神剣狩刃はオタクである。チーズ牛丼よりもネギ玉牛丼の方が好きだがオタクである。そんな人間が好きになった作品があの『ぬきたし』である。好きになったきっかけは覚えていないが、何かの拍子で知って面白いと思ったのだろう。原作をプレイし、アニメも見て、二次創作の小説を書くほどハマった。そんな状態でポップアップストアが開かれると知ったらどうするだろうか。有給休暇を使ってでも初日に行くしかないだろう。
そうして降り立ったのはオタクの聖地秋葉原だ。店に行けば開店一時間前だというのにすでに人が並んでおり、ぬきたしが覇権を握る作品だと確信をした。時間が経って整理券を渡された。私は33番だったが、前の団体の中に1番を引き当てた猛者がいた。乱数調整がどうのと言っていた気がするが、それならそれにあやかろうと近くのゲームセンターに行って時間を潰すことにした。憧れであったアーケード筐体での格ゲーは楽しかったが、レバー操作がうまくいかず2戦でガメオベラになったのは悔しかった。そんなこんなで私の番になり販売所に向かった。軽快なBGM、惜しげもなく差し込まれる編集音、そしてあの鳥の声……流石に吹き出すのを堪えきれなかった。良い感じに写真を撮って、推しのグッズや推し活バッグを作る用の缶バッジ等を買って36000円とかなりの出費になったが、オタ活の質は出費と共に比例するので問題ない。しかも2000円ごとに1回くじが引けるのだからなおさら問題ない。説明の際に特賞が1種しかないと言われ、推しの特賞ではなかったが構わない。私は運がいい。生まれた時に死にかけていたが舞い戻り、水族館のイルカショーに出れば百発百中でイルカと握手できた。それならば特賞を引いて当然だ────13回目ぐらいで見事に特賞を引き当てた。それはそれはとても嬉しく、人目も憚らずに喜び、持つ者のみに与えられる愉悦感に浸った。これも先客の言っていた乱数調整という奴だろう。ただ、上記のグッズ購入は前座に過ぎない。むしろ、約一週間後に控えているイベントへの参加資格を得るようなものでしかない。グッズを買わなければ参加できないイベントではないが、イベントに臨む猛者達に並ぶためにはそのグッズが必要だった。さらにグッズだけでは物足りないと思い、私物で出来る範囲のコスプレも考えた。一見普通のバッグに見えるオタ活バッグを作り、上着を着れば誤魔化せるコスプレをしてイベントに向かっていった。
イベント前にグッズ販売があったのだが、こちらも一時間前だというのにそれなりに人がいた。しかも、私よりも分かりやすくて面白いコスプレをしている人がいた。その人とは後で写真を撮るにしても、明らかに一歩負けた。やはりイベント童貞の私にはこのイベントの荒波に呑まれるだけなのか────否、負けたからこそ勇んで挑むべきだ。グッズを買い、あの鳥とのツーショットを撮る時に私はそのコスプレを露にした。誰しもが「あの服どこかで見たことあるな」と言わんばかりの反応をした。ここで暴露してしまうが、ぬきたしにはすき家をパロディーしたヌき家という店がある。私のコスプレというのはすき家の制服を着て、好きやのロゴを推しの缶バッジで隠しただけのものだ。自分で言うのもアレだが、かなり反則的なコスプレだと思う。パロディーの元ネタを持ってきてしまうという、そもそもコスプレなのか怪しい代物だ。しかし、そこはぬきたしをこよなくあする皆様ばかりで、ヌき家の店員ですといったら笑ってくださった。あの鳥とのツーショットを終え、先のコスプレをしている人とも写真を撮った。折角だからXのアカウントを教えて下さいということになり、私は何気なく自分のアカウントを見せた。「小説をやっている……もしかして『狂犬』の人ですか?」なんとコスプレイヤーはハーメルンで小説を読んでいる人で、私の『抜きゲーみたいな島に住んでいる狂犬はどうすればいいんだ?』の存在を知っていたのだ。小説家冥利に尽きるとはまさにこのことで、特賞が当たった時と同じぐらい嬉しかった。
浮かれた気持ちで周囲の散策をして時間を潰し、ついに開場の時間がやってきた。イベントは昼と夜の二部構成になっており、昼の方は事前に買っていたブルーレイの特典で前方の席を取っていた。手を伸ばせば舞台に届く、なんてことはなかったが数メートル先が舞台というのは非常に迫力があった。イベントの詳しい内容に関しては伏せさせてもらうが、トークにライブと非常に盛り上がって楽しい物であった。ペンライトを振ってのライブがこうもブチ上がる物だと知りたくなかった。これを知ったら手拍子だけでは満足できなくなってしまう。昼の部が終わって一段落といった所で考えた。夜の部に参加する予定はなく、早めに帰って故郷でゆっくりしようと思っていたのだ。しかしそれなりの旅費を出して、最高に推している作品のイベントで、夜の部も楽しいイベントがあり、何よりチケットの販売もまだやっている──────私はチケットを購入して夜の部に参加することを決めた。昼の熱を帯びたまま始まった夜は正に熱く狂ったものになった。
帰りは運よくいい時間の電車があったため日をまたぐ前には家に着くことが出来た。この度のオタ活でかなりの出費になったが、それに見合った所かそれ以上のQOLの向上が見られたから胸を張れる。明日からの厳しい現実に立ち向かっていけるような心のエネルギーを補充できた。"オタ活は人類を救う"と壮大な言葉を持って締めくくらせてもらおう。