夜空に浮かぶゴンドラの中、二人きりの空間は静寂に包まれていた。
眼下に広がるイルミネーションの海。ガラスに映り込むのは、少し顔を赤らめたクロヱと、それを穏やかに見つめる滅道の姿だけだ。
「……きれいですね」
「ええ。とても」
滅道の視線は、夜景ではなくクロヱの横顔に注がれていた。
その熱っぽい視線に気づき、クロヱは逃げ場のない空中で身を小さくする。
「あ、あの……滅道さん。マリン先輩とは、どういう関係なんですか?」
核心を突く問い。しかし、その声は震えていた。
記者と取材対象以上の空気が二人の間にあることを、彼女の鋭い直感は察知していたのだ。
滅道は夜景に視線を移し、静かに答えた。
「信頼し合うパートナー、と言ったところでしょうか。……ですが」
彼は再びクロヱに向き直り、そっと彼女の手の甲に自分の手を重ねた。
「今夜、このゴンドラにいるのは僕とあなただけです。今は、あなただけを見ていたい」
「――ッ」
その言葉は、ずるい。
クロヱは唇を噛み締めた。それは肯定でも否定でもない、けれど一番欲しい言葉だったからだ。
ゴンドラが頂上に達した時、二人の距離は、呼吸が触れ合うほどに近づいていた。
キスをするわけではない。ただ、お互いの体温と鼓動を確かめ合うような、甘く切ない沈黙が流れた。
ホテルに到着したのは、閉園時間を過ぎた頃だった。
予約していたスイートルームに入ると、そこにはキングサイズのベッドが二つ。
「……うぅ、まだ気持ち悪い……」
マリンは部屋に入るなり、演技か本気か判別がつかない弱々しい足取りで奥のベッドに倒れ込んだ。
「先にお風呂入ってきていいわよ……船長、もう寝るから……」
そう言い残すと、彼女は布団を頭まで被り、すぐに規則正しい寝息(の演技)を立て始めた。
残されたのは、滅道とクロヱ。そして、窓際にあるソファセット。
「……寝ちゃいましたね、先輩」
「ええ。よほど疲れていたんでしょう」
滅道がジャケットを脱ぎ、ソファに腰を下ろすと、クロヱがその隣に座った。
彼女のテンションは、遊園地の余韻と、二人きりになった高揚感で妙に高かった。
「ねえねえ滅道さん! 売店でこんなの売ってたんですよ!」
彼女がカバンから取り出したのは、『THE・王様ゲーム』と書かれたパーティグッズの箱だった。
「これ、やりません? 二人だけど!」
「二人で王様ゲームですか? 命令する相手が決まってしまいますよ」
「いいじゃないですかー! 王様の命令は絶対! ですからね!」
クロヱは悪戯っぽく笑うと、割り箸を準備し始めた。
その瞳には、昼間の純情な少女の顔ではなく、獲物を狙う「掃除屋」の、いや、「小悪魔」の色が宿っていた。
「じゃあ、沙花叉がお風呂入ってくる間、準備しといてくださいね」
彼女は立ち上がると、着替えを取り出し、滅道の目の前で立ち止まった。
そして、着ていたパーカーの裾を、両手でゆっくりと捲り上げ始めた。
「――ッ」
白い肌が露わになる。引き締まったウエスト、小さなおへそ。
そして、下着のラインが見えるか見えないかというギリギリのラインで、彼女は手を止めた。
「……滅道さん」
彼女は顔を真っ赤にしながら、しかし挑発的な視線を送ってきた。
「あんまり沙花叉のこと、子供扱いしないでくださいね? ……その、誘ってるんですから」
震える声での大胆な宣言。
それは彼女なりの、精一杯の背伸びであり、覚悟だった。
滅道は眩しそうに目を細めると、立ち上がって彼女の頭を優しく撫でた。
「……すみません。見くびっていましたよ、沙花叉さん」
クロヱは嬉しそうに、そして恥ずかしそうに瞳を潤ませると、逃げるようにバスルームへと駆けていった。
シャワーの音が響き始める。
滅道はソファに深く体を預け、天井を見上げた。
隣のベッドでは、狸寝入りをしているはずのマリンが、聞き耳を立てている気配がする。
(さて……長い夜になりそうだ)
彼はテーブルの上の割り箸を手に取った。
王様ゲーム。
それは、三人の奇妙な関係性を決定づける、最後の儀式の始まりだった。