんのよ。ここまで来て入らない選択肢はないわよ」
「嫌だ嫌だ嫌だ! 帰るぅぅぅ!」
柱にしがみついて抵抗するクロヱ。
滅道はふう、と一つため息をつくと、しゃがみ込んで彼女の腕を掴んだ。
「行きますよ、沙花叉さん」
「ひぃっ!? ちょ、滅道さん!? 力強い!?」
有無を言わさぬ力で、彼は半泣きのクロヱを引き剥がし、そのまま荷物のように引きずって館の中へと入っていった。
暗闇の中、次々と襲いかかる恐怖の演出。
クロヱはプライドも何もかもかなぐり捨て、滅道の背中にしがみついた。
「ぎゃああああ! 無理無理無理! 離さないでぇぇぇ!」
「痛いです、沙花叉さん。爪が食い込んでます」
「うるさい! 今は沙花叉の命がかかってるんです!」
密着する体。背中に押し付けられる柔らかな感触と、震える体温。
滅道は冷静に歩を進めながらも、背中の感触を密かに楽しんでいた。
ようやく出口の光が見え、外に飛び出したクロヱは、その場にへたり込んで肩で息をした。
恐怖による冷や汗と、暴れたことによる熱気で、着ていたパーカーがしっとりと肌に張り付いている。
そのせいで、普段はダボッとした服に隠されている彼女のボディライン――意外なほど豊かな胸の膨らみや、くびれた腰の曲線が露わになっていた。
「……ふぅ、死ぬかと思った……」
顔を上げたクロヱは、滅道が気まずそうに視線を逸らしたことに気づいた。
彼女の瞳に、再び小悪魔の光が宿る。
「あれぇ~? 滅道さん、今どこ見てました?」
彼女は立ち上がると、わざと胸を張って彼に詰め寄った。
「汗で透けちゃった沙花叉の体、ガン見してませんでした?」
「……見てませんよ」
「嘘つき。男の人って、こういうムレムレな感じ、好きですよねぇ?」
勝ち誇ったように挑発するクロヱ。
しかし、滅道は観念したようにため息をつくと、彼女の耳元で囁いた。
「ええ。とても扇情的で……目のやり場に困りましたよ」
「――ッ!?」
予想外の直球な肯定。
クロヱの顔が、今度こそ爆発したように赤くなった。
からかうつもりが、逆にカウンターを食らった形だ。彼女は「バ、バカ!」と叫んで、逃げるようにマリンの背中に隠れた。
日は完全に落ち、パーク内は幻想的なイルミネーションに包まれていた。
最後に三人が向かったのは、ボートに乗って海賊の世界を巡るアトラクション。
しかし、ボートを降りた直後、マリンがベンチに崩れ落ちた。
「……うぷ」
「船長? 大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫……ちょっと、揺れに酔っただけ……」
海賊船長にあるまじき船酔いでのダウン。
クロヱが「だっさ!」と笑いながら水を買いに走る間、滅道は冷たいペットボトルをマリンの頬に当てて介抱した。
「……お疲れ様です、船長」
「……うるさいわね。カッコ悪いとこ見せちゃったわ」
潤んだ瞳で見上げてくるマリン。
滅道は周囲に聞こえない声量で、甘く囁いた。
「大丈夫ですよ。……今夜ホテルに戻ったら、俺がたっぷりと『介抱』してあげますから」
その言葉に込められた意味を察し、マリンの顔が朱に染まる。
戻ってきたクロヱは、二人の間に流れる濃厚な空気に気づくことなく、無邪気に提案した。
「先輩、少し休んでてください! 閉園まであと少しだし、沙花叉と滅道さんで観覧車乗ってきます!」
「……ええ、行ってらっしゃい。二人で楽しんできなさいな」
マリンは力なく手を振った。
その目は、これから始まる「獲物」の運命を哀れむように、そして自分だけの「共犯者」を誇るように、静かに細められていた。
二人きりの観覧車。
密室の中で、クロヱと滅道の距離は、決定的に縮まろうとしていた。